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6.合コン(刑事と犯罪者の場合)

6. 2019年11月14日(木)

 

――やっぱり断ればよかった。

 向かいに座るメンツは、バカ一人と大バカ一匹。 賭けてもいい。きっと大バカはアメリカの首都も笑顔で間違えるだろう。


 顔を合わせてからたった十分。大山桂子は既に自宅が恋しくなっていた。期待など微塵もしていなかったが、この秋に買ったばかりの赤いニットワンピに黒のファージレなんて身につけてしまったことも後悔を倍増させていた。

 男女の合流、そして居酒屋(それも安いチェーン店)へ向かう段取りの悪さ、さらには大バカが汽車のジェスチャーのように両腕を脇に添えながらリズミカルに階段を下りだした瞬間、すぐにでも玲偉に会いたくなった。


「それじゃあ、乾杯も済んだし、自己紹介、やっちゃいましょう。まずは俺から。タクトでーす。二十四歳でーす。仕事は公務員やってまーす」

 公務員、そのひと言に右隣の後輩まさかのピンクのワンピースがぴくりと反応したのがわかった。すぐさま、

「え~!? そうなんだ。すご~い! 公務員って何されてるんですか?」

あからさま過ぎる。あまりの忙しさで事前情報もなく参加したようだ。珍しい。いつもは「恥ずかしいし、不安だから」というよくわからない建前で相手の職業・年齢・身長などといったあらゆるスペックを確認するというのに。

 

 そもそも、恵はこんな話し方ではない。いつもは年配の印刷所の営業に対して「あのー、ちゃんとコントラストつけてくださいって言ったじゃないですか? どうしてできないんですか?」なんて、相手が汗だくになる位、責め立てるというのに。

 それにしても公務員がモテるようになって久しい。「将来公務員なんて夢がないだろう」なんて平成の歌姫が皮肉ったのも今は昔か。にしても何なんだろう。この合コン。無理やり連れて来られたものの、いつまで二対三なのだろうか。桂子は確実に不機嫌と手持ち無沙汰を募らせていた。そこへ、


「消防隊員です」

――突然ふってわいたその声に、振り向けば、赤いTシャツにHYSTERIC GLAMOURの黒ジャケットという装いでガタイの良い、整えられたアゴ髭が目を引く、ワイルド系というカテゴリーにぴったりと当てはまる男が立っていた。なるほど、肉体労働。ひ弱なマスコミ男たちとはまるで別の生き物。それと同時に得心する。あの大バカが支障なくこなせるデスクワークなどあるはずがないのだ。


「もー、遅いっすよ。カツさん」

「悪いな。経費入力ってのは何年経っても苦手でな」

そう言いながら空いていた桂子の真向かいの席に腰を下ろす。

木原(きはら)(かつ)といいます。三十歳です。今日は遅れてすみません。どうぞよろしくお願いします」

「ユリで~す。矢頼君とは同じ中学で、腐れ縁ってやつなんですよ。今日は来てくれてありがとうございます」

「メグミでーす」

「……大山桂子です」

 

 唯一、フルネームを名乗るという常識を持っていたのはアゴ髭だけだった。後輩の恵には後日それとなく……やっぱり止めておこう。きっと無駄だから。 

 その後は、定番コース。乾杯→仕事の話→住んでいる場所の話→料理の取り分け合い→恋愛の話→お酒のお代わり→お金の話。……ほんとーに、心底つまらない。特に、さっき大バカが聞いてもないのに口走った「恋愛、なかなか続かないんですよ~。消防隊員だけに、すぐに消火しちゃって~」というカスみたいな一言には舌打ちをこらえるので必死だった。美味しくもない、味だけ濃い解凍したての薄いピザを前歯で引きちぎる。


「じゃあ、男性陣に聞くけど、結婚したら財布の紐はどうします?」

 敬語とタメ語が入り混じった合コン特有の話し方。あくまで笑顔で問いかけながら、恵が値踏みしているのがわかる。……同性だからこそ。

「もちろん、奥さんに任せるっすよ」

 タクトとかタクマとかだが知らないやつが答える。隣の村人Bも

「俺もそうする」

 と無難に便乗。てっきりアゴ髭も右に同じ、かと思いきや、


「数字に弱い女性に家計は任せられないな。一応、俺、理系だから」


 場の空気が瞬時に凍る。

 はっ! こいつバカか!? それとも重度の不器用か? 思わず桂子は小さく噴きだしてしまった。心の中で実況を続ける。

 んなもんテキトーに「お任せするよ。我が家の大蔵大臣は奥様です」とか言っておけばいいのよ。さっき一瞬時間止まって笑いそうになったわ! カツとか言ったっけ? 名は体を表わし過ぎてんのよ、あんたは! 私は見てて面白いけど。……それにしても大蔵大臣はないな、我ながら。歳がばれる。


「じゃ、じゃあカツ君は付き合ったらどんな感じになるの? 連絡とかマメにとったりする?」

 おっと。なかなか食い下がるねピンク。もとい、恵。よっぽどそいつが好みなの? それとも珍しく場の空気ってやつを読んでんの?

「あんまり。次のデートの約束くらいかな。わざわざその日にあったことを報告し合う〝潤滑油的な会話〟は会ったときだけで充分だし。それって単なる知識の垂れ流しと同じくらい意味がない行為だと思うんだけど」


 うわー! このレッド、バカじゃん! 恵、少しだけかわいそー! そもそもこいつは合コンの基本条例を知らねーのか? 二十八の女(恵)にはもう少し気を遣えっつーの! こいつらは「そろそろ少し現実的なラインで結婚を」とかまだまだ寝ぼけたこと考えてるんだからさー。でもまー。

 個人的にはここにあるすべてが些事だ。そもそも、――レイちゃんが家で待っていてくれる、私はそれだけで何もいらないんだから。





 いい加減、苛立ちを隠すことにも疲れてきたので席を立つと、後輩の矢頼も付いてきた。気軽に声をかけてくる。

「カツさん、どの子が好みっすか? 俺は恵ちゃんか~」

「おい、少しはまじめに」

 冗談、そう思っても念を押さずにはいられない。

「わかってますよ。でもやりましたね。俺の軽妙なトークであの鉄の女のガード、下がってきましたよ」

「へー。軽妙ね。へー。でも、お前なんかでもサッチャーは知ってんだな」

「さっちゃん? 今日はそんな子いないっすよ。もう、しっかりしてくださいよ~。カツさんはもう少~し女の子に優し~く、空気を読んで~」

 そう、こいつはいつも予想の斜め下を行く。もはや天性のものを感じずにはいられない。〝しっかり〟なんてこいつにだけは言われたくなかった。

「……まあいい。そう思うんならもう少しスムーズに仕切れ。こっちは慣れない席で苦労してんだ」

「うい~す」

「まあ、お前の天然も織り込み済みだ。それさえも今はプラスに作用してる」


 そう。こっちが持っているカードはあまりに弱く、頼りない。何せただの勘なのだから。だが、収穫もあった。真向かいに数刻座ったことではっきりした。

 あの赤ニット女は、何かを、隠してる。……せめて、携帯番号ぐらいはおさえておきたい、と目標を定める。

「今さらですけど、どうしてカツさんはあの女が怪しいと踏んだんすか?」

「勘だ。それに、目つきが鋭い美人は大抵何か企んでいる」

 思わず語尾がわずかに弾んでしまった。

 勘――。それは嘘ではない。漠然として、何の実態も核もない、何か。


 あのとき、大山桂子は落ち着いていた。とはいえ、従兄弟の葬儀で誰もが取り乱すわけではないだろう。気になったのは、桂子が「見られる側」ではなく、終始「見る側」であったことだ。自分が誰かにマークされていないかを絶えず探るように。それも脱獄前夜の囚人並みに細心の注意を払って。

 カツは左手で自らの左頬を軽く二回たたいた。もう少し揺さぶりをかけてみるか。


 席に戻ると、心なしかグロスが濃くなった恵からの質問攻めが待っていた。家族のこと、血液型、誕生日、これまでの恋愛……。

 白身魚のような歯ごたえの鳥の空揚げを一口でほおばり、壁にかけられた安っぽい城の絵画にチラリと目をやってから心の内でため息をつく。

 雑誌の編集ってのはこんなつまらないことしか聞けないのだろうか? それともいつも同席するライターに任せっぱなしにしている間に脳細胞がお手てを繋がなくなってしまうのか。呆れを通り越して恵の仕事が心配になってきた。


「カツさんは~、なんかお友だちとかいっぱいいそう! っていうかなんか頼られてそ~」

「そんなことないですよ」


 そもそも〝っていうか〟って何なのだろう。矢頼と同じく言葉の使い方に難あり、と恵にラべリングする。それと〝なんか〟。これもやたらと耳にするがカツにとって不快だった。ひどいやつにいたっては短い会話の中で十回は放り込んできやがる。〝なんか〟をたくさん唱えると願いでも叶うのか? 古の扉でも開くのか?


 グラスに入ったビールを一気に流し込み、おかわりを注文する。こいつのことなんかどーでもいい。カツは気が進まなかったが話題を振ってみることにする。

「大山さんはどうですか? 友人付き合いは?」

 突然話題を振られた桂子だが、梅酒ロックをコースターにそっと置き、じっとカツの目を見て口を開いた。

「私は人見知りだし、出不精なんで、あんまり」

「え~! 桂子姉さんはぜんっぜん太ってなっ! ったい! 裏拳は痛いっすよ! カツさん!」

 笑顔で会話を続ける。


「そうですか? でも、広く浅くよりいいかもしれませんね。人見知りだからこそ親しい人と深く付き合えるんじゃないですか?」

「そんなこと初めて言われました。カツさんって面白いですね。財布の紐の話もマイノリティーなお答えで」

 そこを掘り返されると少々痛い。小さく咳払いをする。


「そんな大したものじゃないですよ。僕も狭く深く人と付き合えるようになれたらなっていうだけです。まあ、ときどき多くの人と付き合える器の大きい人に憧れることもありますけどね」

「なるほど、少し分かります。ですけど、〝多くの人と付き合える=器の大きい人〟とは限らないかもしれませんよ?」

 カツ自身がこの何とも形容しがたい「場」に慣れてきたこともあるのだろうか。周囲の下品な雑音が遠のき、思いの外、会話が弾む。いや、発展していく。カツは置いていかれないように慎重に真意を探ることに努める。


「どういうことですか?」

「『誰といてもあんまりストレスが溜まらない人』というのは『どんな相手といても自分のペースを貫いているだけ』かもしれません。対して、『人と接点を持つのが苦手だと自己分析している人』はともすると『相手に楽しんでもらおう、相手を深く掘り下げようと努力し、自分を犠牲にし続けた結果、疲れているだけ』かも」

 ここで桂子は一拍間を置いて、梅酒ロックが入ったグラスを軽く揺らす。小気味いい音を立て、氷の上下が手品のように瞬時に入れ替わる。それから嫣然と微笑み続きを口にする。


「そもそも……、大抵の場合、掘っても何も出てきませんから」

 ――。今度は俺じゃなくてお前か!? さすがのカツも驚いた。またしても一瞬にして場の気温が二、三℃下がったことは明らかだった。同席している奴らはグラスを握ったまま硬直、目を瞬いている。無論、矢頼は一人、意味を測りかねてキョロキョロとしている。少し同情する。


 この女に作り出された空気はどこか滑稽、それでいて愉快だった。やはり大山桂子は侮れない。元々の持論なのか瞬時に組み立てたのか。おそらく後者だ。雑誌編集ってのもだてじゃないらしい。

「なるほど、そういう考え方もありますね。大山さんと話をすると発見がたくさんあって、頭が良くなりそうですよ」

 にこやかに、するりと言葉が口から出た。半分は本音だからだろう。


 その後は、酒がまわったアラサー女たちの執拗なトークをあしらっている間にお開きになった。おそらく、大山桂子にとって今の自分のポジションは〝まあまあ面白いやつ〟止まりだろう。しかし、最後に連絡先を聞けた。今回はそれで充分なのだ。焦ることはない。

 事件から二ヶ月――。

 この慎重、いやスローモーは我ながら情けなかったが、不幸中の幸い。相手の緊張の糸をかすかだが、しかし確実に緩ませた。


 あいつが何らかの犯罪の実行犯なのか、それともただの傍観者なのか、それさえもわからないままだが、人間ってのは不思議と何事も溜め込めないようにできている。どんなに隠そうとしても、ふとしたときに樹液のようにトロリと溢れ、こぼれる。なんにせよ、この事件、絶対に掴んでやる。


 決意とともにカツは眼前の信号機を睨みつけた。


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