第百三十七話 足止め
近づいてくるワルキューレを見たソニックは、頭に乗っていたぼくをビクニに向かって放り投げた。
ボールのように投げられたぼくは、気を失っているビクニの胸に着地した。
「ファストドライブ!」
そして、ソニックが速度をあげる魔法――ファストドライブを唱えて、ワルキューレに向かって突っ込んでいく。
その光と同じくらいの速さを見るに――。
きっとぼくから吸収した魔力のほとんどを注ぎ込んでいることがわかる。
「ヴァイブレ! そいつらを連れて逃げろッ!」
ソニックはワルキューレにぶつかると、ヴァイブレに向かって叫んだ。
たしかに気を失っているビクニと、魔力が尽きたうえに動けないぼくは足手まといだけど。
相性の悪いワルキューレ相手じゃ、ソニック一人で勝てるわけないよ。
「しかしソニック王子!?」
「いいから俺の言うことを聞け!」
「くッ!? 承知いたしました」
ヴァイブレは苦い顔をしながらぼくとビクニのことを抱えると、大広間を出て全速力で走り出す。
逃げるんならソニックも一緒じゃないとダメだよ!
ぼくは弱々しくもそう伝えようとして鳴いたけど。
ヴァイブレは表情を強張らせて、ただ逃げるだけだった。
「驚いたな。吸血鬼族は残忍非道な者ばかりだと思ったが。やはり契り合った相手だとそれも変わるのか?」
「てめぇの相手は俺だけで十分だってことだよ! 変に勘ぐってんじゃねぇ!」
「ふふ。そうムキになるなよ」
灰色の廊下を進んでいくと、さっきまでぼくらがいた大広間から凄まじい雷鳴が聞こえてきた。
ソニックがやられちゃう……。
イヤだ……そんなのイヤだよ……。
でも、今のぼくじゃ何もできない……。
ぼくが自分の無力さに打ちひしがれていると、廊下にあった鏡が突然光り出した。
「私から逃げられると思ったか?」
輝く鏡から現れたのはワルキューレだった。
嘘でしょ……?
ソニックがあんな少しの間にやられちゃうなんて……。
「婚約者さまと王子の幻獣には指一本たりとも触れさせんぞ!」
「この老いぼれも私の知る吸血鬼とは違うようだな。そうか……忠誠心か。残忍非道な種族であっても個人差はあるということか」
ワルキューレが一人納得していると、ヴァイブレはぼくらを優しく地面へと置いた。
そして、体から魔力を放ち始める。
「もう陽が沈み始めているのだ。夜の吸血鬼を甘く見るなよ、戦乙女ッ!」
老人とは思えない凄まじい魔力が、ぼくらのいる廊下を揺らし始めた。
その溜めた魔力を腰に下げた剣に込め、ワルキューレに向かって構える。
ヴァイブレは吸血鬼族だから、きっとビクニの血を吸ったときのソニックくらい強いのだろうけど。
吸血鬼のおじいちゃんが聖属性のワルキューレを相手にするのは、やっぱり分が悪いはずだよ。
「それがなんだと言うのだ? 夜になったところで女神さまの使いたる私に、たかが吸血鬼ごときが敵うものか」
ワルキューレはそう言うと持っていた剣――女神の慈悲をかざした。
剣から雷鳴が鳴り響き、その神々しい光りと悲鳴みたいな音が、ぼくらのいる灰色の廊下を埋め尽くしていく。
「うおぉぉぉッ!」
だけど、ヴァイブレはけして怯まずにワルキューレへと飛び込んでいったよ。
いくらソニックに頼まれたからって、出会ったばかりのぼくらのために一生懸命に体を張ってくれてる。
なのに、ぼくは何もしてあげられない……。
「うぅ……ググ……?」
ぼくが鳴いているとビクニが目を覚ました。
どこまで酷いケガをしたのかはわからないけど。
目が覚めてよかった、ホントによかったよぉ。
でも、まだ意識がはっきりとはしていないみたい。
虚ろな目でぼくの体に触れている。
「消え去れ吸血鬼ッ!」
「ぐわぁぁぁッ!?」
だけど、次の瞬間――。
ぼくらの目の前で、ヴァイブレが廊下の壁ごと吹き飛ばされていた。
