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悪魔天使と水晶樹  作者: えっくん
0章 馬小屋の悪魔
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4話 めんどくせぇ

 昨晩の一騒動を経て、今日、俺は今絶讃薪割り中だ。昨日の出来事の目玉はなんといっても俺に名前が決まったことだ。――ステリアム。まぁ適当に考えた割には良かったんじゃないだろうか。語呂もいいし。とはいっても名前なんざ食えないし金にならないし寝所にもできないであまり実感できないが。


「ステム、ステム。手のケガどう? 薪割りつらいんだったら一日くらい休んでも……」

 シエラは今日も元気のようだ。でもあれ? 俺の名前ってステムっていうんだっけ……。

「ステムってなんだよ。勝手に変えすぎだろう」

「だって5文字だと長くて言いにくいんだもん。3文字くらいで丁度良い感じだし『ステム』って結構かっこいいと思うよ?」

「まぁ、何だっていいけどさ。ちなみに手の方はほとんど治ったぜ」

「治ったって……昨日の傷、あんなに深くて、血が一杯出て……手が真っ赤で……」

 シエラの発する声がだんだんと小さくなっていって、しまいにはうつむいてしまった。


「大丈夫だって。骨までいってたわけじゃないし、血も有り余ってたくらいだったからな」

「そ、そうよね。平気よね。あんた図体だけはでかいし――」

 ふぅ……変な流れになりかけた所をなんとか正したところで突然、カーンカーンカーンという鐘の音が大音量でうち響いた。

 俺とシエラは顔を見合せ、鳴り止まぬ音の元へと移動する。


 嫌な予感がする。面倒臭いことにならなければいいが。

 宿に入り、リイナさんも交えて表通りにでる。


 馬に乗った兵士が一人、町中を駆け回っていた。

「東の森に魔物の群れが発見された。手の空いている成人男性は全員対魔連に集合せよ! 繰り返す。東――」

 うわぁぁ……。まじかよ。行きたくない。たしか祈ったはずだよな? なんでまたこんな面倒なことをするのさ。

 うーん。どうにか都合をつけて行かないようにできないだろうか。そんな思いで横にいる2人の顔を見ると、不安そうな顔をしていた。

「大丈夫ですよ。まだ魔物とは距離があるようですから、今日は状況と作戦の説明だけだと思います」

「ちょっと話を聞いてくるだけよ。手のことはまた後で考えよ?」

 勝手に話を進めているが。

 

「え、俺行くの?」

 手は別にいいんだ。ただ、面倒だし、睡眠時間がなくなるし、町にでるのもはじめてだし。

 でもどうやら町の掟らしく、住民にはその義務があるのだとか。はぁ、たしかに行かないと2人に迷惑をかけてしまうか。

 ぐぬぬ……。仕方がない。腹を括るか。


 そうと決まれば早速行動だ。

 斧をシエラに渡し、2人と分かれる。

 道はわからないが巣から蟻が炙り出されるようにしてぞろぞろと建物という建物からでてくる男の群れについていけばいいか。てか居すぎだろ。

 しかもそいつら俺をみるなりヒィッと悲鳴を出してはまるで化け物を見るような視線をこちらに送り付けてくるのだ。魔物が来る前に俺を退治に来そうな勢いである。不愉快極まりない。

 俺は普通の人間であるように日頃から努力をしているのにこいつらときたら……。まぁ、気にするだけ無駄か。


 歩く速度を上げ、何故か人混みの中自然と出来る道をすいすいと通っていく。案外悪くないかもしれない。

 数分歩くとどんとでかでかと『総合魔素生物対策連盟レイディナ支部』と書いてある、入口だけでも宿の10倍はありそうな建物があった。わかりやすい。それにしても随分とでかい建物だな。頭を下げずに入れる建物が存在していたのか。


 中に入ってもさして反応は変わらなかった。だが、高価そうな鎧を着た明らかに建物の関係者らしき人にはうんうんと頼もしそうに頷かれてしまった。

 うーん。そういうのもやめてほしいかな。何せ俺は木こりツリーなんだぜ?

 

 ホールを抜けて通路を通り、練武場にでる。

 そこには既にたくさんの人達がいた。成人したばかりの若者から年老いた老人まで様々だが、皆が皆不安そうに知り合いであろう者達と会話に励んでいる。どのくらいの頻度で魔物の侵攻があるのかは知らないが、やはり何度経験してもこういうことは不安なのだろう。

 何度も見てきた視線をスルーしながら待っていると、一番奥の壇上に人が上がった。回りには護衛らしき者に固められていた。もしかしなくてもあの人がここの偉い人なのだろう。


 その男、40近くあろうという壮年で、眼鏡を掛け、銀色の髪を全て後ろに流し、いかにも理知的な様相を醸し出している。

 壇上に立った人を見るや否や、回りの緊張が一層に膨れ上がるのを感じた。


 男は回りを一度見回し、言を発した。


「既に周知の通り、今、我々の愛するこの町に向かって、大量の魔物が接近中だ。放った斥候達の報によれば、その数はおおよそ4000」

 男が魔物の数を公表すると一斉に回りがざわつき始める。

 だが様子を見る限り、数を聞いて安心したような顔つきをした者達が結構いる。どうやらこのくらいの数は問題ではないようだ。それとも前回の方が多かったりするせいだろうか。


「敵の数は多いが、我々には脅威から守ってくれる頑強な壁がある。屈強な兵が、対魔連の専門の勇士がいる。前回、6000もの魔物を追い返した我々の敵ではない。しかし、いくら歴戦の戦士がいようとも数は相手が上。そこで今回も我々は皆の力を借りたい。力に自信がある者、治療ができる者、魔法が使える者。この後、ここに残って頂きたい。皆で我々のこの美しい町を守ろうではないか!」


 男が言葉を終えると、回りからはおぉー!といった歓声が上がり、続いて幾重にも重なる拍手が轟音のように鳴り響いた。

 うるせー。しかしこの男は随分と名望があるんだな。町長?支部長?もしかしすると兼任なのかもしれないが、俺にはどうでもいい話だった。

 人々の散会が始まっていた。うっし。終わったな。案外早く終わったし、薪割り終わってないし。速いとこずらかるぜ。


 またしてもこの人の海の中、何故か出来る道をすいすいと意気揚々に歩く。すると前に2人、先程見たような気もする、高そうな鎧を纏った男が横から割り込む。

 何だこいつら。俺にようがあるのか?やめてくれ。俺は暇じゃ無いし、魔物ならお前たちが倒せばいいだろう。そのような鎧を着ていれば魔物の群れに突っ込んでいっても生きて帰れそうじゃないか。

「なんだお前ら、俺は忙しい。どけ」

 声を低め、目を見開き、目下の者を睥睨し、威圧する。


 周囲の喧騒が一瞬で消え、倒れ込む人もいるが、なるほど、なかなかどうしてすこしはやるようで、目の前の2人は少したじろぐ程度ですぐに立て直した。

 そしてこんなことを言ってのける。


「花蜜亭『ミリニアム』」

 意外すぎる言葉に背筋がぞっとした。なんだこいつら。何で俺とあの宿が関係あるとわかった。あー、そういえば宿からそのまま出て来ちゃったからわかって当然か。

 俺が黙っていると、左の赤毛の男が話を続ける。

「いや、失礼。貴方の勇姿は重ね重ね聞き及んでいるのです。そこで、今回の防衛に是非とも参加してもらいたく、参じました」

 

 意外や意外、言葉が丁寧だ。対魔連の連中は皆、こんな感じなのだろうか。いや、違う。好んで魔物と戦おうなどという物好きな輩は粗暴なやつらに違いない。こいつらがおかしいのだ。だが、行きたくないものは行きたくない。

 しかし。先に俺の心に刺さる宿の名前を言ってくることといい。何かあるな。


「悪いが興味が無いな。他の人に――」

「リイナ様とシエラ様には既に許可を取り付けております。こちらが彼女達のサインです。ステリアム様のお力をお借りたいと申しましたら、快く迎え入れてくれました。そういえば昨晩はごろつきを数人、ご退治なさったそうですね。すばらしいことです」

 こいつら、まさか。


「お前達、よもやあいつらに――」

「まさか、彼女達はいわばこの町の花、といえる存在です。そんな畏れ多いことなど出来ませんよ。少々、共にお茶を頂かせてもらっただけです」

「それでもだめだな、いくらあいつらのたの――」

「ちなみに――」

 一々ちゃちゃを入れてくるのが好きなようだ。


「あの宿屋は東門のメイン通りに存在しています。つまり万が一、魔物の進行が我々の防衛を突き破ることがあれば、宿屋のみならず、その横の小屋もろとも、ひとたまりもないでしょうね」

 そういう赤毛の口端が僅かに釣り上がったのを俺は見逃さない。

 ふふふふ、面白い。すべては予定調和の如く、仕組まれていたという訳か。

「面白い。これは壇上で話していたあの偉い人の策か?」

「ええ、支部長は賢明な御方ですから」


「はーはっは。いいだろう。その話に乗ろう。俺はこれから帰るがいいか?」

「ええ、構いませんよ。明朝、東門にお越し下さい。お待ちしております」

 なんかノリで偉そうにしてしまったが俺、木こりなんだよなー。大丈夫なんだろうか。まぁ、その時は素直に言えばいいか。

 赤毛の手にある紙を2枚とも奪い、身を翻しながら、それらを粉々に引き裂いた。

 あいつらの字かどうかなど判別できない。だが、どうでもいいことだ。俺は明日行く。それだけだ。

 

 帰りは心なしか、人の海にできる道が、先程よりも広い気がした。


――

「今帰った! シエラ!リイナさん!」

「はい、お帰りなさい。ステリアムさん」

「なになに? ステム帰った?」

 元気そうだ。大丈夫だと思ってはいたが、やはりすこし心配だったから真っ直ぐ帰ってしまった。問題なくてなによりだ。


「あぁ、それより俺がいない間に変な人来なかったか?」

「変な人じゃないけど対魔連の人が来たわよ。ステムの力を借りたいって言ってから昨日の手の怪我のことを話したら、『それなら門の上で見ているだけで良いですから』って言ってたわ。丁度ケガのことでどうしようか考えてたから渡りに船だったのよ」

 そのあと普通に出されたハーブティーを飲んで帰っていったとのこと。お茶飲んだのお前だけじゃん。でも、サインはしたらしい。ハーブティーを対魔連に仕入れる契約書に……。確かに奴は何のサインであるのかを明言しなかった。

 

 くそ、悪いことをした。修復できないかな。とりあえずばれるまではしらばっくれていよう。

 まぁいずれにしろこの二人が勝手に俺の行動を強制するような行いをするとは思えないが。


「あの対魔連の連中ってのはどういうやつなんだ?」

「どうって……魔物の脅威から町を守ってくれる勇士達よ。近年魔物が急激に増えてきてるのにこの町が無事なのは、みーんな対魔連のおかげなんだから。それにルリの叔父様の支部長はとっても優秀でね。しばらくはこの町も安泰だわ」

 なるほど。俺が対魔連に対して何も知らなかったことを利用されたのか。どうやって情報を入手しているのかはわからないが、あのやろう、下手な悪魔よりも手強そうだ。何故かそう感じる。だが、悪くない。怠惰に満ちた俺の体は今、覚醒させられるように、俺の全神経は、沸々と湧き上がるいい知れない何かの感情によって、ピリピリと体中を震わされるのだ。思わず、悪い笑みが出そうになる。久方ぶりの昻揚を楽しんでいると。リエラに身体が震えてるけど大丈夫? と心配されてしまった。別に戦いにでるのが怖くて震えているわけじゃないのだが。まぁいい。明日までは薪割りしてからゆっくりと眠ることにしよう。


 そういえばあの支部長。なんでそんなに俺に拘るんだ? 外見だけで判断をするとは思えないし……ルリの叔父様……なんだっけか。

 ルリといえば相変わらず毎日来ているが、たしか最初に会った時、俺が適当に俺の正体は神とかいってたような気がする。

 ……。

 まさか。

 まさかね。

分割しています。

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