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2.事件後(教室の中と外)

2. 2019年9月12日(水)AM8時9分


「おいおい、梶田。昨日のテレビ観たかよ? あの教頭の今にも泣きそうな顔」

「おおっ、つーかあれは完全に泣いてたな。男泣きってやつだ、カックイイー!」

「どこがだよ!」

「つーか、あんなにはっきり遺書に書かれたら、必殺『そもそも、いじめの事実はありませんでした』も『学校としてはいじめを認識していませんでした』っていう印籠も使えねーからな」

「校長か教頭、どっちか死んじまうかもな」

「おいおい、そんなこと言うもんじゃねーよ。――担任の柴崎のことを忘れんなっ」

「お前が一番残酷じゃねーか梶田! 楽しそーによー」

「本当だよな。何でそんな余裕なんだよ。柴崎なんて一昨日授業中に腹押さえてうずくまって病院直行くらったっていうのによー」

「最近、本当に授業どころじゃねーよな。アンケート地獄だけならまだしも、学年主任まで出てきてホームルームが長引いたりよー」

「これからPTA会長までしゃしゃってくるって話じゃねーか。心の底からめんどくせーよ」

「誰のせいざますっ! ほんとに! ほんとにっ!! うちの徹ちゃんの成績が落ちたらどうするざますっ! PTA会長として断固抗議するざますっ!」

「そこで、うちの母親いじりはやめろ。お前が一番しゃしゃってるぞ、梶田。おかんは勝手に会長なんかに担がれただけなんだからよー。『私には何にもできない』って毎晩ぼやいてるんだからそういじめないでくれ」

「なんだよ。冗談じゃねーか。ノリ悪いな。――ところで、噂のK&Sはどうしたよ?」

「ブランドみたいにすんなっ! つか、悪評高すぎて売れるわけねーよそれ」

「おおっと。いいねそのツッコミ」

「……あいつら、今日も来てねーな。どうでもいいけど相沢も来てねー」

「まあ、そりゃそうだ。つーか相沢は四月からだろ」

「えー、私、二人に会いたいなー」

「よく言うわよ。どうせ冷たくあしらうか、いてもいないことにして、顔も見ないんでしょ?」

「そんなことないよー、ただちょっと弱った小林君と佐久間君の顔、見てみたかったかもー」

「出たよ、沙耶花のSは名前だけじゃないってね」

「ふふっ。そうでもないわよー。だってわたしー、湊君が殴られながら放つ視線にゾックゾクしたもん。まるで自分以外の全てを蔑んでるみたいで。冷めきってて」

「ったく。テメーの性癖はどうでもいいよ。んなことより、あいつらへの脅迫電話、深夜にもずっと鳴りっぱなしで、はんぱねーらしいぜ」

「あー、耐えかねて宅電のコード抜いたらしいな。それに爆竹やペットボトルロケット、おまけにカブトムシの幼虫まで飛んでくるから、近所の人まで寝れないんだと」

「カブトムシの幼虫? グロッ!」

「そんなことよりっ! カブトムシちゃんをそっと寝かしといてあげてっ! これからみんな大きくなるんだから。どうか、来年の夏まで待ってあげて! 梶田君からのみんなへのお願いっ!」

「なんでお前はカブトムシの味方なんだよ。つーか、キモッ! 小林と佐久間がしばらくいねーからって調子乗り過ぎだろーが!」

「いやいやいや、まじめな話、しばらくじゃすまないらしいぜ。聞いて驚けっ! あいつらの両親、今回の一件で、仕事クビになったらしいぜ」

「マジ!? 生きてけねーじゃん! って聞いて驚けってどうせ週刊誌のネタだろうが」

「ブー! 携帯ニュースでーっす! ま、しばらく親戚の世話になるんだと。それもいつまでいられるか……」

「はー、よかったわ。〝知らぬ存ぜぬ〟をやり抜いて。俺は関係ないもんねー」

「あめーな。学校もクラスもバレてんだ。吊るしあげるターゲットが逃げ出したら次は俺たち、なんだぜ」

「うそ! 私たちが何したっていうのよ! そもそも湊君、いじめられても全然平気そうだったじゃない!」

「真奈美なんてもう転校の手続きして、自宅に籠ってるって噂だし……」

「リアルにやばいってか……」

「まず考えられるのが、俺たちのプライバシーの流出だなっ。クラス名簿なんて高値で売れそうだし。顔写真なんて、叩きたいやつらにとっては垂涎ものだろうな。どうせ全国にさらされるんなら、せめて男前に撮ってほしいもんですなー」

「なんでそんなに冷静なんだよ!? 梶田、お前頭おかしいんじゃねーの?」

「……ふーん。あっそ。そう見える?」

「は? なんだよ。違うのかよ?」

「はー……。まーどーでもいいけどよ。あ、そんなことより外見ろよ。またマスコミが押し寄せてきやがった。これで何度目だっつーのっ! 毎日飽きねーな」

「仕方ないわよ。あんなふうに体張られたら世間様の注目を一人占めってなもんよ」

「カメラ、どうなんのかな?」

「試験的に導入する学校もあるらしいぜ。もし反対しようものなら〝命が一番大事〟だの、〝自意識過剰のブス〟呼ばわりまでされるから……」





 これだから夏は嫌いだ。暑さとセットで最悪の思い出まで呼び起こされちまう。


 狭苦しい車内。エアコンはさっきつけたばかり。短くカットした髪から額に流れ落ちる汗をシャツの袖でぬぐう。普段から鍛えているが酷暑への耐性という面では効果はないらしい。しかしこれでもかという暑さでも奴らは気にも留めないだろう。

 マスコミ。カメラやマイクを手に嬉々として学校に向かう彼らは今、明らかに解糖でもミトコンドリアでもない得体の知れないエンジンで動いている。

 

 対照的に隣に座る茶髪の後輩、矢頼(やらい)拓人(たくと)は首を小刻みに縦に振りながら今日もアホ面の平常運転。どうやらいつものように「脳内マリオ」をプレイしているようだ。

〝トゥルットゥトゥルットゥッ、トゥ♪〟という馴染みの曲が小気味良い騒音を奏でる。ただし、矢頼の手にゲーム機の類はない。

 遊び方は簡単だ。横へとスクロールする車窓の中、リアルな世界の屋根の上をポーンポーンと跳躍するマリオ(あくまでもこのアホが勝手に景色に描き足したイメージなのだが)。そんなバイタリティ溢れるマリオだが、地面に落ちたら〝一機死ぬ〟らしい。電柱と田園風景をいかに乗り切るかがミソらしいのだが……。

 

 口を両手でふさいだりガッツポーズをしたりと目まぐるしく変わる表情は、見ている者を否応なしに不快にさせるが悪意はないんだと自身を納得させる。調度いい。前から聞いてみたかったことをぶつけてみることにしようか。

「おい矢頼、お前、先週の事件をどう思う?」

 声をかけられ、ピクッと肩が動いてこちらを振り向く。まるでテレビアニメを中断された子どものように、はたまた、初デートに遅刻された女子高生のように頬を膨らませられる神経には呆れを通り越して感服する。

「何すか~カツさん。やぶからぼうに~」

 それでも不思議だ。矢頼の声を聞くとカツは自然と不機嫌になれる。学生時代の彼女にさんざん注意されてようやく卒業した舌打ちが出そうになり、慌てて抑える。


「いいから答えろ。先週の〝例の事件〟だ。お前はどう思う?」

「あー、日曜九時からの『心霊パワースポット プラス9』っすね」

「ちっげーよ! なんだそのふざけた番組は! 心霊とパワースポットだぁ? そもそもその二つは〝混ぜるな危険〟だ!」

「俺、じつは昔からよく取り憑かれてたんすよ~。でも、もう祓ってもらったから大丈夫っす! 心配ごむよ~っすよ!」

「ぜんっぜん、ちげーよ! つーか聞け! 幽霊じゃねー! そもそもアホで無神経なテメ―に霊なんか憑かねーよ! 成果が期待できねーからなっ! 先週の事件っていったら、中学生、少年、レイのことだろーがぁ!」


 舌を噛みそうになりながら一息にまくし立てる。これほどの、怒りで寿命が縮むほどの思いをしてもカツの思考が拓人に一度で伝わることは少ない。

「え!? 少年霊?」

 案の定。どう話せば誤解の余地がないのか頼むから誰か教えてほしい。

「いい加減にしねーとど突くぞ! オカルトから離れろ! 中学校での焼身自殺だ、バカ!」

「あ~。どうりで。って、いたっ! もうど突いてるじゃないっすか~」

「はーー。どっと疲れた。お前ってやつは……。ゆとり世代が可愛く見えるぞ。まだ三十の俺に『これだから最近の若い者は』なんて言わせんな」

 今、交通事故を起こしたらハンドルを握っている自分のせいになる、そんな当たり前のことさえ納得がいかない気分になってきた。


「ま~、それは置いといて」

「てっめーっが言うな!」

 対向車線のトラックにクラクションを鳴らされる。どうやら車線をはみ出していたらしい。

「危ないっすね~。まあいいや。え~っと何でしたっけ? あ~、そうそう。中学生の焼身自殺事件。インパクトありましたね~。でも、ただの派手な自殺でしょ? あっと違うか。いじめとか自殺の練習とか全国模試一位……それから、遺書とか監視カメラもトッピングされてんのか。マスコミにとっては格好のネタですね。ご飯三杯いけます、みたいな。う~む、でも~……。何かひっかかることでもあるんすか?」


 アホの割には悪くない情報整理だ。時折タメ口を挟んでいるのはイラつくがようやく刑事らしい顔で向き合ってきやがった。この後輩といるとこの程度の遠回りはよくある。

 指導役として組まされた当初は、一時間一緒にいるだけで疲労困憊になったものだった。しかし、何事にも「諦め」と「慣れ」は機能する。そもそも悪い奴じゃない。

 信号で車が止まる。カツは水を一口含み、ようやく本題に入る。

「ああ、ビンビンな。第一に、あの遺書はどこかおかしい」

「いや~、でも筆跡鑑定もいじめの裏取りも間違いないんでしょ?」

 感情論ではなく事実を元にした返答。そんな当たり前のことにほっとする。もし、少年を可哀相だの、気持ちのすれ違いが生んだ悲劇だのと言ったら車から引き摺り下ろしていたかもしれない。あくまでこっちは仕事だ。今「感想」を口に出す必要はない。

「そこは俺も疑ってねえ。ただ、あの無駄に長い遺書には感情がこもってねぇんだよ。しょっぱなから結びまで他人事っつーか。あ~、いや、自分は関係ねえ、客観視しているっていうよりむしろ……」

 

 学生時代、いじめだの仲間はずれだの、その手の人間関係のごたごたで苦労したことなど一度としてなかった。教室の隅で何かやってんな、くらいのものだった。恵まれた体格とセットでついてきた凶悪な目つきで何をせずとも周囲に一目置かれていたからだろう。「だから」と言えば言い訳になるだろうか。カツはこの手の事件の登場人物達の顔と表情がぼやけてしまうのだ。

 しばらく間を置いて、ハンカチで顔を拭きながら、仕切り直す。話を聞いてもらいたくてウズウズ、懐っこいチワワのようになっている後輩に「話してみろよ」と顎を向ける。

「でも、でも! 誰だって〈KもSもみんなみんな死ね死ね〉なんてバカみたいな文章を最後に残したくないんじゃないっすか? それに、何度も何度も報じられたレイの母親の悲しみようなんて見ているこっちが苦しくなってきたんですから」

 

 前半はまともだな。及第点。だが後半は……。

「あ~、あの母親か。まあ、年の割になかなかの美人だったしな。大したコメントもしねーのにテレビも週刊誌もずっと追いかけてるくらいだもんな。つーか、矢頼。お前、あのオバサンの涙見て、もらい泣きしてなかったか?」

「あー! それは言わない約束ですよ! カツさーん!」

「そーだったな。悪い悪い。……お前の実家、大分だったか。遠い、な」

「くーっ!! もう、いつまでいじるつもりっすか。どーせ俺はマザコンですよ」

 

 どんな奴とでもコンビを組まされるとそれなりに「パターン」が生まれるから不思議だ。他の先輩刑事からもよく飲みに誘われる矢頼は元来、いじられやすい弟キャラなんだろう。

「別にからかっちゃいるが責めてねえよ。……話が逸れたな」

「あ、すません」

 視線を巡らせるとぺちんぺちんと弾んでいる交通安全のお守りが目に入る。そうだよな、刑事が安全運転でなくてどうする。

「……違和感その二。湊玲偉の従姉妹、年の離れた目つきの鋭い女、確か、大山(おおやま)桂子(けいこ)とかいったな。二人は昔から仲が良かったんだと。それも随分とな」

「え? その地味な名前の従姉妹が自殺に見せかけてレイを殺したっていうんですか? まっさかー。動機は? 方法は? 事件から今まで誰もマークしていなかったんですよ? その女に何があるっていうんすか?」

「まだ何も確証はねえ。ただ、葬儀でのあいつの様子がどうもひっかかる。あれはまるで……」


 気が付いたら車内は冷気で満たされ、少し肌寒いくらいだった。エアコンの設定を一段階弱め、ため息をつく。

 もうあれから十年かよ。まったくもって嫌になる。「諦め」と「慣れ」をもってしてもまるで歯がたたねーよ。ほんと、いい加減にしてほしい。


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