30話 新入り
ギルドに戻ると皆は半数ほど帰還しており、マスターはまだ来ていなかった。
そのため来るまで骨休めをしようということになった。
「今日もつっかれたなあ」
「そうだな。それにしてももう一ヶ月か。あの事件以来聖歌の効果が半減しちまって効率悪さから俺達の稼ぎまで減っちまった。本当なんてことしてくれたんだ」
「俺は酒代さえありゃいいが。だがやっぱ悲しいよな。もう昔のような勢いある歌声は聞えないんだろうかね」
「あんなことがあってはな。聖女が半数以下になってしまったんだろう。それでも歌ってくれるだけましってもんだ。いい感じに警備されてるならこれからも歌ってくれるんじゃないのか?」
「今はな、このまま悪魔憑きの勢いが治まらなきゃいつ何が起きるか誰も予測できねぇよ。ま、こんなこと言ってても仕方無いか。それよりギースのことなんだが、最近様子がおかしいんだ。何かしらねぇか? あいつ全然自分のことしゃべらねえからなぁ」
「おかしいってあいついつもローブ被ってるじゃん。そんなにおかしいか?」
「わからないな。だがあれだけ焦ってればすぐに何かあるだろうな」
ってレクスもわかるんかい。付き合いの長さでわかるもんなのだろうか。
すこし話をしているとマスターが入って来た。他の皆も揃っていた。
「おいマスターの後ろに誰かいるぞ、あれはだれだ?」
「でもローブ被っててわからんな身長もギースと同じくらいじゃねえか。だがあいつではないし」
「ちっちっち。お前らだめだなー。俺にはわかるぜえ。ありゃ女だ」
人差し指を左右に揺らしてそう言ったルッフェは得意気だ。
「そんなわけねぇだろうが、こんなとこになん用でくるんだよ」
「それはよくわからんが、マスターに何か考えがあってのことだろう」
上手くは表現できないがあの人には俺の知っている匂いを感じた。
「皆揃ったな。今日は2つほど大事な知らせがある。1つめはなんと! またもやこのギルドに新しい家族が増えることになったことだ。すこしばかり恥ずかしがり屋だが、腕の程も確認済みだ。名はシリスだ」
マスターがそういうと隣のローブの人が頭を下げて一礼した。
どうやら脱ぐ気はないらしい。
「お前ら歓迎が足りんぞ。もっと拍手せんか!!」
マスターがそう叫ぶと鼓膜を揺らすほどのものがギルドに響く。マスターは満足そうだ。
すこしして止むとそいつは空きのテーブルに一人腰掛けた。
「続いて、二つ目の連絡だ。実は10日後、魔界方面への侵攻作戦が行われることとなった。とはいっても本格的なものではなく、あくまでも相手に手の内を明かさせて悪魔側の戦力を計ることを目的としている。そしてもう1つの目的を我らギルドが担当することになった。――悪魔憑き討滅戦だ」
マスターが身をのりだしてそういった。
案外本命はこっちかもしれない。
「先日、幾度の捜索の末、戦域附近にデビルのすみかと思しき場所が発見された。前より地下に潜み、何やらたくらんでいるとの情報が入って来ていたが今回、これを叩くこととなった。本来であれば巣を叩くとなるとやっかいな悪魔が救援に来る可能性が高いが、侵攻作戦の裏で実行すれば幾分も楽だろう。大体の内容はこんな感じだ。何か質問はあるか?」
ガヤガヤと騒がしくなる中でルックが疑問を投げた。
「デビル討伐には俺達ギルドだけで行うのか?」
「あぁ、そうだ。他はすべて侵攻作戦の方に加わる。もちろんマスターである私も全力でデビル討伐に当たるつもりだ」
「はい! この作戦が無事達成されたらちゃんとした報酬はある?」
「当然だ。公国だけでなく今や目の敵にしている教国や商国からも高額の報償金が出るだろう」
よし!!! と言ってルッフェが大きくガッツポーズを決めるとギルドが沸いた。
やはり金ほど分かりやすく人を動かせるものはないと言うことだろうか。
「質問はこのくらいか? 詳細は追って連絡する。突入は10日後だ。準備を怠るなよ。んじゃ今日は解散だな、みんなおつかれ新入りとも仲良くしろよ」
マスターが話を締めると皆立ち上がり、思い思いの行動をする。
「マスター自ら参加するんじゃ俺達は殆どすることはないんだろうな」
「でも、それでも報酬がでるんだ。それもたっぷりな。こんな楽な仕事はないぜ。最高だ!」
レクスがつまらなそうに言うとルッフェが喜びを表した。
「デビルの巣窟なんだろ? 俺は楽しみだぞ。面白いことがありそうだ」
「なんだデリアム、随分と嬉しそうだな。そういえばギルドに戻る前から妙ににやついていたな。なんかいいことでもあったのかよ」
「んー、そうだな。頼まれていたことが終わったんでね。一安心したのよ」
「あー! それ前言ってたやつか。いいなー、いくら報酬で貰えるんだよ!」
「金じゃないって。金なんかよりもっといいものだ」
「な……なんだって! あれか! 現金じゃなくて山のように積まれた金銀財宝か! 真珠のネックレスにダイアのブレスレット、オリハルコンの剣! なんて裏山しいやつなんだ」
「よくわからんが甘いなルッフェ! 金じゃ買えないものもあるぞ。それは人の心だ。ずばりデリアムは恋をしているんだ! 愛する人のためなら男は剣の山だって登ってみせるぞ」
「おいおいお前ら何言ってんだ。流石の俺でも引くぞ。とりあえず10日後なんだっけ? それまでは自由な訳だ。俺は一足先に帰るぜ、あばよ」
そそくさと立ち上がり後ろの騒音を無視してギルドを出た。
今日は……綺麗な星が見えるだろうか。
――――
「おはようございます。エステレナ王女殿下」
ベッドの横に立ち、彼女に呼びかけると、彼女は薄目を開けてうーんと唸った。
どうやら寝起きに弱いタイプのようだ。
もうすでに良い時間になっているが、雲一つない夜空なこともあって待ちきれずに早めに来てしまった。
彼女はいつもこの時間に起きる。せっかくなので起してみることにしたのだ。悪魔が王女の寝室にいること自体すごい状況であるが今更な話である。
「ん、あ……あれ?」
目を擦り、俺を見てすこしの間ぼーっとしていると、やっと違和感に気づいたようだった。
「もしかして……クリフトさん、ですか?」
「お分かりになるのですか? 今日は雲一つない見事な空模様でございます。少し早い時間でございますが、お迎えにあがりました。ご迷惑だったでしょうか」
そう、レナには一発で当てられてしまったが、今日はすこしばかり趣向を変えてある。
姿だ。
普段は悪魔の状態でここへ来ているが、今日はここに来てから『討魔師』を主系統に設定し、着ている装備をこの公城標準の執事服に変更した。
今までの悪魔の姿でもよかったが、馬小屋に戻ってもそわそわして落ち着かず取ろうと決心していた変更技能を気分転換がてらに取ったものを早速使ってみたのだが、なかなか悪くない感じだ。
俺が先ほどのことを聞くと、レナはすこしの間をはさんだ。そして目を大きく開けて勢い良く布団ごと上半身を起き上がらせる。
「だ、大丈夫です! ずびばぜん! こんなところまで来てもらって……」
どうやらすこし舌を噛んだようだ。言った口を手で抑えている。
「具合の方はいかがですか? とてもつらそうに見えますが」
「うー。大丈夫です……。寝起きはあまり得意ではなくて、いつもこうなるんです。すこしすれば治りますから……ごめんなさい」
「そんな。謝るほどのことではありません。それでは外でお待ちしております。何か入り用な時は呼んでくださいね」
扉を閉めひとりで、すでに日が落ちた、星が存在感を次第に大きくする空を見上げる。
手で握られたチェーンの前端にあるスタークリスタルが、それに呼応するように光量を上げるのが目に入った。
すこしすると、扉が開く音が聞こえた。空は既に、星が支配していた。
「ごめんなさい。遅れてしまいました!」
彼女を見ると慌てて出てきたのか、服が乱れていた。
近寄って、直してやる。
「すみません。慌ててしまって……。自分でできますから」
「この程度のことはお任せください」
「クリフトさんは人間の姿にもなれるのですね」
「変身悪魔ならばこの程度、造作もありません。私の自慢の能力の一つです。もっとも、その能力も殿下には一発で見破られてしまいましたが……」
「あっ……ごめんなさい」
「ふふ、大丈夫です。はい、できましたよ」
レナの服が整ったのを確認すると、もう一度彼女に向き直った。
「殿下。今日は、折入った話がございます。何の話か、お分かりになりますか?」
俺がそう聞くとレナは期待に塗れた瞳を大きく覗かせた。
「あ、もしかして……ペンダントですか!? 取り戻してくれたんですか? もしかして、ほんとうに?」
「お気持ちはわかりますが殿下、落ち着いてください。そして、目を閉じてください」
興奮する彼女をなだめるようにすこし小さな声で囁く。おかしな注文だが、彼女は迷わなかった。
すぐにその灰色の瞳はまぶたによって遮られる。
余程俺を信頼しているのか、それとも何かを察したのだろうか?
じっと立っている彼女にペンダントをつけてやる。緊張しているようであった。
彼女はえらく、それが似合っていた。眩い光を放つそれは喜んでいるようにも感じられる。
「もう大丈夫ですよ。目を開けてください」
俺の言葉と同時に彼女は目を開く。
そして「きれーい」と感嘆の声を上げた。何もおかしくないはずだった。だが、おれは驚く。レナは一体、何を言っているのだ?
「殿下? 一体どこを見ているのですか? お望みのものは殿下の首元ですが……」
「クリフトさんの目、とてもきれいです」
言葉を聞いて俺の体がぶるりと震えるのを感じた。
「まるで、空に浮かぶあの青いお星様みたいです!」
まさか。そんなことがあるものか。悪魔の目は黒、それは例え人間に姿であっても決して変わることはないはずだ。しかしレナが嘘をつくとも思えなかった。
闇から銅鏡を取り出して見る。レナの言うとおりだった。俺の目は青、それも不自然すぎるほどに。白目に囲まれたきれいな青だけを見れば、悪魔という存在を脳裏に忘れ去ってしまうように思えるほどだ。
なぜだ。おかしい。突然すぎる。何が影響している。
すこし考えて俺はその原因にたどり着いた。
右手がスタークリスタルのペンダントトップに触れていた。
そっと離してみると青がすっぽり抜けて、元の闇の色に戻る。
「あっ……」
レナが残念そうな声を上げるが、俺はほっとしていた。
これは……普通のことではない。
同じくそれに手で触れて右手を侵食されたあの男では目の色が変わることはなかった。
俺だけ特別だとでもいうのか? バカバカしい。
銅鏡を戻しながら流れを変えるべく、声を出す。
「そんなことより殿下、首元をご覧ください」
「ペンダント!」
レナが首元に視線を落とすと声を上げた。
「本当に、取り戻してくれたんですね! ありがとうございます。このペンダントは私達一族のかけがえのない宝だと母は言っていました」
喜びを全身で表すように体を跳ねているレナが目に映る。
そうだ、これでよい。悪魔は黒、黒は悪魔の誇り。あのペンダントのことはよくわからないが、悪魔は黒であるべきなのだ。
「気のせいでしょうか。なんだか前よりも輝いて見えるように思えます」
「汚れているように見えまして、拭ってみました」
「そうだったのですか? 私にはわかりませんでした。でも、良かったです。ペンダントが喜んでいるのがわかります」
「それはそうでしょう。愛するべき主人の元に戻ったのですから」
「クリフトさんに、何かお礼をしなければいけません」
「お礼ですか。殿下の喜ぶ姿を見られただけで、十分でございます」
「いいえ、ちゃんとしたお礼がしたいのです!」
「そうですか。では、この腕輪を頂きたいです」
俺が服の下にあるそれを右手で触れると、レナはすこし驚いていた。
「そんなものでよろしいのですか?」
「ええ、これはよいものです。身につけているうちに段々と気に入ってしまいました」
「その腕輪はペンダントの力を受け継いでいます。ペンダントを同じ場所に祀っていると、その波動を受けて周りも青くなります。そうして力を吸収して青く変色した石を切り出して作ったのが、その腕輪らしいのです。腕輪、プレゼントさせてください。高価なものではありませんが、私と同じように星が好きな人に持っていてほしいです!」
「そうだったのですね。ありがとうございます。それにしても、よくお似合いになります。そのペンダントの放つ光とせいか体と目がわずかに光っているようにも思えます」
「そうなんですか?たしかに、ペンダントがあると星の力をよりつよく感じる気がします」
「どうぞこちらへ。久々の再開とともに……お茶を楽しみましょう」
そうして、レナは促されるまま、椅子に腰掛けた。