戻れないの?
前回のあらすじ 勇者はスーツ
「はぁ、この流れから自然と戦闘へ持ち込もうとするとは。愚かなだけでなくKYとはな。」
「てめえ、KYだと!?いますぐ取り消せ!ぶったおすぞ、この野郎!」
「もしかして地雷踏んだかの?切れやすい勇者っていまどきなのかのぅ。まぁよい。取り消そう、悪かった」
「お?ま、まぁ素直に謝るなら水に流そう。じゃ、戦うか。」
「だから切り替えが早すぎるって・・・。しかし勇者が魔王を見たら倒したがるのは宿命というか、生理現象みたいなものじゃ。しょうがないか。よしよし、戦おうか。じゃが、その前に話しておくことがある。まずは落ち着いて聞くがよい。」
「えー?それって長くなるんすか?俺、早く終わらせて元の世界に帰りたいんすけど。」
「なるほど、まずはそこから話す必要があるか。では先に言っておくぞ、おんしは元の世界には帰れん。」
「え?だって俺を呼んだ領主が言ってたよ?魔王倒して、財宝を屋敷に持ち帰ったら条件クリアで元に戻れるって。あれ嘘だったの?」
「おんしは本当に騙され上手じゃのぅ。いいか、よく聞け。召喚された者も、転生してきた者も元の世界には帰ることはできん。他の世界から引っ張ることはできても狙った世界へ押し戻すことはできんのじゃ。魚釣りのようなもんじゃの。一度釣ったらもう戻すことはできんのじゃ。」
「そんな・・・。」
「気持ちはよくわかる。我のように転生していれば諦めもつくが、召喚の場合は元の世界から心も体も引き継いでおるからの。戻れると言われれば信じたくなるのも当然じゃ。」
「しかし・・・本当に戻れないのか?あの領主は確かに胡散臭かったけど。ちなみに以前に元の世界に戻ろうとした人がいるか知ってる?」
「うむ、ちなみに元の世界ってのは21世紀の地球ってことじゃな。こっちへ飛ばされた者は結構いるようじゃが戻れたという話は聞いたことはないのぅ。だがそのこと以外にもいろいろおんしに説明をしておかなければならないことがある。となりの部屋にお茶が用意してあるからそちらに移ろうかの」
「そんなことを言っておきながら俺をだまし討ちするつもりじゃないだろうな?」
「素手でスーツ姿の男を討ち取るのにだますなんて手間はいらんよ。毒付き吹き矢でもあれば一発で即死じゃろ。そんなことを警戒するくらいなら他のところでせい。さぁ移動するぞ」
移動した先の部屋は執務室のようで、壁面は天井まで届く本棚で囲まれている。窓際には執務を行う重厚な事務机、部屋の真ん中にはローテーブルとソファが置いてある。俺が座る場所を決めかねてキョロキョロと見まわしていると魔王は自らお茶を入れ始めた。
「自分でお茶をいれるのか?普通こういう時ってメイドとかがいれるんじゃないのか?」
「まだそんなことを言っているのか?そろそろ現実から目を背けるのはやめい。本当は気付いているんじゃろ?屋敷の門を抜けてからここへ来るまで誰ともすれ違っておらんはずじゃ。便宜上ここを魔王城と呼んではいるがただの屋敷。ゆうなれば村役場のようなものじゃ。しかもこの時間にこの屋敷におるのは我ひとりじゃよ。この世界の魔王なんてこんなもんじゃ。」
湯気とともに爽やかな香りが広がるお茶と素朴なクッキーをテーブルに置き、魔王は静かにソファに腰を下ろした。
「さぁそこへ座れ、これからおんしが送られてきたこの世界の現実ってものを教えてあげよう」