第十四話 忘れていたこと
「お～い、ビクニ。入るっすよ」
部屋の扉からコンコンと鳴るノックの音と一緒に、ラビィ姉の声が聞こえてきた。
私は体を起こし、寝ぼけ声で返事をすると、そのまますぐに横になる。
「ちぃ―す、ビクニ」
「おはよう……ラビィ姉……もうご飯の時間?」
人が部屋に入ってきても、まだ毛布に被って眠ろうとしている私を見て、ラビィ姉は呆れていた。
私はモゾモゾと動きながら、部屋の壁にかけてある時計に目を向ける。
なんだ、まだ朝じゃないか。
いつも昼まで寝てるというのに、どうして起こしに来たんだよ。
「ビクニ、腕に付いた魔道具はどうしたんすっか?」
「なに言っているのラビィ姉? 腕輪ならちゃんと……って、えぇ～!?」
寝ぼけ眼で自分の右腕を確認してみると、あの奇跡の泉で女神様から授かった暗黒騎士の証――黒く禍々しい魔道具がなくなっていた。
「ない!? えぇ!? なんで、なんでないの!?」
あるはずのものがない。
寝起きというのもあった私は、激しく動揺して毛布をひっくり返し、ベットの上を探し回った。
そんな私の姿を見たラビィ姉は、右手で頭を抱えて、大きなため息をついている。
「はあ～、何をやってんすか……。その魔道具を外せる奴は一人しかいないって、ビクニが言ってなかったっすか?」
ラビィ姉に言われてようやく我に返った私は、スエット姿のままで部屋を飛び出した。
鬼気迫る表情で城内を走る私の姿に、見回りの兵士たちが驚いていたけれども、今はそんなことを気にしてはいられない。
だって、この魔道具を外せるのは、あの吸血鬼の少年だけなんだから。
「嘘でしょ? またやるなんて……」
慌てて走る私の口からは、無意識に言葉が出てしまっていた。
信じたくなかった。
いや、忘れていただけだったかもしれない。
異世界に召喚され、バハムートに殺されそうになって……そんな酷く現実離れしたときを過ごしたけど。
ライト王もラビィ姉も兵士たちも街の人たちも……みんなみんな良い人しかいなかったから……。
人が裏切る動物だってことを、すっかり忘れていたんだ、私は……。
小さい頃から学校で、いやというほど味わってきたことだったのに……。
それに……浮かれてたんだ。
似合いもしないリンリみたいなことをして調子に乗っていたんだ。
こんな引きこもりのスクールカースト最底辺の私が、リンリみたいになれるわけない……。
元の世界でも、いつも笑顔で明るくて、相手と激しく言い合っても、最後には必ず仲良くなれるリンリ……。
そりゃ異世界でも聖騎士に選ばれるよ……。
そりゃ世界を救っちゃうよ……。
いつの間にか、私の足は走ることをやめていた。
トボトボと歩きながら俯いて歩いていると、兵舎の一室――吸血鬼の少年の部屋にたどり着いていた。
……飛び出して来ちゃったけど。
どうせ居ないよね。
だって、さっさと逃げ出しているに決まってるもの……。
手を伸ばして扉を開け、部屋の中へと入る。
それは、もう意味のないことだとわかっていながらも、私はやってしまっていた。
「な、なんだよ、お前!? 勝手に入って来るなよ!」
この荒っぽい口調と声。
吸血鬼の少年は、部屋の中で服を着替えていた。
「ったく、ノックぐらいしろよ」
彼はブツブツと文句を言いながら、着ているシャツのボタンを留めていく。
そんな少年の姿を見ながら私は、その場で両膝をついて崩れ落ちてしまった。
「よかった……居てくれたんだ……。本当によかったよぉ……」
泣きそうな顔でうなだれている私を見た少年は、一体何を言っているんだという顔をしていた。
