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悪魔天使と水晶樹  作者: えっくん
0章 馬小屋の悪魔
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8話 面白そうだ

「ふぅ、これで一通り終わったか……」

 俺はごろごろと転がっているバラッディドッグスに目を遣りながら、今の俺の状況を整理した。

 さすがに少々疲れたものの、特に問題はない。終始速度は落ちなかった。数百の玉を吸収したが過熱することもなかった。猪の時と比べて数が少ないことと、ある程度の耐性が出来ていたからだろうか。

 それにしても剣がとても体に馴染む。まるで体と一体化しているこの感覚、ひょっとすると、昔の俺も剣をよく使っていたのかも知れない。

 それとこの体、すさまじいものがあるな……。前の体の場合ならばきっと凄まじい倦惰感を感じていただろう。しかし、今俺は相も変わらず迸るやる気に満ち溢れている。


 そもそもツリーを変更するだけで体が変わったりするだろうか、もしこの力を先輩が持っていたらあんなことにはならなかったはずだ。やはり、どう考えてもあのスキルは特別だ。

 だが、心当りはある。どうせ、最近妙に生意気な存在感を出し、俺の中から出たがっている『あいつ』のせいだろう。『あいつ』は俺が考え無しにここまで走ることになった元凶でもある。ゾクゾクさせるのだ。あそこまでいけば……きっと面白いことになる、と。そんなわけもわからない本能みたいなものを俺に植え付けて来やがる。

 まぁ、今更そんなことをいっても仕方がないのだが。

 俺は何故か相変わらず腰に突き刺さっている鏡を出した。

 辺りは真っ暗だ。しかし、俺は俺の顔を見たいわけではない。ツリーだ。

 このツリー、鏡の中ではいつまでも光っており、見る側の環境などお構いなしだ。


 ツリーの状態はこうだ。

 鏡の中に存在するツリーは三つ。

 真ん中には光っているツリー……恐らく今装備しているであろう剣士ソードマンのツリーだ。

 その横に二つのツリーが存在するが、どちらも暗くなっており、俺にそれらが今俺に何も影響を及ぼしていないことを知らせる。

 つまり、装備できるツリーは一つだけ……ということだろうか。ためしに、木こり(ウッドカッター)ツリー、装備。といっても何も反応しない。

 他の人はどうだろうか。シエラは3つも持っていれば天才といっていたけれど、どのくらい同時に装備できるのかは言っていなかった。いずれにしてもいざという時のためにもう一つのツリー、偵察者スカウトもチェンジスキルを修得しておこう。みんながみんなソードマンみたく変身できるわけではないかもしれないが、それでもやっておくに越したことはない。


 これからどうしようか。今の感じ、この元気を以ってすればもうあの馬小屋に戻る必要はない。やろうと思えばこのまま気儘な旅……なんてこともできるわけだ。

 だが、それはいいや。俺は結構気に入っていたのだ。あの生活。あの馬小屋。朝起きて薪割りをして、そしてパーティで散歩をして帰って寝る。悪くないと思えてしまった。俺はあの生活に戻りたい。だが、この体。受け入れてもらえるだろうか。いや、そんなはずはない。異端過ぎる。そもそも信じてすらもらえないだろう。下手をすれば町の反感を買って宿、そしてあの2人に迷惑がかかことになる。

 ならば、戻すべきだ。この力、手放すには惜しいが、それでもそうしなくてはならない。それに、必要な時にはまたなることができるだろう。


 よし、そうと決まれば……。

 ……。

 どうやって戻すんだ?知らない。まさか戻れないなんてことは……。


「おい、どうやって戻すんだよ! ツリー!」

 やけくそにそんなことを言ってみると頭の中に文字列が浮かんできた。

 なるほど、こう言えばいいのか。

 

全解除リムーブ・オール

 そういうと、俺の視界は暗転し、体が再構築される感覚に陥った。

 そして戻ってみると……。

 

 だりぃ……。早く寝たい。でも、報告しないといけないし……。めんどくせぇ……。はぁ。

 この状態になってまたソードマンツリーにしようかという考えが脳裏を過るが、そんなことできるはずもなかった。

 手には先輩の剣が握られていた。言われてみればソードマンツリーの時もこの剣が鞘の中に入っていた気がする。チェンジするときに握っていたからか?

 さっきも傷だらけの体で戦っていたわけだが、あの高揚感の中であればさほど気にはならなかった。だが、今の状態だと本当にそれを強く感じさせる。


 前に一歩、そしてまた一歩、確実に前に歩いていく。

 そして数十メートル歩いたところで、人と出会った。


 うちのパーティとそのチーフ――通称、赤髪だ。


――

「つまり、貴方は東門で只ならぬ気配を感じて居てもたっても居られなくなったために、その発生地であると思われる森に走り、その中腹で2人の勇士と大量のバラッディドッグを見つけ、奮戦したものの、守り切れずに自身もやられそうになったところを謎の剣士に助けられたと言うのですね?」

 俺は今、大量の男に囲まれている。

 支部の会議室にいる俺の前には支部長が、俺の周りには俺のパーティと他のパーティのチーフが集められていた。

 あのあと、会った赤髪にあれこれと説明をすると、附近を確認したあと、一緒に支部長に報告することになった。あの後、俺と分かれて家に帰ろうとしていた矢先、森の方から轟音が聞えてきたため、俺以外のパーティと再び合流し、森に確認しに行ったとのことだ。

 

 この状態、ただごとではない。そういう感情を溢れ出させて勇士の屍を抱えてパーティの一向は町に戻っていった。

「あぁ、あの犬、単体ではなんら問題は無かったが、何せ数が多くてな」

「その剣士は今は?」

「あぁ、犬共を全部屠ったと思えばすぐさま何も言わずにどっかいっちまった。声をかける暇さえなかった」

 もちろん嘘も八百だ。だが、こういう他あるまい。幸いなことに俺はこういうのは大得意だ。支部長は俺に意味深な目線を遣ると次の瞬間にはまるで何も無かったかのように思案顔になる。

「なるほど、しかし、連盟に於ける魔物の危険度ランクでBを誇るバラッディドッグスを数百匹も……。Aランクのサーベルボアーほどではないにしろやつらは群れで動き、結束したときの厄介さは凄まじいものがあるぞ。そんなやつらを一人で……」

「支部長、あちこちに転がっているバラッディドッグの屍をしっかりと調べました。どれも剣による傷痕が一個所しかありませんでした。そして亡くなった2人には咬み迹しかありませんでした。剣士にやられた可能性はないかと」

「それだと、どの個体もたった一撃で葬られたことになるぞ、そんなことありえるのか?」

「もしかしたら公国の名立たる剣豪がたまたまここに立ち寄ったのではないか?」

「ばかな、今公国と教国は連合で悪魔共と戦争中だ。そんな余裕があるものか」

 赤髪の報告にたちまち他のチーフに論義が迸る。


「それで、亡くなった2人の勇士は扉を掘り当てたんだな?」

「そんなことを言っていた。森の奥で扉を掘り当てて、報告しに戻ろうとしたところで大量のバラッディドッグに会ったらしい」

「ふむ、近頃魔物は増え続けてはいるが、しかし定期的な討伐のおかげもあって大量の、しかもBランクの魔物が突如として現われるとは考えにくい。ここは彼の扉から這い出てきたと考えるのが自然か」

 思案する支部長にチーフの一人が臆測を立てる。

「支部長、もしかしたらあの扉の奥に魔物発生の根源があるのではないでしょうか」

「そう考えるのが妥当か。もしかしたら今もあの扉から魔物が出てくるかも知れない、警戒せねばなるまいな」

 そう一旦しめ、そして決心したようにもう一度口を開いた。

「よし、皆の者、今日の所は休め、もし斥候から大軍の報がなければ明日からは皆で固まって例の扉を目的とした森の捜索を行なう。私は今から警備隊長と話をつけに行く。解散! ステリアムよ、お前はしばらく療養していろ。ムリアス、勇士の遺体は丁重に埋葬しろ」

 やったぜ!


――

 重い体を引っ張りあげ、宿に向かう。

 時刻はもう既に遅い。上弦の月が俺のゆく道を照らした。

 やっとの思いで宿に辿り着く。歩くのは辛いが、これから思う存分寝れると思うとなんら問題はなかった。

 俺は体を洗おうと中へ続く扉を開けた。2人はもう寝ているだろう。


「ステムお帰り遅かったじゃない……ってどうしたのよその傷!」

 おいおい、まじかよ。子供はもう寝る時間だぜ。

「あぁ、ちょっと犬踏んでやったら何故か怒ってきて咬まれちまったんだ、だがたいしたことはねぇぞ」

「見え見えの嘘言わないで! どんだけいたらこんなになるのよ、服だってぼろぼろだし、あぁもう! お母さん起してくる」

「ちょっとまて」

 走ろうとするシエラの肩を俺は反射的に掴んだ。リイナさんまで迷惑かけるだろうが、ったく……めんどくせぇ。俺はただ水浴びして血流して寝るだけでいいのに。

「そんなことより聞いてくれ。支部長からしばらく休んでいいぞって言われたんだ。俺はな、寝るだけでいいんだ。水を浴びて寝るだけで、俺は誰よりも元気になれるんだ。だからな? シエラも寝てて良いぞ」

「はぁ? あんた何言ってるの? そんなこといいわけないでしょ!」


 俺の哀求をものともせず、走り去っていくシエラを見て、俺の心は打ちひしがれ、地面に両手をついた。

 くそおおおお、なんでこんなことに! ねかせろおおおおおおおお。

 俺はこれからやってくるであろう理不尽極まりない時間に対して、意味のない心の叫びを上げた。




――――

 はぁ、良い気持ちだ。

 馬小屋の俺の最高の寝所には暖かい初夏の日差しが入ってきて、それを寝ながらに全身でそれを浴びて、最高の目覚めをすることができた。

 若干一名、俺をこれでもかという視線でまじまじと見てくる奴がいるが、いつも通りなのでなんら問題はない。


「起きた、ステム、おはよう」

 相変わらず横に伸びる木の棒に腕を置いてリルは、まるでそこが大層なものを見るための特等席であるかのようにそこに陣取り続けているのだ。

「あぁ、おはよう。今日も元気みたいだな」

「うん、元気、ステムも元気?」

「あぁ、最近はすこし暑くなってきただろう? ルリはそんなとこに立ってて暑くないのか?」

「うん、大丈夫。全然暑くない」

 そういってルリは笑う。すこし薄着になっているから全然ということはないと思うが、大丈夫というのなら問題はないだろう。


「それで、対魔連の様子はどうなんだ?」

 あれから二週間、俺はずっと寝て過ごした。あ、もちろん薪割りはしたよ?大丈夫だ。毎日ルリから状況を聞いているし、状況把握もしている。うん。俺、成長してるなぁ。えらいえらい。

「うん、昨日までで、森の安全を確認出来たから、今日はいよいよ、扉の中に入るって言ってた」

「なに!? それは本当か じゃあもうすぐ集合か?」

「そう、朝東門に集合して、みんなでいく」 

 これは一大イベントではないか。俺は興味があったのだ。あの扉に、あの扉の中に……絶対面白いことがある。そんな予感がする。おい、やめろ、騒ぐな……分かっているさ、だからこそルリから毎日状況を聞いていたんじゃないか。


「よし、俺も行こう」

「大丈夫?」

「あぁ、もちろんだ。寝るのはもちろんいいが、たまには動かないとな」

 本当はあれに参加したいだけなのだが。

 そういって俺はこのことを2人に告げようと宿の中に入る。


「リイナさん、シエラ。俺ちょっと出かけてくるわ。対魔連のやつらがなんかおもしろそうなことをするらしい」

 俺が中に入ると受け付けで作業をしていたリイナさんが反応をし、そのあとキッチンのほうからエプロン付けたままのシエラが顔を覗かせた。

「あら、今日はお早いのですね」

「なになに? しばらく休養するんじゃなかったの? どんな風の吹き回し?」

「なに、おかしなことなどなにもない。俺はあくまでも温厚篤実な対魔連の勇士として、大きな探索イベントを行なう彼らの身を案じ、微力ながらの力を捧げようとしているだけなのだよ」


「素晴らしいことですね、ステリアムさん」

「ほんとにー? ってそんなことないでしょ! さっきもおもしろそうなことって」

「まぁいいじゃねーか、そんじゃ俺はいくからな」

「ちょっと朝ご飯は? 食べなくてもせめてこれもっていきなさい」

 シエラは一度奥に引っ込むと何か重たそうにそれを持ってきた。


 剣だった。この宿屋にはもともとそんな大層な武器などない。あの時のものか。

「前にごろつきが置いていったものに鞘つけておいたの。あんたいつも怪我するからせめてこれもっていきなさい」

 受け取り、少し抜いてみると、キーンと金属特有の甲高い音と共に微弱な振動を発していた。やはりこいつはいいもののようだ。

「おお、ありがとうな。それじゃ行ってくる」

 外にでるとルリがいて、見送ってくれる。ふふ、楽しみだな、あの扉、一体何を隠してやがるんだ……?

分割しています。

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