42話 聖蒼の王女
後日談です。本編の補完も兼ねています。
「ウェッ……オエッ……オエッ!」
「おいおいどうしたんだよデリアム。3日もギルド休んでやっと来たと思ったらなんだこのありさまは。普段は酒酔いなんてしないのによっぽど強い酒を飲んだんだな」
「あぁ、ちょっと無茶しすぎたかもしれん」
もちろん酒酔いなどではないが後遺症だ。この前レナの部屋で体に壊れかけの悪魔核ではなく天使核がはまったことで毒から逃れ、レナにかけた回復術のついで悪魔核が治ったまでは良かったがちとやりすぎたかもしれない。
もともとあんな無茶をするつもりではなかったが飛び出したあの悪魔を見ていたらついかっとなってやってしまった。後悔はしていないが反省はしている。
天使はもともと理気の保持量が少ない。なったばかりでは尚更だった。
理気は天使にとって血液のようなもので使いすぎると貧血のような後遺症が発生してしまう。
しかも毎回症状が違うとかいうおまけ付きだ。
あのあと治ったレナをベッドに下ろすと一芝居して急ぎ本拠地の馬小屋に戻った。後遺症がきつかったからだ。
馬小屋で基盤系統を悪魔に変えてみたものの見事に全くもって軽減されなかった。
それで急遽休みを貰って症状がよくなった今日ギルドに向かっていたのだが、道中でまた悪化してしまったかもしれない。
吐く気持ち悪さだが実際には何も吐いていない。吐きたいけど何も出ないという症状なのだ。
「デリアム。お前は知らないかもしれないがお前がいないこの3日間。世間は大騒ぎだったんだぞ?」
「そうなのか? オエッ……オエッ」
「あぁ。今公都での話題はもっぱらあの第三王女よ!」
「第三王女ってお前が前に言ってた灰色のなんたらってやつか?」
あくまでもしらをきる。これがまた楽しかったりするのだ。
「灰色? そんなのは昔の話だ。今じゃあなんと呼ばれてるか知ってるか? 聖蒼の王女だ」
「聖蒼!? 何だそりゃ」
「三日前の事件を知ってるか? 悪貴族が派遣した闇の兵と悪魔が何の冗談か手を組み、灰色で無力で嫌われ者の第三王女を殺そうとした。そしてなすすべもなくいたぶられ、命の灯火が消えようとしたその時、天上でその情景を眺めていた天使は、その純真なる心を持つ彼女の悲惨なる姿を憐れみ、地上へと舞い降りてその兵と悪魔を葬り去った。最後には王女にかかっていたあらゆる呪いを治し、天使の加護を与えると、再び天上へと戻っていったそうだ」
「はああぁぁ!?」
素で声出た。悪貴族は本当だとして闇の兵ってなんだ? 意味がわからん。でもちょっとかっこいいと思ってしまったのは内緒だ。それに悪魔のあいつは貴族の手先を利用して油断した俺たちを遊んでいたから手など組んでいないだろう。そのあとは1ミリくらいしかあっていないし。どうしてこうなった。
「それ……本当なのか?」
「信じ難いだろ? まぁ噂ってのは脚色付けられるものだから多少は盛ってるだろうけど塔から見たこともないようなエネルギーの篭った光を溢れさせて公都の10分の1が光に飲まれたのは本当だし。王女付きのメイドが気づいた瞬間ギャアアアシャベッタアアア!! ってわけのわからないようなことを喚きだしたり貴族の派遣した兵が黒いものにやられた!! と口をそろえていたりするけどけど、実際王女様の灰色の呪いは完全に消えて王妃と同じ蒼い髪色と眼の色と、王妃以上ともいわれる美貌を取り戻して薄い光纏ってるのは城中の人間が見てるから、噂といってもそんなかわらんだろうなあ」
「ふううううううん」
そういやそんなメイドがいたなぁ……。元気にしてるかな。結局記憶消しそびれちゃったけど。
「じゃあその悪貴族ってのはどこから出てきたんだよ」
「もちろん闇の兵に白状させたからだ。その貴族に聞き取りをしようと思えば半ば錯乱したようにその王女の悪口を言うもんだから即牢獄行きになったそうだ」
だから闇の兵って言うのやめろよ。でも結局あいつ捕まっちまったんだなあ。せっかくレナとの同棲口実用に見逃したってのに無駄になっちまった。
まぁこんなんになったら。もう同棲は無理か……。城に住むようになるだろうしなぁ。なんでだろ俺……涙出てきた……。
「でもおかしいな。前までは嫌われ者の代名詞だったのに一夜で聖蒼だなんて……いくらなんでも変わりすぎだろ……」
「ほんとにおまえどんだけ変な物食ったんだよ何泣きながら吐いてんだよ。だがその問題について言えば天使の存在が大きいと説明できるぞ。天使はここ数百年地上に降りることはなかったが王女様だけのために取られたその行動は王女様にそれだけの価値を持たせた。それに値する何かを彼女は持っているんじゃないかってね。それで昔の……それも王妃様の事件まで蒸し返されて皆の間で熱い討論されて今のような感じに落ち着いているのさ。そして何より実の目で天使が天上に戻っていく姿を見たって有力者が何人も居たことが大きかったんだ」
まぁそれは俺がわざわざ人に見られるように演じたからだ。実際俺ははぐれ天使なので天界に戻れはしないのだが、そんなことを人間にわかるはずもない。
俺を見たという人がいるならレナに対するあたりがすこしは優しくなってくれるかなと思ったが、正直予想以上だった。
教国でもないのにそれほど天使というのは崇められる存在らしい。まぁ公都にあるあのでっかい聖堂を見れば分かる話か。
しかしよかったな。これでレナは普通に『王女』として生活出来るようになるだろう。うむ。同棲できないのは実に実に悲しくて辛くてとても耐えられるようなものではないのだがこのことに免じてなんとか我慢してみようではないか……。
「しかし聖蒼ってのは派手だな。ルッフェはその王女見たことあるのか? 綺麗って話だろ……」
「おいおいいつまで泣いてんだよ。実際に見たことはねえけど城からのお触れには近日中にお披露目があるらしいぜ。楽しみだよなあ。王妃様も実際には見たことないけどぜったいきれ――」
あれ、さっきまで意気揚々と得意げに喋っていたのにその声が急に途切れた。それも普通の途切れ方ではなくまるで時間が止まったかのようにピタッと止まっていた。
そこで頭を上げてルッフェを見れば言葉のまま本当に固まっていたのだ。
「おーい。ルッフェくーん。聞こえてるー? って固ッ! 何これ石にでもなったわけ!? 敵襲??」
ッて思ったけどルッフェが何やら小声でなにかを呟いているようだったので耳を傾けてみた。
「ビ……ビショッ……ビショッ……」
びしょ!? 何だそりゃ。そんなことを思っていると不意に後ろからこちらへと話しかける声がした。
「あのっ……」
その綺麗で遠慮の織り交ざった声を聞いて思わず体が直立した。
この声は何度も聞いているし例え一度聞いただけでも決して忘れるわけがないと断言できるものだ。
しかし、それはありえないと心の中でそれを否定した。
人通りのほどんどない地区であるがここは道の真中、しかも城から大きく離れた外である。そう外なのだ。
だけど……絶対に有り得ないと、誰が断言できようか。この声が幻聴であると、誰が保証しようか。
俺はその声の主を確認するべく高速で身を返した。
――そこには……紛れも無くレナがいた。
――
「王女様! 彼なんですか!? さっきまで吐きながら不甲斐なくも泣いていた彼こそが! 王女様の探し人だと言うんですか?」
レナだ。紛れも無い。誰も否定など出来ない。違いがあるとすればそのレナはもはや『灰色の王女』ではなく俺の貧相な語彙では言い表せないような超絶美少女になっていることと、側に見たこともない側近?? が付いており俺のことをまるで汚物のような目で見ていることくらいだろうか。
レナのこの姿を見るのは初めてではない。3日前に彼女を治してベッドに寝させた時に見たことがある。
たしかにこの姿を見れば『聖蒼』などと人々はつけるだろし。
彼の母親――なき王妃にかの悪魔が契約を迫った気持ちも理解出来るというものだった。
レナは大きな日傘を差していた。来る途中につけていたのか変装道具のマスクを外して手に持っている。でもさっき側近?? が王女様って言ったよね!? それでいいの? たしかに今はルッフェ以外他の人はいないけどさ。
そういえばレナは昼が苦手だと言っていたな。だとしたらこの日差しも同じく苦手なのだろう。
穏やかな彼女の容姿とは逆にその側近?? はなんともキツイ顔をしていた。
いや美人であると言えば美人なのだがなんというか怖い。シリスとはまた別の――すこしでも逆らえば殺されそうな顔を彼女はしていたのだ。
「いけませんリスさん。そんな言い方をしては……」
え……り……り……りす……? もしかして横にいる彼女の名前?!
そう思えば急に笑いが零れそうになるがその感覚が急に途切れる。
何かをさとったのか彼女のギラついた視線が俺に突き刺さったからだ。
「あの……なんとお呼びすればよろしいでしょうか」
探し人の名前すら知らないことにリス?? はまたしても驚いて口をばかみたいに開けているが、それをまったく気にしていないレナは本当に肝が座っていると思う。俺だったらあのような人が横にいるだけで裸足でも構わず全力で逃げていることだろう。
「初めましてですかね……『デリアム』と申します」
「もしよろしければどこか他の人のいないところですこしだけお話を致しませんか?」
これが……彼女がこんな所まで来た理由だろうか。未だに固まっているルッフェを置いて俺は彼女の提案に乗ることにした。
――
「しかしよくこんな所まで来られたな」
ここは名も無き廃屋。俺と2人きりになろうとする彼女に側近?? は猛反発したがレナは難なくきりかえして丸め込んでいた。
あのやばいのを丸め込んだ……だと!?
あいつの去り際に歯ぎしりをしながらこちらを殺意丸出しの目で見られた時は死ぬかと思ったものだ。
だがレナに対する忠誠が見て取れるから特に問題ないだろう。
そのあとレナにりす?? さんは見た目は怖い人だけどすごく根は優しい子なんですと説明していた。
レナは人の根の部分を見るのが得意だったな。天使にもそういうことが出来るのだがこういうことに関してはレナの方に軍配が上がるだろう。
「もちろん反対はされましたけど、でも天使の加護を頂いているということを盾にして何とか許可をもらいました。リスさんを連れて行くという条件付きですが」
もしかしたらレナは交渉事も得意なのかもしれない。もっともそれが昔のように灰色のままでは一生わからなかったかもしれない部分だから何か新鮮だ。
「それでも危ないよ……。何起こるかわかったもんじゃない」
俺の本心だ。せっかくレナを治せたのに。未来を切り開いたのに。こんなことでかけがえのないものを無くしたくなかった。それは……俺が死ぬよりも恐ろしいことだ。
俺の表情にでていたのか、それとも何かをさとったのか。レナは勢い良く謝ってきた。
「ごめんなさい。でも昨日の晩星が出ていたのに部屋に来てくださいませんでしたから……急に不安になったんです。折角治してもらったのに、償いの機会を与えてくださったのに、もう来てくださらないのかと思ってしまって……」
「あぁ……。そうか。悪いな。そんなつもりはなかったんだが。なんか急に体調が悪くなってしまってな」
「体調が……そういえばさっきは随分とお辛そうにしていましたね。もしかして……私のことを治してくださったからなのではないですか?」
「いやいや全然違うよ。ちょっといろいろあってさ。ははは」
「もしかしてさっきクリフトさんと一緒にいた方にいじめられたんですか? いじめられたんですね!?」
えええぇぇ!? 全然違うけどってか怖いよ何この人……じゃないレナ急に迫ってきて攻撃的な目になってどうしたの!? リス菌が移ったの!? 普段と全然違うよ戻ってきて俺のレナ!!
「いやち、違うよ。俺のちょっとした不注意なだけだから」
「そ、そうなんですか……。本当にそうなんですか?」
「そ、そうなんだよ実は……あはは。いやー俺ってドジだからさハハッ」
「それにしても俺は加護なんて与えてないのに何で人間達はみんなそう思うんだろうな」
「私も加護をもらっただなんて恐れ多いことは思ってませんが、皆様がそう思い込んでいましたから使わせてもらいました。もしかしてご迷惑でしたか?」
あからさまな話題転換だったがレナはあまり気にならなかったようだ。よかった俺のレナ戻ってきた。
「いやそんなことはないよ。ただこのままじゃレナが嘘つきになると思ってな」
そう言うと俺は宣言した。
――系統変化。天使。
姿を変えると目線がすこしあがる。剣士よりもすこし背が高いのだろう。
系統の発現にはレナの力が必要だったが取得した今では好きなタイミングで切り替えていくことが出来る。まぁ、このくらいはね。
変化が変わると。レナはあっ。といって目を丸くしていた。気のせいかほんのり頬が赤いようにも見受けられる。病気か?
「レナ平気か。顔がすこし赤いが病気か? 今治してやるぞ」
「あっいえ大丈夫ですよ! 全然赤くありませんから病気でもありませんし!」
「そうか。ならいいんだが……よしレナ。額を貸してくれるか?」
「え!? 額ですか!?? 一体何をするんですか!???」
え、なに!? ちょっとオーバーリアクションじゃない? そんなに驚くものなの? 思わず身を引いちゃったけど!?
「あ、いや……。ちょっと僭越ながらこちらの加護をつけてみようかなーって……。ハハハッ。ちょっとまずかったかな? ハハハッ」
「あっ。そうだったんですね……。でも私なんかが加護を頂いてもいいものでしょうか。治してもらってまだ何も返せていないのに……。というか私にかしこまらないでください!」
ちょっと引いちゃっただけだ。問題ない。
「問題なんかない。レナには俺のために生きていてほしい。そのためならこのくらいどうってことないよ」
真摯にそう言うとレナはまた頬を赤くしていた。まぁ気のせいだろうけど。
「わ、わかりました。お願いします。頑張って生きて返します」
「それじゃあ……改めていうけど額を貸してくれるか」
「は、はい……わかりました」
差し出された額に人差し指をつけて宣言する。
――付与。守護天使の加護。
前に与えた庇護と加護には大きな違いがあった。
庇護が一時的に理力を消費して守りを与えることに対して加護は文字通り自分の一部分を分け与えることを意味する。つまり庇護は適当に使えるが加護はむやみやたらと出来ないということだ。
庇護は守りを強化し時間とともに減衰するが。加護は必要とあらば攻撃にも使うことが出来る。何より一番の違い。加護は加護元が強くなればその加護も強化される点にあるだろう。
そして守護天使の加護は防御に対する恩恵が大きいという特徴もある。
まぁ大げさに分け与えると言ったが本体の数千分の1くらいだから微々たるものといえる。それでも人間にとっては大したものなのだろうが。
指から溢れる光が収まるとレナの体から出ている先ほどまで薄くなって効果の落ちた庇護膜も消えていた。庇護はもう必要ない。
外見から見れば普通の人間と見分けがつかないだろう。だがその人に危害を加えようとすれば嫌でもその存在感に気づくはずだ。
「よし、これでいい」
「すごいですこれ……力が湧いてきますよ……!」
「まぁそういうものだからな。それより随分と時間が経ってしまった。そろそろ戻るぞ。皆心配しているだろう」
「そうですね……。最後に1ついいですか?」
「あぁ」
「また……来てくれるんですよね……?」
そういえば彼女はこれを聞きに来たようなものだった。普通に帰ろうとしちゃったけど。
「もちろんだ」
俺の答えに安心したのか。彼女の表情はすっかり明るい。
「お待ちしております!」
そうして俺はツリーを戻すと2人して明るい外の世界に出て行った。
――
2人と別れてもとの場所に戻ると、ルッフェはまだ固まっていた。どんだけだよ。
さっき2人と別れたのだがりす?? が頻りにレナの体調を聞いていたのとレナが去り際にルッフェを見る目が妙に怖かったのをよく覚えている。おおこわ。
よく聞くとルッフェはまだ何かをつぶやいていた。
「美少女が1匹……美少女が2匹……美少女が8匹……美少女が100匹」
「いやそんないねーけど! ってか匹っていうな匹って」
思わず叩いてしまった。それに反応してか急に再始動したかのように動き出した。そして早々。
「び……美少女はどこだ!!!」
などと喚きだしたのだ。
「いやいないけど? 幻覚でも見てたんじゃないのか」
てか本当に何も聞こえてなかったのか? どんだけ衝撃的だったんだ……。
「うそを言うな! 俺は今すぐにでもその子にプロポーズしなければいけないんだ!」
「いや、勝手にすればいいけどさ……」
でも残念なことに彼女から妙に敵視されてるようですけどね……。え、俺のせいじゃないよ? 俺のせいじゃないからね!?
「デリアムお前だな! お前が美少女を隠したんだそうだろう!」
「んなわけねーだろってか近い近いオエッ……ウエッ……オエッ!」
「え!? 何で吐いたの? 人の顔見て吐くって酷くない??」
「悪いな力のせいで症状が悪化したのかもしれん……」
レナと会って治ったかもって思って油断してたけどまた力使っちゃったせいでぶりかえしてしまった……。我ながらなんてアホなんだ。
「力ってなに? ここいらの体調不良もそのせいなの? それで美少女隠したから吐いてるの?」
「そうじゃなって近オエッ……オエッ……オエッ!」
「また吐いた! また吐いたよこの人! これでも傷ついてるんだからね!」
そのあと俺は面倒くさいルッフェの追撃から逃れ、馬小屋に逆戻りした。