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燗、怒りました。3

「もうな、本当に可愛いんだよ。いつ見てもふわふわしててよー」

「ふわふわというと、可愛いお嬢様の雰囲気なんですか?」

いきなり敬語になったカメラマンが、質問を飛ばしてくる。

燗はそれに答えながら、胸の前で腕組みした。


「お嬢様、お嬢様だな。俺には天使にも見える」

「いいますねー」

「いやだってもう、本当に可愛いんだよ。めちゃくちゃ可愛いんだよ」

「酒屋の店主さんがそこまで言うってことは、相当可愛いんですね」

「勿論!」

胸を張って叫ぶ燗を、テレビカメラが映し出す。

醸は途中まで聞いていたけれど、だんだん胸糞悪くなってきてその場に酒の瓶を置いたまま店内へと戻った。

取材陣はほぼへべれけ状態。

何とかインタビューをしている様な状態だから、燗に何かすることもないだろう。

いや、できないだろう。


それを確認してから、以前取材陣から押し付けられた名刺を手にいつもの自分の場所へと戻った。

一社ずつ、電話をするために。


「どこがいいって、ふわふわの髪の毛に、愛くるしい大きな瞳、ちいさな唇は真っ赤でよぉ。毎日見ても照れるわ。こればっかりはもう慣れねぇなぁ」

「そんなに素敵な女性なんですね」

「料理も美味いし、話してるとこっちまでほんわりしてくるし。夢のようだぜ」

「是非お会いしたいんですけど、どこに行けばお会いできますかね?」

「もったいなくて、会わせたくねぇなぁ」

「お願いしますよ。我々もあわないと帰れませんし」


燗が饒舌に語る女性に会いたいと、カメラマンは食い下がる。

真っ赤な顔して必至な表情で。

けれどカメラは揺らさない。ある意味あっぱれ。

醸はそんな人たちを見ながら、電話を追えた順に名刺を置いた。

ずらりと並ぶ名刺、これが取引先だったらどれだけ楽しいか。


「じゃぁ、ほんの少しだけだぞぉ?」

外からはご機嫌な燗の声が聞こえてくる。

醸はそれを聞き流しながら大きくため息を吐いて、ざっと名刺をまとめた。

それを名刺入れにしまって、何気なくテレビをつけた時だった。




「雪」

『雪』



同じ声が二つ、重なった。


「……は?」

醸の呆気にとられた声が、そこに響く。


『ここにお噂のお相手がいらっしゃるようですね……! 楽しみですね!』

テレビでは、アナウンサーと思わしき人がにこにこと笑顔を振りまいている。

そして中継と書かれたスタジオのセットにある大画面に映るのは、

「雪、来てくれ」

『雪、来てくれ』

店先で自分の嫁の名前を呼ぶ、燗の姿。

その後ろに、醸の驚いた顔も見える。

「中継……中?」

いつの間に……!!

ってことは、今臆面もなくべらべら話してた燗の惚気が全国放送に……!?


「はーい、呼びました?」


呆けている間に、階段を下りてきた雪が店先に出ていく。

途端向けられるカメラや音性機器。

少し驚いたように目を丸くした雪は、燗に引っ張られて横に並んだ。

「どうでぇ、可愛いだろー」

「ホント可愛らしい方ですね。あの、是非馴れ初めを!」

いつの間にか商店街の人達も来ているようで、最初よりも人数が増えている。

雪はそんな中でちらりと燗を見ると、恥ずかしそうに顔を赤くさせた。

「一目ぼれです」

「一目ぼれですか!!」

取材陣が沸き立つ。ちなみに、TV画面の向こうも沸き立つ。

醸は口をあけたまま、成り行きを見守っているしかない。

一体この後どうするんだろう、このアナウンサーはどうやってまとめるんだろう……。


「お相手の方も、やはり一目ぼれなんですか?」


その声に、答えたのは、燗だった。


「あたりめぇよ、お互い一目ぼれだったんだよ。な? 雪」

そこで一瞬の違和感。

そして。

「えぇ、あなた」


しんと静まり返ったその瞬間、後ろで見ていた商店街の人達が大笑いして冷やかし始める。

「いつまでたっても、ここんちは新婚さんだなぁ!」

「羨ましいねぇ、ご両人!」

口々にかけられる言葉と拍手に動揺していたカメラマンが、恐る恐る口を開いた。


「……今のお話は……」

燗はにやりと笑って、カメラに視線を向けた。

「俺達のことに決まってんだろーよ。希望が丘駅前商店街で甘い二人って言ったら、俺らのことだよなぁ」

「やだ、あなたったら」

「うちじゃなかったら、喫茶トムトムのつとむんとこだな♪ あいつらもあめぇぞ~♪」

「うふふ、そうねー」


テレビの中の中継が、ブチリと切れた。

『仲のいいご夫婦で羨ましかったですね! 素敵な商店街探索でした」

……テロップが、タイトルごと変更されていた。





「騙しやがったな?」

テレビを消して顔を上げれば、燗に詰め寄るカメラマン。

「騙してねぇよ? 甘い二人の事を話せって、あんた言ったじゃないか」

「お前ら二人の惚気聞いても金にならねぇんだよ! 訴えてやるからな」

失敗を挽回しようと全国放送の中継をしてしまったカメラマン、さらに大失敗の上塗りをしてしまい後がない。

「訴えろ訴えろ。最初にお前らが提示した条件と全員の名前、ちゃーんと録音してるからな」

にへらーと燗は笑うと、ポケットからボイスレコーダーを取り出す。

そこで、やっとさっき一人ずつ名前を言わされた理由に気付いて、取材陣は愕然とした。

「録音してんのは、あんただけじゃないってな。おっと、もう一つ醸も持ってたから、これ奪っても無駄無駄ー」

燗の手からボイスレコーダーを取り上げようとしたカメラマンは、悔しそうにぎりっと歯を噛みしめる。

燗はそれをみて、手をポケットにしまった。

「理不尽なことされれば、誰だって嫌な思いすんだよ。馬鹿野郎め。分かったかってぇの」

それに……と、燗は横を指差した。

そこには、雪に対してにこにこと質問している取材陣の姿。

すっかり出来上がっていて、このカメラマンのように怒りも何も浮かばずにただ楽しく飲んでいる。

「おめぇも酒飲んで楽しくおわりゃぁよかったのによ。ほれ、のめのめ」

紙コップに注いだ日本酒を勧めてくる燗をじろりと睨んだ後、カメラマンはそのカメラを下に置きぐいっと酒を仰いだ。


「もー。しらねー! 後のことなんかしらねぇ畜生っ」

「あはは、でもさっきの約束は守れよー」

釘をさすことは忘れない、ちゃっかり者の燗であった。







「うちの者たちがご迷惑をおかけして、申し訳ございません」

数時間もしないうちにそれぞれ所属する会社の関係者が、酔っぱらった記者を引き取りに来た。

その人たちすべてに、燗はご丁寧にも録音しておいた「迷惑はかけない・酒の金・女将の賠償金は払う」と言い切った言葉を聞かせ続けたという。

それで商店街に平和が訪れたかと言えばそういうこともなく、また新たな取材陣との攻防が続いたという。

いつの時代も、瓦版的精神は雑草のように打たれ強いとでも言おうか。





そして……

翌日、居酒屋とうてつのカウンターの端っこは暗黒空気に包まれていた。

目の前には女将の籐子が醸の好物を、並べてくれている。

天ぷらに唐揚げ。もちろん、イカ様抜きなのは、女将の親切心。

醸は天ぷらをつまみながら、日本酒をちびりちびり舐めるように飲んでいた。

「うちの家の電話、昨日の夜からパンク状態ですよ……。友人知人、果ては知人の知人の兄の嫁のとどこまで続くかわからない家系図の向こうの人まで、皆して甘いだの羨ましいだの……」

そうぶつぶつと籐子に訴えかけるように話す醸。

籐子は労わるように、優しい声で話しかけた。

「両親が仲がいいのは、息子としてはいい事でしょう? それに、燗さんの貴店のおかげで先生たち逃げ出すことができたのよ?」

「いやまぁ、そうなんですけど……それはそうなんですけど……」

全国ネットで身内の恥を晒した俺の立場って……、と醸はカウンターテーブルに項垂れる。

酒を飲んでしたたかに酔いはじめていた醸には、ひんやりとして気持ちがいい。

「醸くんも苦労するわね」

「……姉が」

ぽつり、醸が呟く。

「どうしたの?」

醸は両腕に顔を埋めて、絶望に染まった声を上げた。

「暫く家には行かない……って、メールしてきたんですよ!!!」

たまに帰宅する吟に会えるのを楽しみにしている醸に対してこの仕打ち、多分、運悪く中継を見てしまったのだろう。

泣き上戸をいかんなく発揮する醸を、籐子と徹夜は困ったように暖かく見守るのだった。







おまけ☆


『仲のいいご夫婦で羨ましかったですね! 素敵な商店街探索でした」



とある場所の、とある蕎麦屋。

蕎麦をすすっていた吟の口から、だらだらと蕎麦が零れていった。

「吟、汚い」

目の前で一緒に食べていた男が、顔をしかめて飛び散った汁を拭く。

けれど当の吟は大きい目を、まん丸く見開いて叫んだ。



「なんの遠隔攻撃!!!」



叫んだその声は、悲痛に染まっていたという。





判断基準は、全て嫁。


一度、完結ぽちりです

お読みいただきありがとうございましたm--m

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