14話 女剣士リニア
ふぅ。ここまで来ればもういいだろう。あいつらがいつまでもついてくるからかなりの距離を走る嵌めになった。
この体でも走れないことはないが、やはりしんどいし、何より効率が悪い。
俺には高速で移動する『手段』があるのだから、使わない手はないだろう。
それにしても赤髪とシエラのやつ、あれは言い過ぎなんじゃないか? たしかに今までは図体のでかさもあって少しばかり態度もでかくなってしまったかもしれないが、そこまで問題を起す程のことか? だが、今度は最初からソードマンの姿で行くつもりだし、やつらの思惑通りになるのも癪だしな、今度は丁寧な言葉でいってみるのもいいだろう。
よし、そうと決まれば早速行くか。この姿ではダメだ。だが悪魔のでかさでも変に目だって仕方がない。
――系統変更、剣士。
よし、もういっちょ。
――副系統、悪魔。
「うん、良い感じだ」
今の俺は思惑通りベースが剣士のまま悪魔となっている。
黒く、魔気に塗れた剣と服装を身につけ、後ろにはこれ――翼を生やしている。ちなみに尻尾はない。
そう、別に剣士のまま走っていっても良かったのだが、折角翼があるのにそれを使わない手はないだろう。黒尽めではあるがそこまで感付かれ易いということもないと思う。翼が生えた場所の服やコートに穴が空くことはなく、丁寧に最適化されており、側から見ればさぞ黒いコートから翼が生えているように見えることだろう。服やコートには所々、少なくない数の闇の羽毛が散らばめられており、このデザインを考えた人のセンスの良さが窺えた。
翼を操作し下に向け、上空に浮上し、そして後ろに伸ばして前に加速する。
うん、悪くない。主系統が悪魔の時よりも速度は落ちるもののこのくらいあれば十分だ。風景を楽しむことも重要なファクターであるのだから。
公都の方向に向かって飛ぶ。森の中を飛んでいてわかったが、体と翼が小さい分結構小回りが効くのだ。すいすい木々の間を通り抜けていく様はなかなかに爽快なものがある。
支部長がいうにはレイディナの町から公都まで休憩も込みで馬車を使って3週間近くかかるそうだ。だが俺の場合人間と同じような休息を必要とせず、通常空気中に含まれる微量の魔素さえあればずっと飛んでいられる。そしてこの速度で飛んだ場合なら数日もあれば着きそうだ。馬小屋でずっと寝ていたのはあれだ、単に寝たいから寝ていただけで、別に必要不可欠な訳ではなかった。
森を飛び抜けると、山脈地帯が見えてきた。馬車が遅いのは回り道をするせいもあるのかもしれない。ふふ……、悪魔の特権というやつだ。このまま突き抜けるぞ。
山と山の間を抜けようとしていると突然、体が引っ張られる感覚がした。体が傾き、バランスが崩れる。
なんだなんだ? おいおい、またかよ勘弁してくれええええ!
そんな叫びは当たり前の如く聞き入れられず、前とは比べ物にならない程の力を手に入れたにも関わらず、まるでそれを嘲笑うかのように俺の体は吸い込まれていく。
うああああ、一体何なのだ、すこしばかり調子に乗った俺に対する嫌がらせか?
崖と崖との間、わずかしかない狭間を俺の体は落ちていく。この先に一体何があるってんだよ!
――
「いってえええ!」
地面に見事頭から突っ込んだ俺は別に痛くないのにとりあえずノリで叫んでみた。はぁ、毎度毎度の事ながらこれはどうにかならないものか。折角心地の良い空の旅を楽しんでいたものを……。あの猪の気持ちがわかる気がした。
それにしてもここ、暗いな。前の時は歩けば勝手に明るくなったが、今回はそうでもないらしい。
しかし、実の所、悪魔の眼を身につけている俺には何の問題もないのだ。視界は赤く、闇は何の妨げにもならず、悪魔の眼はすべての障碍を貫通する。例え、大きな岩盤の裏に隠れていても悪魔はそれが手に取るように見えるのだ。
今の俺には周りがよく見える。だが――ここは本当に何もないな。
崖の下から横に伸びている洞窟の様に思えた。
20分ほど歩くと先に先に光が見えてきた。危険は感じない。そして何だか懐かしい感じもした。
――系統解除、悪魔。
俺は黒と白を除くと一番好きな色は――青だ。何故かと言われれば思い出せないが、なんとなく……遥か昔のとある出会いがきっかけだったような気がしている。
悪魔の眼は便利だ。だが根本的に色を識別するのに向いていない。もうすでに明りがあるし、今は解除した。段階が上がって制御出来るまではこうするしかない。
今、俺は見上げている。前に扉の下であったそれよりも大きな、10メートルはあろうかという青のクリスタルを。
何度見ても綺麗な色をしている。しかし残念なことに、やはりこれも半分以上を黒い汚れのようなものに覆われていた。
そっと手を差しだし、クリスタルに触れてみた。するとなんと体が光りだしたのだ。少しばかり残っていた傷が、治っていく感触を覚える。
なんだ、治癒の功能もあったのか。光が治まると体は万全の状態になった。
気になる、俺はこれを知っているような気がするのだ。だが、今一思い出せない。そう思って俺は聞いてみることにした。
「君は……なんだ?」
俺の漠然な問いがクリスタルに届けられると、クリスタルはなんと、返事をしてくれた。
『私はツリークリスタル。貴方を――導くものです』
このツリークリスタルと名のったものは、相変わらず涼やかなる響きの音色を俺の脳に飛ばし、そんなことをいってのけた。なんだ、それは。
「導くって……どこにだ? 何回も俺を引っ張り回したのはそのためか?」
俺は思った疑問をそのままぶつける。しかし、今度は返事が返ってこなかった。
「なんだよ。今度はだんまりか?」
やはり返事はない。はぁ、と一つ溜め息をつき、クリスタルを見上げた。綺麗な色合いとそれに相反する黒の汚れ。
このままではだめだろうな。これが原因で魔物を発生させているのかはあまり興味が無いが、このままでは綺麗な色が隠れてしまう。そんな勿体ないことはできない。
俺は前の時と同じようにその汚れた部分に手を当てて、浄化する。このクリスタルは大きい、だが、数刻もすればクリスタルは元の眩い空の色を取り戻した。
ふぅ。やっと終わったぜ。しかし……やはりいいものだな。このクリスタルはこうでなくてはいけない。そんな気がした。
俺がそんなことを考えていると、ふと何かの異変に気がづく。地面だ。クリスタルを中心に深い藍色が地面を染上げ、そして所々に大きいクリスタルとは違い、明るい藍色の小さなクリスタルを地面から生やした。
天井を見上げると途轍も無い高い所から明るい空色の光が、暗い藍色の光に包まれながら洞窟全体を照らしていた。どういう理屈でこうなっているのかは想像出来なかった。だが、そんなことは気にもならず、俺はただ、感嘆の溜め息をつくのだった。
これが、ここの真の姿であるというのか。ここは――いい場所のようだった。
馬小屋までとは言わないが、それに匹敵する程の価値を俺は見出だしていた。ずっとここにいようか。そんな考えさえ思い起こる。しかし、俺は悪魔だ。そういう訳にも行くまい。だが、少しくらいならばいいかもしれない。折角時間があるのだから、すこしくらいは……。
――全解除。
宣言を終え、ウッドカッターの体になると、俺はクリスタルを背に、惰眠を貪り始めるのだった。
―――――
はぁ……。さすがに、もう行くか。もっと色んな場所に行きたいからな。ずっとここにいはいられない。
俺は再びクリスタルの前に立ち、そう決意する。
ここでは外の時間が分からない。俺の体内記録では一週間を示している。そろそろ行かなければいけなかった。
普通の人が服を着替え、旅の仕度をするように、俺は来た時と同じようにソードマンとデーモンツリーを装備すると、踵を返し出ようとする。
「じゃあな、機会があればまた来るよ」
クリスタルにそういって俺は歩を進める。すると前の時と同じように感謝の言葉が響いた。
『ありがとう』
同じような展開に苦笑し、俺も同じように手をひらひらと振った。
――
翼を真下に向け、上に加速する。上下の場合翼を広げる必要がないため、このような小さな隙間でも上がって行ける。
まったく。なんたってクリスタルはこんな所にあるんだ? 俺以外には触れることすら出来ないのに。
昇りきると、何時ぞに見た山々が見えてくる。時間は夜のようで、真上に真ん丸の月が輝いていた。
よし、このまま山越えをしよう。さすがにもうこれ以上引っ張られることもないだろう。
悠々と飛び、山と山の間を抜け、上を掠める。魔物か動物か分からない生き物がたくさん見えた。彼らもまた、今日も元気に生きているらしい。
山脈を越えると月は沈み、日が登った。朝だ。そのまま飛んでいると遠くに小さな村を見つけた。山を越えたここではもう公国の領域内だろう。
しかし、どこかおかしいようで、少しばかりの煙が立ち上っていた。面白そうなものがありそうだ。取り敢えず降りてみよう。
――系統解除、悪魔。
悪魔を解除し、村に入ると村人が数多く表に出ており、一カ所に集まってがやがやと騒いでいた。村自体は平気のようであった。
「手を離せ! やつらは私の両親を殺したんだぞ! 何もせず、生きのさばらせたままにしろって言うのか!」
顔を真っ赤にして体を震わせていたのは一人の女性だった。と言っても年は若く、成人してそれほど経っていないように見える。
しかし、この女、人間であるにも関わらず、初めて視界に収めたその時から俺の心を強く惹き付けていた。俺の本能がこの女がほしい、と呼びかけてくるのだ。
闇より生まれる悪魔は繁殖を必要とせず、一部を除いて性別を持たない。しかし、その悪魔が女を求める理由……それは一つしか存在しない。
――契約だ。本能に植え付けられたその楔の烙印は、すべての悪魔に激情を駆立てさせた。その昔、悪魔が人間を敵として殲滅しようとしたそのきっかけでもある。
この女の両親を殺した犯人など知らない。だが、俺は当然のように興味を持った。
「失礼、たまたまここを通り掛かった旅の者だが、一体何があったんだ?」
話を聞こうと近くのおばさんに訪ねると哀れみの表情を崩さず、俺の問いに答えてくれた。
「あんたも変な時に来たねぇ。昨日悪魔が数人やって来て、リニアの両親と家を燃やしていったんだよ。リニアは傭兵の仕事でいなかったから害は免れたんだ。正直私達はあの一家だけでほっとしていたけどあの娘もかわいそうだよ、帰って来たら両親を殺されて家がなくなっていたんだから。でも復讐をするといっても無理があるよ、あの娘は村で一番強くて傭兵としても評判が高いけど相手が悪魔ではね。それも――普通の悪魔じゃなかったらしいし、誰か止めてくれんかねぇ……」
このおばさん、妙に話が長い。しかし、ありがたいことに知りたい情報は揃えられた。
已然として犯人の狙いはわからないな。両親が目的か、それともいなかった娘を怒りの炎で自分から来させていたぶるのがご所望か。
いずれにしろこの女なにかあるな、悪魔が欲するのは強く、そして悪魔と同じ属性を持っている女だ。だが、この女から闇の属性は感じない。他に何か特別な力でもあるのだろうか。
俺はこの女が欲しい。この女と一緒なら俺の孤独も紛らわせることができそうだ。しかし、それでは犯人である悪魔と同じではないか、そんなのはいやだ。
だが……すこしくらいならいいだろう。俺は口端を大きく上げ、笑った。
――
揺揺と木の葉がゆらめき、新緑の木々は真上に昇った強かな日差しを浴びて嬉しそうに騒めいた。
その葉擦れの音を聞きながら、俺は悠然と剣を抜き、キーンという甲高い音を響かせる。
俺は今、一人の女性を待っている。もちろんデートではないし待ち合せをしたわけでもないが、ここから公都へ行くにはここを通るしかないので、その必要も無いわけだ。
しかし、困ったことにこの姿で会うと後々困ったことになりそうなので、俺は新たなチェンジスキルを手に入れようとしている。
俺が目をつけたのは――剣豪。
ホーリーナイトやウォーリアでもよかったが、一度上位ツリーというものを体験してみたかったのが本音だ。
チェンジスキル。それは俺の能力の根幹たるものだが、他の人間でも悪魔でも持っていない俺のユニークスキルだ。
だからこそなのかはわからないが、取得が非常に簡単になるよう設定されている。
ソードマンが剣を三回振ること、スカウトが一定距離を全力で走ることであったように、上位ツリーであるソードマスターも例に漏れない。
その条件とは――落ちる木の葉を五枚、着地するまでに真っ二つに切り裂くことだ。
上位なだけあって難度が少し上がっているが、さした問題はないだろう。
俺は横の木を手で叩き、そしてわさわさと降ってくる大量の木の葉を一枚一枚丁寧に切っていく。
数秒もすれば数あるすべては綺麗に半分に切られていた。
そして目の前に現われるツリー。白い線が横に伸び、一つの点が点滅する。
これでよし、と。さて、どんなのが来る? ちなみにデーモンツリーは解除してあるので変化すればツリーそのままの姿が来ることになる。
胸のワクワクを抑えるようにそこに右手を置くと、こう宣言した。
――系統変更、剣豪。
御馴染みの視界暗転と体が造り変わる感覚を体感すると俺は五感でそれを捉えた。
まず感じたのは体の軽さだった。段階がもたらす能力上昇は元が4だったのに対し、今が1。それでも前より軽く感じるのは上位ツリーたる所以だろうか。
いや、それだけではない。
俺は着ている服らしきものをすこし引っ張ってそれを眺めた。こんなもの、見たことなどなかった。足も裸足のまま変な木の板の上に二本の布質のようなもので固定されていた。
そもそも上位ツリーであるに関わらず装備が深い藍色の布一枚の服だけというのがおかしい。下位にあたるソードマンすら鎧まではないもののきっちりとした質の服に分厚いコートを纏っていたというのに……。
「おい、ツリー! 何だこの装備は。何かの間違いなんじゃないのか?」
俺が訪ねると頭の中に返答が浮び上がる。どうやらこの長く、上からふくらはぎまでに至るこの服装は和服というものを着流しという形で着ているものらしい。足のこれも、下駄という正統なものであると告げられた。ふむ、そういうものなのか。そういえばあの男が使っていたスキルも、変わった風情を感じさせるものがあった。
少し歩くと、違和感はあるものの、支障はないと感じた。これもツリーのおかげか。
ここで初めて同じく腰の左側に固定されている武器を見た。
これも馴染みのないデザインをしていた。
おもむろにそれを抜き剣身を見ると、俺はこの武器の意味するものを知った。
これはサーベル刀のように片刃で曲っており、それとは違って両手で扱うように設計されているためかずっしり重く、それでいて丈夫な造りをしており、造った者の絶対に斬る! という意気込みを感じさせる。刀の質材が平凡なものであるのは段階がまだ低いからであろう。
柄の部分が長く、俺の知っている両手剣よりも刀身が細く薄いのはより切断力を上げるためのようにも感じる。
このツリーはすばり、防御を捨て、速さと切断力に特化したものであるのだろう。すべてのものを躱し、すべてのものを斬る。ソードマンの特性を一極特化させた、まさに上位ツリーと呼べる物だと納得した。
刀を振り、すこしばかり体に馴染ませる。
両手で構え、斬る。風が舞い起こり、一枚の木の葉が微塵と化す。
なるほど。他の刀剣のように腕の力で切るのではなく、体全体を使って円運動させることが重要なようであった。そしてこの速度を使えばたしかにいつでも最高の結果が得られそうではある。
普通ならばもっと時間をかけて研鑽するものだろうが、ツリーによる俺への補正はそれなりのものがあった。
衲刀すると、一本の木に背を預けて座る。
――あとは、獲物を待つだけだ。
ごめんなさい。ストック更新中に全然書けませんでした(泣)