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5.テレビ報道

5. 2019年9月19日(水)PM11時35分


「テレビってどうしてこんなにつまらないんだろう」


 そんな思いから、普段はニュースさえもほとんど観ない。

ソファーに深く腰かけリモコンを手で転がす。

 だがわけあってここ二週間は別だった。理由はほかでもない。〝事件〟に関するてんで的外れな議論が滑稽で笑いを誘うのだ。


「ですから人類滅亡のシナリオとして有力視されているのが人工知能・AIによる反逆なんです。この勢いで室内カメラが増加し〈カメラの向こう側にもカメラがある〉、つまり国民のために目を光らせている側もカメラの監視下に置かれる、そんな状況になれば機械側にみすみす情報を与えるようなものです」

「ハリウッド映画の話ですか? まずは、フィクションの世界から一度抜け出してくださいよ。どう考えても核とウイルスのほうが人類の脅威でしょう」


 首を軽くひねるとクルミを潰したような高く鈍い音がした。様々な分野の専門家で討論する、番組のコンセプトは分からないでもないが軍事評論家とシニカリストをぶつけたのはキャスティングミスだろう。議論が逸れてきていることを気に病んだMCが慌てて止めに入る。


「ちょ、ちょっと待ってください! お二人とも、話を本筋に戻しましょう。今議論すべきは、〝いかに子どもたちを守るか〟。もちろん、これは心身共にという意味でね。実際、学校への監視カメラの設置は非常に反発が大きい。しかし、自ら命を断つ生徒が増え続けている待ったなしの状況で具体的かつ有効な代案がない、というのもまぎれもない事実でしょう。比較的、世代が近い永倉さんはどう思われますか?」


 落ち着いた雰囲気でグレーのスーツが妙に似合う女優。頭のサイズは同じテーブルについている種族の半分しかない。今回は二十代の女性代表というポジションで番組に出ている。番宣もないようだ。ここ数年、ドラマや映画で活躍する腰まで伸ばした髪が目を引く永倉凛(ながくらりん)のことは玲偉も知っていた。ある意味矛盾しているが容姿だけでないのは見ただけでわかる。この人はきっと失言などしない。


「普段学校で辛い思いをしている、そんな共通項を持ったネット上の学生コミュニティでは、彼の意見、そして彼のアイディアに賛成するサイドが圧倒的マジョリティーです。ベストな選択とは私も決して思いません。ですが、それこそ逼迫した待ったなしの状況の中、試験的な設置を進めていく、それも一つのアプローチではないでしょうか。――少なくとも、当事者側が強く望んでいる声を完全に無視するなど絶対にあってはならないことでしょう」


「ずいぶん回りくどい言い方をされますね。ま、永倉さんも設置に賛成、ということですね。しかし、そもそも教室と廊下だけで意味があるんですか? カメラを置くのは? トイレや更衣室、そんな絶対に教師の目が届かない場所でのいじめ行為がエスカレートするだけなのでは? 永倉さん」


 相手の発言に丁寧に頷きながら返す刀で切り捨てる。

「いえ、それは全く学生の心理をご理解されていないご意見です。残酷な話、いじめは一種のショーなのです。人に見せることが主たる目的の一つなのです。そしてその舞台・劇場はやはり教室なのです。クラスメイトに自らの力を誇示、あるいは苦しんでいる生徒の姿をこれでもかと見せることを、残念ながら彼ら彼女らは心から、快楽として、それこそ満面の笑みで行なっているのです」


「それはそうかも知れませんが、しかし、教師の目が……」

 しどろもどろになるシニカリスト。得意の「議論のすり替え」を行なう隙も与えてもらえない。


「申し訳ありませんが、まだ私が話している途中です。最後まで聞いてくださると嬉しいです。……いじめ行為を働く者たちは教師の目をちっとも恐れていません。むしろその隙を縫っての行為にゲーム性を見出していますし、もし折悪く現場を押さえられても、巧みに言い逃れます。明らかな物証など出てくるはずもないことを熟知しているのです。残念ながら、彼ら、彼女らは残酷そのものと言えるでしょう。……最後にもう一つだけ。ご自身がいじめ被害者の気持ちになって考えてください。学校生活の大部分を占める、教室における安らぎを、彼らがどれほど希求しているかを」


――勝負あったかな。

 四十代のコメンテーター二人は途中からずっと苦虫を噛んでいる。

 番組終了間際にシニカリストが口走った「同じ自殺でも体を張ると偉くなるんですね」という皮肉は彼をテレビの世界から永久に追放するだろう。それにしても永倉といったか。悪くないな。芯もバランス感覚も持ち合わせているようだ。なるほど、二十代とはいえ一児の母。どこか凛としたところがある。今回に限らずレギュラーで使ってもそこそこ話すんじゃないだろうか?


 連日連夜の報道で唯一心を痛めたのは自身の母親の涙だった。何度カメラを向けられても血の気の抜けた表情で「息子の苦しみに気づいてあげられなかった私が悪いんです。大変ご迷惑をおかけしました」と、か細い声で繰り返すばかり。彼女のことだ。KやSのことなど、これっぽっちも、爪の先ほども責めていないんだろう。――だからこそ、やっかいだったのだが……。


「死んだら終わり」の世の中において、自分の〝死後の世界〟を見るのは新鮮だった。教頭のしどろもどろになりながらの謝罪。あれは何を謝りたかったのか、彼自身きっとわかっていなかった。

 フラッシュがたかれる中、教育委員会が見せたパフォーマンスのような一糸乱れぬ陳謝。あれは一種の伝統芸能かスポーツのようだった。きっと怠らない鍛錬の賜物だ。

 学校の生徒による「自分はバカですよー。その上、モラルも持ち合わせていませーん」と喧伝しているようなインタビュー。彼ら彼女らとは同じ星に生まれたことさえ受け入れたくない。

 悲しみに包まれた(ように見えないこともない)自身の葬式。あの参列者達はどうやって水増しされたのだろう。


 おまけに、テレビ局のヘリも出動したおかげで、これらがまるでリアルタイムで、これからゆっくりと天へと昇っていく者が見るような絶景を拝むことができたのは貴重な体験といえるだろう。これでもし、クリスマスイヴか元旦にでもひょっこりテレビの前に顔を出そうものならちょっとした〝神の子〟になれるな。ずいぶん簡単なもんだ。

 

 何かを払いのけるように、短く二酸化炭素を排出しながら再び高い天井に目を向ける。これからの生活で気をつけるべきは、


1体調を崩さないこと

 医療機関にはスケープ君の保険証でかかれないこともないが〝絶賛行方不明で捜索中〟の彼の存在を明るみに出すことなどできるはずがない。


2家主の機嫌を損ねないこと

 いい具合に頭のネジが飛んだこの面食いは、この僕に盲目の愛情を向けていて、何をどう見たのか、僕を繊細だの、心配だの言いだすほどだ。ともあれ、その感情も絶対普遍ではない。何かをきっかけに――彼氏ができる、仕事を辞める、やむにやまれぬ事情で引っ越しをする――それらの事態が即、命取りになる可能性もあるのだから。


3――

 ま、せいぜい利用して、掌の上で踊ってもらうさ。




 

 眉間から黄色く広がる眠気。まぶたを覆い、煙草をくゆらすように細く長く息を吐き、身体を弛緩させていく。レイちゃんはまだ起きているらしい。

桂子がこの一連の事件に加担した理由は二つあった。

 

 一つはマスメディアに対する失望。

 奇しくもさっきのコメンテーターが口走ったように、「同じ自殺でも身体を張ると偉くなる」。残念ながらその通りなのだ。少しでも見出しを立たせるために、必要な枝葉まで取り払うばかりか、羊を謳って犬の肉を売る、そんなことは当然。何の悪気もためらいもなく行なっている。

 もちろん読者・視聴者の側にも問題がある。自分の頭を使おうとせず「オモシロソウ」「キライ」、こんな単純な「反射」で行動しているのだから手に負えない。それに応えるためにわかりやすい構図を用意する、それは仕方のないことかもしれない。


 しかし、最大の問題はそもそもメディアとは変化を求める存在である、ということだ。

 例えば、もし教育や医療業界で改革が起こり、完璧に近い制度が出来上がったとする。それをマスコミは手放しで称賛するだろうか? するわけがない。あることないこと騒ぐのだ。合格、問題なし、では困るのだ。極端な話、メディアは戦争を求める。それは戦時下の新聞購読数が証明している。

 

 ところで、今回の事件について言えば、自殺の手法のみならず、場所も重要だった。発見現場が湊玲偉の自室ではやはりインパクト不足で、ヘリの出動までには至らなかっただろう。あくまで大事なのは「どんな画が撮れるか」なのである。

 これら報道の拡大が関係者への非難を強め、KとSを社会から追放させたのだ。十四歳の少年の思惑通りに。


 二つ目、じつはこれに比べたら一つ目なんてただのオマケでしかない。

レイちゃんのことだ。

 あの子は誤解されやすいけど、とっても繊細で脆い子。私は彼が生まれたときからずっと見てきた。いや、見守ってきた。

「世間を手玉に取る、これは壮大な実験だ」

 レイちゃんが今回の計画を持ちかけて来た時、得意げに口にした言葉。だけどそれはただの隠れ蓑。自身への言い訳だと看破した。表面に浮かべた好奇の背後にはクラス替え直後から始まったいじめに対する隠しようのない不安や恐怖が透けていた。


 どんな手を使ってもこの子を守らなければならない。そう、自分でも笑ってしまうけれど、この年の離れた従兄弟に対してそんな感情を持ち合わせてしまった。

 レイちゃんの気持ちが晴れるなら、レイちゃんを守れるなら、レイちゃんが望む世界を見るためなら、どんなことだってできる。それはこれからも変わらない。

 モズの卵だろうがウグイスの卵だろうが、いくらでも突き落としてやる。


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