第百二十三話 絶対に守る
体内にあるすべての魔力をルバートへと注ぐ。
そうすると、部屋に鳴り響いているセイレーンの歌声はさらに大きくなっていった。
魔力が注がれるたびに、ルバートの体に纏わりつく瘴気がそれを打ち消そうとしている。
精霊の持つ魔力が、これほど凄まじいとは考えていなかった。
だが、今の俺が負けるはずがない。
「あぁぁぁッ!」
ルバートの悲痛な叫び声もそれに負けず劣らず増していく。
俺もルバートに魔力を注ぎ過ぎたせいか、体に力が入らなくなってきた。
すると、俺たちがいた場所――ルバートの心を表していた灰色の部屋が崩れ始めた。
これは、ルバートがセイレーンの誘惑に勝ったということなのか?
それとも、奴の心が壊れてしまったのか?
どちらかはわからないが、俺たちがいた空間はゆっくりと消滅した。
――気がつくと、目の前には石畳の道に両膝をついたルバートがいた。
その側には、捨てられたルバートの剣が置いてある。
どうやらルバートは精霊の呪縛を解き、正気を取り戻したようだ。
「何てことなの……こんなことがあり得るはずがないッ!?」
見上げる空中にいたセイレーンが、驚愕の表情で叫び声をあげていた。
それはそうだろうな。
俺だってビクニのことがなければ、挑戦しようとすら思わなかったんだ。
まさか正気を取り戻すなんて、術者であるセイレーン本人が一番驚いているはずだ。
精霊に魅入られた者がその呪縛を解くのは、それくらい可能性が低いということだ。
だがしかし、やってやったぞ。
それはルバートの力ではあったが、俺は内心で喜びが隠せないでいた。
「だけど、あなたの魔力も底が尽いちゃったようね」
狼狽えていたセイレーンだったが、すぐに落ち着きを取り戻し、冷静に状況を見始めていた。
正直いってまずい。
俺はもう魔力切れだ。
ルバートは正気に戻せたが、その後のことを考えていなかった。
まさか魔力を使い切るほど、奴の精神操作魔法が強力だったとは思わなかったのだ。
「残念ね。さっきのあなたなら私よりも強かったのに。もうこの場で私に勝てる者はいないわ」
セイレーンは翼を広げて高笑う。
そして、その翼から羽根をナイフように飛ばしてきた。
無数の羽根が雨のように俺とルバートに降り注いた瞬間――。
「やらせねえぞッ!」
「兄貴たちには手出しさせないよッ!」
気を失っていたはずのイルソーレとラルーナが、俺たちの盾となって羽根をすべて受け止めた。
二人は、全身に刺さった無数の羽根のせいか、どこか地方の民族のような姿――いや、まるでハリネズミのようになっていた。
「なにやってんだッ!? 早く逃げろよッ!」
俺はそう怒鳴りあげたが、イルソーレとラルーナは背を向けたまま何も言わなかった。
そして、そのままその場に倒れる。
「イルソーレッ! ラルーナッ!」
「あれだけ威勢がよかったのに、全くだらしないわね。さあ、次で最後よ」
セイレーンは二人を鼻で笑うと、再び翼を広げて羽根を飛ばそうしたが――。
「ダメェェェッ!」
その叫び声と共に、空中にいるセイレーンが斬りつけられた。
「私がみんなを守るッ! 絶対に誰も殺させないッ!」
そこにはググを肩に乗せたビクニ が、巨大な大剣と化した暗黒騎士の魔剣を構えて宙に浮かんでいた。




