第九十九話 相談
ビクニの話を一通り聞いたルバートは、コクコクと頷いていると突然立ち上がって部屋の扉を開けた。
そこには、紅茶とティ―セット、そして焼き菓子などが、車輪の付きの台の上に用意されてあった。
その台車を部屋の中に入れ、俺たちの分までカップに紅茶を注ぎ始める。
ビクニの奴は、その宮廷に似合うとても豪華なカップや、色とりどりの焼き菓子に目を奪われていたが、俺には違和感あった。
それは、ティ―セットや焼き菓子に対してではなく、ルバートにだ。
この男は貴族――。
しかもその剣の腕は、愚者の大地を除けば最強と名高いと言われているというのに、俺たち程度の客に自ら紅茶を入れている。
そんなことはメイドやら召使いにでもやらせればいい。
それなのにこの男は……。
けして俺が知っている貴族の立ち居振る舞いではない。
いや、むしろ“らしからぬ”態度だ。
「お菓子もいいけれど、それよりも船は?」
ビクニはまだルバートから食べていいとも言われていないのに、目の前に置かれた焼き菓子を頬張りながらそう言った。
口の中いっぱいに詰め込まれた焼き菓子のせいで、頬が中から押され、まるでリスのようになってしまっている。
相変わらず下品な女だ。
それに、あの一見して慎ましそうな人見知りとは思えないほどの厚かましさまで備えていやがる。
この暗黒女は食べ物のことになると、自分を抑えられない呪いにでもかけられているのだろうか。
「食べながら話すなよ、みっともないな」
俺がそう言うと、今頃顔を赤くしたビクニ。
そんなに恥ずかしいなら最初から焼き菓子に手を出さなければよいものを、この女は……。
全く、本当に困った奴だ……。
そんなビクニの姿を見たググも急にマネをし始め、口の中いっぱいに焼き菓子を詰め込んで鳴いた。
サイズ的にググの小さな体はリスと大差がないので、まるで本物のリスのようだった。
ビクニはマネされたのが嫌だったようで、ググを捕まえて止めさせようとした。
だが、ググは頬を膨らませたまま、いくらビクニが追いかけても部屋中を飛び回って逃げていく。
その光景を見たルバートは、そんなビクニたちを止めることなく、ただ穏やかに微笑んでいた。
個人的に貴族やキザな人間というのは、礼儀作法にうるさいイメージがあった。
だがやはりというべきか、ルバートはビクニやググのマナーの悪さを気にも留めていないようだ。
そして今は、そんなビクニたちが微笑ましいのか、椅子に座ってもまだ楽しそうにしていて紅茶へ口をつけていた。
「話はわかったよ。だが、今すぐというわけにはいかないな」
ルバートがそういうと、ビクニとググは動きを止め、彼に駆け寄っていく。
「どうして?」と、訊ねるつもりなのだろうが、この海の国マリン·クルーシブルに着いたばかりのときに、内戦が酷くてどの船も就航が難しいと、聞いていたのをもう忘れたのか。
案の定そう訊ねたビクニに、ルバートがこの国の内情の不安定さを伝えた。
「やっぱりそこなんだね……」
どうやらその言い方からして、ビクニは理解していながら訊いたようだった。
わかっていて訊ねたというのに肩を落としてガッカリするビクニ。
ググもそんなビクニの肩に乗ったまま俯いて、弱々しく鳴いた。
「ビクニ……。そこで相談なんだが。午後の会議に君たちも出ないか?」




