第九十七話 客間にて
クラーケンとの戦いから一夜明けて――。
俺とビクニ、ググの二人と一匹は、ルバートが住む中心街の宮殿にいた。
そして、今はルバートが来るのを宮殿内にある客間で待っている。
静かな、あまりにも静かな待ち時間だ。
昨日、俺たちは宿屋に戻ってからビクニがすぐに眠ってしまい、それから互いにろくに話をしていない状態が継続していた。
それは当然朝になってから宮殿へと向かう道でも同じだった。
簡単な言葉を交わすだけで、話らしい話はしないまま。
ビクニの奴は終始こんな調子で(人のことは言えないが)、俺と目が合うのが嫌なのか、視線を避けるように俯いていた。
そんなビクニの影響なのかわからないが、ググも彼女の肩で下を向いて鳴き声すら出さずにいる。
おそらくだが――。
いや、かなり確実に――。
この俺とビクニの間に流れる気まずい空気の理由はわかっていた。
それは、昨夜のクラーケンとの戦闘中――。
俺がこのままビクニの血を吸い続けたら、彼女が吸血鬼になってしまうと伝えたからだ。
ビクニは今の今まで気が付いていなかったのだろう。
その体はすでに、三分の一が吸血鬼と化していた。
あれだけ貧弱だったビクニが、ここまでの過酷な旅に耐えてこれたのは、吸血鬼化していたからだ。
精霊との戦いや、リム·チャイグリッシュのような才能溢れる武道家とサシで渡り合うなど。
いくらビクニが暗黒騎士として特別な魔道具を所持し、その加護によって守られているとはいえ、今まで生きてこられたのは奇跡といえる。
それはすべて俺がビクニを吸血したことによって吸血鬼化し、強靭な肉体へと変わっていたからだ。
ビクニの奴もそれがわかったのだろう。
だからずっと気まずそうに……。
と、俺は思っていたのだが――。
「はぁ~全然寝足りないよぉ」
ただ単に寝不足で調子が悪いだけだった。
全く、余計な気を使わせるんじゃねえよ。
妙な心配をしたこっちが馬鹿みたいじゃないか。
ちなみにググは最初からビクニの肩に眠っていたようで、今はこの部屋のテーブルの上で寝そべっている。
俺が呆れていると部屋の扉が開き、誰かか入ってくる。
「よぉ、お前ら」
「おはようだねぇ」
イルソーレとラルーナの二人だった。
ビクニはまぶたを擦りながら、眠たそうな声で挨拶を返した。
そんなビクニの頭をポンポン叩くイルソーレ。
そして、ラルーナは誰にも聞こえないような声で「カワイイ」と言って尻尾を振っていた。
二人が俺たちのいる部屋へ来た理由――。
それは、もちろん挨拶のためもあったようだが、実はルバートからの伝言を頼まれたみたいだ。
二人の話によると――。
昨日の深夜に起きたクラーケンの襲撃のことで、宮殿では緊急の会議が開かれたため、かなり遅れてしまうというものだった。
「うん。わかったよ。じゃあ、おやすみなさい……」
「いや寝るのかよッ!」
イルソーレがすかさず怒鳴る横で、部屋にあったソファーに倒れるビクニを見たラルーナはさらに尻尾を激しく振っていた。
またカワイイとか思っているのだろう。
俺にはそのビクニの姿は、だらしなく見えるだけだが……。
それからイルソーレとラルーナは、これからやることがあるようで部屋を出ていく。
出る間際にやることについて訊ねると、なんでも亜人がこの宮殿で働くには、人の何倍――それこそ馬車馬のように働かないといけないのだそうた。
だが、ルバートはそのことは知らないらしい。
イルソーレとラルーナは、自ら宮殿の貴族たちに黙っていてほしいと頼んだようだ。
「わざわざ兄貴の手を煩わすわけにはいかねぇしな」
「それに、あたしたちの力で貴族たちに認められないと意味ないしぃ」
「へぇ……すごいねぇ……イルソーレとラルーナはぁ……」
二人の尊敬に値する言葉も、今にもムニャムニャと言いそうなビクニによって台無しになった。
だが、イルソーレはガハハと大笑いし、ラルーナはクスクスと小さく笑っていた。
そして、二人は笑いながら部屋から出ていった。
「じゃあ、ソニック。ルバートさんが来たら起こして……」
再び眠りに入ろうとしたビクニ。
俺はそんなビクニが横になっているソファーをひっくり返して話を始めた。




