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そういう終わりってアリですか。

醸くんの頭に、春が来たようです。

「こんにちは」

「こんにちはー」


店先で届いた伝票をチェックしていた醸は、掛けられた声に反射的に挨拶を返して顔を上げた。

「……あ、あ、こんにちは」

上げた顔をもう一度そらしてもう一度上げて、声をかけてくれた人を認識し……顔に血が集まった。

何か言わなきゃと、いつもの営業口調はどうしたと脳内で暴れまわる自分がいるけれど、まったく言葉が出てこない。

それでも彼女は焦ってもう一度言った挨拶にも、笑って答えてくれた。

「先日は甘酒を事務所に届けて頂いて、ありがとうございました。やっぱり運んでもらってよかったです」

にこにこと笑いながらお礼を言ってくれる。

醸は内心のドキドキを悟られないように、なんとか笑顔を作った。

「いえ、あれはホント重いですから。今日は事務所のお使いですか?」

「えぇ、お茶が切れてしまったので。それじゃ……」

そう言って軽く会釈をした彼女を何とか引き留めようと、醸は慌てて言葉を続ける。

「あ、えと、甘酒……そう甘酒! 切れたら言ってください。事務所にまたお届けしますから! おまけしますよ」

思わずといった風にきょとんとした彼女はありがとうございますと笑って、そのまま通りを歩いて行ってしまった。


あの方向で彼女が用事があるとしたら、桜木茶舗かな。

伝票を持ったまま、角を曲がるまでその後ろ姿をじっと見つめる。

「可愛いよなぁ……」

「……高望みってぇ言葉、知ってるか? 醸」

「……!! どぅあぁぁぁっ!?」

耳元でぼそりと呟かれた言葉に、醸は大声を上げて飛びのいた。

「なんでぇ。ったく騒がしい奴だなぁ、オイ」

耳を抑えたまま後ろを振り向けば、そこには父親である燗がにやにやしながら立っていた。

白いものの混じった黒髪に首にかけたタオル、ズボンの後ろポケットにつっこまれた軍手に短い紺色の前掛け。

それに加えてこのべらんめぇ口調、どう考えても親父らしい親父なのだが、増し増し底上げで見積もっても四十代前半くらいにしか見えないため、ものすごい違和感を感じる。

むかつくことに、たまに兄弟に間違えられるのが非常に納得いかない。


「醸、お前にゃぁ、ちーとばかし手の届かないお嬢ちゃんだな」

「そんなんじゃないよ、余計なお世話」

言い返せば余計にからかわれるのが目に見えているからと、醸はチェックの終えた伝票を持って店の中に入った。

「可愛くねぇなぁ、俺の息子のくせして」

顔も性格も似たくないけどな! 

そう内心言い返しながら、醸は店の奥にある自分の定位置へと向かった。


そこは店の奥とはいえ出入り口を見通すことができる、窓際の席。

カウンターに囲まれたそこで、醸は事務仕事をしていることが多い。

のんびり屋の母親やおおざっぱな父親にはできない、経理関係事務手続きはほとんど醸が引き受けている。


……本当は。

小さくため息をついて、頬杖をつく。

「姉さんがいてくれればいいのに」

醸の姉、三つ年上の吟は家を出て一人暮らしをしている。

もう三年になるだろうか。

醸が大学を卒業して家を継ぐと同時に、この家を出て行ってしまった。

それまでは、姉が適当ながらも今の醸の仕事をしていたのだが。


「燗さん、帰ってたの?」

「おー、雪。少し前にな。なんだうまいもんでも食ったのか? 肌がすべすべだなぁ」

「やだ。あなたがいないのに、そんなもの食べませんよ。お昼ご飯、食べましょう?」

「ったく可愛いんだからよぅ、うちの雪は。醸、ちょっくら飯食いに行ってくらぁ。あとよろしくな」


無言で手を振ると、いちゃいちゃしながら両親は二人でどっかに消えていった。

とうてつさんちかトムトムさんちだな。……周囲が砂吐かなきゃいいけれど。



そう。

篠宮酒店店主の燗と雪は、周囲に砂をまき散らすいちゃらぶ夫婦なのだ。

それは息子の前でも発揮されていて、もうそれは毎日毎日毎日毎日朝から晩まであんな会話聞かされている醸は、日々うんざりしながら暮らしている。

まだ姉がいた頃はよかった。

燗と似た性格の姉、吟が二人に怒り散らしていたから。

その後二人で、愚痴を言い合いながら共通の感情を持てたから。

けれどある日、姉の堪忍袋の緒が切れた。


「自分の親で砂吐けるわ!!」


そう叫ぶと、一日で引っ越し先を決め一週間も経たずに家を出て行ってしまった。

後で話を聞いてみれば、醸が店に入いる事を見込んで少しずつ引越しの用意をしていたとか。

アクセサリー作家をしている姉は、ハンドクラフト仲間の多くいる場所への引っ越しを前々から狙っていたらしい。


……置いてかれた……。



空しくため息をついたのが、昨日のことのように思える。




……春は来たみたいだけど……

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