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希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―  作者: 篠宮 楓


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-未来の話-高校の友人。糀LOVEなその人。

醸と天衣が結婚して2年後くらいのお話になります。

こちらは、神山備様「日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ 結婚式の招待状」の醸視点になります。

神山さん、いつもありがとうございます!

裏戸が開くと同時にドサリと上がった音に、店内で作業していた雪がそちらへと目を向けた。

配達に行っていた醸が裏のガラス戸をあけたその振動で、鞄が机の上で倒れたらしい。

気付かずにガラス戸を閉める醸に、仕方がないと肩を竦めながら声をかけた。

「醸くん、鞄から何か落ちたわよ」

そう言いながら、雪はひらりと床に落ちた封筒を拾う。

どうやら壁に立てかけておいた鞄が倒れた拍子に、中から飛び出したらしい。一緒に落ちただろう手帳も拾い醸へと差し出した。


「あ、ありがと」

醸はそれを受け取って鞄にしまおうとして、ふと気が付いたようにその手を止めた。

「母さん、浩が結婚するんだってさ」

招待状来たんだよね、とひらひらと封筒を揺らした醸の言葉に、さっきまでしていた作業――商品を綺麗に拭いていた――に戻ろうとしていた雪は、振り返った。

「佐藤 浩くん?」

「そう、その浩」

驚いたように瞬きを一つ零した雪は、両手を合わせてにこりと笑った。

「そうなの! 浩くん、結婚するのね!」

醸は頷きながら、今度こそ封筒を鞄にしまう。

「俺達の結婚式にさ、浩呼んだだろ? 俺の友達と天衣の友達が一緒になったテーブルあったじゃん。そこで一緒になった天衣の友達と結婚するんだ」

「……え」

機嫌よさそうに頷いていた雪は、醸のその言葉に動きを止めた。


「……私、どん引きしていた天衣ちゃんの友達の顔しか覚えていないのだけど」

「うん、俺も」


顔を見合わせて、思わず頷いた。




佐藤 浩。

彼との出会いは、高校時代に遡る。

酒屋の息子である俺は、あの頃、酒の種類や構造、その背景などいろいろな知識を貪欲に求めていた。

理系脳の佐藤 浩は、その頃……と言っても今もだけれど……糀にはまっていた。

発酵のメカニズムに興味を惹かれ、色々な知識を只管求めていた。


そんな俺達が出会ったら、どんなことになるかなんて決まっている。


お互いに仕入れた知識を情報交換するだけではなく、俺が長期休暇で杜氏のいる酒蔵に勉強のために行くとその内容をとても知りたがった。

俺もそんな話ができるのは浩だけだったから、それはもう忌憚なく話し合った。

二人とも酒の味など分からない子供だったが、それでも水や米。その酒蔵のまつわる土地、何にもまして酒にして一番大切な「糀」の事は知れば知るほど楽しくて、会えばひたすら話し合った。


――そう。周りがドン引きするくらいに。


ただ、俺があいつに勝てなかったことが一つある。

糀への愛情だ。

糀LOVEなのだ。あれはもうLIKEではない、LOVEなのだ。


俺は浩と二人きりではなく酒や糀に興味がない奴がいる時はさすがにその話を出さずにいたのだが、浩は違う。

どんなにその場にいる人間が興味があろうとなかろうと、糀について語り、その素晴らしさを相手に伝えようとするのだ。

高校を卒業して大学に入り、そして某有名酒造メーカーに開発として入社したら、それに拍車がかかったような気がする。


頭もいい。顔も整っている。けれど彼の口から飛び出すのは、十中八九糀の素晴らしさ。



――そう。佐藤 浩は、ちょっと残念な奴なのだ。






「相手の子はまりさんっていうんだけど、どうやらその時に「発酵食品でダイエットしませんか」って誘ったらしい」

「なんていうか小一時間浩くんを正座させたい気がするけど、そこから恋の花が咲いたのね。さっそく最高のお酒をお祝いに用意しなくっちゃ」

そう言うと、配達に出ている燗が早く帰らないかしらと店内へと戻っていった。


醸はそんな雪の後ろ姿を見送って、もう一度封筒に手を伸ばす。

封筒の裏にある名前は、どちらも「佐藤」。

同じ名字での結婚は、醸の知ってる限りでは初めてで。

幸せそうに結婚の報告をしてきた浩の顔を思い浮かべると、醸の表情も穏やかな笑みを作った。



俺と天衣が取り持った仲だからな! 幸せにならないはずがない。



ちらりと視線を向けた時計は、まだまだ閉店まで時間がある事を示している。

醸ははぁ……とため息をつくと、帳簿を手に取った。



早く天衣に会いたいなぁ。



もうすでに結婚して二年は経っているというのに、早く天衣の待つ家に帰りたくて仕方がない醸であった。

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