第二話 落し物
その日、私は落し物をした。
妻に贈るために買った指輪である。
結婚してすぐ事業を起こしたばかりの私は生活に困窮していた。だから、私は今まで妻に大した贈り物をしてあげることが出来なかった。しかし、ここに来て事業が軌道に乗り、生活も安定してきたことでようやく贈り物を出来るようになった。
ちょうど、今日は妻の誕生日。贈り物をするには最適な日である。私は少し興奮気味な状態で妻にあう指輪を買いに言った。しかし、慣れぬことをしたのがいけなかったのか、私は買ったばかりの指輪を道に落としてしまった。
暴走した乗用車が突然、私の前に現れて、私は指輪を落とした。転んだ瞬間に指輪はコロコロと路上を転がって薄暗い路地裏に消えた。
そういうわけで私は今、人が来ないような路地裏で指輪を探して彷徨っていた。
「落し物ですか?」
不意に声をかけられて、私は驚いて振り向いた。こんな路地裏に人がいるとは思っていなかったのだ。
「驚くことはありませんよ。私はただの占い師です」
そう言ってその人は微笑んだ。微笑んだが、それは単なる筋肉の収縮にしかみえなかった。それに占い師とは言っているものの、お世辞にも当たりそうに見えない貧相な男だった。机に易という文字が書かれた白い布をかけてその上に水晶玉が乗っかっているだけ。占い師自身もリストラされたサラリーマンみたいな疲れた様相である。
「あの、確かに私は落し物を探しているところですが、まさか、こんなところまで落ちてはいないですよね」
思えば、指輪を落としたところからかなり離れている。探しているうちに遠くまで来てしまったのだろう。
「それはこれのことではありませんか?」
そう言って占い師は机の上に小さな小箱を置いた。それは紛れもなく私が落とした贈り物だった。
「ありがとうございます。ずっと探していたんです。よかった。妻への贈り物だったんです」
私は頭を下げてお礼を言った。だが、占い師は眉を顰め、悲しそうな顔をした。
「残念ですが、あなたはこれと一緒に大事なものを落としています」
占い師は小箱を手にしたまま、ため息交じりに言った。私は顔を顰める。占い師の言っている意味が分からない。私が落としたものは妻の贈り物だけだ。私は占い師に手を差し出す。
「返してください。それは妻のプレゼントなんです」
私は訴えるように叫んだ。占い師はため息をつくと私の手に贈り物を置いた。だが、それは私の手をすり抜け、路上に転がった。私は自分の掌をジッと見つめる。何が起きたのか自分でも分からなかった。
「お忘れですか?あなたがそれを落とした時に何があったのかを?」
占い師は暗い表情で言った。私は頭を押さえる。急に落し物をしたときの光景がよみがえってきた。私はあのとき、路上に突っ込んできた暴走自動車にはねられ、そして倒れた。その拍子に指輪を落としたのだ。
「どうやら、思い出したようですね。あなたの落し物を・・・・」
占い師はそう言うと空を見上げた。路地裏から見える空は暗闇を引き裂くわずかな亀裂のように見えた。そして亀裂から差し込んでくる光に私の体は包まれて天へと昇った。その時、私は自分が何を落としたのか理解した。
私は自分の命を落としたのだ。