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燗、怒りました。2

居酒屋「とうてつ」の店先は、なんだか異様な雰囲気が漂っていた。

携帯を持って途方に暮れている奴、へこへこ頭を下げてる奴、何か言い訳のようにまくし立ててる奴ら様々だが、みな一様に青ざめていた。


これが女将の店で暴れて皿を割ったり桜の枝を折ったり、うちの店先を汚した奴らなのか首を傾げたくなるような顔色だ。

その向こうでにっこりと笑ってそいつらを見ている女将……、目が笑ってねぇ。

何か楽しい事でもやったか?


燗は人あたりがいいと言われる笑みを浮かべたまま、新聞記者たちの後ろに立つ。

ほとんどの奴らが電話を終えたらしい。

真っ青な顔で、携帯を握りしめている。


まぁ、あれだ? 

これから、もっと青くなってもらおうと思ってんだけどなぁ。


「寄って集ってか弱い女に何してやがんだ? ほら、湿気た面してねえでこっちに来い」

声を張って呼びかければ、びくりと震えるもの、少しほっとしたような顔をするもの、それぞれだ。

店の中からは徹也さんがひょっこりと顔をだし、燗と目配せして奥に引っ込んで行った。

よし、これで先生たちは逃げられるな。

燗はそのまま籐子にも目配せすると、肩を落としている新聞記者たちを篠宮酒店の店先へと引き連れていく。


「てかよー、なんてぇ面してやがる。おまえら男だろうが、もっとシャキッとしろや」

歩きながらそばにいた奴に話しかければ、青い顔をこちらに向けて事情をぽつりぽつりと零し始めた。

全部聴き終えるのに、ものの数分かからなかったわけだけど。


内心女将に拍手喝さいを上げながら、がしがしとその男の頭を撫でた。

鳥頭みたいなぐしゃぐしゃ髪の毛が、もっとぐしゃぐしゃになったけど。

「やっちまったもんは仕方ねぇ。責任は取るべきだろ、あんたら大人なんだから」

「……」

「今、商店街はお前らのせいで迷惑こうむってんだよ。やってねぇだの知らなかっただの言わせねぇからな?」

「……」

そうこうしているうちに、篠宮酒店の店先が見えた。

そこには、机を出して紙コップに酒を注いでいる醸の姿。

雪は、念のため部屋にいるように言ってある。


燗はコップを手に取ると、話を聞いていたヤツにぐいっと押し付けた。

「あんた、酒は飲めんのか?」

「……へ?」

いきなり言われた言葉に、怪訝そうに首を傾げる男の耳元で大声で叫ぶ。

「酒は飲めんのかって聞いてんだよ、あほんだら」

「の、飲めますのめます」

がくがくと頭を縦に振るそいつの手に、紙コップを握らせた。

「酒のめねぇ奴いるか?」

周りを見渡して問いかけても、頷く奴は誰もいない。

「よし、じゃあ飲め。ほら、ほら」

戸惑うやつらの手に、紙コップを押し付けていく。

「はい、かんぱーい!」

全員の手に渡ったところを見計らって、燗は乾杯の音頭を取りつつ自分でも紙コップを呷った。

「美味い」

最初にぼそりと呟いたのは、しゃべっていた男。

燗は耳ざとくそれに気付くと、がしっと肩を掴んだ。

「だろ! うめぇだろ!? なんたってこりゃ、俺が探しに探した極上の逸品だからな。

「マジか!」

「マジだ! さぁ、飲め飲め」

まだ空になっていないコップに、なみなみと注いでいく……日本酒。

勿論、当たり前のようにアルコール度はばっちり高め。


ものの数杯飲むか飲まないかのうちに、連日の取材の疲れもあったのだろうしたたかに酔いはじめた。

陽気な歌まで飛び出す始末。

「あんたらも大変なのはわかるけどよぉ、他人様に迷惑掛けちゃだめだ。分かるかおい」

「分かるけどよぉ。こっちも仕事なんだよ」

「他人様に迷惑かける仕事があってたまるかってんだ。このすっとこどっこい」

そこで燗はテレビカメラを持っている奴を見つけて、おいそこの! と指さした。

「カメラだってよ、いきなり無遠慮に向けられたらこっちだっていい迷惑だってーの!」

「でも、……あんたは何か知ってるんじゃないか? ここの商店街の有名な明るい話題」

「明るい話題?」

燗はきょとっとした顔を傾げると、カメラを構えた男がそうそうと頷いた。

さすがに女将の所で絞られたからか、あからさまに言葉にしない。

しかし赤いランプがついているところを見ると、断りもなく勝手に録画を始めているらしい。

それに気付いた周囲の酔いの少ない奴らが、録音機器などをセットしているのを横目で見ながら、燗はもう一度男に聞き返す。

「ほら、あるでしょ。この商店街で有名な、甘い二人のお噂が」

「おぉ、甘い! なんであんた知ってんだ」

「誰もが知ってますよ。ねぇ、話聞かせてよ。お金はいくらでも弾むからさぁ」

にやり、と下品な笑みを浮かべながら小さく親指と人差し指で話を作る。

それをちらつかせてから、携帯で何かメールを打った。

それでも酔っぱらって指が滑るのか、四苦八苦しながら。

「金、ねぇ。んじゃ、そのあめぇ話してやっから、もう商店街に迷惑かけねぇでくれねぇか?」

「あぁ、もちろん。その甘い話を聞かせてくれるならもう迷惑かけねぇし、今飲んだ酒もさっきの女将のも俺らでちゃんと支払う」

なぁ? と問いかけられた周囲の奴らも、へらへらと酔いながらも頷いた。


女将のところでしてしまった失敗を、インタビューを取ることで取り戻そうとしているらしい。

燗はそう気づきながらもおくびも出さず、鷹揚に頷いた。

「よし、じゃぁ俺から名乗るからよ。全員の名前言ってくれよ。ちゃんと話したいからよ」

そう言って、一人ひとり名乗らせ始めた。

その行動をおかしいと思うやつがいないのも、酒の力の所以だろう。

いちいち燗は名前を言って、確認した。

全員が終わって満足そうに頷くと、にやりと笑う。



「よし、じゃぁ耳かっぽじってよく聞けよ?」

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