あまい甘いばぁ
―――小さな街の細い裏路地の奥
毎週、陽の日に甘い香りがたちこめる。
えっ?どうしてって?例のアノお店のせいさ・・・
「ハロハ~、いらっしゃ~い」
売り子が気の抜けた声で客を迎えるこの店は、毎週陽の日にだけOPENする菓子屋である。
1週間に1回しか食べられないこの店の菓子には、変わったファンが沢山いるのだ。その中で最も厄介なファンは……
「おい、売り子の女!今日こそ、この菓子を作っている奴に会わせろ!!」
ここ一ヶ月、毎度毎度同じセリフを吐くこの男―リーガンは、街一番の金持ちだ。この店の菓子を気に入り、専属の菓子職人にしようと毎回騒ぎ立てている。
「だからァ、会わせませんて……。いい加減、諦めてくださいよー」
そして毎回この男を対処を任されているのが、この店の売り子―ケーリィナだ。はっきり言ってアホっぽいが、実のところ腹の中は真っ黒な女性である。
しかし、職人に会わせろと言う人はリーガンだけでは無いのだ。一度食べたら忘れることのできない、至高の菓子を作り出す人物に会ったことのある者は、一人としていないのだ。
……売り子のケーリィナを除いては
日が沈んだ頃、閉店を迎えた店内でケーリィナは1人愚痴ていた。
「はぁ~、今日も疲れたわ。みんなうるさいのよね~ 職人に会わせろって、私が会わせるわけ無いじゃないの!」
ほんわかした口調を取り払い、ブツブツと客に文句を言い続ける姿はまるで昼間とは別人である。
そんな彼女の脇に、クッキーを添えた紅茶が置かれた。ケーリィナはそれに気づくと、満面の笑みを浮かべた。
「お客さんにそんなこと言っちゃダメだよ?新作のクッキーでも食べて、落ち着いてね。」
「ありがとう!あなたのクッキー、だ~いすき」
ケーリィナは甘えた声を出し、声をかけてきた人物に笑いかけた。ほわほわした空気が二人を包んだのだった。
……もしも、ここに第三者がいたならば叫び出していたことだろう。
なにせ、ケーリィナが笑いかけている人物は筋肉隆々、強面の大男なのだから。
そうこの人一人殺してそうな大男こそ、人々を魅了して止まない至高の菓子を作り出す職人なのだ。
一度街を歩けば、誰もが道を譲りそうな男と、その男に恋する乙女の視線を送り続ける女の組み合わせには、常人は叫ばずにはいられないだろう。
―――小さな街の細い裏路地の奥、毎週陽の日に漂う甘い香り
実は、売り子の彼女が店の全てをこなしているらしい。
誰もが愛する至高の菓子、それを生み出す‘アノ人’のことは、売り子しか知らない。
多分、それが一番幸せに違いない……