2話 系統(ツリー)って何ぞ
「はい、この斧かしてあげるわ。今までは友達に手伝ってもらってたけど今日からは貴方の相棒になるのよ」
「あぁ、これを割ればいいんだろ?」
斧は俺の手にしては小さいものの様だが、薪を割るには十分なのだろう。
床に丁寧に積まれている薪を一本、面を上にして立てる。
速く終わらせて、俺は寝る。
「ねぇ、大丈夫なの? 初めてみたいなこといってたけど」
「あぁ、すこし太いが、所詮は木だ」
「へぇー、やけに自信があるのね」
当り前だ、終われば寝られるってのに、こんな所で躓いてなんかいられない。俺のために犠牲となれ。
まっすぐ目の前の薪に目線を落とす。斧を持ち上げ……。一気に振り降ろす! カッ!
すると薪は当然の如く真っ二つにわれ……われ……割れなかった。割れないどころかたいして食い込みもせず、小さな切れを残しただけだった。
あまりの光景に俺のみならず横のシエラも口を大きく開けで、言葉を失っていた。
「あ、あ、あ」
なぜだ。いくら体が重いとは言え、仮にも俺にはこの筋肉と体がある。それがこのちっぽけな傷……。
体の奥から何かが涌き上ってくる気がした。これではいけない。ゆるせない、己の無力が。
スッと何かを言おうとしていた横のシエラに左手の掌を向け、無言に何もいうな、と伝えると、再び薪を割る姿勢に入る。
もう、失敗はしない。薪ごときに負けてはならない。斧を上段に構え、静かに目を閉じ、精神を集中して、薪を不倶戴天の敵に仮想する。世界が、静寂に包まれる。
次の瞬間、腕に力をいれ、目を大きく見開き、声を張る。
「はああぁぁ!」
ズドン。まるで巨人が大地を踏みしめたような音とともに地面が揺らめき、砂煙が舞い立つ。
「ちょ、ちょっと! 何やってるのよ!」
横でシエラが不満をいいながら蹲り、腕で顔を守っている。
急劇に力が失われ、俺は地面にへたりこんだ。力がでない。
どうしたの!といいながら心配そうに走ってきたリイナさんは顔を出すと一変して感心した風に。
「あらあらまぁ、随分と力がお強いのですねー」
まるでなんでもないことのようにそういうとこの後も頑張ってくださいねといって中に入っていった。
いやいやその反応はおかしいのではないだろうか。
前に向き直ると砂煙は既に消え去っていた。地面が一部陥没しており、肝心の薪は木っ端微塵になったのか破片しか見当たらない。
そんなばかな。
「ちょっとー! あんたおかしいんじゃないの? これはもう薪割りって言わないの、わかる?」
果たして問題はそこなのだろうか。先程も恐れられた強面らしい俺に普通に対応してくることといいこの親子はどこかおかしい。
まぁ女手だけで宿屋を切り盛りしているから仕方がないのかもしれないが。
「――っツ」
意味のないことを考えていると急に頭痛がして、頭の中に意味の分からないものが浮び上がって来る……。木こり?
「ちょっと。大丈夫なの?」
こんなことをしたというのに心配をしてくれるのか。やはりシエラも優しい子のようだ。
「あぁ、急に頭が痛くなったの思ったら頭の中に系統とかなんとか訳分かんねーもんが浮かび上がってきたんだ」
俺がそういうとシエラはあぁ、となにやら納得した面持ちでこう言い始める。
「それはほら、系統を獲得したからよ。まさか系統を知らないなんて言わないでしょうね」
シエラはそういうが知らないものは知らない。
俺が首をぶんぶんと振っていると、彼女は一つため息をつくと説明し始める。
「いい? 系統っていうのはその人個人に特別に与えられた系統樹のことなの。その系統を得ることでその系統名に特化した能力やスキルが与えられる。大抵の人はその系統に合った職業につくのよ。先天的なものが多く、後天的に獲得できる場合もあるけど系統は人一人にいくつも与えられるわけじゃなくて大抵は一つ、才能がある人は2つ。3つあったらもう天才って称されるくらいすごいんだから! わかった?」
たぶん。
「あぁ、要はゲットできたらすごいってことだろ?」
俺が得意げにいうとシエラはまたしてもため息をつき、つづける。
「はぁ、まぁそうなんだけどさ……。あんた薪を割った所でそれを獲得したんでしょ? まさか木こりの系統っていわないわよね。そうなったら大変なことなのよ」
いったい何が大変なんだ。そろそろ寝たいのだが。喋るのも結構な重労働なのだ。
「たしかに木こりだって言われたが。何が大変なんだ?」
「やっぱり! あんた仮にも男でしょ? 今は大丈夫かもしれないけど例えば悪魔じゃなくても魔物に襲われたらどうするのよ 腕力はあっても戦闘スキルがないんじゃ勝てないわよ」
あぁ、そうか。そんなのもいるのか。だが俺には関係ない。
「俺は寝てればいいし魔物に襲われるなんてめんどくせー事するわけないだろ」
「可能性の話よ。それに街が魔物に襲われでもしたらちゃんとした職についてない男は強制的に招集されるんだから。そうなったときに後悔してもしらないんだからね」
なんだと。そんなことがあるのか。魔物様どうかお願いしますそんなめんど臭い真似はなさらないでください。
「そんなこといったってしょうがないだろ。どうせ薪は割らねばならないし今は役に立つんだからいいじゃねーか。それでその系統ってのはもう習得したのか?薪割りが楽になるんだろ」
多少のハプニングはあったが一回割っただけで立てなくなるくらい疲れる今においては、願ってもない力なのだ。早く割って早く寝る。以上!
「んー、まだね。系統を体に刻むには天にそれを報告する儀式を行わないといけないの」
そういってシエラは右手を握りこぶしにして腕を伸ばし、真上につきだした。
「こうして『獲得』と最初に宣言し、続けてツリーの名称を申し立てて最後に装備する系統の段階で締めればいいわ。大抵の場合は第一段階、かな。やってみなさい」
なんだそりゃ。まぁいい。とりあえずやってみればわかるか。
俺はシエラのやった通り、腕を伸ばし天に拳を突きつけて言う。
「獲得。木こり(ウッドカッター)系統。第一段階」
すると体の中に何かが入ってくる感触があった。これが系統をゲットしたと言うことなのだろうか。
直後目の前になにやら青白い光の点が見えた。なんだと思い、触れてみると、そこから一本の青い線が定期的につく白い点とともに上に伸び、点一個分上に伸びたところで横に分岐しはじめた横
にの伸びる線の先端にはいくつか点がついている。上へ伸びる線と横へ分岐する線は同時に伸びている。点が上に5個くらいいったところが一番横に伸びており、それからは上に行くほど収束され
るように短くなっている。たしかにこれだけみると果実をつけた樹のように見えなくもない。
「これが、系統か?」
「そうよ、私には見えないけどたぶん貴方に見えているのがスキルツリーね。真ん中に伸びる線は樹の幹に当たる系統の段階を表すもっとも重要なところ。点はその段階(レ
ベル)を表す。段階が上がると白く光る線が青い線の上に覆いかぶさって点に止まり、その点が光るって寸法ね。横に分岐する線は枝の役割、その先についてる点が果実のスキルなの。
系統のスキルを習得するには白い線に触れさせなきゃだめ。例えば段階5のスキルを取りたい場合はまずその系統のスキル段階を5まで上げる必要があ
る。真ん中の線を下から白い線で被せ、5個目までの点を光らせる。それから横に伸ばしていき、その先端の点を光らせればいいの。どう?完璧な説明でしょ?」
「あぁ、とてもわかりやすいな。それで、段階やスキルを取る方法はなんなんだ? ここに書いてある薪を6000本割るとか木を300本倒すとかがそうなのか?」
「バカ言わないで。そんなことわかるわけないでしょ? だから段階上げやスキル習得は超がつくほど難しいことなんだから。普通の人は生涯で3か4まで上げられればいいほうなの」
「あっ消えた。」
シエラの説明を聞いていると目の前の樹が消えた。どうやって出すんだ。出てこい!って念じてもでてこないぞ。
それにしても俺がみた条件は本当にその系統の取得条件なのかもしれない。点の下に出てたしな。なぜ俺に見えるのかは良くわからんが、見えたところで到底やりたいとは思えない。
6000本って……。誰がやんだよ。
「スキルツリーってどうやって出すんだ?これっきりか?」
「ツリーがそうやってでてくるのは最初だけよ。見たい時は水面や鏡みたいな何かを反射する面を見れば獲得した系統が見られるわ」
まぁ今すぐみたいってわけじゃないし、早いとこ終わらせるか。
「んじゃ、獲得も終わったし、レベルもあがんないし。とっとと終わらせるか」
「いい? ちゃんと割るのよ? さっきみたいにしても使いものになんないんだからね」
「やりたくても出来ないって」
俺が苦笑いを浮かべているとシエラは仕事を終えたとばかりに中に入っていった。
さて、やるか。
――――
長い旅だった。体が悲鳴を上げながらも、俺はやっとの思いで任務を遂行し、今、心のオアシスである寝所までもどってきた。
実のところ木こりのツリーを手に入れた俺はそれまで苦労がまるで夢であったような速さで薪を割っていき、さほどの時間もかからず仕事を終えてしまったのだ。第一段階であるにも関
わらずこの違いである。ツリーの力おそるべし。うん。この感じなら明日以降もやっていけそうだ。
ぐふふと笑い、枯れ草のベッドにダイブする。この匂い、この感触。あぁ、やっと眠れる。そう思って目を閉じていくと、ふと、横から尋常ならざる視線を感じた。
じー。
なんだなんなのだ。
左のほうからだ。目を向けるとそこには銀色の髪をした少女が天井を支える柱から横に伸びる細い丸太に両腕を置き、こちらを凝視していた。
見られることには慣れている。ルームメイトである馬太郎には一日中ガン見されているが、全くもって気にならない。
だが、こいつのはなんかおかしい。
「おい、なにじろじろみてんだよ」
俺はありったけの威厳を言葉に織り交ぜ、ぶつける。
じー。
しかし、少女はびくりともせず、俺のプライドを粉々に砕きながら、そのエメラルド色の瞳から摩擦だけで火がつきそうなほどの視線を照射してくる。
はぁ、相手するのがとても面倒なタイプだ。コミュニケーションが成立しない。
俺はそう考えると早速無視することに決め、視線の元凶に背を向けるようにして寝返りをうった。
「ねぇ、あなた、だれ?」
背中から声が聞えた。もちろん俺の背中が喋っているわけじゃない。
「誰だろうな。馬小屋の神様かな」
俺がそのままの姿勢で適当に応えると後ろであぁ、なるほど。となにやら納得していた。
こいつ、やばいやつだ。関わらんとこ。
それからは特に会話もなく浴びせられる熱線にも慣れてきたところで俺の意識は闇の中に沈んでいった。
――
「ルリー! ずっと探してたのよ! こんな所で何してるの?」
「神様見てた」
「かみさまぁぁ-? どこに神様なんかいるってのよ」
「あそこ」
大きな声で再び意識が浮び上がる。
やかましい。もっと静かにできんのか。
「まさか……あいつのこと?」
「そう」
「もう! あいつのどこが神様だってのよ。ルリ。ほんとに大丈夫なの? お医者さんに見てもらう?」
「ううん。大丈夫」
「おいお前ら、俺は馬小屋の神様なんだぞ。もっと静かにしろ!」
「あんたが犯人か! ルリは私と同い年だけど、私よりも清純な乙女なのよ!? 変なこと教えないで!」
「おーい、こんなとこにいたのか? 大声なんかだしてどうしたんだ?」
「みんな速いよ、おいてかないでよ」
男が2人来た。一杯いる……。まじでやめてくれ。関わらないでくれ。そして俺の睡眠を妨げるな。
「こいつがルリに変なこと吹き込んだのよ! 馬小屋の神様とかいって。木こり系統のくせに」
「ははは。なんだよ馬小屋の神様って。まぁまぁ落ち着けって。弱者というものは常に強者を嫉み、より強く己を見せ掛けようとするものさ」
「そうだよ。けんかは良くないよ」
「ぬぅぅ……。あんた覚えときなさいよ! いい? ルリ、もうあんなやつのいうこと信じちゃだめよ? あいつはね、薪を一回割っただけで腰を抜かすような軟弱野郎なんだから」
「あの人名前は?」
「記憶喪失よ。何も覚えてないの。そんなことより中に入りましょ」
「さっきの話なんだけどよ。100年前の大戦で最高神様がいなくなってから教会が急激に勢力を伸ばしている悪魔側に対抗しようと勇者を募ってるのは知ってるよな。ほら俺お前らより一つ年上でもう18の成人になるからそれに参加……」
声が、遠ざかっていく。喧騒の海に落ち、騒音に随分と苦しめられたがやっと、静寂の支配する深海に辿りつけた。
喜びも束の間、俺の意識は再び闇の中に溶けこんでいった。