ゴブリン村の終わり
前回のあらすじ ゴブリン村の近くまで国の調査隊がやってきました
「おじいちゃん、ブドウを食べに行ったら人族がいっぱいいた。何か聞いてる?」
「何?そいつらの中にゲドはいたか?」
「うーーん、たぶんいない。格好もゲドとは全然違ったよ。だって全身で服を着ていたもん。ゲドみたいにパンツじゃなかった」
「・・・まさかゲドが去り際に言っていたことが本当に起こるとはな。まずは村の全員に連絡しておくか。ちょっと悪いがゴブバチョフを呼んできてくれないかの?」
「うん、わかった」
「長老、大変だ!」
「おお、ゴブバチョフ。ちょうど呼びにいかせようと思ったところだった」
「長老、大変だ!沖合にヤリがいっぱい見えた!すごい数だ!こっちに近づいているか分からないけど危険な気がする!」
「何?これもゲドが言っていた通りになってしまったか・・・、しかも同時とは」
「今はミポリンが岩場で見ていてくれる。ここに来るまでに何人かに監視の応援を頼んできた。何か動きがあればここへ連絡がくることになっている」
「・・・」
「どうした長老?村の大人を集めて会議をするか?それなら俺が連絡をしにいくけど」
「いや、それでは間に合うまい。避難Zだ。先日の訓練通りに動いてくれ。くれぐれも落ち着いて行動するように言って欲しい」
「え、避難Zって・・・。そんなにマズイ状況なのか?会議をしてからのほうがいいんじゃないか?」
「いや、実はゲドはこのこと予想していた。もしその通りになるとしたらもう時間がない。すぐに連絡を」
「分かった。では連絡網を動かすぞ。・・・まさか本当にアレをやることになるとは。俺たちどうなるんだろう・・・」
「急ぐんじゃ!犠牲者がでてからでは遅いぞ!」
「わかった。じゃあ次は避難先で」
ゴブバチョフは洞窟から出て連絡網を動かすための訓練を思い出す。非難訓練の時には半分冗談かなと思ってやっていたのだが、まさか本当に行う日がくるとは。こんなことならあの訓練の日もマジメにやっておけばよかった。しかし今は反省している場合ではない。今こそが真剣に行う時なのだ。
「よし、いくか。ん、んんん。いくぞ。
ワンワン、ワオオオオオオーーン! ワンワン、ワオオオオオオーーン! ワンワン、ワオオオオオオーーン! 」
避難を告げる連絡をするのに道具は使わない。道具のあるところまで行く時間を短縮するためだ。この吠え声を聞いたものは避難先の集合場所へ走りながら同じ声を出す。少しでも早く逃げられるように、少しでも遠くへ、少しでも多くの人に聞こえるように願いながら。事前に行った訓練では村の端までこの吠え声は聞こえていたが洞窟の奥までは聞こえなかった。洞窟内にいる人に伝えることは避難Zの場合は諦めることに決めている。たとえ逃げ遅れる人がでてくるとしても。
一度の吠え声では聞き逃すものがいることも考慮して吠え声のリレーは絶え間なく行われる。
緊急時、パニックになってしまうのを抑えるためにこのふざけた吠え声を合図にした、とゲドは言っていた。緊張感をもちつつも「俺って真剣な顔して何でこんなふざけた吠え声で鳴いているんだろう?」とちょっと恥ずかしい気持ちにさせて冷静さを保つようにするためだ。決してオオカミちゃんと仲良くなるためにこの吠え声を決めた訳ではない。いや、嘘をつきました、ごめんなさい。仲良くなることしか考えていませんでした。
避難時の約束事は他にもある。この声を聞いた者はその場に「Z」を書いていく。この吠え声を聞き逃したものが村に帰ってきた時に全村民が避難をしたことを示すためだ。避難先を示す役割もある。
避難時の合言葉は「命を大切に!」。つまり命の危険が差し迫った場合にのみ避難Zが実施される。ワンワン鳴いている割には危険が差し迫った緊急時なのだ。
最終緊急避難場所として決められていたのは、ゴブリンの村から歩いて1時間ほど離れた森の中。ここには崖があり、洞窟がある。この洞窟は比較的大きく、奥まで深く続いている。村民全員が暮らせるほどの大きさだ。しかし元の住処までは遠いために普段は使っていない。
「どうやら無事全員が集まれたようだな」
点呼が先ほど行われ、全員の安全が確認された。ちょうどお昼時で洞窟に籠っていたものが少なかったのが幸いしたようだ。
「これから大人全員で会議を行う。奥の最奥へ集まってくれ」
長老を議長とした会議が始まった。犠牲者はいなかったものの全員で村を離れるほどの大事だ。皆の表情は固い。静まりかえる中長老は話を始めた。
「まず聞いて欲しい。今回の事態はゲドによって予想されていたことだ」
皆が驚き、頭の中で先の言葉を反芻し、その意味を考え直した後、それまで静まったいたのが嘘のように一気に場は騒がしくなる。最初はヒソヒソとした話声もどんどん大きくなりそのうち誰かが叫ぶ。
「ゲドは何て言ったいたんだ、長老?」
「まずは落ち着いてくれ。それから話そう」
落ち着けと言われてもなかなか静まるものではない。長く喧噪が続き、しばらくして騒めきがやっと落ち着く。そしてやっと長老は話を続ける。
「ゲドの予想を話す前にまず我らの村の特徴を確認しておくぞ。
浜辺には豊富な食料があること。我々は貝しか食べないが、魚も多種が大量に住んでいるそうだ。
崖の上には果樹が生えていること。これもたくさんの実をつけるので簡単には食べつくされることがない。
飲み水があること。洞窟が巣としてちょうど良いこと。
こんな良い条件なら我々ゴブリン以外の種族が侵略してくるのは当たり前なのだそうだ。ワシには侵略なんて想像もしておらんかった。ワシの祖父の代からも一度も他種族が襲ってきたことがないからじゃ。
ゲドは言った。いつかだれかがこの豊富な食料を目的に襲ってくるはずだ。そしたら戦う能力のないゴブリン族は下手に抵抗せず場を捨てて逃げろといった。
・・・話は以上だ」
「「「「「えっ?」」」」」
「あのー、長老。もうちょっと他の話はしなかったんですか?どんな種族が攻めてきそうだとか。逃げた後はどうするのがいいとか。食べ物をどうするとか」
「いや、そんな話はしとらんよ。だってブドウをつまみながら浜辺で雑談してただけだもん」
「「「「「・・・」」」」」
「これからのことはこれから未来を背負っていくお前たちが話合うのじゃ。あとは頼んだぞ」
((((((あのジジイ使えねー)))))
こうしてゴブリン達は今までの住み家を離れ、ノープランで新しい生活を始めることになった。
当初、食べ物に困るのではと思われていたが、近場にブドウ以外にも柑橘類など果実が成っていて、空腹になることはなかった。以前の住処とは別の浜辺もそれほど遠くないところあり、収穫量こそ減ったものの貝を食べるのに困ることはなかった。
ゴブリン達は、日記がいたる所に書かれていて、勇者の剣が埋められていて、知能を向上させる湧き水の出る洞窟を離れ、魔力を向上させる貝が採れる浜辺を離れ、便秘を解消してくれるブドウの丘を離れた。
しかしもし誰かが元の浜辺を偵察に行っていれば、誰もそこを占領していないことに気が付いていただろう。戻るのは容易だったはずだ。しかし誰もそうしなかった。なぜ?それは彼らが新しい住処を思いのほか気に入ったからだ。それと元の住処に不満はなかったがマンネリはあったからのようだ。
期せずして住処を移すことになったゴブリン達だが、この新しい生活の場で繊維質の木と粘り気のある木の根を見つけ、紙作りに成功する。紙はゴブリンを大きく変えた。ゲドからの宿題だった時間の測定、一年の期間の決定も行い、そして趣味の地図作り、数学の研究、物理学を応用した建築など様々な分野でも発展を遂げる。
それから時が経ち、ゲドがゴブバチョフとの約束を突然思い出し、戻り、避難先を探しだし、再開を果たした頃にはゴブリンはさらに大きく変貌を遂げていた。
「ゴブリン恐るべし」
ゲドはその再開の時、驚愕の表情でこうつぶやいたそうだ。




