22話 聖女登場
足の速さを生かして走る。
だんだんと、声が大きくなってきた。
――助けて。
階段を降り、続々とやってくる青玉を横目に突き進むと、遠くに一点の光が見えてきた。
光……。闇に支配されたこの建物内でこの規模の光を見て、俺は確信した。やつはここにいると。
――――助けて!
うるせぇうるせぇだまってろ!
真っ直ぐその光を発する部屋へと飛び込むと、俺の視界は光へと包まれ、直後、中の様子を知覚することが出来た。
白の服装を着た一団がまさに今悪魔に襲われそうになっていた。多くの人は何かを祈っているようだった。
――見つけた。その集団の中で他の人を庇うようにして先頭に立っていた一人の少女が見えた。こいつだ。
走る勢いのままその鋭い爪で少女を切り裂こうとしていた悪魔を蹴り飛ばし、少女に怒鳴った。
「てめぇか! さっきからぎゃあぎゃあ騒いでたのは! うるせぇんだよ助けて助けてって……こっちは必死で走ってるってのに!」
俺が思いの丈を述べながらその少女の全身を初めてはっきりと捉えた。その少女果敢な行動を行なってはいるが、全身が震えていた。
未だに呆然としているその姿を目の当たりにして俺の体はゾクリと震えた。思わず口端が釣り上がる。これは喜びだ。断然とやる気が出てくる。もしかして、俺の本能は……。
レベルがあがって、上級に上がる寸前まで来て、俺は何かがつかめそうだった。
後ろで背中を切り裂かれた感触がした。だが、全然痛くなかった。むしろ、力が溢れてくる感じがする。
後ろに振り返り、その悪魔を見た。上級悪魔だった。こいつらは魔界では精鋭と言われてる。2メートルある身長はこれでもかなり人間に似てきている。
だが、負ける気がしなかった。
「傷が、血が出てますよ…… その体で悪魔と戦うんですか?」
「うるせぇ! 俺は今最高に楽しいことを見つけたんだ、邪魔をすんじゃねぇ」
俺が怒鳴ると少女が黙った。
目の前の悪魔が嗤った。俺も嗤った。
楽しい宴になりそうだ。
悪魔が一歩前にでて右爪で引っ掻いてくる。それを躱して宣言し、銀の剣を抜いた。
――剣士技能、段階5、尖衝突。
――悪魔、魔力技能、段階4、血爪。
加速と衝撃を得た突きは、真っ赤に染まった爪にぶちあたる。
凄まじい衝撃と音を経て、二人とも体勢が崩れる。
やつは数歩後ろに飛んで宣言する。
――悪魔、魔力技能、段階5、黑弾。
悪魔の爪先から黒い玉状のエネルギー弾を発生させると、こちらに飛ばしてきた。
弾速が速い! 弾道的に躱すわけにもいかなかった。だが、何も問題はない。前に走り、はぁ! と力一杯に剣を振るとその玉は真っ二つになった。この1ヶ月の成果を舐めてもらっては困る。やつは驚いているようだった。
分裂した玉が黒い爆発を巻き起こそうとするがそれよりも早く地面を横に蹴り、空中で体を回転させる。
爆発を横目に着地し、そのまま悪魔に向かって走った。
やはり剣士は速度で撹乱してこそだろう。今の俺はやつより速い。レベル5の悪魔に負けるわけにはいかなかった。
最大まで加速し、やつの懐に入る。
――悪魔、魔力技能、段階5、分解。
ディスマントル。これは悪魔を上級たらしめるレベル5においてもっとも強力なスキルの一つだ。目の前のものを最小単位に分解する。人間なら塵も残らないだろう。
だが王のものと違って範囲が狭く、他のスキルよりも発動に時間がかかる。間違ってもこのタイミングで使うスキルではない。
やつが手をかざすと手から黒が溢れてきて、俺を包もうとしてくる。
ばかな、俺がそんなものにやられるはずがない。もう一度地面を蹴り、やつの背後に回った。スキアリ!
――剣士技能、段階5、尖衝突。
悪魔を支えるのは心の臓にあたる『コア』だ。しかしそれは悪魔の一番硬い部位でもある。だが、それには弱点がある。俺は、それを知っている。
はぁ! 青白いオーラを伴った剣尖は加速を経て、やつの装甲を突き破り、コアに到達する。
ガン!
剣が跳ね返る。それはそうだ。いくら弱点とは言え硬い物は硬い。だがこれでやつはまともに動けまい。
よろよろとふらつき、膝をつくやつを見て、にやりと笑った。
これで――とどめだ。
――剣士技能、段階6、剣刃打破。
赤く激しいオーラを纏った剣身で力一杯コアを打った。
硬い物が壊れる音が響き、悪魔が闇に消える。
白玉と青玉が出てくるのを見ながら一息つく。
そして間も無く、俺は知覚した。
新たな悪魔が三体、三方向から俺に肉薄してきているのを。
それでいい、俺がいくらでも相手をしよう。だが、残念だ。
――とんだ。
前の悪魔が右側から飛んできた業火に吹っ飛ばされ。
――邪魔が入った。
右の悪魔が投げられた巨大な赤いオーラを纏った戦斧に潰される。
一人での楽しみがこれで終わりかな。左の下級悪魔を薙ぎ払いながらそんなことを考えた。
「てめーデリアム! またお前一人で先を突っ走りやがって! ここまでの悪魔は無視かよこの野郎」
レクスの怒鳴り声が響く。入口からぞろぞろとギルドのメンバーが集結してきていた。
「いやー楽しいことには目がなくてね、つい走ってしまった。だがかまわんだろう。後ろのやつらも無事だしな」
俺がそういうとあいつらの視線が一斉に移動する。
「おいありゃ、聖女……じゃねぇか?」
レクスの声に呼応するようにあいつらは少女の元へと向かっていく。
聖女だと? あいつが? そういえばここに来る途中も聖女の系統をゲットしたような気がする。
もう一度、その少女のことを観察してみる。
年齢はシエラよりも少し小さい程度だろうか、その少女は上から下まで全身真っ白のワンピースドレスを着ていた。
ううむ。だだの白い服を着たただの少女にしか見えないが。
「なんで聖女だってわかんだよ、見たことあんのか?」
「見たことあるわけねーだろ。だがな、聖女ってのは成人するまでの少女にしかなれねんだよ。そして正式にシスターになれるのは成人してからだ。これでわかったろ?」
よっぽどめずらしいのか、取り囲んでまじまじと見つめている。少女の顔色が青くなってきていた。そらそうだ、こいつら無駄に強そうだからな。
「おいおい、このくらいでやめとけって、怯えてんだろうが……おっと――どうやらここまでのようだぜ」
奥から、強い気配が複数やってくるのを感じた、上級悪魔のものだろう。恐るるに足らず、しかし、下級よりは断然やりごたえがある。そういえば。
「どうせなら後ろにいる聖職者達にも協力してもらえばいいんじゃないか?」
「それはだめだな、ここが何で光っているのかわかんないけどここでも聖力はあまり使えない、外よりは幾分かましだけどだからこいつらピンチだったんじゃねーのか?」
ルッフェが説明する。あぁ、なるほど、たしかに。聖力を使わないとなかなか違いがわからんものだ。
「それにしても上級悪魔とはな。まぁ、この規模の襲撃ならいて当然か」
一瞬にして表情を変え、敵を迎え撃つ体勢を整えるギルメンに感心しながらその敵の場所へと移動しようとすると不意に呼び止められた。
「待って! その傷のままいくのですか? すこしだけ、聖力使えますから、回復させてから行きませんか?」
例の少女だった。本人である俺でさえ言われるまで忘れていたのに、余程あれが気になるらしい。白玉のおかげで随分と頑強になったからな。
「こいつか? 擦り傷だ。こんなんでうだうだ言ってたらあいつらに笑われちまう。それより下がってろ、人を守りたいのは結構だが、気持ちだけでは何も出来ない。無駄死にするだけだ。もう誰も庇ってはくれんぞ」
そうだ、誰かを守りたいのなら力がいる。俺にはそれが足りない。今の俺では上級悪魔を相手にするので精一杯だ。もっと力を――。
焦る気持ちを抑え、気配のする場所へと向かった。