31話 討伐作戦開始
「な、なんだよありゃ……夢じゃないよな!?」
「へへっ。見るのは初めてか? やっぱり驚くよな。あれは巨変種っていって通常の悪魔とは真逆、力をつければつけるほどに体が大きくなる性質を持ってる。上位悪魔までなると50メートルを優に超すらしいぜ」
前にルッフェが言っていた近年増えているという変異種か。驚くとかそういう問題ではない。にわかには信じられない。こんな存在が許されて良いのか。
巨大な体などどうでもよい。こいつは、悪魔を特性を無視している。悪魔の常識を破壊している。悪魔が力をつければ小さくなる。小さくなることは悪魔にとってレベルの上昇を意味する。自身の努力の象徴、誇りだ。魔界にいた数百年間。それが当然だったし、それが変わることは決してなかった。
あの頃から何年経ったのかわからない。俺が単に時代に取り残されただけか?
だが何回見ても俺はあれを受け入れられない。見れば見るほどに歪に見えてしまう。あれは……本当に悪魔なのか?
「でっけーとそれだけ迫力があるよな。だがそれだけ見ててもだめだぞ。変異種は、脅威はあれだけじゃない。あそこを見ろ。竜騎士の部隊に突っ込んでる黒い集団、ありゃ『鳥』の獣変種だぞ。竜のように体が大きく、素早い。悪魔が飛べるのは魔人クラス以上だが、あいつらは当たり前だが皆翼を持ってる」
「鳥? それは悪魔ではなく魔物ではないのか?」
「それが魔物じゃないんだな。何故なら通常の悪魔以上の力とスピードを持ち、そしてなにより……スキルを使うからだ」
「スキル!? つまりは系統を持ってるってことか?」
魔物と悪魔。同じく闇より生まれながらにして両者の違いは大きい。戦闘力がまるで違うのだ。
まずは体を構成する魔素の濃さ。そして悪魔は多少の違いはあれど一概に人型をしているということ。
そして何より悪魔は人型であるためにツリーを持つ。ツリーを持てば段階上昇による能力上昇を得られ、さらにはスキルを行使できる。これが魔物と悪魔の決して埋まらなかった差だったはずだ。
ツリーは人型の特権。優位性。またこの常識をこわしてくるのか。
「そこが悪魔と皆が言ってる一番の理由だな。詳しいことは知らんが、何でも魔物が何体も何体も合体して混ざり合って出来た成れの果てらしいぞ。だから鷹の悪魔とか烏の悪魔とは言えない。あれは『鳥の悪魔』なんだ」
「なるほど。だけどなんで今までこいつらはでてこなかったんだ? 俺も結構戦事には参加しているつもりだったんだが」
「新参者だからか、魔界でのことで忙しいのかわからんが、こっちが攻めていかないとでてこないんだ。もしこいつらが自主的に攻撃してくるようになったらこの戦、ますます厳しいものになるだろうな」
「デリアム、ルッフェ! いつまでみてんだ。入り口を見つけたぞ。マスターが呼んでる」
レクスに呼ばれて、遠くに見える悪魔を最後に一瞥してマスターのもとに向かった。散らばったギルメンが集結していく。
「情報どおり、入り口を見つけた。中で悪魔憑きの討伐をするが無理をするな怪我を負ったら後ろに下がれ、分かったな」
皆がとりあえず頷いてみせると。マスターも頷き、締めた。
「みな、私の後ろについてこい。これより、地下を潜る!」
入り口は岩の中。中を覗くと闇の匂いがした。
――聖・戦乙女技能、段階2、聖光装着・放出。
宣言を終えたマスターから突如著しい光が溢れた。
一歩下は闇。なるほど、照らそうというのか。
下が以前の襲撃と同じ状態なら五感の狂いのみならず聖力の阻害も起こるはずだが、予め使っておけば問題がないということか。
マスターが率先して中に入るとみんなも入っていく。
中は狭かった。1人1人縦に並んで進む。でこぼことした岩肌が左右に迫るが進むべき道がマスターに照らされてするすると下へと降りていった。
進めば進むほど闇が深くなっていくが、指し来る光がそれをいともたやすく退けゆく。
下に着くと広い場所に出た。
マスターが中央に進むほど、全体像が見えてきた。
どうやら、縦に長い四角い広場のようだった。肝心のデビルの姿は見当たらない。
「なんもおらん。ここは本当にデビルの巣なのかよ」
レクスがぼやくが、ルッフェは地面を触った手をじっと見て、何かを気にしているようだった。
「地面触ったりして何かあるのか?」
「ここ、おかしくないか? あまりにも……」
「なんだ」
「……綺麗すぎるんだよ。埃一つついていやがらねぇ。それに光沢こそないが触っても抵抗がほとんど感じられない。こんな素材、俺は聞いたことがないぞ」
実際にさわってみると確かに平坦すぎる。ひどく無機質だ。部屋の角を見れば不気味なほどに直角になっている。周りにも目ぼしいものはなく、等間隔に低い柱があるだけだというのも不気味さを助長させている。
「どこにも道がない。ここ行き止まりになってるぞ!」
奥からルックの声が聞こるとみんな奥に進んでいく。
「その情報ってのは嘘なんじゃねーのか?」
「そうだそうだ」
「ただ広くてなんもない部屋だ。巣ってよりまるで監獄みたいだ!」
「話になんねぇ。とっとと帰ろうぜ」
ギルメンがぐちぐちに文句を言い始める。この状況なら不信感が募ってもしかたがない。
「たしかにどこにも見当たらないな、だがこのまま帰るわけにも行かない。みんな隠し通路がないか壁を調べてみてくれ!」
マスターが声を上げるとみなしぶしぶちらばっていく。しかし、時間がたっても全く成果はなかった。
仕方がないと、ここを引き上げようと入り口に向かおうとした時、とある異変に気づく。
何の変哲もないただの低い柱、そのてっぺんに火が灯り始めたのだ。それも普通の火ではない。より赤く濁った色合いをしていた。
「なんだ!?」
「急に火が……」
「なんて色してやがる。とりあえず入り口まで戻ろう!」
足を速めるが、その時入り口の上からまるで俺達を閉じ込めるように扉が閉まっていくの見えた。
「まずい! みんないそげ!」
一斉に全力で走るが閉まる速度が早く、辿り着くときには完全に閉じていた。
「くそっ。なんなんだこれ」
「罠だ。あいつらここに罠をしかけてやがったんだ!」
「うるせぇ。こんなもんぶっこわせばいいだろが」
力自慢のレクスが斧を持ち、大きく構えた。
――破壊者技能、段階2、剛砕撃。
赤いオーラを纏った斧が振るわれ、扉にぶちあたる。衝撃波を生むが、よく見てみれば扉は傷ひとつついていなかった。
「なんだこれ……なんて硬さだ」
「なんだよ! 俺たちここに閉じ込められちまうのかよ!」
不安と焦燥で騒然となる。だが、それを一気期待と安心に変えるを一声が響いた。
「みんな安心しろ。ここは私に任せてくれ。みんなをここから出す!」
一斉に声の元、マスターに視線が集まる。
「姉さん! まかせたぞ」
「ドカンと一発やってくれ」
男たちが左右に割れて出来た道を前に進み、右腕を上に上げる。スキルもなしにそれに光が灯った。
――聖拳士技能、段階――
宣言が途中で止まる。
突然、地面が大きく揺れだしたからだ。まさか、この足場、動くのか?
同時に柱の上の火がより強く、強く燃え上がり、火飛沫が一層跳ね上がると地面が崩れた。
一面のこの広場全域の地面がくずれ、柱も含めて全部が下に沈んでいく。
誰もが足場を失い、空気を踏んで、重力によって落ちる。
野郎どもの叫び声にまじって女の声が聞こえた気がした。
―――
「くそっなんなんだ。急に崩れやがって」
辺りは闇。状態を確認しようと体を起こしていると、首もとに冷たいものが当たるのを感じた。するどそうな、金属が振動している音が耳に入る。
「動くな」
女の声だった。