ヤンデレからは、逃げません。
「はぁ。やっぱり要先輩はかっこいいなぁ…」
瑠璃は茫洋とした表情のまま自分の席に座り、朝の投稿時間のことを思い返していた。
瑠璃が徒歩で校門を抜けて昇降口へ歩いていると、後ろから肩を叩かれた。誰かと思って振り返ってみると、そこにはイケメンと名高い学校の王子様である要先輩がいたのである。
瑠璃は驚き、顔を染めながら小声で挨拶した。
「先輩!お、おはようございます…」
「おはよう。下条さんを見かけたからつい声かけちゃった。迷惑だったかな?」
「いえ。………………あの、実は日直なのに寝坊しちゃって。……だからっ…早めに…行かせて…もらいます…」
そう言って瑠璃は逃げるように小走りになって教室へと向かう。朝から 要先輩に声をかけてもらえることは嬉しいが、緊張するし困る。しかも大人しい瑠璃にとって人目があるうちの彼との邂逅の事実は、主に女子に注目されるので苦手だ。瑠璃は失礼にならない程度の挨拶を交わし、すぐに走り去った。
そうして彼女が小走りで駆けていく後ろ姿を、要は陰惨な感情を映し出した目を開けて、穴があくほど見つめていた。
「瑠璃おはよう」
そんな朝の出来事を思い返して悦に浸っていると、友人である桐子が教室に入りながら声をかけてきた。
「さっきあなたを見かけたのだけど、あの神崎要輩に話しかけられていたわよね?」
「おはよう。だってなんだか恥ずかしかったんだもの…」
「あなたが去った後の先輩の後ろ姿を見ていたけど、とても寂しそうだったわよ?」
「やっぱり失礼だったかな…」
「かなりね」
「はぁ…なんで先輩は私なんかに構うんだろ」
「さあ。前に落し物を拾ってあげたからじゃない?」
きっかけはある日の通常の一コマであった。
授業が終わったので友達と帰るために急いでいたら、目の前を歩いていた男子学生二人組の片割れが定期入れを落としてしまっていた。2人組は気づかないまま過ぎようとしていたので、瑠璃は慌てて定期入れを拾い、走って2人組を追いかけた。
「ぁの、すみませんこれ…」
「え?」
近づいてみると、片方の男子はともかく定期入れを落とした方の男子は背も高く、肩幅も厚く背後からでも威圧感を覚えるほどであった。小柄な瑠璃はそれだけで緊張して俯いてしまい、相手の顔をみる余裕もなかった。だから、定期を落とした相手が誰なのかも分からなかった。
「あの…」
「はい」
「定期入れ…落とされました…」
今にも消え入りそうな声を、勇気を出して比較的大きく出す。
「俺、落としてたんだ?拾ってくれてありがとうね」
「ど、どどういたしまして!」
相手に渡せた達成感から、瑠璃は思わず嬉しそうに顔を上げた。瞬間、定期を渡した相手があの有名な要だったと気づく。いや、それだけではなく、あの要先輩が自分に笑っている。
驚いた瑠璃は恥ずかしくなり顔を赤らめ、居たたまれなくなってその場から消えたくなり、適当な挨拶だけして、駆け足で他の2人を抜き去った。
後に残されたのは定期を持ったままあっけにとられた男子学生と、同じく成り行きを横で見ていた男子学生のみである。
5日前の出来事を思い返してみる。精一杯の勇気を振り絞って、相手に定期を渡せた。しかも笑顔も見られた。嬉しい気分だ。…しかし、基地をと挨拶ができなかったのは申し訳なかったが。
気分を切り替えて日直日誌を書いていると、不意にシャーペンの芯が切れた。瑠璃は付け替えようと補充してあった芯を探してみてるが、どこにもない。
(家に置いてきたかな)
仕方ないので後ほど桐子に借りるようお願いするしかないだろう。それにしても、最近よく物をなくしているような気がする。
この前も筆箱を落とした際、お気に入りのシャーペンが見当たらなかった。自分は粗忽者だからかもしれないが、注意が必要であるし、ちゃんと管理してないと桐子に怒られる。
瑠璃は思わずため息をついてしまった。
ありがとうございました。