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悪魔天使と水晶樹  作者: えっくん
0章 馬小屋の悪魔
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3話 名前決まった

 それから一週間俺は毎日寝て、薪割りをして、寝る。という素晴らしいサイクルを回していた。も、もちろんごはんも食べてるよ。怪しまれない程度には。

 ルリという少女は何故か毎日俺の元へ来ては熱い視線を浴びせてくる。そしてそれがシエラにばれて……俺が怒られるという理不尽極まりない定期行事を乗り越えて、今、俺は最高の睡眠を貪っていた。過去形なのはたった今、シエラに呼び起されたからだ。夜なのに。ありえるか?夜は寝る時間だろうが。


「なんのようだ。折角激しい労働を乗り越えてやっと睡眠にありつけたというのに」

 俺は自分が不愉快であることをこれでもかというくらい言葉に込めて言う。だが、やはりやつはこれっぽっちも気にはしない。おかしいぞ。俺は本当はいかにも虐めやすそうな気弱な顔つきをしているんじゃないだろうか。だが声はちゃんとぶっとくていかつそうなんだよな……。

「何が激しい労働よ、薪割りなんて10分で終わらせて残りの時間全部寝てるじゃない」

 それを努力の賜物というのですよ。お嬢さん。この宿は飯屋も兼ねてるから薪の消費量が半端ない。しかし、それでも俺は努力の結晶でもってしてそれを最短時間で終わらせるテクニックを得た。まさに木こりの鑑と言えるだろう。


「別にそれでいいじゃねーか。俺はちゃんと仕事をしたし、それ以外俺に何を期待しているんだ」

 俺が分かりやすく現状の理不尽さを説明してやると、彼女は明らかに声のトーンを落し、さも困っている風に言うのだ。

「実は、困ってることがあって……」

 左手で右肘を持ち、表情でいかにも可憐で無力な少女を装っている。今更こんなことをやったところでもう遅いわ。その手に乗るか!

 しかし、青白い月明りに照らされた彼女の姿はあまりにも神秘的で、蠱惑的で、幻想的だった。やさしい光を浴びてその瑞々しさを十二分に表現したその唇を目にした瞬間、俺の本能が全力で警報を鳴らした。これ以上見てはならない。そう告げているのだ。

 ぐぬぬ……。とりあえず話だけでも聞いてみるか。別に負けたわけじゃないし。


「な、なんだよ。その、困ってることって……」

「今酔っ払いが1階で暴れてるの。普段なら友達に頼むんだけど、今は王都の方に行ってるし。相手は取巻きが数人いて、腰に刃物を差して明らかにうちにちゃちゃを入れようとしてるの。だから、すこし脅かして追い払ってほしいなって……。も、もちろん木こりツリーで戦闘は不利だってことも知ってるけど、他に方法がなくて」

 

 なんだなんだ。本当に困ってそうだな。それとも芝居か?迷うところだ。

 うーむ。しかし、たしかにこのままではリイナさんにも被害が及ぶ可能性があるし、この宿には御世話になっている。今となってはなくてはならない場所だ。それにここで恩を売っておけば、いつかこの馬小屋を我が物に出来るかもしれない。ぐふふ……。なるほど。その手が有った。よし。


「うーむ、仕方がない。リイナさんもこの宿も御世話になっているし、どーしてもっていうなら脅かすくらいやらないでもないな」

 できるだけ仕方無いな-といった風にいうがこの小悪魔には通用しなかった。ジト目が目に刺さる。

「私は? それに口元がにやついてるわよ」

 くそっ!


――

「だからよー、てめーが出した飯にこのでっけー虫がはいってたんだってー」

「いけませんお客様、私達は料理をお出しするときその前には必ず確認しているのです。ましてやそのような大きな虫、気付かないはずがありません」

 宿屋にふだつきが数人。

 花などの装飾によって綾取られ、町でも美しい宿としてそこそこの人気を誇るこの宿も、今やごろつきの醜い心によって塗り潰され、特有の穏やかで優雅な雰囲気はどこにもない。他の客もみな、巻き込まれまいと去っていった。触らぬ神に祟り無し。みながみな、正義漢な訳ではない。


 店主が一人、男たちに囲まれていた。リーダーらしき男は剣を、その他の男はナイフを腰に括り、店主の体を凝視し、にやにやとした口元を隠そうともしない。

「じゃあこの虫はなんで皿に乗ってんだよ、まさか俺たちがいれたとでもいうんじゃねーだろうな」

 男たちはこぞってけらけらと笑い、店主は困り果てるようにいいどもる。

「いいえ、そういうわけではないのですが、しかし……」


「あぁー、もうだめだ。はらがいてぇ。こりゃ慰謝料をたんまり頂かないと割にあわねーぜ。おぉーいてぇいたくて立つこともできやしねー」

 男たちは床に転がって手で腹部を抑え、これでもかというくらいに捩ってみせる。明らかにそれは腹痛の範疇を超えた物だが、そんなことは彼らにはどうでもいいことだ。

 そんな時、閉じられていた通りへ続く扉がバン!と勢い良く開けられた。

 その余りに大きい音に、今まで宿の中で続いていた喧騒は一斉になりをひそめ、全員がその原因である扉のほうへ視線を向けると、男たちはギョッとして目を見開き、店主は両手を口元に当て、喜びを爆発させていた。

 

 そこには入口が低すぎて頭をさげて中に入ってこようとしている大男の姿が有った。

 茶色の麻でできた服を着た彼は入ってくるなりニィ、と口端を吊り上げ、獲物を見つけたとばかりの無気味な笑顔で男たちに向かって歩いていく。

 その大男、中に入って尚天井の高さが足らず、すこし頭をさげている。黒い髪はボサボサとして手入れが全くされておらず、両の目は釣り上がり、その黒い瞳は深淵の闇よりも深い色をしている。

 四肢は丸太のように太く、それについている山のような筋肉はその男の持つ暴力性を過剰に雄弁するに余り有る。


「話は聞かせてもらった! おめぇ、食当りで立てないんだってな。丁度いい。おりゃさっき賭場で金をすっていらいらしてたんだ。何発か顔を殴らせろ、なに、10発程度でいい、おめぇどうせ顔で飯食ってるわけでもないし問題ねぇよなぁ」

 男たちのリーダーは一瞬この大男が何を言っているのか理解出来なかった。いきなり入ってきては胸倉を捕まれ、顔を殴らせろときている。こんな理不尽なことがあっていいのか。しかし同時に彼は理解した。この男ならできると。その理不尽を押し通してしまえる程の力を持っているのだと。10発、その筋肉のついた腕で殴られること。その行為がどれほどの脅威であるかを彼は理解できた。10発どころか一発だけでも首がもげてしまうだろう。そんなことをさせるわけにはいかない。


「ふざけんな! なんで俺が貴様になぐられなきゃならんのだ。離せ、今すぐ離せ!」

「おう、理由なんざどうでもいい。どうせ食当りで立てねぇんだし、てめぇは黙って殴られてりゃいいんだよ! うらぁ!」

 大男が腕を後ろに引き、勢い良く前に打ち出すと。男はうああと叫び、上着を脱ぎ捨て、立ち上がって大男に向き直るが、へっぴり腰になっている。


「なんだ元気じゃねーか。まぁそれでもいい。元気になったんならゲームをしようぜ」

「げ、ゲーム?」

「あぁ、交互に相手の顔を殴っていくんだ。そんで先にくたばったやつの負け。どうだ? シンプルで面白そうだろ?」

 大男がヘラッと顔を歪ませると男は声を張り上げて叫ぶ。

「ふ、ふざけるな! 誰がそんなゲームをやるか! て、てめー、調子に乗ってんじゃねーぞ。これが見えねーのか! へへ、そうだよ、俺にはこれがあるんだよ。何もびびるこたぁねぇ!」

 男はおもむろに剣を抜き、調子付く。だが、その瞬間、大男は眉間に皺を寄せ、目を細める。その視線は先程の行為すべてがまるでお遊びであったが如く、殺気を溢れさせた。

「おい、おめぇ、武器を抜くってのがどういうことかわかってるのか? いいぜ、受けてやるよ。どっちが先に相手を刺し殺せるかってゲームをよぉ!」


 大男の言葉が終わらぬうちに男は感情を爆発させ、おおきく振りかぶって剣を大男に向かって突き付けた。だが、その剣が大男のどの部位に刺さるよりも早く、剣身は彼の手に握られ、びくりとも動かせなくなった。

 その剣身を強く握りしめたためか大男の手から血が零れ落ちる。


「ほぉ、業物か。てめーにはもったいない逸品だ。どうせいい剣が手に入ったから気でも大きくなって、こんなことをしたんだろうが。今となってはそんなことはどうでもいいことだ。何せてめーは始めちまったんだからよ。死のゲームをな!」


 大男が言い終わると、男は視線を定めず生存本能だけを頼りにうあぁと叫ぶと、彼の握っていた剣身を青白い光が覆った。それと同時に大男の手からプシャアと血がほとばしるようにして溢れ出る。女性達の悲鳴が響いた。

「ほぉ、こいつがスキルってやつか。悪くねー。だがなー、俺達がやってるのは誰が先に相手をやれるかってゲームだ。誰がより相手の血を多く出せるかってゲームじゃねぇ、ルールを勘違いしてるんじゃねーのか? おい!」

 大男、ニヤリと笑い。血がでている右手には全く気にとめず、逆により強く握り締めた。その表情を見れば、誰よりもこの状況を楽しんでいることがわかるだろう。

 すると男はヒィィという情け無い声を発しながら、やはりびくともしない剣から手を離し、逃げようとする。

 だが、逃がさないとばかりに大男は男の首を掴み、地面に叩き付けた。

「へっへ。逃がさないぜぇ……。やるんなら最後までだ。おらぁ!」

 大男は剣を一度落し、手に持ち直す。そして男の頭に向かって突き落した。

 ダン!音を立てて、剣は男の頭……の横すれすれに突き刺さった。

 男は目を見開き、自身の生存を確かめる。ほっとしたのも束の間、すぐ横の剣身を見て、震え上がった。


「ぺっ。くそっ。今日帰りに飲みすぎて目元が狂っちまった……。悪かったな。次はちゃんと頭にぶっささるように両手・・で狙ってやるからよ」

 大男はばつが悪そうに横に痰を吐き。男の首を掴んでいた左手を離し、両の手で剣の柄を握り、持ち上げる。

 にへっと最後に口端を大きく吊り上げ、男の最後を見取るようにして目を大きく見開く。そして、怒声が響いた。

「死ねい!」

 大男が剣を打ち下ろすその瞬間。男は逃げるように身を揺さぶり、自身を押え付ける物がないことにやっと気付く。そして脱兎も裸足で逃げ出すような速度で宿から逃げていった。うあ、うあ、うああああああああ。という声を残して。


 少ししてリーダーが居なくなったことに気付いた取巻きも彼を追うようにして去っていった。

 大男の動きは完全に停止していた。もともと最後の一撃は寸止めするつもりだったのだ。


 すこしのあいだ間が空き、カランという剣を地面に落とした音と共に世界は再び回り始めた。


――

 はぁ、やっとおわった。めんどくせー、疲れた。

 すこしやりすぎた気もするがまぁいいだろう。

「ちょっと血、血、血がまだでてるわよ!」

 見ると右手は真っ赤に染まり、ツツーと血が一筋零れ落ちている。

「あぁ、別にいいんじゃね。どうせ寝りゃ治るっしょ」

「いけません!私、薬草を持ってきます。早く止血しないと!」


 リイナさんは何やら慌てた様子で奥に走っていった。

「ねぇ、本当に大丈夫なの? めまいとか起きてない?」

 そういってシエラは掌を俺の額にあててうーんと唸っている。

「おいおいそんなことをしたら大抵の男は勘違いしちまうぞ?」

「へ? 何を?」

 まぁいいや、どうせ俺には関係ねーしな。

 勘違いした男にナイフをもって追い回されるシエラを幻視しながら回りを見回した。


 テーブルは無事だが椅子が至る所に散乱しており、良くわからん液体と……俺の痰と血が床に付着していた。

「こりゃひでぇな。俺の痰と血だけでも俺に処理させてくれ。ほら、俺こう見えても結構良識あるし?」

「大丈夫だよ、そんなこと気にしなくて……それと、今日はありがとう。助かったわ!」

「お、おう。まぁ、ただのチンピラだったしな」

 シエラのつっこみを期待していたのだがまぁいい。

 相手はしょうもなかったし、スキルも見られたし。恩も売れた気がする。成果は上々ってところか……。野望へ一歩前進だ。


「持ってきました! 今すぐ止血しますね!」

 ドドドという音を響かせながら走り寄ってきて、よくわからん薬草らしきものを俺の傷口に塗りたくり、布で括り付ける。

 心なしか俺を見るリイナさんの目がすこし熱っぽい気がする。いや、気の所為だろう。絶対そうだ。


「それにしてもあんたさっきの芝居だけど、痰を吐く意味なんてあったの?」

 それを聞きますか?

「それはほら、場の雰囲気というか空気というか……話の流れっていうもんがあんだろ?」

「ふーん。それにしては彼奴らを虐めてるときも楽しそうだったけど?」

 まぁ、確かに殊の外盛り上ってしまったかも知れないが……。

「そ、そんなこたぁねーよ。俺も心が苦しかったさ。でも愛しいこの宿のことを思うとどうしても奴等には犠牲になってもらわなきゃならなかったのよ」

 いつのまにかジト目をしていたシエラの目から逃れ、リイナさんを見ると『わかってますよ』とすべてを見透かしたような笑みを向けられて、ブルッと背中に寒気が走った。

 今日はどこか調子が悪いかもしれない。早々に立ち去ることにしよう。


「それで今回のことなんですけど。私達はすごく感謝しているのです。ですから、気の許す範囲で構いませんから、どうか出来る限り私達とここに住んでは頂けないでしょうか」

 な。

「なんだと!!」

 どんと強く、床を叩き付ける音がして、2人は怯えるようにして身を震わせた。

 そして、やっと自分のやってしまったことに気付く。


「あ、いや。つい嬉しくてな。別にびびらせるつもりはなかったんだが……悪かったよ」

「ちょっと……! あんた迫力があるんだからそういうことやめてよね!」

「大丈夫ですよ。ちょっと驚いただけですから」

 反応はそれぞれだが、ここは甘んじて受けるべきだろう。

 それに……。


「つ、つまり……。ずっとあの馬小屋で寝ててもいいのか?」

 俺が勢い良く指し示すとリイナさんはさも当然のことのようにいう。

「ええ、もちろんですよ」

 は、はは。こんなことがあってもいいのか。はーっはっは。

「それで、一緒に暮らすわけですから。名前なんかを決めてはいかがですか?」

 そうか、そういえば未だに名前なるものを持っていなかったな。別に困ったこともなかったから気付かなかった。

 だが、たしかに俺以外の人間が俺を呼ぶときに困るかも知れない。まぁあまり関わるつもりもないが、しかし、少なくともこの2人がいるかぎり必要で有ることに変わりはないか。

「だがなかなか思い付かんな。どういう風につければいいんだ? 初めてでようわからん」

「そうですね。馬小屋がお好きなのでしょう? ちなみにこの宿の名前は花蜜亭『ミリニアム』といいます」


 なるほど。リイナさんはただの天才のようだ。

 馬小屋はステブル宿はミリニアム。ふーむ……。ま、適当でいっか。


――その日、これから長い年月使われるであろう俺の名前は『ステリアム』に決まった。

無事名前が決まりました。

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