20話 世界を知り己を知れ
「これが大陸でこっちが戦場となる場所の地図だ」
昼頃、ルッフェがギルドのラウンドテーブルに地図を二枚広げた。大陸の方は右側が黒く塗り潰されている。
「この大陸は横に細長い形をしている。右半分は魔界、左半分は俺達人間の土地だ。人間の領域には国が三つ存在している。地図から見て東側から順に公国、商国、教国だ。その昔人間は国が一つしかなかった。だが400年前、魔界から悪魔がおどりでて人間を襲い、大打撃を受けた人間は混乱し分裂したのだ。公国は魔界から近いこともあり、魔素を使った魔法技術が進んでる。教国はより神の恩恵が受けられる西側の聖地に国を構えている。商国は間で流通や商売が盛んだ。ちなみに大陸は海に囲まれており、今の所他の大陸は見付かっていない。ここまでは大丈夫か?」
「ああ、進めてくれ」
これを見るとレイディナは商国の東端にある町ということになるか。公国との間にある山脈は俺が飛んで越えてきたところだろう。
「次は二枚目だ。これは主に人間側の軍の拠点とその布陣が記してある。上、つまり北側が聖騎士団、南が大魔法師団、そしてそれに守られる形で真ん中に聖祈祷師団がある」
ルッフェが地図に記されているマークを指で指し示しながら説明をする。それを見ると人間側は西、魔界側は東となっている。
「竜騎士団は?」
俺が聞くとルッフェは先程まで差していたところより遥か上の方に指を滑らせた。おいおい、何でこんな違うんだよ。
「何でここに記されてるかわかるか? それはあいつらの拠点があそこにあるからだ」
ルッフェは右手の人差し指を頭上の天に向ける。
「浮き島――竜島。公都の真上に浮かぶその島に竜騎士団の拠点がある。100年前、大英雄グランアーガがそこへ行き、竜王――水晶竜と騎竜契約したんだ。これが竜騎士の始まりってやつだな」
なるほど。昔はツリーだけあってもドラゴンが居なくてそれを活用できなかった。その道をその大英雄とやらは切り開いたわけだ。
「地図はおまけでやるよ。他に質問は? 支払いはまとめてで良いぜ」
始めてギルドの活動をしてから十数日経った。今日は休みだが、戦事は隔日程度のペースで行われている。
俺はあれからかなりの玉を吸収し、デーモンのツリーも1から3まで上げることが出来き、それに伴って悪魔としての記憶もある程度取り戻せた。上がり幅が少ないと思うかも知れないが、吸収元が低レベルであることと、デーモンのツリーはヒューマンツリーより段階上昇による能力上昇が大きい分、上がりづらいのだ。
とりあえず今は盲目的にレベルを上げるのもいいが、今後の活動のため己の能力の現状把握と、一先ずの目標を立てるのがいいだろう。
俺を支える根幹となる力は大まかに数えて二つある。
一つは吸収する力。生きる物が骸にかえる時、俺はそれぞれから玉を吸収出来る。魔物からは透明の玉――これからは白玉と呼ぶ――と人間からは青玉だ。悪魔から両方吸収出来るが、これは魔素を持ち、尚且つツリーを持っているからと考えられる。
白玉の効果。これは恐らく速さと力などの基本的な能力を少しずつ上げてくれるものだろう。魔物より悪魔から吸収した方が力が上がった感覚がしたので相手依存といったところか。
青玉の効果。これはずばりツリーを吸収し、レベルを上げてくれるものだ。一回目の吸収でレベル1となり、その後はツリーのレベルを上げる。吸収したツリーのレベルによって上がりやすさがかわる。今までの上がり方からしてレベルの低いツリーを吸収してそれがレベル上昇に至らなくても、ツリー内部にそれがしっかりと蓄積され、一定に達するとレベルが上がる仕組みになっていると思われる。そしてレベルが上がりにくいもう一つの理由。それは吸収するときにレベルを上げる前に取得可能なスキルをすべて取ろうとするからだ。それに蓄積された何かを消費する。
二つ目。それは系統変更による変身能力。今まで散々使ってきた変更技能だ。これに関しては悪魔の変身能力ではない感じがしている。
基本的に普通の人間と違って一つしか系統を装備出来ないが、副系統を利用すれば擬似的に二つまで装備出来る。だがそれも悪魔と人間系統の組み合わせに限られる。
変身する体はそのツリーを扱うのに一番適したもの、といったところだろうか。
次に目標か。腰から銅鏡を取り出し、眺める。
今考えているのは悪魔系統をレベル5まで上げることだ。
なぜレベル5なのか。それはこのツリーの仕組みに大きく関係している。
基本的にツリーは剣士のように上に一本の木が伸びるが、中にはレベル1の点を中心に上下左右の最大4本の木に分かれて伸びるものも存在する。これを木の輪と呼ぶ。
悪魔ツリーはこれに当たる。上に伸びるのは『魔力』のツリー。左に伸びるのは『蠱惑』のツリー。右に伸びるのは『変身』のツリー。合計三本だ。三本はそれぞれ取得条件の方向性が違っており、一つを取ろうとすると他のツリーが疎かになる。多くの場合複数あっても極められるのは一つだけだ。
そして三本あるからといって一本伸びるツリーの3倍能力が上昇するわけじゃない。3倍あるのはスキルの方だ。
この場合一番レベルが伸びている一本がその系統のレベルとなる。
例えば蠱惑が2魔力が6変身が3とすると悪魔系統のレベルは6となる。
そもそも悪魔の下級、上級、魔人はどこで判別するのか。それは悪魔ツリーのレベルにある。
悪魔はツリーのレベルが上がるたびに能力とスキルだけではなく、理性と本能が増加し、体のサイズが小さくなる。
それが顕著にあらわれるのがレベル5と9と10だ。
レベル5。これが下級と上級を分かつ数字になる。それはレベル5になると今までのものより格段に有効なスキルを覚えられるからだ。
そしてその影響を一番受けるのは『変身』のツリー。
『変身』のツリーをとる悪魔は少ない。それは『変身』のツリーはレベル5になるまで他と違い効果的なスキルが存在しないからだ。通常、悪魔ツリーのレベルを上げるのは難しい。最大である10まで上げるのに悪魔は数百年という年月を費やす。だからレベル5まで有効なスキルもない『変身』のツリーを取る悪魔は極一部に限られ、純粋に戦闘能力が上がる『魔力』が好まれるのも、このことに関係している。
しかしレベル5になれば『変身』は代表的なスキルを覚えられる。それは外見変更のスキルだ。難点はあるが、人間に限らず小動物から植物、果てには建物にだって変化できる、まさに悪魔が変身の達人であると言わしめたスキルである。俺はこれが必要なのだ。
そしてもう一つ欲しいスキルがある。同じくレベル5で取得可能だが、これは俺が昔孤独のために産み出したユニークスキルであるのだ。
なぜレベル5なのかはわからないが、『変身』はレベル5からが本番だということで納得できる。
前に使ったユニークスキル『巨大化』と同じそのスキルの名前は――闇分身。
細かい能力は後にしても、このスキルは大変に使い勝手がよい。これから俺が人間側の組織に身を置く上で必須といってもいい。
纏めると俺はこの二つのスキルが欲しい。だから俺は上級悪魔でもあるレベル5にならなければならない。レベル5になれば能力上スキルも取得出来、かなり強くなれるだろう。そうすれば手に入れたい物も手に入る。
だが、それと同時に懸念もあった。しかし今はレベルを上げることに専念しよう。
「ルッフェ、木の輪の形になってるツリーは何が有るんだ?」
「あぁ、代表的なのは魔法使い系のツリーだな。下位の魔法師から上位に至るまですべてが4つのツリーに分岐してる。レベル1で取れるスキルも4つあるし、スキルの数で言えば全ツリーで一番だぞ。あとは俺の討魔士の上位である聖騎士とかかなー。なんたって万能で最強だからなー」
ルッフェが悔しそうに顔を歪めた。パラディンとやらにはなれなかったというわけか。
「そうか。全部でいくらだ?」
「そうだな、最近は助けられることもあったしこれでいいぜ」
そういってルッフェは掌を広げてこちらに見せた。
「500だな。あいよ」
俺は巾着袋から500に当たる銀貨5枚を出して投げてやった。それを器用にも全部キャッチしたルッフェはまいどーといって嬉しそうにしていた。
――
また10日程経つと俺は悪魔ツリーを3から4に上げることが出来た。変更技能のベースが悪魔ツリーであることからそこから多少の能力が加わり、白玉による強化もあって俺はかなり強くなったと思われる。レクス達には驚かれたが、効率は段違いになったと言えるだろう。それでも上げるのに10日もかかったのはやはり悪魔のツリーが上げにくいことにある。
だが、今は4だ。次には5に上げられるが、俺は今すこし弱気になっている。
俺の悪魔としての部分が司るのは孤独だ。他と比べると随分と人間的で異色だが、俺はずっとこれに苛まれてきた。
今俺はギルドに所属しており、活動当初よりは皆ともそれなりに打ち解けてきたが、レイディナの町を出てから俺の孤独が和らぐことはなかった。
何故だ。美女もいる。友人もいる。何が足りないのだ。レベルが上がってきてこの感覚は日に日に強くなってきていた。
そして次に迎えるレベル5、俺が上級悪魔となる時、俺のこの感覚は手に入れる悪魔の力と共に一段と跳ね上がるだろう。
俺は果たしてそれに耐えられるだろうか。
スキルも力も手に入れたい。でも孤独は嫌だ。力の代償を前に、人間の子供の如くだだをこねるような思想を頭の中で巡らせながら、俺はギルドの椅子に座って銅鏡を眺めている。
一人の成人した男が昼間から手鏡を見つめている。なんとも滑稽なことだが、これは戦う者という人種なのだ。
「もうかなり稼いだだろう。まだそんな安っぽそうな銅鏡を持っているのか? 鏡は戦う者の必需品だし公都なら金さえ積めばいくらでも良い物が手に入るぜ」
横でルッフェがまるでおかしなものを見るような目をして言ってくる。だが、俺はこれを手放すつもりは毛頭なかった。何故かはわからなかったが。
「いや、俺はこれがいい。やっぱり使い慣れたものが一番だろう」
「だからその剣も鞘も変えないのか?」
「あぁ、変えるつもりはない。その必要もないしな」
「いいよなぁお前は、謎の力でどんどん強くなってさ。もう速さだけで言えばギルド内でもかなりのもんだぞ」
ルッフェはそういうが俺は正直全く物足りていなかった。力が欲しい。悪魔の本能が騒ぎ立て、それと同時に孤独が俺を襲う。
悪魔は本能的にもにつるむことを嫌い、単独を好む。なのに俺は孤独から逃れようと誰かと一緒になることを望んだ。
まったく。俺という生き物は欠陥だらけだ。苦笑しながら銅鏡を見つめた。
銅鏡から見えるツリーはいつだって綺麗な青白い色をしていた。念じれば見え方も変わるし、特に何かをする必要もなかった。
だが、俺はふとしたきっかけでそれに触れてみた。
触れた剣士のツリーが、青白い枠に囲まれていた。
ん? なんだこれは。こんな機能があったのか? これは何を意味しているのか。
「なぁルッフェ。ツリーに触れると白い枠が付いたんだが、これはなんだ?」
「は? なんだよそれ。俺はそんなの付かないぞ」
ルッフェも何やら良さげな鏡をだしてそれに手でペタペタ触っている。そんなことがあるのか。あのクリスタルや白玉のように俺だけのものか?
「悪いな、気の所為だったみたいだ」
「おい、なんだそりゃ」
ルッフェの小言を聞き流しながら考える。
何の意味があるのかはわからない。だが確かめてもいいだろう。このまま悪魔と戦ってみよう。
――
次の日、活動を終えて鏡を覗くと、俺はそれの意味するするものを知った。
剣士のレベルが4から6に上がっていた。悪魔のレベルやスキルに変動はない。
一気に2も上がる。悪魔は剣士のツリーを持たない。ここから導き出される答えは一つだ。――悪魔のツリーを吸収して剣士を上げる。
吸収された悪魔ツリーが変換され、剣士のレベルアップ条件を満たした? 仕組みが想像できなかった。
しかし、これは便利な機能だ。その気になれば普段使っていない他の系統、討魔士や戦士、剣豪、斥候を最大まで上げることが出来る。
少なくとも今装備している剣士のツリーを上げることで悪魔のツリーを上げなくても戦闘力を上げることが出来る。
ちなみにれべる5になると装備の剣が光りだし、納まると鋼鉄のものから銀の剣になっていた。銀は柔らかい、だがこの剣は前より高い切断力と耐久力を持っていた。似ているだけで違う素材なのかもしれない。
「なぁなぁデリアム。もっかい剣見せてくれよ」
「なんだ、そんなに珍しいものでもないだろう。銀に似てるなにかで出来てる剣だ」
「だからそれがめっちゃ珍しいんだって! 自分で言っててわかってるだろ?」
しょうがないとばかりに剣を抜き、ルッフェに渡した。珍しそうに見るそいつを横目に俺は考える。
たしかに剣士を上げれば戦力はあがる。だが、俺は本当にそれでいいだろうか。
孤独に悩むことはないが、スキルも手に入らず、一生下級悪魔で居続ける。そんなもので俺の手に入れたいものが手に入るだろうか。
もし今すぐにでも魔人やロード級がレイディナの町を攻めたとして、俺は下級悪魔としてそれにたち打ちできるか。剣士を上げたから、それを10に出来たから、それに勝てるか?
思わず苦笑が出る。
もういい。俺は悪魔を上げる。例え、それで狂ったところで知ったことか。
銅鏡をだし、剣士の所を触れると白の枠が消えた。これでいい。レベル5にあげ、6にあげ、7にあげ、8にあげ、9にあげ、10にあげる。
魔人クラスと戦うには俺が魔人になればいいのだ。それ以外のことはその時に考える! いくら人間系統を上げたところで複数装備出来ない俺では魔人には叶わない。
俺は悪魔だ。悪魔なりのやり方でやる。
「おうデリアム、ルッフェ。まだこんなとこにいたのか。今日は一緒に酒を飲む約束をしてたろ? おら、早くいくぞ」
「そうだな。いいぜ、今日はとことん飲んでやる」
「おい、どうしたんだよ。急にやる気だしちゃってさ」
俺とレクスはしぶるルッフェを置いてあしばやにギルドをでて、行きつけの酒場に向かった。
設定回でした。
退屈だと感じた方もいらっしゃるかもしれませんが、今後の展開にどうしても必要なのです。
時間を飛ばしているのはレベル上げがメインの物語ではないからです。
これからも宜しくお願い致します。