買い物も大変です
がぽっと、可愛らしい猫耳のついたフードを被る。
ホント、このパーカー可愛らしい。
普段なら、こんな可愛い服、着る機会はなかっただろう。
「まま、これでいーい?」
可愛い愛娘もお揃いのパーカーを着込んでいて、親でなくても愛らしくて思わず、顔に笑みが浮かぶ。
「ほら、ちゃんとフードも被って」
ぽふりとフードを被せてやる。それが嬉しいのか娘は、にぱっと笑って私を見上げた。
はーーーーっ、なんて可愛いんだろうっ!!
生まれた時から可愛かったが、最近富みにそう感じる。
これもあれも……いや、いい。
まずは、今日の予定を完遂するのが先だ。
いつもの鞄に買い物袋を突っ込んで、娘の柔らかな小さな手を握る。
「さあ、行くよ!!」
すくっと立ち上がるように力強く、私はその拳を空に突き出した。
「いざ、近所のスーパーへっ!!」
………おかしい。
何故、こんなにも周りに見られるのだろう。
猫耳フードが可愛らしいのは仕方ないのだが、ここまでジロジロ見られてしまうことはないはずだった。
「ねえ、おかあさん。あのひと、ねこが……」
「しっ! だめよ、お忍びなんだから……それにしても、なんて可愛らしいのかしら……」
まあ、可愛いの選びましたから。
そう心に呟きながら、近くにあった良さそうな人参を籠に入れた。
「にんじんっ!!」
小さな叫び声が聞こえた。
ひそひそ声を潜めていても、この『耳』はなぜか聞き取れてしまう。
本当、迷惑にもほどがある。
「魚以外も食べるのねぇ~」
そこ、感心したように呟かない!! こっちは健康に考慮して、野菜も肉も魚もしっかり食べています。
あ、このお肉にしようかな? シチューには良い感じ。
「肉……肉も食べるんだ……」
あ、猫って雑食なんですって、知ってました? あれ? 猫科だったっけ?
まあどうでもいい。早く買い物を終わらせて……。
「あの黒い尻尾、撫でてみたいなー」
!!!
私はすぐさま、自分のお尻を見た。
きっちり隠したから、全然、そんなのわからないはずだ。うん、出ていない。
ん? てことは……はっ!!
「ままー、ユキちゃん、おやつ欲しいー。ラムネ買ってもいい?」
嬉しそうに持ってきたラムネを見せる、その子に。
ゆらゆらと揺れる、黒い尻尾。
「ああああっ!! 尻尾出てるにゃーー!!」
「にゃ?」
そう私が叫んだ瞬間、私と娘ユキの頭のフードがぱさりと落ちて。
私の頭とユキの頭に可愛らしい猫耳があるのが、ばれてしまったのだった。
世界に100人も満たない者達がかかる病気がある。
猫耳と猫尾が発現する……なんだっけ、物凄い長い名前だったから覚えてないや。
まあいい。
とにかく、ある日突然、人の頭とお尻に猫耳&猫尻尾が生えてくる病気があるのだ。
しかも、これを治すことはほぼ、不可能。
一度、そうなった者は二度と普通の人には戻らない。
戻れない。
そんな病気に、私と娘はかかってしまったのだ。なーむ。
しかも、驚いたときとか気が抜けたときとかに、思わず語尾に『にゃ』がついちゃうのも納得いかない。いや、猫耳ついてる時点で仕方ないのか?
しかもさ、この猫耳と猫尻尾、なんとも奇妙な力があるのだ。
「きゃあああーー!! 猫神様よー!!」
その姿を見るだけで、人々を魅了してしまう力があるのだ。
しかも人々の癒しにもなってるらしい。
「ありがたやありがたや。今日は良いことがありそうじゃ」
それはよかったですね、おばあさん。
こういう風になりたくなかったから、猫耳フードとか付けてたのに。
はあっとため息交じりに、するっと自分の尻尾を出しておく。
隠すのも面倒だし、そろそろ尻尾が痛いと思っていたところだった。
「ほら、早く買って帰るよ」
「うんっ」
私達がなった病気を、俗に『猫神病』という。
なったときは、マジびっくりしたし、正直困った。
急いで、旦那に電話したら。
『ちゃんと落ち着いて。猫神病相談センターってのがあるから、そっちに連絡してごらん。ホームページとか電話帳にもあるはずだから』
ううう、やっぱ、ヒロ君の声は安心するなー。
とにかく、気持ちを落ち着かせて。
まずはそこに連絡。早朝だったから、ちゃんとつながるか心配だったんだけど、すぐにつながって、すぐに来てくれることになった。慣れてるのか、うちの子の幼稚園は休むようにも言われて、それもあったと思い出したのは、抜群に秘密。
「それにしても、大変でしたね。とても驚いたんじゃありませんか? 宮野サヤさん」
目の前にいるのは、うちの安いソファーに座って、親身になって手を握ってくれてる、城崎さん。なんだかスパイ映画に出てきそうなぱりっとした黒いスーツを着て、眼鏡で、同性だというのに、なんだか惚れちゃいそうなくらい格好いい。けどね、なんで、うちの耳と尻尾を凝視して、なんだか妙に興奮しているんでしょう?
「いいですか、宮野さん。黒猫の猫神様は、滅多にいないんです。しかも、お子さんのユキちゃん。4歳で猫神病になった方は、初めてのケースとなります」
「は、はあ……」
「分かっていますか? は・じ・め・て!! 初めてのケースなんです! こんな愛らしい宮野さんだけでなく、こんなに爆発的に可愛らしいユキちゃんもいて、私、私……」
うん、なんだか、本当に大興奮してるっぽい。
「えっと、落ち着いてくれますか? 珍しいことはわかりましたから」
「分かっていませんっ!! 大人は無理でも、子供なら捕まえられるかもしれない! そんなことを考える人が出てくるかもしれないのですっ!!」
なるほど、攫われる危険性が高い、と……。そう城崎さんは訴えているらしい。
「そこで、我々は宮野さん家族の家に、最高レベルの『猫神様をお守りします隊』を配置することにいたしました」
「なんですかそれ」
「猫神様専用のシークレットサービスです。大丈夫です、彼らは非常に優秀ですから。私もそれを聞いたとき、ホッとしましたし、むしろ心強く思いました」
「は、はあ……」
よくわからないけれど、城崎さんが言うには、かなりトップクラスのシークレットサービスさん達が私達を見守ってくれるらしい。しかも、生活に支障がないよう、少し遠くから見守ってくれてるそうだ。……正直、いるんですか、それ?
「あ、それと着る物に難儀しているのではありませんか? 特にこれとか」
城崎さんが取り出したのは、ご丁寧に尻尾穴がつけられたショーツ。しかもユキちゃん用もあるのも凄い、いや、ありがたい。それ以外にズボンやスカート、短パン等いろいろと出してくれた。
ありがたくそれを受け取り、さくっとそれに着替える。
いやあ、尻尾が痛くて困ってたんですよね。
「素晴らしいですね! とてもお似合いです」
「あの……可愛いデザインのものが多いんですが……」
「可愛いは正義です! 可愛いは正義ですよ!!」
私の普通の物が欲しいという要望は、なぜか却下された。少し納得いかないが、まあ仕方ない。
というわけで、私とユキちゃんの猫神ライフは、こうして始まったのである。