7話 はぁ
今、俺は対魔連の建物に向かっている。
昨日、伝令が馬小屋までやって来て「明日、支部長からご挨拶があるため対魔連にて集合されたし」という大層な有り難い御言葉を頂いた。御苦労なこった。
まぁ教会から戻って二日経っていたしそろそろかなーとは思っていたから別にいいのだが。
そして宿を出る前にシエラから銅の鏡をもらった。
ガラスのものは高価で手に入らないけど、もしかしたら戦闘ツリーを取得するかもしれないから、その時に活用しなさい……とのことだ。
小型で持ち運びがしやすいため、俺は腰の布の中に突っ込んでいる。大変にありがたい。
道を歩いていて分かったことだが、道行く町の人の俺に対する視線が大部変わっているようなのだ。
もちろん俺の外見が変わるわけでもないし、厳しい視線が多いのは仕方がないことだが、前みたく化け物を見るようなものではないし、そしてその中にたしかに憧憬や感謝とも取れるものがあったことが、俺にそれを実感させる主たる要員かもしれない。
たまに東門の穴掘りで知り合った人とすれ違っては挨拶を交わして、俺がこの町に馴染んできていることを感じた。
対魔連の中に入ると。防衛戦で見たかも分からない勇士が揃っていた。
何人かに感謝の言葉をもらった。目論見通り、俺の決め台詞は効果抜群のようだった。
聞く話によれば大怪我をした人も中にはいるようだったが、見る限りではみんなぴんぴんとしており、問題はなさそうに思えた。教会の回復能力がそれほどにすごいのだろう。
対魔連では、前の集会が行われた練武場ではなくここ、ホールで支部長の挨拶が行われるらしい。
少し待っていると例の支部長が現われた。いつもの感じで真っ白に染められた服装を纏っている。
男は勇士たちの前に立ち、勇士達は言葉を待っている。
瞬間の静けさを経て、男は口を開いた。
「勇士の諸君、よくぞ今日は集まってくれた。先日の防衛戦は御苦労であったな。皆の協力があってこそ町は守られる! そのことを忘れないでほしい。さて、先日の侵攻で一時的な撃退が為されたものの、この町が已然として増え続ける魔物の脅威に晒されていることに変わりはない。その原因が究明され、潰えるまで、我々も、町の皆も、心の安まる時がないではないか。魔物の侵攻の頻度も高まっている。その昔、魔物は5年に一度のペースで攻めてきた。その次は3年。それがどんどんと短くなり、今では一年だ。では! 次は何時なのか。半年後か? もしかしたら一週間後かもしれない。そんなことでは町に不安が広がり、侵攻なくとも自ずと滅んでしまうだろう。我々の使命はその根源をすこしでも早く取除くことにある。それに向けて皆にはこれからも尽力してほしい。だが悪いことばかりではない。ここに一つ、朗報がある。今年も我々の志に共鳴し、各地から集まってきてくれた新しい勇士達がやってきた。我々はそれを拍手をもって迎え入れようではないか!」
支部長の声に同調するように拍手が鳴り響いた。先輩達であろうものは左右に割れ、俺も含めて新入りは真ん中に取り残された。恐らく10名近くであろうか。中には俺に期待の篭った視線を向けてくる先輩もいる。そういうのはやめてほしいものだ。俺は戦闘向きではない。そうだ、薪割りなら任せてくれ。そっちが本職だ。
「今日の挨拶はこれで終わりだ。各人、己の、そして対魔連の目的のためにも頑張ってくれ」
話が終わると同時に支部長も奥にひっこんでいった。
ふぅ、やっとおわった。妙に話の長いやつだ。いつもこれなら俺は考えを改めるかも知れない。
それにしてもこれから俺はなにすりゃいいんだ? 帰っていいわけでもあるまい。
俺は同じ新入りであろうものに話しかけることにした。円滑な人間関係はこれからの生活に於いても重要なことなのだ。きっとそうだ。
「よう。俺達同期だよな。なかよ――」
俺が言い終わらないうちにその男はひぃと短い悲鳴とともに走りさっていってしまった。俺は顎に手を置いて考える。
やはり俺はそういうのに向いていないのかも知れない。他の新入りも俺から距離を空けてこちらを垣間見ていた。こいつら大丈夫なのか?新入りとは言え優秀な勇士なのではなかったのか。俺は心配だぞ。
仕方がないので俺は近くの先輩勇士に聞くことにした。
「おう、先輩。俺はこれからどうすりゃいいんだ? 帰って寝ていいのか?」
「ははは、それはまだ早いだろう。うちは基本的にパーティを組むことを推奨してる。とはいっても軍隊じゃないから強制はしてないぞ。あくまでも自己責任だ。だが新入りは別だ。一人前になるまではパーティに入れてもらって研修だ。向こうの壁にメンバー表が張り出されているから確認するといい。それと……お前には期待しているからな」
そういって先輩はどっかいった。ちゃんと話を聞いてくれるのはさすがだが、期待されるのはいやだ。適当でいいではないか。
取り敢えず貼り紙を見に行くか……。
――
はぁ、結局お前か……。
また会ったな。そういってニコニコ笑みを放っているのは例の赤髪だ。こいつが俺の研修期間でのパーティーチーフ、ということらしい。
「あぁ、どうやら縁があるようだな。チーフ?」
「そうでもないさ。顔馴染みの方がやりやすい。それだけことだ」
周りを見ると他のメンバーが居る。俺を入れて5人。イケメン組長以外はみんな無骨な野郎だ。まぁ、この支部に女なんていねーし、この方がやりやすい。
それぞれと挨拶を交わすと、チーフの話が始まった。
「よし、これで挨拶が終わったようだね。皆も知っているようにステリアム君は新入りだから、説明をしてからにしよう。基本的に週に一度、支部長からの挨拶があり、その後、パーティで集まり、もしあるのなら任務の更新をする、ない場合はそのままパーティ内で情報のやりとりをする。俺達のパーティは週に五日活動する。決められた時間に東門に集合後、森を探索し、魔物を見つけ次第討伐するとともに、その異常発生の根源の発見に努める。その後定時に東門に戻り、解散となる。ざっとこんな感じだが、わかったかい?」
はぁ、なんともまぁ、面倒臭そうなことで。しかし、約束のこともあるし。何より魔物倒したときの例の玉について解明するには好都合といったところか。だがやはり面倒だ。
「あぁ、大体わかった。だが、俺に戦闘で期待するなよ?」
「戦闘ツリーがないことだろ?」
赤毛がそういうと他のメンバーにどよめきがおきる。
「あぁ、そうだ」
「それならわかっている。だが、それでも尚、サーベルボアーの突進を止められるそのタフさと、それを殴り飛ばせる腕力を買っているのだ。通常の戦闘ならともかく、いざという時には頼りにしているよ」
「まぁ、それくらいなら……」
悪くない条件だ。通常の戦闘ではスキルで劣る分俺はあまり介入しなくていい。つまり、例の玉で強化し放題ということではないか?別に強化して何かをする、というわけではないが、なんとなくそうしたいと思える。理屈はわからない。単に男として強くなりたい願望なのかも知れないが。とにかく、この条件なら文句はない。ただのピクニックだとでも思えばいい。まぁもっともこいつらに俺の力が必要だとは思えないのだがな。
「よし、では決まりだね。それじゃあ通常連絡といこうか――」
――
「とまぁ、こんな感じだ。薪割りはまだ楽だったからよかったが、明日からの重労働には気が滅入るよ。今日は早めに寝ることにした」
宿に帰るとさっそく3人になにやらいろいろ聞かれたので、赤髪が言っていたことをそのまま話してやった。
3人というのは相も変わらずルリが来ているからだ。前は馬小屋でガン見していただけだったが今では宿の方に早い時間から来ている。もっとも親友の家に行くこと自体何もおかしなことではないのだが。
「重労働って別に前にでて戦えって言われたわけじゃないんでしょ? でも良かった。勇士達の足を引っ張ったら大変だものね」
「その通りだ! かよわい俺なんかよりガチムチ極めてるあいつらが戦った方が絶対いいもんな」
あんたのどの口がいうのよ! どの口が! という言葉とともに久方振りのジト目を発動させたシエラから逃げるように俺はそそくさと席を立った。
「とにかく、俺はもう寝るからな。早いところ歩きながら寝る秘技を編み出さなきゃならないんだ」
後ろから只ならぬ視線を感じたが、俺は無視した。
――
次の日、起きると俺は早速東門に向かった。集団行動なので時間にはうるさいのだ。
挨拶を交わし、メンバーが揃うと探索地である森へと向かった。
シルディスの森と呼ばれたこの森、何が特長かというととにかくでかい!ことにある。その分薬草やらなにやら資源も豊富ではあるのだが、200弱のメンバーを誇る対魔連が総出で探索にあたっても、かなりの時間を要するのだ。
それはとにかく、他は知らないがうちのパーティは優秀だったようで、俺が何もしなくても本当に魔物がばっさばっさと倒されていく。俺はというと本当にピクニックの如く変な玉を取込みながら歩き、たまに零れてくる小型の魔物をちぎってはなげていた。お昼になるとリイナさんに無理矢理持たされた弁当を食べ、午後も歩いていく。そうしていくうちに皆は方向を変え、帰りの途を辿る。一日の任務は大体こんなもんか。まぁ俺が楽してるだけなんだが、とにかく毎日こんな感じならば何とかなるだろう、そう思った。
その次の日もそのまた次の日も、俺達の任務は続いた。
そして、半月たったある日、いつも通りの長い散歩を終えて東門にもどっていると、遠くから魔物の気配を感じた。
――
本日の任務を終えた俺のパーティは東門で解散した。
だが、それに関わらず、俺は森に向かって走っていた。
感じる。戦いの息吹が俺を待っている。普通の戦闘など興味はない。俺がやりたいのは……。
気配が……近づいている。もうすでに森の中を結構走っている。もう――すぐだ。
――助けてくれ!
声と共に2人の男が走ってくるのが見えた。
やつらは暗闇で良く見えないが、装備の質からして先輩だろう。俺を見るなり助けを求めてくる。
「どうした。何があった」
「それが、森の奥で地面に変な材質の石を見つけたから掘ってみたらそれが変な扉でよぉ、報告しにもどろうと思ったらバラッディドッグがたくさん――」
その魔物――バラッディドッグは個体としてはそう強そうには思えなかった。1メートル近くの体しかない、赤い目が暗闇の中で妖しく光り、全身が黒い犬。
だが、やつらは速かった。
「いってぇ!」
先輩勇士が言い終わらないうちに俺の腕に噛み付いてきた。速い。そしてこいつ、恐ろしい程の力で噛み付いて来やがる。
「うらぁ!」
咬まれていない右手を固定したまま左手で頭を持ち上げ、そのまま右手でやつの口をしたに引き裂いた。これでよし。だが、かなりの数がいるようで次々と俺の体に噛み付いてきた。血が噴き出す。
ふと後ろを見ると逃げようとした所を一人が捕まり、もう一人が剣で戦っていた。
俺は全身を力ませると両手で各所に噛み付いている犬を掴み、次々と地面に叩き付ける。
ドン!ドン!と轟音が響き、犬共がぐぎゅっという音と共に潰れる。
一向に数が減らない。くそっ。俺が悪かった。気配に気づくと考え無しに走ってしまった。赤毛のやつに言ってからにするべきだった。
このままだときりがない。ここはなんとしても一緒に下がるべきだ。犬を掴み、投げ飛ばしながら、2人に近づく。
「なんとかして下がるぞ!」
「どうすんだよ! やっとここまで走ってこれたのに、追い付かれちまった。もう振り解けねぇよ!」
俺は先に2人に噛み付いている犬を解いていく。
「俺が全力で地面揺らして動揺させるからその隙に逃げろ! そして知らせろ! そうじゃなきゃ俺達は全員ここで死ぬ!」
俺が真剣な眼差しで訴えると、2人は意を決したのか、わかった!といって後ろに下がり始めた。
俺は犬の群れの中に突っ込んだ。体中噛み付かれるが、それでいい。
――今からでかいのをかます。
噛み付かれている右腕を大きく上げ、大きく息を吸った。目を見開き、打つ!
「うぉらああああああああ!」
爆音の後に轟音がつらなり、地面は歪み、衝撃が衝撃を呼び、足下が崩れる。
一瞬の浮游感を覚え、重力が再始動するとドサッと体が地面に転がった。
犬共は皆、衝撃で剥がれ落ち、倒れていた。
ふぅ、ま、こんなもんだろ。あいつら、大丈夫か?
ぬくっと立ち上がり、平らな所まで移動して奴等の方をみやると……。
「おいおい、まじかよ」
あの2人、20匹はあろうかというバラッディドッグに――食い物にされていた。
鎧はやつらの顎と牙の前には無力となり、惨たらしい最期を送った。地面揺れてんだからすこしはびびれっての。
はぁ、深い溜め息をつく。俺も、あんな感じになるんかねぇ……。まぁ、確かに俺の作戦も悪かったかも知れないけどさ……。ま、しゃーないか。
そんなことを考えていると、ふとある物体が目に映り、俺は目を丸くする。
それは、青白く光る二つの玉だった。そのものは強い光を放っており、周りの雰囲気と合さってとても異様な存在に見える。玉の大きさはさっきも取り込んだ魔物の玉より一際大きいものの、それでもゆっくりと浮游し、犬共を貫通するその様は、どう考えても魔物のそれと同じ類のものとしか考えられない。来る向きからも考えればそれは……。
「まさか、人間からも吸収できたりする感じ?」
玉が、俺の胸の中に入っていく……。
すると、俺の視界の真ん中に、二つの青白い点が見えた。これ、どっかで……。
思い出しているとその点が上に伸びていく。この形、間違いねぇ。
系統だ。
2つのツリーが展開し終えるとしばらくその場に逗留する。
まじまじと見ているとふと、違和感を感じた。シエラがいうにはスキルはツリーレベルが最低2にならないと取れないはずだ。しかし、この2つツリー、最初の点、つまりレベル1の所で既に分岐を始めている。その先にあるのは一つのスキル。
そのスキル名を見た瞬間、俺は口端を大きく吊り上げた。ふふ、お前たちの力、俺が有り難く使わせて貰うぜ。
力強い一撃を放った俺を様子見している犬共を横目で流し、既に亡くなった2人の元に向かう。今は何もしてこないが、どうせ俺が逃げれば噛み付いてくるだろうことは容易に想像できる。だが、俺の目的は逃げることに非ず。
2人の元に辿り着くと、一人の持っていた鉄の剣を手にする。
それを眼前に掲げると、右斜め、左斜め、右斜めにそれぞれ振る。
すると片方のツリーに変化が起った。
一番下の青白い点から白い線が上――ではなく右に青い線を覆い被さっていき、やがて、その先にある点に辿り着くと、その点が点滅した。
これでいい。すべての準備が今、整った。
目を閉じる。そして右手を胸の上に置き、声に出して唱えた。
――系統変更、剣士!
暗い視界がぐにゃっと歪み、体が全部暗闇に溶けていき、そして新たに再構築される感触がする。
数瞬後、俺は目を大きく開けて、自身の体を確かめていた。
視線が低くなっている。よくはわからないが、おそらくは普通の男性程度のものだろう。
そして服がしっかりとした布のものに変わり、青のコートを羽織り、腰の左にはベルトに鞘に収まった剣が括り付けられていた。服装まで変わるとは……どういう仕組みなんだ。
感じる……力を。やはり、こうでなくては。
前のでかく、ごつい体ではなくなり、割と華奢にはなったものの、力自体は前のそれと比べても、大きく上昇をしていることが実感できる。
そして、この状態の俺が一番得意するのは別のところにある。俺にはそれがわかる。
これが戦闘ツリーというものなのだろうか。きっとそれだけではあるまい。あのスキル、他の人も持っているとは考えにくい。
体の傷を引継ぎながらも尚、あり溢れる力の奔流を感じていると痺れを切らしたのか。後ろから犬共が首を目掛けて突っ込んできているのを感じた。まったく……容赦のないやつらだ。
俺は首だけを左にずらし、右手で剣の柄を掴み、そのまま持ち上げ空振りをした犬の腹にぶつける。
吹っ飛ぶ犬をよそに、今度は体を右に移動させ、又しても空振りをした犬を全身を回転させて蹴りとばす。
そしてそのまま体を屈ませ、剣を抜き上から大きく振りかぶり、首に向かって飛び込んできた犬の喉を下からすーっと足のつけねにかけて何の手応えもなしに切り裂く。犬の血が降りかかるよりも速く後ろに振り向き、そのままの勢いで左から右にかけて飛び込んできた2匹の犬を大袈裟に斬る。そして一歩前に踏み出し、左を、そして右を流れるように薙ぎ、犬を屠る。その後右足を強く蹴り、大きく前に出て、その勢いで前の犬を2匹串刺しにした。
一連の流れが終わり、剣に付いた血を払うようにして先程しとめそこなり、そして又しても飛び込んできた一匹を斬る。
バラッディドッグは速い。だが、今の俺には遅く見える。
そう、ソードマンの最たるところは力などではない。その速さとその速さから為せる剣の技にあるのだ。
出来る……。大きく息を吐き、上を向いて目を瞑った。
俺は今、囲まれている。数百の気配が俺を凝視し、今にも飛び掛りたそうにその時を待っている。
俺には出来る……。
これは他ではない、他人の力を吸収して手に入れた、俺の力だ――
「来い、今の俺はすこぶる気分がいい。全員まとめて相手してやろう」
完全に日が落ち、真っ暗となった森の中腹で、数百もの赤い目が一斉に動き出し、戦いの幕を切った。
御疲れ様でした。
主人公が初めて系統の力を使ったところで前編の方は終了です。
次回分からは後編になります。強敵との戦いがメインになります。
これからもよろしくお願いします。