第百二十五話 旅立ち
「わぁ~すごいッ! 見てよソニック。魚の群れがいるッ!」
ビクニが海面から見える魚の大群に声をあげていた。
ググも一緒になって嬉しそうに大きく鳴いている。
俺があまりはしゃいでいると船から落ちるぞと言ったが、ビクニは耳を貸さずに騒がしく海を見続けていた。
船員たちは、そんなビクニとググを見て朗らかに笑っていた。
ルバートがセイレーンを倒した後――。
俺たちはこうやって船に乗り、目的地である愚者の大地へと向かっていた。
ビクニはセイレーンから街を救った英雄として国中から感謝され、船と船員は無償で借りれることになったのだ。
まあ、暗黒騎士ビクニ万歳というわけだ。
ビクニ本人は、自分は大したことをしていないと言い続けたのだが、もはやお祭りムードとなった海の国の住民たちは誰にも止められなかった。
そして、海の国マリン·クルーシブルで起こった出来事は、ルバートがすべての責任を負うことで一応終結した。
ルバート本人は死刑を望んだが、旧市街、中心街の住民――あとビクニの言葉もあってその罪は軽減されることとなった。
下された判決は、貴族の地位の剥奪。
その結果に、ビクニは最後まで納得していなかったが、宮殿に住む上流貴族たちが、裁きを望むルバートへできる限り軽い罪で済むようにしたのは誰が見ても明らかだった。
それは、その後の貴族たちの行動からもわかることだ。
ルバートへの刑が決まった後に、旧市街全体の立て直しを始め、家を持たない旧市街の亜人たちへ一時的な住む場所と仕事を与え、この国に住む者の差別を減らそうとする努力が見えたからだ。
貴族たちも、中心街の人間たちも、そして亜人たちも。
今回の事件で誰もが罪の意識を感じたことで、少しずつだがこの国にも変化が生まれていた。
今までずっと孤軍奮闘してきたルバートの頑張りも、ここへきてようやく実ったと言ってもいい。
海の国はこれから変わっていくだろう。
ルバートが望み続けた人間も亜人も関係なく仲良く暮らす国へと。
「ねえ、ソニック。ルバートはラヴィ姉に会いに行くかな?」
ビクニが海面を見つめながら俺に訊いてきた。
俺たちが船で出発する前の別れの挨拶のとき――。
貴族の地位を剥奪されたルバートは、海の国が落ち着いたら旅に出ると言っていた。
「もちろん俺たちもついて行きますよ、兄貴」
「当然だよぉ。たとえ貴族じゃなくなったって、あたしたちは兄貴の従者なんだから」
イルソーレとラルーナも、ルバートの旅について行くと、その場で言っていた。
ルバートとの繋がりは一蓮托生。
それが二人の言い分だった。
イルソーレとラルーナがそう言った後に、ルバートは突然片膝をついて騎士の礼をとった。
「君たちには多くの迷惑をかけ、さらに私自身を救ってもらった。私の剣はすでに心に決めた女性に捧げている。この体もこの命も彼女のもの。だから剣は捧げることはできないが……」
ルバートはそういうと、下げていた顔を上げた。
「もし君たちに何かあれば必ず力になることをここで誓おう」
それに続いて、イルソーレとラルーナもルバートと同じように片膝をつく。
「それは俺たちも同じだぜ」
「うん。ホントにありがとう。ビクニ、ソニック、ググがいたからまたこうやって兄貴たち一緒にいれる」
そして、俺たちへ礼の言葉を捧げた。
ビクニは何故だか、そんなルバートたちを見てクスクス笑っていた。
後で聞いたら、ルバートの思い人であるラヴィ·コルダストにも似たような騎士の誓いを受けたのだそうだ。
どうも騎士というか貴族出身の連中は、いちいち大袈裟なんだよな。
きっと決めたことを口に出さないと気が済まないんだろう。
俺にはまったく理解できないが。
「さあな。わかんねえけど、会いに行くんじゃないか?」
「なんだよその言い方は。はっきりしないなぁ」
「それよりも目的地が近いんだ。もうちょっと気を引き締めろよな」
「そんなことわかってるよ!」
俺の言葉を聞いたビクニは、急に不機嫌になった。
さっきまであれだけご機嫌だったの、この変わりようはなんだよ。
本当にこの女はわからん。
「ソニックはホント空気が読めないんだから」
「何か言ったか?」
「なんでもないッ!」
さらに不機嫌なったビクニの肩で、ググが晴天の空へ向かって大きく鳴いた。




