その1「月 兵士 暗黒の中学校」 ジャンル「偏愛モノ」
なんか適当に選んだジェネレータだったけどジャンルなるものまで指定されてしまった......
これから毎日がんばります!(失踪フラグ)
8/11 サブタイトル誤字の修正
「先生、私達はどうしてここで、こんなことを学んでいるんでしょうか」
「いいから、早く続きをやりなさい」
無駄口をたたこうとする彼女をぴしゃりと黙らせる。
放課後のとある教室。他に動く影はない。
私達二人がここで時間を過ごすのはこれが初めてではない。いつからだろうか。幾度となく繰り返されたこの日常の風景に、不思議と落ち着く空気を感じ始めたのは随分前のように思う。
一日の授業が終わり、生徒は皆一様に宿舎へと帰る。ただ機械的に毎日を繰り返すこの学校でのイレギュラーが私達ということになるのだろうか。すでに教員のほとんども宿舎へと帰り、明日の準備をするなり、体を休めるなりして各々の時間を過ごしていることだろう。
先程から教員や生徒などと言っていはいるが、私達は軍属、もとい軍人だ。訓練生と教官と言ったほうが正しいのかもしれないが、表向きここは全寮制の中学校となっている。
しかしいかに実態が訓練施設とはいえ学校は学校。我々教師の役目は生徒を教え導くことだ。だから落第生である彼女の補講は担任である私が受け持っている。当たり前のことだ。当たり前のことではあるのだが...…
「先生ってばまた考え事?」
「君のおかげで私の頭は休む暇がないですよ」
彼女は当校開校以来の比類なき落第生であり、優秀な実技からは想像もできないような残念な頭の持ち主である。
今学期の始めにはとうとう頭がついていかなくなってしまった。
「あーその言い方はひどいと思いますー。私は今深く傷つきましたー」
「語尾を伸ばさない。また訓練中にそんな口聞いたら引っ叩きます」
「痛いのは嫌ですよ! あ、まさか先生にはそんな趣味が!? 確かに訓練中の口調にはその気が色濃くでているような。であるならば受け入れることもやむなしか......!」
「寝言は寝て言いなさい......」
......訂正しよう。彼女は身体的な能力は高いが、規律や礼儀を軽んじているため軍人としての素養は極めて低い。どうしてそのような者がこの学校にいるのか、不思議に思っただろう。
別に大した理由があるわけではない。簡単に言えば、生徒たちにはここしか選択肢がなかったのだ。
両親と死別した者、捨てられた者、物心ついた時には施設にいた者。他にも様々な理由があるだろうが、大雑把に言えば身寄りのない者たちだ。何も望んでここに来たわけではない。無論、嬉々として学んでいるものも多いのだが。
「先生また考え事? また眉間にシワが寄ってるよ」
彼女が私の眉間に指を立て、グリグリと揉むようにほぐしてくる。不意をついたその行動に驚いた私は、反射的に、座ったまま大きく頭を後ろに引き彼女から距離をとった。
「先生ったら大げさだなぁ」
クスクスと笑いながら先程まで眉間に当てていた指を左右に振る。その仕草は何故か妙に様になっていた。
手入れを欠かしていないなめらかな肌、短く切られていても艷やかな髪、すっきりとした目鼻立ちに鮮やかな花のような色をした唇、感情とともに移り変わるその柳眉。年頃の女子とは思えない鍛えられた体に色気のない制服を纏っているにも関わらず、なお色褪せないその魅力はここでは異質なものであった。
多くの生徒が在籍するものの訓練施設としての側面が強いこの学校では、最低限身だしなみを整えることは教えていても、美容に関することとなると教員もさっぱりである。別段禁止や制限を設けているわけではないが、大抵すぐに汚れたり余計に時間を取られたりすることを嫌ってか、皆一様に興味を持とうともしない。いや、そのような余裕もないと言ったほうが正しいのかもしれない。
「......はぁ。そんなことより、今日の課題はもう終わったんですか? 先ほど教えた内容でわかる問題だと思いますが」
「またそうやって話題をそらして」
「この時間の本題は君の補講です。君のために時間を割いてるんですから真面目にやりなさい」
「はいはーい」
「返事は一回! 語尾は伸ばさない!」
今宵は満月。月明かりが差し込む中、私は暖色の照明で机を照らし時計は深夜を回っている。宿舎の就寝時間はとっくに過ぎているが、毎日の仕事に支障が出ない限り過ごし方には自由が認められている。教師はもちろん生徒にもだ。
今学期に入ってから私はこの時間でも彼女の補講用の資料や問題を用意していることが多い。大変疲れる作業ではあるのだが、私の教師、教官人生の中では今が最も充実していると言ってもいいだろう。
彼女が私にある程度心を許しているのを見ると、私の方針は間違っていはいないのだと思える。
私には両親がいる。小中高と普通の学校を卒業し、自ら望んでこの職業を選んだのだ。だから私には生徒たちの気持ちが、何を考えているのかがいまいちわからない時がある。今まで常にこの不安を抱きながら生徒たちに接し、自分はうまく彼らを導くことができていないのではないかという気持ちが頭の大部分を占めていたように思う。自信ががなかったのだ。
もともとこの学校では座学を重要視してはいないし、最悪、軍の規律をそれなりに覚えていれば、よっぽどのことがない限り補講にはならないだろう。
そんなところで今年度受け持ったクラスの中に、新学期早々、稀代の落第生がいたのだ。
こういった思考はあまり人として好ましくないのだろうが、彼女を無事進級させることで私は自信を持てる。そんな気がするのだ。
とにかく今は彼女のことだ。もう少しだけ準備をしてから明日に備えて寝ることにしよう。
「やっぱり先生は可愛いな」
満月の光を浴びてなお暗い、しかし艶のある黒髪が楽しそうに揺れている。少し頭を傾ければ月のように白い肌がはっきりと見て取れる。
「そうやって私のことを考えて、私のために時間を費やしている姿を眺めるのは至福だよ」
夕方に彼に見せていた無邪気な笑顔は見る影もない。浮かべる笑みはより一層艶かしさを増し、妖しげな雰囲気を醸し出している。
「先生はひどく歪で、綺麗だから」
もっともっと私で染めてあげないとね。そう口にして、少女は再び暗闇に溶けていく。
少女が初めて彼と出会った日。担任であるというその教師はこの学校の教師としてはひどく弱々しく見えた。訓練の際には一丁前に檄を飛ばしていたものの、あまり圧を感じられなかった。
座学の講義の際には丁寧な言葉遣いで育ちの良さをうかがえた。
生徒たちの中にはその境遇からか、このことがあまり好ましく思われていないようだったが、訓練に支障をきたすわけでもなし、ほとんど誰も気に留めないような教師であった。
しかし13歳程の彼らにはその違いを納得できない者もいた。どうして自分はこんな目にあっているのに、どうして自分には選択肢がないのにと。少女もまたその一人であった。
少女は座学がとにかく苦手で嫌いだった。新学期が始まり一ヶ月ほど経つと、彼女はあまりの成績に補講に呼び出された。担任に呼び出されたため気が乗らなかったが、ここでサボれば退学。わけもわからないまま放り出されてしまうのだから仕方がない。
そう思いながらしぶしぶマンツーマンで勉強を教えてもらっていると嫌でも相手の様子を気にしてしまうものだ。
そもそも勉強が嫌いなのだから他のことに気が行くのもしょうがない。
彼女が内容を理解し、問題を解くことができると彼は我が事のように喜んだ。訓練や授業の際には見たことのない顔であった。
他人の成功にこんなに喜べるというのは彼女の理解を超えていた。それ故に彼女はその裏を読もうとした。
以降も同じことを繰り返す中で彼女は彼の中に自信が出てきているのを感じ、このように理解したのだ。
「先生は今、少しだけど私を心の拠り所にしているんだ。私に道を示すことができていると思い込んでいる。身寄りのないものを集めた都合のいいこの学校から行き着くところなんてとうに知れているというのに! 私が享受できなかったものをすべて受けてきたような男がそんなことにも気づかずに! なんて滑稽! なんて間抜け! そしてなんて愛らしいことか!! ああ、このまま気づかないうちに、私で思考を埋めてやりたい。私のことしか考えられないようにしてあげたい。私なしでは生きられないようにしてあげたい。何も持たない私が持っているあなたを支配したい。ああ、その時が楽しみで仕方がない!!!」
放課後を告げるチャイム。揃った号令にひとつ頷いた私は数拍おいて今日も彼女に声をかける。
「はーい! 先生! 今日もよろしくおねがいします!」
勉強のために始めたので粗捜ししてください待ってます!!