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放課後、早速、三角さんから聞いた図書室の不思議について新谷さんにメールで報告する。間髪を入れずに返信がきた。「記念館の屋上に集合」。心の天秤が、右の皿には芳美先輩、左の皿には新谷さんが座って手招きをするものだから、かなり揺れ動く。
少なくとも、部活をさぼったところで芳美先輩には怒られない。迷った末、ボクの脚は四階を素通りした。
屋上に出たところで、さわりと陸風に撫でられた。遮るもののないコンクリートの平面に、まだ新谷さんの姿はない。
ボクは妄想する。
「あれ、十六十くん早かったね。待った?」と、後ろからの声。ドキッとして振り向くと、はにかむように新谷さんが立っている。夕陽になるには間が有るから、彼女の頬が赤く見えるのは太陽のせいじゃない。もちろん、ボクが返す言葉は決まっている「ううん、今来たところ」
「知ってる」
「えっ?」
背後の声がリアルすぎ。それもそのはず、驚いて振り返ると実物が立っていた。妄想から飛び出したかのように、学校の制服を全く違和感なく着こなす新谷さんだ。
「十六十くん。独り言が気持ち悪かったよ」
彼女は薄目でぼそっと呟く。
「いつから居たんですか」
「今来たところ」
しれっと皮肉られた。
「あの、その目、やめて貰えませんか――」
「はいはい」
ボクの抗議には全く取り合わず、新谷さんは海の方角へ歩きだす。そっちには情報処理棟がある。囲いまで辿りついた彼女は、胸の高さまであるその上に、躊躇なく身を乗り出した。
「何やってんですか!」
慌てて駆け寄る。
「もうちょっと下の方が良く見えるかな」
言い訳とも、独り言ともとれる話し方だ。ボクもこわごわ、新谷さんを真似て目線をたどる。情報処理棟の壁に、大きなブルーシートが張られていた。二日前につけられた、原因不明のキズを覆う応急処置だ。
「玩具でしたっけ? 新谷さんや阿僧祇さんが使っている道具。あのキズも、そんなのを使ってつけたんでしょうか?」
「あぁ、そう言えば、あれの調査をしているときだっけ、十六十くんにパンツを盗撮されたの」
「盗撮なんかしてません」
スマホを確認したでしょう。
「じゃあ、百歩譲って盗撮はしてなかったとして」
「見てもいません」
残念なことに、『トリミング』で止めてたから断言できる。
「美脚は見たでしょ」
「見……。少しだけ」
「よっしゃぁ」
ほら、そこ、勝ち誇らない。しかも、自分で美脚って言うかな?
「きっと、あれは学校の七不思議の一つになるよ」
新谷さんは、「よっ」っと囲いを降りて、そのまま今度はそれに背を凭れた。陸風で翼のように広がった髪が、陽の光を浴びて金色に見える。
「この学校に、七つも不思議があるとは思えないんですけど」
ボクも情報処理棟に背を向けた。けれど、背中はつけない。こんな時制服が汚れるのを気にしない人を、普段なら「大雑把」と感じる。なのに、新谷さんだと「無邪気」と受け入れてしまっていた。
「数はそんなに重要じゃないんだ。三つでもいいし、九つになってもいい。わたしの目的は、その中の当たりをみつけることだから」
「当たり?」
「一緒に探していれば、分かる時がくるよ。まずは一つ目。図書館の不思議について詳しくきかせて」
忘れていた。それを報告するためにここへ来たんだった。
「――以上です」
元々が長い話じゃないから、三角さんの体験談を伝えるのは、五分ほどで事足りた。
風で髪がばらつかないように、両手を後頭部へもっていった姿勢のまま、新谷さんは空を見ている。
「うん、いいね」
「当たりですか?」
「それは調査しないとわからない。時間は……」
新谷さんは、玄関で履く靴の左右を確かめるように、無造作にスマホを見た。
「時間も丁度いい。行こっか」
「どこへ?」
「決まってるでしょ。図書室だよ」
彼女は、ボクの返事を待たずに歩きだす。
「場所は分かるんですか?」
「一回、行ったことがある」
もう階段を降りようとする新谷さんのスカートがなびく。遅れてついていきながら、もっと強く吹けばいいのにと願わずにいられない。