第九十八話 事態の深刻さ
ビクニの体はもう三分の一が吸血鬼化していること――。
そのおかげでこれまでの旅を耐えて抜いて来れたこと――。
そして、また俺が血を吸えば、次は吸血鬼のハーフになってしまうことを伝えた。
ソファーをひっくり返されて不機嫌そうに聞いていたビクニ。
さすがに驚いたせいで眠気はなくなっていたようだが、今の話に関心は持ってなさそうだった。
「おい、ちゃんと聞いてたかッ!」
ビクニは俺が大声を出すと、面倒臭そうに立ち上がる。
それを見るにこの女は、ことの重大さを理解していなさそうだった。
「もう、聞いてたよぉ。で、それがどうしたの?」
ビクニの奴は自分がもう吸血鬼になってしまったと聞いても、いつものように無気力な様子だ。
そして、かったるそうに言葉を続ける。
「別に問題なくない? だって吸血鬼になったっていっても特別な変化はないし」
「今はまだ三分の一だからだ」
「でも、私が吸血鬼化したおかげでここまで旅が続けて来れたんなら、むしろ完全にソニックと同じになったほうがいいんじゃないの?」
それからもビクニは悠長なことを言い続けた。
吸血鬼の食事は血液のはずなのに、ソニックは普通の食べ物でも問題ない。
太陽を浴びても灰にならないなど。
吸血鬼化して何のデメリットがあるのだと。
わかっていない。
この女は何もわかっていないんだ。
俺の眷属になるということは、もう人間の時間では生きられないことを――。
家族、友人、恋人が年を取って、先に亡くなってしまうということを――。
まるっきり理解していない。
俺がすぐにそのことを説明すると、ビクニは大あくびを返してきた。
「でも、結局元に戻れる方法はあるんでしょ。そんなに慌てて話すようなことじゃないじゃん」
「たしかに方法はあるが……」
「ほら、だから心配する必要なんてないじゃん」
……心配する必要はあるんだよ。
問題はその方法なんだから……。
と、俺が言おうとしたとき――。
「私だ。ルバートだ。入るぞ」
コンコンコンと三回ノックした後にルバートの声が聞こえた。
ビクニは「は~い」返事をすると、ググが目覚めて俺の頭に飛び乗る。
部屋に入ったルバートはまず頭を下げて、待たせたことを詫びた。
会う約束をしたというのにどーたらこーたら、晴天の空、陽の光が祝福をなんたらかんたらと、長くキザったらしい謝罪だった。
「別に会いたがったのはこっちだから気にしないでいいよ、ルバートさん」
「ありがとう。私のことはルバートでいいよビクニ」
「うん。じゃあルバートで」
それからビクニは早速話を始めた。
愚者の大地いる幼なじみの聖騎士――晴巻·倫理ことリンリと会うために、どうしても船に乗る必要がある。
だから、なんとかあちらの大陸に行ける船を貸してほしい――そうルバートに説明した。
ルバートのことはもう慣れたとはいえ、いつも口ごもるビクニらしくない、とても熱のこもった口調だった。
それだけ幼なじみの聖騎士が心配なんだな……。
俺はまだビクニに吸血鬼化の話が途中だと言いたかったが、そんな姿を見るともう何も言えなくなってしまっていた。
大丈夫……。
俺がビクニの血をもう吸わなければいいだけの話だ。
三分の一程度なら、まあ肉体が強化されるくらいで済むしな。
「ほら、ソニックからも言ってよ」
そしてビクニに急かされた俺は、いつものようにやれやれと大きくため息をつくのであった。




