第百三話 平行線
そして、静かに貴族たちの会議が始まった。
ビクニはこういうことは初めてのようで、顔を強張らせながら話に耳を傾けていた。
まあ、話の半分も理解できていないだろうが、音が真面目なこいつらしいといえばらしかった。
そして、何故かググも身構え、静かに発言する者のことを見据えていた。
たぶんだが、こいつもビクニと同じで何一つ理解してはいないだろう。
ただマネをしているだけだ。
会議は午前、午後と二部構成ということもあり、すでに港に現れた海の怪物クラーケンのことは話し終わっていたようだ。
というか、むしろこの午後の会議は、ルバートが無理矢理に始めたものだったと思わせる集まりだった。
何故ならば、静かながらも熱っぽく発言しているルバートに対して、席に座っている貴族連中は退屈そうだったからだ。
一応受け答えらしきものはしていたが、とても関心があるようには見えない。
議題の内容は、旧市街の住民――。
ようは、貴族たちが嫌っている亜人たちのことだ。
ルバートは何故クラーケンが現れたときに、兵を動かさなかったのかということを、手を替え品を替えて言っていた。
だが、貴族らの言い分では、この海の国マリン·クルーシブルの政治、経済を回している宮殿や中心街を守ることが最重要であり、そこさえ守られれば港や旧市街などはすぐにでも復旧できるという。
しかし、ルバートは旧市街の亜人の身の安全はどうなるのだと言い返し、それを聞いた貴族たちは呆れながら適当に答えている。
この会議では、こんなやりとりがただひたすら繰り返されていた。
互いの主張、意見をいくら話しても妥協点の見いだせない状態――。
まるでどこまで延長しても交わらない二本の線のようだった。
まさに平行線。
俺は、こんな会議に一体なんの意味があるんだと思ってしまっていた。
おそらくこういうことをもう何年も続けているのだろう。
綺麗事いうルバートと、旧来のやり方を変えるつもりのない上流階級の者たち――。
こんな話し合いは、とてもじゃないが会議とは呼べない。
いい加減にこの会議の無意味さが嫌になったのか、貴族の一人がルバートに強く出始めた。
その貴族が言うに――。
このマリン·クルーシブルでも、日々の生活が困難な者たちは多くいる。
それなのにこれ以上亜人たちに経費を割いたら、中心街にいる住民たちはどうなるのだと。
亜人たちには国の財産である住居を与えてやっているだけでも、十分に感謝されるべきである。
それから、その言葉に同調した貴族たちが、次から次へと声にしてルバートを責め始めた。
「それは間違っています」
だが、ルバートは少しも怯むことなく答えた。
貴族たちの言い方に怒った様子も見せずに、言われた話を一つの意見として彼らに立ち向かっていた。
ルバートが返すに――。
この海の国はあらゆる大陸や国から人がやってきて、交易、漁業などが盛んであり、金銭的な面や仕事面でもとても豊かな国である。
そんな仕事にも給与にも問題ない環境下で貧しいという住民は、仕事ばかりの生活が嫌で自らそういう暮らしを望んでいるのだと答えた。
貴族たちは、それはそうかもしれないが、と歯切れの悪い言葉を返すと、再び最初に言っていた、旧市街へ住まわせてやってることを話し始める。
きっとこの光景も、いつも見れるものなのだろう。
そして、最終的には、どうせルバートの意見はなかったことにされて終いだ。
だが、今回は――。
「では、彼女の意見を聞いてみてください」
ビクニや俺やググがいることが、いつもと違っているのだ。




