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番外編 異世界の先輩~その③

()りつける陽射(ひざ)しが私の体を(そそ)ぐ。


大空の中でそれを()びていると、この私――レビィ·コルダストのことを、まるで世界中が祝福(しゅくふく)しているかのようだ。


「ぐわッ!」


だが、そんな気持ちも地面(じめん)(たた)きつけられた瞬間(しゅんかん)台無(だいな)しになってしまう。


「あらら、失敗(しっぱい)すっか……」


地面に(たお)れて(うめ)いている私の(そば)で、メイド服を着た女性がボソッと言った。


半開きの目で見ているこのメイドは、私の姉であるラビィ·コルダスト。


ずっと(はな)(ばな)れになっていたのだが、私たちが現在(げんざい)いる国――ライト王国で(ふたた)び会うことができた。


今は武芸百般(ぶげいひゃっぱん)だった姉に、私の(わざ)を見てもらっているところだった。


「レヴィ……ホントにその技でカトプレパスを()()めたんすか?」


ラヴィ(ねえ)さんが(うたが)いの目を私に向けている。


そう思うのも無理(むり)はない。


何故なら私は竜騎士(りゅうきし)でありながら、跳躍後(ちょうやくご)着地(ちゃくち)ができないからだ。


かつて竜騎士の跳躍力は空飛ぶモンスターを凌駕(りょうが)し、飛竜(ひりゅう)脅威(きょうい)から国を(まも)った――。


という物語(ものがたり)がある。


上空(じょうくう)から落下(らっか)したときに()られる速度(そくど)上乗(うわの)せした攻撃(こうげき)は、自身(じしん)から(はっ)する攻撃よりも強力(きょうりょく)なものになる。


それが竜騎士の技であるジャンプだ。


(おさな)(ころ)の私は、その物語に夢中(むちゅう)になった。


華麗(かれい)(ちゅう)(まい)い、(よわ)き人々を助ける――そんな竜騎士に(あこが)れた。


だが、どうやら私には才能(さいのう)がなかったようで、もう何年も修行(しゅぎょう)()んでいるというのに一向(いっこう)上達(じょうたつ)する気配(けはい)がない。


すでに()くなっている両親(りょうしん)も、幼き日の友人たちも(みな)(そろ)って、私に竜騎士を(あきら)めるように言った。


それでも、目の前で(あき)れているラヴィ姉さんだけはずっと応援(おうえん)してくれた。


だから、こうやって空から無様(ぶざま)に落ちた姿を見られるのは、本当に(なさ)けない。


「ちょっと早いっすけど、城へ(もど)ろう。気がつけばもうお(ひる)の時間っすよ」


ラヴィ姉さんは倒れている私を()()こすと、そのまま(かた)(かつ)いで(はこ)んでいく。


私はかなり(きた)えているため普通(ふつう)の女性よりも(おも)いし、甲冑(かっちゅう)まで着ているというのに、ラヴィ姉さんはまるで(わら)(たば)でも持つように軽々(かるがる)と担いでいた。


「なッ!? や、やめてくれ姉さん! こんな姿(すがた)を人に見られたら()ずかしくて生きていけないッ!」


「何を言っているんすか。姉が動けない(いもうと)背負(せお)うのに何を恥ずかしがる必要(ひつよう)がある?」


「私はもう子供じゃないなんだ! こんな姿をあいつに見られたら幻滅(げんめつ)されてしまうッ!」


私は体が動かなかったので必死(ひっし)に口を動かしたのが、ラヴィ姉さんにはその言葉は(とど)かなかった。


その状態(じょうたい)で、城内(じょうない)にある訓練場(くんれんじょう)から(しろ)の中へと進んでいくと、ある少女が私たちに近づいてきた。


「ラヴィ姉さまにレヴィ。こんにちはなのですよ」


フードの付いたノースリーブの服を着た少女。


私がこのライト王国へ来るきっかけをくれたリム·チャイグリッシュだ。


こんな小さくて可愛(かわい)らしい姿をしているが、彼女は武道家(ぶどうか)(さと)ストロンゲスト·ロードの跡継(あとつ)ぎである。


リムは武道家でありながら、その(ゆめ)大魔導士(だいまどうし)


その実力(じつりょく)は、歴代(れきだい)里長(さとちょう)の中でも一番と言われていた。


それで、魔法(まほう)のほうはというと――。


攻撃(こうげき)系魔法も回復(かいふく)系魔法も使いこなし、さらには、ほぼすべての属性(ぞくせい)魔法、さらに(べつ)属性の魔法を合体(がったい)させて使うこともできるほどの手練(てだ)れだ。


その魔力(まりょく)コントロールの上手(うま)さは、賢者(けんじゃ)レベルと言っていい。


だが、リムは体内にある魔力が極端(きょくたん)(ひく)く、一日に(とな)えられる魔法は三回が限度(げんど)


それでは、いくら魔力コントロールが上手くできても大魔導士にはなれない。


なのだが、リムは夢を諦めずに、ライト王国に一から魔法の勉強(べんきょう)をしに来たというわけだ。


そういう身の上もあって、私と彼女はすぐに打ち解けた。


いくら(まわ)りから才能がないと言われようが、そんな夢は(かな)えられないと言われようが、なりたい自分を諦めたくない。


未来(みらい)他人(たにん)に決められるものではないんだ。


私とリムは(たが)いに(はげ)まし合い、必ず夢を叶えようと(ちか)い合った(なか)


というわけで、私たちはまだ出会って日は(あさ)いが、まるで幼少の頃から一緒(いっしょ)にいる友人のような関係(かんけい)である。


「う~すリム。調子(ちょうし)はどうっすか?」


「うぅ……午前の授業(じゅぎょう)ですでに魔力切れになってしまったのですよ……」


(うつむ)きながら言うリム。


無理もない。


いくら頑張(がんば)っても自分の思い通りにならないのだ。


私もその気持ちはよくわかる。


ラヴィ姉さんは、そんな彼女の(あたま)(やさ)しく()でた。


(あせ)る必要はないっすよ。リムもレヴィもこれからこれから」


そして、そう言葉を続けた。


(うれ)しそうにするリム。


ラヴィ姉さんの言葉を聞くと、なんだか私まで優しく撫でられたみたいに感じた。


「リムもよかったら一緒にお昼をどうすっか?」


「はい! なのですよ」


それから私たちはラヴィ姉さんの部屋で昼食(ちゅうしょく)を食べることになった。


ラビィ姉さんが作ってくれた野菜(やさい)スープと焼き立てのパン、それと城下町(じょうかまち)の近くにある牧場(ぼくじょう)から(とど)くチーズ。


このライト王国では、肉や魚は特別(とくべつ)な日じゃないと食べない。


だが、どれも美味(おい)しいし、食べ(ごた)えもあるので十分に満足(まんぞく)できる食事だ。


「そういえばリム。リョウタを知らないか?」


私はパンをかじりながらリムに(たず)ねた。


リョウタとは、私が自身の(やり)――グングニルを(ささ)げた男だ。


両親の死後、姉とも離れ離れになり、生きていくために傭兵(ようへい)をやり、そのままくさっていくしかなかった私に、また竜騎士の夢を思い出させてくれた人物でもある。


彼がいたから私はまた姉に会えたし、リムにも出会えた。


リョウタは私にとって、大空を飛んだときに見える太陽(たいよう)なようなものだ。


それに、ラヴィ姉さん以外で初めて私の夢を応援してくれた人であり、ともかく大事な人……って!? わ、私は何を考えているんだ!?


私は騎士だぞ!?


色恋沙汰(いろこいざた)などいかんッ!


リョウタはただ私が槍を捧げた相手というだけだ!


「なんで顔が赤いかは訊かないですが。あの人なら馬小屋で(えさ)をやるのに苦労(くろう)してましたよ」


リムはどうでもよさそうな様子(ようす)で返事をしてきた。


それを聞いた私は椅子(いす)から立ち上がると、ラヴィ姉さんに手を(つか)まれる。


そのときのラヴィ姉さんの目は、普段と同じ半開きの無気力(むきりょく)なものだったが、(すご)威圧感(いあつかん)だった。


私が手を離すように言うと、姉さんは大きくため息をついた。


「レヴィ……姉からの忠告(ちゅうこく)っすけど。あの男はやめたほうがいいっす」


「リムもそう思うのですよ」


(あき)れた顔をしているラヴィ姉さんに、食事をしながらリムも同意(どうい)していた。


「今まであの男と何があったのかは聞いたっすけど。お前は()素直過(すなおす)ぎるから見えてないんすよ」


ラヴィ姉さんはそれから不機嫌(ふきげん)そうに話し始めた。


あの男――リョウタはお前に相応(ふさわ)しくない。


家が亡くなったとはいえお前は貴族の出であり、現在(げんざい)は竜騎士なのだ。


あんなどこの馬の(ほね)ともわからない男に、何故そこまで(あつ)をあげるのだと。


この国――ライト王国の王であるウイリアム=ライト28世が国に入れるのを(ゆる)したとはいえ、あんな(あや)しい男は、早くこの国から追い出すべきだと。


そう、冷たく言い放った。


「そ、そんな言い方……いくらラヴィ姉さんでも怒るぞ」


私はラヴィ姉さんの言葉を聞いて、手を振りほどき、食って掛かった。


リョウタの人柄の素晴(すば)らしさは、姉さんと(ひさ)しぶりに会えた日の夜に、散々(さんざん)話したというのに……。


それが伝わってなかったと思うと……。


いや、私はリョウタがそんな悪い言い方をされて怒りが(おさ)まらなかったのだ。


だが、それでもラヴィ姉さんは落ち着いた様子で言葉を続ける。


「レヴィのその綺麗(きれい)な金の(かみ)も、その()んだ(あお)(ひとみ)も。あの胡散臭(うさんくさ)い男には似合わない……。何度でも言うっすよ。あの男ではでお前に不釣り合いっす」


「リムも同意見(どういけん)なのですよ」


そして、またリムがラヴィ姉さんに同意した。


何故だ……。


何故姉さんはわかってくれないんだ……。


リムだって、この国へ来る前にリョウタの勇敢(ゆうかん)な姿を見ただろう。


カトプレパスの力、相手を石化(せきか)することも(おそ)れず、リョウタが(みずか)(おとり)となったからこそ、あのとき村を(すく)えたんじゃないか。


なのに何故……。


「ラヴィ姉さんもリムも何故わからないんだ!? リョウタがいなかったら私は竜騎士をやめていた! あいつは私にとって特別(とくべつ)な人なんだよ!」


私は(ふる)える体を押さえ、部屋から飛び出していった。


そして、一心不乱(いっしんふらん)に城内を走り、リョウタがいると聞いた馬小屋を目指(めざ)した。


その途中(とちゅう)、城内から中庭に出たとき――。


「これはこれはレヴィさん。そんなに(あわ)ててどうしたんですか?」


白いローブを着た若い男に声をかけられた。


笑みを作りながら、私のほうへと向かってくる。


この男の名は大賢者メルヘン·グース。


しばらく前に、このライト王国に召喚(しょうかん)された(せい)騎士の少女と共に世界を平和(へいわ)にした英雄(えいゆう)の一人だ。


私はメルヘンの顔を凝視(ぎょうし)した。


この人は、こんなしまりのない顔をしていても世界を平和にした英雄なのだ。


リョウタは見た目はあれだけど……と、思っていたが、このメルヘンも負けずに怪しいし、胡散臭い。


だから、人は見た目では判断(はんだん)できないのだ。


それでも、ラヴィ姉さんやリムに理解してもらおうなんて思う必要はない。


リョウタの良いところは私だけが知っていればそれでいい。


……って、わ、私はまたふしだらなことをッ!?


いかん!? いかんぞ!


リョウタはそういう対象(たいしょう)ではないんだ!


「そんな顔を赤くしてどうしたのかな? 」


私はこの大賢者を見て、弱くなっていた心が強くなっていくのを感じた。


こんな見た目が“あれ”な男でも英雄なのだ。


リョウタだって……。


「いや、その……大賢者メルヘン殿……ありがとうございます」


「うん? なんか(ひど)失礼(しつれい)なことを思われた気がするんだけど、まあいいか。それよりも午後からは死者(ししゃ)祝祭(しゅくさい)だよ。レヴィさんもぜひ参加(さんか)してね」


死者の祝祭とは、このライト王国で行われている行事(ぎょうじ)の一つ。


毎年死者の(たましい)安息(あんそく)(いわ)うためにやっている国総出(そうで)のお(まつ)りだ。


私はメルヘンの言葉に頭を下げ、その場を後にした。


午後は祝祭かぁ……。


なら、私もリョウタと二人で……。


って、あぁ~! 私はまたふしだらことをッ!?


私が一人その場で(あわ)てふためいていると、一人の男が(ちか)づいてきた。


「なにしてんだ、レヴィ?」


眼鏡(めがね)をかけた()えない男。


その体からは獣臭(けものしゅう)(ひど)(ただよ)っており、その容姿(ようし)(あい)まってただのくたびれた男にしか見えない。


「リョ、リョウタッ!」


そう――。


この冴えない、くたびれた男が私の槍を捧げた人物――リョウタだ。


年齢(ねんれい)は私と同じ二十代前半(ぜんはん)なのだが、その挙動(きょどう)(ひと)つ一つがゆっくりなため、まるで年寄(としよ)りのような感じだ。


「お前、馬小屋に()たんじゃなかったのかッ!?」


私は突然(あらわ)れたリョウタを見て、さらに動揺(どうよう)してしまった。


それは、リョウタと一緒に祭りを見て回りたいなどと恥ずかしいことを考えていたからだ。


だが、そんな私を見たリョウタは、特に気にした様子もなく返事をしてくる。


「仕事ならさっき()わったよ。……ってゆーか、レヴィやリムは王宮(おうきゅう)()らしで、なんで俺だけ兵舎(へいしゃ)寝泊(ねと)まり……しかも馬の世話係(せわがかり)をやらされなきゃいけないんだよ」


私たちがこのライト王国へ到着(とうちゃく)し、ライト王に拝謁(はいえつ)したとき。


リムはその名が有名(ゆうめい)だったこともあり、すぐにでも魔法を(まな)ぶことが(ゆる)され、城内の一室を()(あた)えられた。


私はというと、この国のメイドだったラヴィ姉さんからの(たの)みもあり、姉さんの部屋に住まわせてもらうことに。


だが、リョウタだけは素性(すじょう)が知れないという理由で、ラヴィ姉さんはすぐにでもライト王国から追い出そうとした。


それでもライト王は優しく、反対(はんたい)する姉さんを説得(せっとく)して、なんとか馬の世話係としてこの国においてもらえることとなったのだ。


私とリョウタは、あるギルドでのいざこざもあってお(たず)ね者だ。


しかし、ライト王はそれを知ったうえで私たちを受け入れてくれていた。


さすがは善人(ぜんにん)しかいない国といわれるライト王国を()べる人物。


(うたぐ)(ぶか)く、他人(たにん)をあまり信用(しんよう)しないラヴィ姉さんがその(けん)(ささ)げただけのことはある。


「はぁ~、女神からはいっさい連絡(れんらく)がなくなっちゃったし……。いつになったら俺の異世界(いせかい)チートハーレム生活は始まるんだか……」


ため(いき)をつきながら、井戸(いど)のあるほうへとトボトボと向かうリョウタ。


リョウタはたまに私にはわからない言葉を使う。


おそらくだが、リョウタはよく女神のことをずいぶんと(した)しい間柄(あいだがら)のように言っているので(私を含め、この世界のほとんどの人間が女神の存在(そんざい)を見たことはないが)、きっと(えら)ばれた者にしかわからない神聖(しんせい)な言葉なのだろう。


そして女神のことは、私とリョウタだけの秘密(ひみつ)でもある。


……秘密とはいっても、別にやましいことなんかない。


だが、リョウタと私……二人だけの秘密なんて……。


そんなことを思うだけで私は……私はッ!


「おい、今飛ぼうとしたろ」


「していないッ!」


リョウタが突然振り返り、私へと言った。


(こころ)見透(みす)かされたと思うと恥ずかし()ぎて、飛ぼうとはしていないと(うそ)をついた。


私は興奮(こうふん)すると自分を(おさ)えられなくなって、ジャンプして空へと飛びたくなるのだが、いつもリョウタに止められる。


止める理由は、私が着地できずにそのまま動けなくなってしまうからだ。


うぅ……自分のこの体質(たいしつ)(うら)めしい。


飛ぶことは大好きなのだが、この止められぬ(さが)には(こま)ってしまう。


それからスタスタと歩き始めたリョウタの後ろを、私は何も言わずについて行った。


そして、リョウタは目的地に着くと、井戸の水を()んで体を拭き、うがいを始める。


「リョウタ、この後は何かあるのか?」


私は(たず)ねた。


もしもう仕事がないのなら、死者の祝祭――祭りへ行きたかったからだ。


だが、リョウタは不機嫌(ふきげん)そうな顔をした。


「実はまだ仕事があるんだよ。レヴィはいいよな。何もしなくてよくて」


私はその言葉を聞いて苛立(いらだ)った。


こちらとて(あそ)んでいるわけではない。


王国の(へい)たちの訓練(くんれん)指導(しどう)したり、(まち)警護(けいご)や見回りだって自発的(じはつてき)にやっているのだ。


それに私は、リョウタが酷いことを言われているのを(かば)っているというのに、そんな言い方はないじゃないか。


「……そうか。ならいい」


私は少し怒気(どき)(ふく)んだ言い方をすると、その場から立ち()ろうとした。


「おい、なにを(おこ)ってんだよ?」


「怒ってないッ!」


自分でもわかりやすく怒っているのが(つた)わる言い方をしてしまっていたが、後の祭り。


今さら引けず、私は早足(はやあし)でリョウタの前から去った。


それから私は一人で街へと向かった。


街では屋台(やたい)などが道を()()くして、店の者も道を歩く人も(みな)楽しそうにしていた。


何をそんなに()かれている。


いくら祭りとはいえ、死者の魂の安息を祝う行事だろうが。


「ねえ、お(かあ)さん。今日はお父さんと会えるかな?」


目の前で母親に手を引かれていた少女が、突然そう言った。


母親はそれを聞いて、会いに来てくれるかもね、と優しく言葉を返していた。


私はそれを聞いて、自分が思ったことを恥じた。


この少女はきっと父親を亡くしている。


だから、毎年この死者の祝祭で父親に会えるかもしれないと、楽しみにしているのだ。


この少女だけではない。


この国の住民たちは、この祭りで亡くなった人への思いや言葉を表現(ひょうげん)するのだろう。


なのに私はなんということ……。


私はリョウタとギクシャクしたのもあって、少々(しょうしょう)苛立っていた。


心に余裕(よゆう)がないときは、どうしても他人のことを(わる)く見てしまう。


そんな自分が情けなくなった。


私が(うつむ)いているのに気がついたその少女が、持っていた(あめ)をくれた。


「元気出して、騎士のお姉ちゃん。お姉ちゃんも今日は大事の人と会えるよ」


少女は何か誤解(ごかい)していたようだが、私はその気持ちが(うれ)しかった。


そこへ、ラヴィ姉さんとリムがやって来る。


二人が言うに、ライト王から死者たちへ言葉を(おく)儀式(ぎしき)がもうすぐ始まるので、街の広場(ひろば)へ行こうとのことだ。


「ラヴィ姉さん、仕事じゃなかったのか? それにリムにも午後の授業が」


私がそう訊き返すと、ラヴィ姉さんが説明(せつめい)をしてくれた。


どうやらライト王が、午後は皆手を止めて、死者たちが(やす)らかに(ねむ)っていることを祝おうと伝令(でんれい)を回したようだ。


「そうか……。それだったらリョウタも……」


「うん? 何か言ったすっかレヴィ?」


「いや、なんでもない……」


私はこんなことならリョウタと一緒にいればよかったと思った。


そうすれば、一緒に祭りを楽しめたかもしれない。


だが、感情的(かんじょうてき)になって飛び出してしまったのは私だ。


リョウタの言い方も酷かった――正直苛立った。


だが、一緒に祭りを楽しみたかったのが私の本音(ほんね)だった。


「ほらレヴィ、早く行きましょうなのですよ」


楽しそうにかしてくるリム。


そして彼女が私の手を引き、私たちはラヴィ姉さんの(うし)ろをついて行って広場へと向かった。


広場には、(あつ)まった人々(ひとびと)が誰でもライト王の姿が見えるようにか、簡易的(かんいてき)舞台(ぶたい)(きず)かれていた。


しばらくすると、その舞台にライト王が現れた。


「よく集まってくれた、()が国の民たちよ」


ライト王が笑顔でそう言うと、住民たちから声援(せいえん)が飛んだ。


まるでドラゴンを(たお)した英雄のような(あつか)いに、私はただ(おどろ)いていた。


何故ならば、これほど民に(した)しまれている王を、私は今まで生きていて見たことがない。


ライト王に片腕(かたうで)がないことは、最初(さいしょ)に拝謁したときに気がついたが、今考えるとそれはきっと誰かを庇って(うしな)ったのだろう。


多くの王が自分中心で物事を考えるというのに(だがそれは、けして恥ずかしいことではない)、ライト王はまず民であり人なのだ。


あの人が王でいる理由(りゆう)は、王族の名誉(えいよ)のためでも国を(まも)るためでもない。


自分以外の者を守るために王でいるのだ。


「それでは、これから死者の祝祭の儀式を始める。大賢者メルヘン。さあ上がって来てくれ」


そして、ライト王の呼びかけにより、本物の英雄メルヘン·グースが登場(とうじょう)した。


住民たちもさらに声援を送り始めている。


だが、リムだけは不満(ふまん)そうな顔をしていた。


「どうしたんだリム? そんな顔して?」


私が気になって訊ねると、リムは周りには聞こえないように耳打(みみう)ちをして答えた。


リムは武道家の里での修行(しゅぎょう)により、相手に流れる(オーラ)を感じ取れるらしい。


それで、どうもメルヘンからは()しき気を感じるようで、リムはあまり彼のことが好きじゃないようだ。


「なのですが。あの人が聖騎士の少女と共に世界を平和にしてくれたのは事実(じじつ)……。だから、当然手は出さないのです」


そういうリムではあったが、やはりメルヘンが住民たちに笑顔を向けると、何か納得(なっとく)が言っていない表情(ひょうじょう)をしていた。


そういえばリムは、リョウタのことも毛嫌(けぎら)いしているが、もしかしたらあいつにも悪しき気とやらを感じるのだろうか。


私が思わずそのことを訊ねると、リムはクスクスと笑い始めた。


それは、まるで突然面白(おもしろ)い顔を見せられたみたいな態度だった。


「リョウタに悪い気は感じませんよ。それにリムはあの人を嫌ってなんかいません。ただ、情けない人だなぁ~と思うだけなのです」


それを聞いて私は少し安心(あんしん)した。


リムはただ、リョウタの臆病(おくびょう)なところが気に入らないだけのようだ。


そうだよな。


リョウタが(わる)(やつ)のはずがない。


私は人を見る目には自信(じしん)がある。


これだけは唯一(ゆいいつ)、私がラヴィ姉さんに(まさ)っているところだ。


「それでは皆さん。これからあの愚者(ぐしゃ)大地(だいち)(ひかり)(やみ)(ふたた)び出会います。そして、こちらの大陸(たいりく)もすぐにあの方が浄化(じょうか)してくれるでしょう」


メルヘンは舞台に上がると、意味がわからないことを話し始めた。


それは私だけではないようで、ラヴィ姉さんもリムも、住民たちも、そして、舞台の上にいるライト王へ兵士たちも理解できていないようだった。


「大賢者メルヘンよ。それは一体(いったい)どういう意味なのだ?」


ライト王がメルヘンに訊ねると、当然舞台ごと周辺(しゅうへん)爆発(ばくはつ)した。


そして、漂う(けむり)の中から、モンスターが現れる。


「さあ、今日は死者の祝祭。思う存分(ぞんぶん)楽しんでくださいね」


メルヘンがそういうと煙が()れていき、モンスターの姿が見え始めた。


それは人間のように動く骸骨(がいこつ)――スケルトンだった。


かなりの数のスケルトンはそれぞれ剣と大きな(たて)を持っており、ゆっくり動いていたかと思ったら、(きゅう)に広場にいた者たちを(おそ)い始めた。


「レヴィ! リム! うちはライト王様を守る。広場のほうは(まか)せるっすよ」


「はいなのですッ!」


了解(りょうかい)した、ラヴィ姉さん」


私とリムが返事をすると、ラヴィ姉さんは目の前にいたスケルトンの(あたま)()りで粉々(こなごな)(くだ)き、持っていた剣を(うば)った。


そしてスケルトンの集団の中、無人(むじん)荒野(こうや)を走るかの(ごと)く、ライト王がいる舞台へと向かって行く。


「あわわ~、ラヴィ姉さまってお城のメイドじゃなかったのですかッ!?」


リムがラヴィ姉さんのあまりの強さに(した)()いていた。


対面(たいめん)したときに、ライト王国の小間使(こまづか)いだと自身で名乗(なの)っていたので、無理もないが。


「ラヴィ姉さんは(むかし)武芸百般(ぶげいひゃっぱん)の騎士だった。今のを見る(かぎ)り、(うで)(にぶ)っていなさそうだな」


「ただ者ではないと思ってはいましたが、まさかなのですよ」


「そんなことよりも住民たちを()がすぞ、リム!」


そして、私とリムはスケルトンの大軍に向かっていった。


リムの言葉で思い出したが、このライト王国には周辺諸国(しょこく)にも名の通った、暴力(ぼうりょく)メイドなる者がいると聞いたが、まさかラヴィ姉さんのことじゃないよな。


って、そんなことを考えるよりも、今は早く住民たちを避難(ひなん)させないといけない。


私は住民へと襲い掛かるスケルトンに槍を突き刺す。


だが、相手は集団――それもかなりの数だ。


次から次へと現れ、いくら倒しても切りがなかった。


「レヴィ、住民のみなさんはだいたい逃がしましたよ」


私が食い止めている(あいだ)に、リムが広場にいた見張(みは)りの兵に頼んで、住民たちを誘導(ゆうどう)してくれたようだ。


「よしリム。あとはこいつらを片付(かたづ)けるだけだな。だが、午前の授業で魔力切れになったのだろう。戦えるか?」


「今日はもう魔法は使えません。ですが、それでもリムはまだまだ戦えます」


「心強いな。よし、我々もラヴィ姉さんに続くぞ」


私とリムは、スケルトンの集団を(むか)え撃ち、ラヴィ姉さんが向かった舞台へと急いだ。


敵の数は多く、打ち倒してもすぐに次の攻撃が襲ってきたが、私の横にはリムがいる。


私を襲う奴はリムが倒し、リムを(ねら)う敵は私が倒す。


こんな状況だというのに不謹慎(ふきんしん)だが、私は戦いを楽しんでしまっていた。


それは(となり)にいる小さな少女――リムの動きと私の動きが、まるで何年も共に舞台へ上がっている踊り子のコンビのように感じたからだ。


これほどまで(いき)が合うとは、槍を振るのが楽しくってしょうがない。


「あらかた片付いたな。よし、あとは兵士たちに任せて、次はライト王を助けるんだ」


「はいなのです。今の戦いで理解したのですよ。リムとレヴィのコンビに勝てる者などいません。魔王でも大魔王でも連れて来いなのですッ!」


リムも私と同じことを感じていたようだ。


なんの打ち合わせも訓練(くんれん)もなく、互いの体が動いたのだ。


先ほどの高揚感(こうようかん)を感じられないようならば、戦うことを()めたほうがいい。


またもや不謹慎(きわ)まりないが、つい笑みを()かべてしまう。


そして、私たちが舞台に上がると、そこでは――。


「これはこれはレヴィさんにリムさん。(おそ)かったですね」


しまりのない顔で笑うメルヘンと、()れた剣を(にぎ)っているラヴィ姉さんが立っていた。


ラヴィ姉さんは、倒れているライト王を庇うようにメルヘンと向かい合っていたが、その体はすでに傷だらけで出血(しゅっけつ)が酷い。


私は(かま)えていたグングニルをメルヘンへと突き刺す。


すると、メルヘンの体が――。


不死者(ふししゃ)の私にこんな原始的(げんしてき)な攻撃では、ダメージを与えることなどできませんよ」


そう言い笑うと、ラヴィ姉さんが叫んだ。


「気を付けるっすよレヴィ、リム! メルヘンは、アンデッド――リッチっす!」


リッチはアンデッドモンスターの一種(いっしゅ)だ。


ローブを身にまとった骸骨で、禍々(まがまが)しいオーラを放っているというイメージが一般的(いっぱんてき)である。


だが、メルヘンは大賢者で、しかも世界を平和にした英雄のはず。


一体何がどうなってアンデッドになったんだ?


「アンデッドなら、リムの技が有効(ゆうこう)なのですよ」


リムはそういうと、両手(りょうて)のその(てのひら)を合わせて構える。


その掌には光の波動(オーラ)が集まっていた。


「はぁぁぁ……オーラフィストッ!」


凄まじい光の波動がメルヘンを(つつ)んだ。


だが、メルヘンは少々ダメージを負ったものの、まだ動いている。


聖属性(せいぞくせい)か……またやっかな技を……」


そういったメルヘンの顔が(ゆが)み、次第(しだい)にその顔の(かわ)が崩れ落ちていった。


いや、顔の皮だけでない。


手足も含め、全身の皮が無くなり、スケルトンと同じような骸骨の姿へと変わった。


あの人間だったときのしまりのない顔は、カモフラージュだったのか。


「だが、それだけ私に勝てるものか。()らいなさい、本物の地獄(じごく)業火(ごうか)を。ヘルフレイム·ダブル」


骸骨の姿となったメルヘンは、両手から激しく()え上がる(ほのお)を出し、それをリムへと向けた。


リムはもう一度オーラフィストを撃とうと構えたが――。


鈍臭(どんくさ)いですね。技や魔法は相手よりも早く出せなければ、(かなら)一手(いって)(おく)れてしまいます。そして、それが勝敗(しょうはい)()ける」


激しい炎が二つの(くび)を持ったドラゴンのような形となり、リムの体を(つらぬ)いた。


体から煙をあげながら、黒焦(くろこ)げになったリムはその場で倒れる。


「リム! 大丈夫かッ!?」


まだ死んではいない。


だが、全身に負った火傷(やけど)のせいで、もう戦えるとは思えなかった。


ヘルフレイムとは火の魔法。


魔力を手に集め、それを火に変えて相手へと放つ魔法だ。


だが、火を両手から放出(ほうしゅつ)し、さらにドラゴンの形へと変化させるなど、どれだけ魔力のコントロール技術が必要になるのか。


両手から放つ炎の造形(ぞうけい)魔法など、私は見たことも聞いたこともない。


「レヴィッ! 気を抜くなッ! 次が来るっすよッ!」


ラヴィ姉さんが叫んだ。


だが、もう時すでに遅く、二つの(くび)を持った炎のドラゴンが、私の眼前(がんぜん)(せま)っていた。


ここで()ければリムが確実(かくじつ)に死ぬ。


だが、私はこの炎を受け切ることができるのか?


たとえ(しの)いだとして、その後にメルヘンと戦えるのか?


そう考えた私だったが、(もと)より選択肢(せんたくし)などなかった。


ここで避ければリムが死ぬ。


その理由だけで私はこの炎のドラゴンを受け止めるしかない。


槍を立て、身構える私。


だが、その前に突然人影(ひとかげ)が――。


「下がれレヴィッ!」


「ラヴィ姉さんッ!?」


飛び込んできたラヴィ姉さんは、折れた剣を炎のドラゴンへと突き刺し、相殺(そうさい)しようとした。


激しい炎を全身に浴びながらも、姉さんはなんとか相殺に成功(せいこう)する。


「そんな傷だらけで、どうして私を庇ったんだ!?」


ラヴィ姉さんは私に心配をかけないためか、余裕(よゆう)の笑みを見せたが、先ほどの外傷(がいしょう)と合わせて、もう戦えるようには見えない。


もはや立って(しゃべ)っているだけでも(つら)いはずだ。


「やれやれ、相変わらず考え無しっすね。ここでお前がやられたら誰があいつを倒すんすか?」


その言葉を聞いた私は、ラヴィ姉さんを下がらせ、メルヘンの前へと出る。


「そう……だな。すまない姉さん。あとは私が片付ける」


メルヘンに効果(こうか)がある攻撃は、リムの技――オーラフィストのみ。


そんなリムはもう戦闘不能(せんとうふのう)


聖属性も火属性も持たない私には、不死者のアンデッドを仕留めることはできず、戦えば確実に殺されるだろう。


だが、それでも私は、自分でも驚くほど落ち着いていた。


不死者に対する恐怖(きょうふ)も、仲間(なかま)をやられた(いか)りもすべて飲み込み、自分がやるべきことに集中(しゅうちゅう)できていた。


「おやおや。なんだか覚悟(かくご)が決まったような顔をしてますね」


メルヘンはそんな私の表情を見て、カタカタと()を鳴らし、笑った。


笑う骸骨など滑稽(こっけい)で、見る者によれば恐ろしいものだろう。


しかし、私は一切(いっさい)を気にせずに、ただゆっくりと前へと出て行く。


「私には仲間がいる……」


「仲間ぁ? くだらないことを言いますね。事実その仲間はもういませんよ。戦えるのはもうあなた一人じゃないですか」


「お前は知らないんだ。いや……誰も知らない……私だけしか知らないんだ……。ラヴィ姉さんが私にしてくれたことで、それを思い出せた……」


「何を言っているのですか? 恐怖で頭がおかしくなったのですか? (こま)りますね。本当に恐ろしいのはこれからなのに」


メルヘンがそう言った瞬間――。


一匹の馬がもの凄い速度で私とメンヘルの前に現れた。


そして、その背に乗っていた人物が振り落とされ、私たちの目の前に(ころ)がり、馬はそのまま走り去って行ってしまった。


「お前は……?」


メルヘンは(つぶや)くように言った。


その声からして驚きを隠せないようだった。


だが、私は驚かない。


何故なら、この人物がここへ来ることをわかっていたからだ。


「あぁぁぁッ! なんでこういつもいつもこんな強そうな奴が現れるんだよッ!?」


そう――。


リョウタ――。


私が槍を捧げた男――。


リョウタはいつだって私の窮地(きゅうち)()け付けてくれる。


「やはり来てくれたか、リョウタ!」


それでも私はリョウタが来てくれたことが嬉し過ぎて、ついはしゃいだ声を出してしまう。


「実は大賢者メルヘンは、アンデッド――リッチだった。こいつには打撃も効かないうえ、さらに強力な造形魔法を使うぞ」


「そういうお前はなんでそんな嬉しそうなんだよッ!?」


「お前がここにいるからだッ!」


自分でも凄いことを言ってしまったと思ったが、恥ずかしがることなど微塵(みじん)もない。


だって、私はリョウタが来てくれたことを正直に言葉にしただけなのだから。


「お、お前はッ!? こ、こんなときにそういうことを言うかッ!?」


顔を()()にしているリョウタ。


慌てているが、いつものことで私は安心する。


そして、きっといつものように何か打開策(だかいさく)を考えているはずなんだ。


「くだらないものを見せられました。そんな雑魚(ざこ)がいくら来ようと私の優位(ゆうい)()るぎませんよ」


メルヘンは再びカタカタと歯を鳴らすと、炎の造形魔法を(とな)えた。


私はリョウタに指示(しじ)を出し、倒れているリムを助けるように言う。


そして、私はラヴィ姉さんを担いで、リムを(かか)えたリョウタと共に広場にあった建物の(かげ)に隠れた。


「姉さん、ライト王は?」


「すでに避難してもらっているっすよ。それにしても、まさかこいつが来るなんて……」


ラヴィ姉さんは、リョウタが現れたことに驚いているようだった。


無理もない。


あれだけこき下ろした男だ。


私はそのことで何か言ってやりたくなったが、今はそんなことをしている(ひま)はない。


「リョウタ、何か考えているんだろう?」


「お前……相変わらず俺頼りだな……」


「当然だ。私はお前がいないと生きていく自信がない!」


「それが(むね)を張って言う台詞(せりふ)かよッ!」


そうは言いつつも、リョウタはちゃんと(さく)を考えていてくれた。


街にアンデッドの集団が現れたと聞いたリョウタは、すぐに城にあった聖水(せいすい)を集め、それを私に(わた)そうとここへ馬を走らせたようだ。


やはりリョウタは、私のことを……。


あぁ……そこまで思われていたなんて恥ずかし過ぎるぞ!


そう思うと、()き上がる気持ちが抑えられなくなってきた。


この場ですぐにでも空へと飛びあがりたい。


「おい、今飛ぼうとしたろ」


「していないッ!」


身を(ふる)わせた私を見たリョウタは、呆れた顔をして言った。


ともかく、リョウタは考えた作戦を話し始めた。


アンデッドは聖水を浴びると、その身が崩れる。


たとえ、それがリッチのような上級(じょうきゅう)クラスのアンデッドあろうともだ。


「なら、メルヘンの奴にここにある聖水をすべて浴びせるってことか?」


「いや(ちが)う。聖水を浴びるのはレヴィ、お前だ」


リョウタが言うに――。


全身と武器(ぶき)に聖水を浴びせた状態に私が、メルヘンに竜騎士の技――ジャンプを喰らわすというものだった。


「あいつはアンデッドのボスなんだろ? だったら聖水を浴びせるだけじゃ倒せない可能性(かのうせい)が高い」


「なるほど。大ダメージを喰らわせたうえで聖水も浴びせるということか。よし、今すぐ飛ぶぞ、私は!」


「待てって! お前のジャンプは狙いが付けられないうえに着地もできないだろうが。だからチャンスは一度しかないことを理解しておけよ」


そして、リョウタは落ちていたスケルトンの大きな盾を拾って立ち上がった。


「毎度のことだが、俺が(おとり)になる。今回はカトプレパスのときとは違って(まと)が小さいが、頼んだぞ、レヴィ」


そういうと、リョウタは盾を突き出してメルヘンへと向かって行った。


リョウタは弱い。


私が知っている成人(せいじん)男性の中でも一番と言っていい。


だが、自分の弱さを受け入れ、そして勝つために強敵(きょうてき)へと向かって行ける男はリョウタだけだ。


それに、竜騎士の才能はないと誰もが言ったこの私の技を、自分の(いのち)()けて信頼(しんらい)してくれる。


リョウタ……。


お前は出会ったときからそうだった。


私はリョウタが持ってきていた大量の聖水を、全身と武器にあるだけかけた。


そして、助走(じょそう)をつけ、槍を使い、(いきお)いよく地面を突いて跳躍(ちょうやく)


空へと飛びあがる。


青い空、白い(くも)が広がる空間へと入っていく。


そして最高地点(さいこうちてん)到達(とうたつ)すると、槍を下に向けて下降(かこう)


風を感じながら、(ねら)いをメルヘンへと(さだ)める。


下を見ると、メルヘンがリョウタに向かって炎の属性魔法を唱えていた。


だが、それでもリョウタはうまく盾で自身を守りながら、メルヘンをその場から動けないようにしていた。


「どうした大賢者メルヘンッ! こんなもんじゃ俺は倒せないぞ! (くや)しかったらもっとスゲー魔法を使ってみろ!」


挑発(ちょうはつ)して、相手の心を(みだ)すのはリョウタの得意技(とくいわざ)だ。


これは誰が見ても最弱(さいじゃく)だとわかるリョウタだからこそ相手も苛立つのだ。


それを自分でもわかっていてやるリョウタ。


さすがは自分の弱さを受け入れているだけのことはある。


(なみ)の男なら、プライドが邪魔(じゃま)をしてこんな真似(まね)はできない。


「雑魚がちょこまかと。ならば、その盾ごと(はい)にしてやりますかね」


「いや、灰になるのはお前だよ、メルヘン」


「なにをバカなことを」


「いっけぇーレヴィッ!」


そのリョウタの声と共に、私の槍がメルヘンの体を貫いた。


聖水をたっぷりかけてあった効果か、貫かれたメルヘンの体は灰へと変わっていく。


「バ、バカな!? こんな残念(ざんねん)な竜騎士に私がやられるなどッ!?」


「残念なのはお前だメルヘン。そのまま土に帰るがいい」


メルヘンの断末魔(だんまつま)の叫びが周囲を(おお)()くすと、その体は完全に消え去った。


やった、やったぞ。


私は……私たちはこの国をアンデッドから(すく)えたんだ。


安心して気が抜けた私は、その場にへたり込んでしまった。


騎士でありながら情けないが、ずっと続いた緊張(きんちょう)も解けて、もう一歩も動けそうにない。


「おーいレヴィ。大丈夫か?」


そこへリョウタが現れ、私に手を伸ばした。


リョウタの体はあちこち焼け焦げていて、盾のおかげでまともには炎を喰らわなかったにしても、酷いケガに見えた。


「お前こそ大丈夫なのか? 私には酷いケガに見える……」


「なに言ってんだよ。こんなもん、お前との(たび)で負ったケガのほうがよっぽど酷かっただろ?」


「そうだったな……」


そして、私はリョウタの手を握り、その肩を借りた。


体はクタクタだったが、リョウタにこうやって寄りかかれているのは嬉しい。


「それにしても(おも)いな。ちょっと(ふと)ったんじゃないかお前?」


「なッ!? なにを言うんだリョウタッ! ラヴィ姉さんは私なんか軽々と持ち上げていたぞ! 私が重いのではない。お前の修行が足りないんだッ!」


ちょっと(あま)えようと思った私の考えは甘かった。


そうだった……。


私とリョウタはそんな関係じゃなかったんだよな……。


そのとき――。


地面から突然灰が舞い上がり、それが次第に骸骨の形へとなった。


「よ、よくもやったな……」


メルヘンは死んでいなかった。


だが、私のジャンプで相当なダメージを受けたのだろう。


今にも崩れそうなその体には、ヒビやかけた箇所が至るところに見える。


聖水をあと一振りでも浴びせれば、止めがさせそうだった。


そんな体で何ができるのかと思っていると、メルヘンは近くにいたラヴィ姉さんに襲い掛かろうとしていた。


「せめて貴様(きさま)の姉は道連(みちづ)れにしてやるッ!」


「やめろッ!」


ラヴィ姉さんはもう動けそうになかった。


だが、姉さんは私を見て笑みを浮かべた。


「レヴィ、うちが間違っていたようっす。そいつはお前の言う通りの男だったっすよ」


いくら国を救えてもこんな結末(けつまつ)(いや)だ。


せっかくまたラヴィ姉さんに会えたのに……。


今度は一生(いっしょう)会えなくなるじゃないか。


「姉さん逃げてくれッ!」


メルヘンがラヴィ姉さんに手をかけようとしたそのとき――。


飛んできた金属製(きんぞくせい)(ぼう)のようなものがメルヘンの腕を(くだ)いた。


よく見ると、その棒のようなものは楽器(がっき)である横笛(よこぶえ)――フルートだった。


「私の大事な人に手を出すな」


「な、何者だッ!?」


突如(とつじょ)現れたその男は、剣をメルヘンへと振り落とし、その体をバラバラにした。


そして、そのバラバラになった体へリョウタが持っていた聖水を浴びせると、メルヘンは消滅(しょうめつ)


今度こそ奴を始末(しまつ)することができた。


「やっと君のために剣が振るえた……」


私はこの突然助けに入った男のことを知っていた。


そうだ。


金色の長髪を後ろに束ね、その顔は誰が見ても(ととの)っていると思うほどの美貌(びぼう)


愚者の大陸を(のぞ)けば、世界最強と言われているほどの剣の使い手。


ラヴィ姉さんの婚約者(こんやくしゃ)だったルバート・フォルテッシだ。


「こ、これは夢っすか……?」


ラヴィ姉さんは、ルバートの姿を見ながら(なみだ)を流していた。


私は姉さんが泣いたところを見たのは、これが(はじ)めてのことだった。


父上と母上が死んだときでさえ泣かなかったというに。


ルバートの登場は、それだけのラヴィ姉さんの心を揺さぶったのだろう。


「いや、夢ではない。私は本物だよ、ラヴィ」


「……うちはもう貴族(きぞく)のお(じょう)さんじゃないっす……。ただの小間使いなんっすよ……。お前とは釣り合わない……」


「私ももう貴族ではない。ただの吟遊騎士(ぎんゆうきし)さ。ラヴィ……ずっと会いたかった……」


そういうとルバートは、泣いているラヴィ姉さんを()きしめた。


この国でラヴィ姉さんと会えて――。


そして、まさかルバートまで現れるなんて――。


二人のこれまでのことを知っているのもあって、なんだか私まで泣きそうだ。


「なんか絶対(ぜったい)仲良(なかよ)くなれそうにない奴が出てきたんだけど……」


リョウタは顔を引き()られながらそう言っているが、私はそうは思わなかった。


何故ならリョウタもルバートも、大事な人ところへ必ず駆け付けるからだ。


「よかった……本当によかった……」


「って、うわぁッ!? おい! おいッ! レヴィッ! しっかりしろよッ!」


心配してくれている声を聞きながら、私もラヴィ姉さんのように男の体――リョウタの体に寄りかかった。


ルバートがここへいるのなら、きっとイルソーレとラルーナもいるだろう。


目が()めたら三人をリムに紹介(しょうかい)しよう。


きっと……いや絶対に仲良くなるはずだ。


今から楽しみだな……。

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