第十二話 お目覚め
それから私は、縛り上げた吸血鬼の少年を連れてライト王のところへと向かった。
そこで詳しい事情を話すと、ラビィ姉の言う通り少年は簡単に許された。
「別にラビィ姉の言ったことを疑ってはなかったけど。本当に許しちゃうんだね」
「あの方の甘さは筋金入りっすよ。住民も城の者までそうだから、うちがバレないように汚れ仕事をやっているんっす」
呆れながら言うラビィ姉を見て、私は思い出していた。
このライト王国に住む人たちはみんな優しい。
私とリンリがバハムートに襲われたときだって、王国の兵士さんたちは自分の命を犠牲にして助けてくれたし……。
ライト王も右の肩から腕を失う大ケガをしてまで助けようとしてくれた……。
とっても偉い王様なのに……。
いくら世界を救う人間を助けるためだといっても、そこまで自分を犠牲にできるものなのかな……。
今も笑顔で玉座に腰を下ろしているけど、私を助けたことを後悔していないのかな……。
腕を他人のために……。
しかも初対面の子のために犠牲にしちゃうって……。
ラヴィ姉がライト王のことを過剰に心配するのもわかる気がする……。
「ビクニよ」
「は、はいっ!」
いきなり声をかけられた私は、思わず声が上ずってしまった。
「わしは嬉しく思うぞ。自分の大切な魔道具を盗まれたというのに、その少年を許してほしいと願い出るとは」
お爺ちゃんもといライト王は、そう言った途端に涙ぐんでしまっていた。
いや、ライト王だけじゃなく。
周りにいる兵士たちも王と同じように、感涙に咽ぶのを必死で堪えている。
……そんな泣くほどのことじゃないと思うんだけど。
他人の心配なんてあまりしない私だけど、やっぱりこの国の未来が心配になる。
「どんだけ涙もろいんだよ……」
私はつい本音を呟いてしまっていた。
その後――。
吸血鬼の少年には、住む家が与えられそうになったが、さすがにラビィ姉がそれを止めた。
「恐れ多いながらライト王様。こいつは国の者ではないっす。そのような者にいきなり家を与えるのはいかがなものかと思うっすけど」
「ふ~む。では、ラビィはどうすれば納得してくれるか?」
そうライト王に訊かれたラビィ姉は、この少年は兵士たちが寝泊まりしている兵舎の空いている部屋に住まわせればいいと答えた。
「しかし、いくら王国の兵に優しい者が多いとはいえ、こんな幼い子が兵士の暮らすところでは怖がってしまうのではないか?」
私は召喚された国が、ライト王国で本当によかった。
だって、ここまで慈悲深い人はそうそういないよ。
いくら子供だから、食べものを盗んだ奴のことを、ここまで心配する王様なんているはずがない。
もし、私が他の国に召喚されていたら、タダめし食らいの怠け者として放り出されていただろう。
ラッキーだったな、私……。
それからもライト王とラビィ姉は話し合いを続けた。
ラビィ姉的には両手に手錠をかけ、足には鉄球と鎖の枷を付けるべきだと強く主張していたけど。
ライト王は「それではまるで罪人ではないか」と、顔を青くしていた。
周りの兵士たちも「やはり暴力メイドの考えることは恐ろしい」とヒソヒソ話を始めてた。
私は「おいおい、罪人だよ、この子」と言いたかったけど。
うまく言葉にできなくて、結局何も言えなかった。
その様子を見て、改めてラビィ姉は苦労しているんだな、と思った。
そして、散々話し合った結果。
吸血鬼の少年は兵舎に住むことになり、手錠や鉄球と鎖の足枷は付けないこととなった。
それから、私はラビィ姉と共に兵舎へと少年を連れて行く。
ライト王とラビィ姉の話し合いが長かったのもあって、すっかり日も暮れて時間は夜になっていた。
だけど、兵舎は城内にあったのであっという間に目的地へと到着。
ライト王の前でも、移動中でも気絶したままの少年。
それを抱えているラビィ姉は面倒くさそうに部屋の扉を開ける。
そして中に入ると、部屋にポツンと置いてあったベットに少年を乱暴に投げた。
「いってぇ!」
その衝撃でようやく少年が目を覚ました。
「やっとお目覚めっすか。じゃあビクニ。あとは任せるっすよ」
ラビィ姉は、少年には私からいろいろ説明するように言うと、部屋から出て行ってしまった。
いきなりそんなことを言われてもと、まごまごしている私を少年が睨みつけてくる。
「お前……もしかして……あのメイドから俺のこと……助けてくれたのか?」
「えっ! あ、いや、まあ……そうだけど……」
うまく話すことができない。
思えば同い年くらいの男の子と二人っきりで会話したことなんて一度もない。
手に汗が滲み、私は彼からつい目を逸らしてしまう。
「余計なことするなよ! 俺はお前の物を盗もうとしたんだぞ! そんな奴をなんで助けたんだ!」
大声で怒鳴り出した少年。
その迫力に完全に委縮してしまった私は、説明も訊きたいこともうまく言葉にできないでいた。
だけど……ここは頑張らないと!
「い、いや……そ、その……わ、私は……あ、あ、あなたがどどど、どうしてこの魔道具を外せたのかを……って、えっ!? ど、どうしたの!?」
なんとか口に出せた私を無視して、少年はベットで横になった。
私に背を向けて……。
「もう寝る。頭がガンガンするんだ」
「そ、そう……じゃあ、また明日ね……」
私はそう言うと、部屋の扉を閉める前に「お大事に」と言ってその場を後にした。
そして、寝室までの帰り道を、自分の情けなさに落ち込んだままトボトボと歩いた。




