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短編:一万五千文字以下の作品

別れたいと妻が言わない理由

オカザキレオさん企画、「君とドラゴン」企画の参加作品です。

 妻はもう、私に愛情がないのだろう。

 それでも別れたいと言い出さないのは、ドラゴンと離れたくないからだ。


 私の家には代々ドラゴンがいる。妻と結婚したときに、私は家を継ぎ、ドラゴンも継承した。初めこそ妻はドラゴンを怖がったが、いつのころからか、私に話しかけるよりも、ドラゴンに話しかけることが多くなった。


 ドラゴンは長生きで何百年も生き、私の家を守ってきた。戦いでは先頭を切って敵に向かい、災害のときはその身を防波堤のようにした。

 私にとってドラゴンは祖父だ。父だ。兄だ。弟だ。──いや、友のようでもある。なんと表現しようとも、ピタリと合う言葉はない。やはり、ドラゴンはドラゴンだ。


 妻は私にとってどういう存在なのだろう。

 親同士が勝手に婚約を決め、顔を合わせて、婚約者だと言い渡された。ドキリとしたが、それだけだ。互いにぎこちない言葉を交わしただけで、あとは儀式だけが時間と共に流れた。


 妻が恋をしたのは、ドラゴンだったのかもしれない。

 恐怖にドキドキしていた心は、恋心を呼んだ──そう思えば、自然な心の振れだ。なにも悲観することはない。



 ──悲観?


 私は、妻を──。




 そうか。

 だからだったのか。

 老いたドラゴンに、毎日話しかける妻の姿を見て、辛い気持ちがこみ上げるのは。


 ドラゴンが命尽きれば、我が家はきっと終わりを迎える。

 私たちは、終わるのだ。


 ドラゴンを祖父のようにも、父のようにも、兄のようにも、弟のようにも、そう、決して切り離せない家族のように私は感じていた。

 それと同時に、かけがえのない友のようにも感じていた。

 それなのに、私はなんという人間だろう。今は、ドラゴンの余命が短いことを嘆けずにいる。


 ──私は、こんな人間だったのだ。

 妻が誰でもない、ドラゴンに心奪われても、仕方のない男だ。



「あなた! あなた!」

 悲鳴に近い妻の声。

「どうした」

 事態がわからないというように返したが、想像はできている。きっと、ドラゴンはもう虫の息なのだろう。妻の潤んだ瞳が、非常事態を告げる声が、そう物語っている。

「急いで来て! はやく」

 激しい声で私を呼ぶ。間違えない。

 そう思ってみても、私にドラゴンを想っての涙は浮かばない。私の脳裏には、不安しかない。妻から、最後の言葉が切り出されるだろうと。


 妻の声に急かされず、重い足取りでバルコニーへと向かう。ぐったりとしたドラゴンに妻は身を丸め震えていた。

「こんな……」

 震える声は消えていく。

 こんなときくらい、許されるだろうか。肩に手を伸ばしても──そう思った、そのとき、妻は私を見上げて口を開いた。

「こんなに大きな卵を産んだの! 長いこと苦しんで、やっと」


 なにを言っているのだ?


 さっぱり理解できないお蔭で、私の頭は真っ白だ。


「よく頑張ったね。頑張ったねぇ」

 愛しそうになでるその手は、いたわりで。流している涙は、歓喜の涙で。

「ちょっと、待ってくれないか。すまないが頭の整理がつかない。卵? ドラゴンは老体だぞ。それに、そもそも、ドラゴンは雄だったのでは……」

「ドラゴンは何千年と生きるとお義母様が言っていたわ。だから、何百年と生きているこのは、まだ老体じゃないわよ」

 なぜか、私の記憶とすれ違う母の言い分。

「いや、歳だけでは……」

「お義父様もお義母様も、ドラゴンの性別はわからないって言っていたわ。ただ、勇ましい姿は男性のように感じるって聞いたことがあるけど……とにかく、このは女性よ」

 ──。

 女性、ではなく、雌。

 だが、ここは食い下がるのはやめよう。

「よかったわ。なんだか苦しそうだったから、もしかしたら……って思っていたの。そうしたら、仲良くなれて、すてきな瞬間に立ち会わせてくれたわ」

 ドラゴンに向ける妻の眼差しは、友のようでもあり、姉のようでもあり──私が思っていたようなものとは交わらないものだった。

「ねぇ」

 かけられた声に、ドキリとする。妻はドラゴンに卵を大切そうに返し、立ち上がって私をじっと見る。


 ──未だかつて、こんなにじっと見られたことがあっただろうか。


「やっとドラゴンに許してもらえた気がしたの。あなたの、妻として。この家の家族として」

 ドラゴンは私の家を守ってきた。何百年も。それは私も知っている。

 だが、ずっと守られてきた私と、後から家族となった妻とでは、認識が違かったのかもしれない。

 妻には、ドラゴンが門番のようなものだと感じたのだろうか。家族の一員になるには、守り神という名の門番が門を開かなければ、門をくぐってはだめだとでも思っていたのだろうか。

 だから、まずはドラゴンと仲良くなろうと?──。

「この家の守り神が幸福をもたらしたわ。……私たちにも、新たな命が芽生えるといいわね」

 恥ずかしそうに肩をすくめた笑顔に、思わず両手が伸びる。


 頬をかすめた揺れる髪。

 そっと頬に触れる首元は、あたたかい。


 妻とこんなに近くの距離にいるのは──そう思ってまた心臓が跳ねる。

 ──そうだ、誓いを交わした口づけの。

「ああ」

 私の短い返事に、腕の中の妻はこくりとうなずく。


 きっと、遠くない日に。その未来は待っている。

たくさんの方に読んで頂けただけではなく、評価とブクマも頂けたこと、感謝しております。

ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 短いながらに、主人公の不安や胸中が丁寧に書かれ、結果そもそもドラゴンの年齢も性別も勘違いだったというオチではありましたが、妻とのドラゴンへの認識の差が感じられたいいオチだと感じました(軽ん…
[良い点] 文章がとても読みやすかったです! ストーリーの展開も良かったです。 [気になる点] 特にありません。 [一言] 冷え切った夫婦の関係の中に、一匹のドラゴンがいて、夫婦の関係はそのドラゴンの…
[良い点] 事情が判明すれば思わず笑ってしまうような勘違いでしたが、それでこれまでの夫婦間の深い溝も無事解消されたと思うと心の底から嬉しかったですね。 子供の頃から家にいることが当然だった為知識を得よ…
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