王城にて
前回のあらすじ サメっておいしいの?
閣議が終わる。各大臣が退出する中、二人が入り口に留まった。他の閣僚全員が退出するのを見届け、ドアを閉めたのを確認してもしばらくの間そこを動かない。国王が怪訝な表情を浮かべ、発言をしようとしたその直前、二人の大臣は国王に向かって歩き出す。その足取りは重く、やや俯きながらも国王の前に二人は並んだ。
「陛下、我が国内にて勇者の召喚が行われたとの情報を得ました」
「何!」
予想外の発言に日ごろから心がけている無表情も保てずにいた。勇者召喚が条約で禁止されているのは行政に携わる者では誰でも知る常識だ。かつて勇者を招いたことから起こる一連の悲劇は今や絵本にもなり子供でも知っている。まして魔王は現在数人確認されてはいるものの、総じて大人しく、領土の拡大も組織の拡大も見られない。勇者を召喚する意味はないはずだ。
「・・・続けろ」
「はい。パックス男爵領周辺の領民の間では、男爵が勇者を召喚し魔王討伐を企んでいたとの噂が広まっています。情報の確認を行っていますが当人である男爵は行方不明。家族、召使等も同様です。
現在男爵の邸宅は全壊、焼け跡のみが残っています。こちらも領民の噂ですが、男爵が勇者を魔王討伐へ向かわせた復讐として魔王が男爵邸を破壊したのではないかと言われています。しかし男爵邸から最も近くに住む魔王は領地から一度も出ていないとの証言を得ています。
私の推察となりますが、邸宅の破壊等の一連の事件は召喚されたことに絶望した勇者が男爵に復讐したのであり、勇者と魔王はまだ接触していないのではないかと。また男爵等の失踪は勇者召喚に協力した者が口封じのために拉致したのではないかと。ただしこれはあくまで推察であり、この信憑性を裏付ける証拠はありません。
現在は情報収集に努めています」
「それで内務卿と外務卿が残ったという訳か」
もしこの噂が本当であり勇者が召喚されていたとしたら、各国と交わされた条約違反への抵触は確定であり、勇者討伐を理由に領土侵攻の言い訳を与えてしまう。それ以前にもし勇者が魔王と接触していた場合は魔王からの報復も考えられる。いずれの場合も最初の侵略行為を行ったのは召喚行動を起こした我が国であり、侵略者の誹りは逃れない。早急に事態を確認して外部と交渉を行う必要がある。
「してパックス男爵とはどのような人物なのだ?」
貴族としては底辺であるパックス男爵のことを詳しく知る人物は王城内にはいない。魔王国をはじめ複数国と接触しているその領地ではあるが、魔王国をいたずらに刺激することを各国は警戒しているためその周辺地域は安全だと認識されていた。王都からの注目は全くといっていいほどなかった。
「パックス男爵はその領地経営に携わってからまだ3代であり地域に深く根付いていたとは言いかねます。近年の全土で続く不作の影響もあり借金を多く抱えていたようです。
ある出入りの食品卸の商人の話ですが、邸宅が破壊される前後に借金の清算がなされたとの証言もあります。借金の踏み倒しのために夜逃げした訳ではないようです」
「いくつか疑問が残る。まず本当に勇者が召喚されたのかということ。そして召喚されていたとしても謎が残るな。借金があることは額の多少はあれ男爵程度の爵位であれば珍しいことではないだろう。しかしだからといって勇者を召喚するほどの財力と知識を持っているとは思えん」
「はい。陛下のご推察の通りだと我々も思っています。すなわち他国の陰謀なり干渉が働いているのはほぼ確実かと」
「やっかいなことになったな。これは軽々に扱える件ではない。動かせる最大の人員を駆使しことにあたれ。ただしくれぐれも情報の漏洩には気をつけよ」
「「は」」
我が国は近年の不作の影響で国力も王宮の求心力も低下しつつある。ここでのこの事件、偶然で片づけるほど楽観的にはなれない。しかし頭を抱えて悩む時間はない。早急に対応に当らねば。最悪の場合は大事になる前に勇者の暗殺を考えねばならないのかも知れない。




