篠宮醸的恋愛脳な日々
「日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ 中原シナ子の『小動物』観察日記(後編)」の醸視点を書かせて頂きました♪
神山さん、いつもありがとうございます!
「……おい、雪。醸は頭のねじ、どっかいっちまったんかな」
「うふふ、もともとなかったんじゃないかしら」
ほんわりおっとりとした声で結構辛辣な言葉を吐く雪に少し苦笑いしながら、燗はチェックした納品書をバインダーに挟んだ。
ここ篠宮酒店長男の篠宮 醸が、いきなり神神酒店の一人娘の天衣と結婚すると宣言したのが3日前。
両親共に醸の気持ちにも天衣の気持ちにも気付いていたが、雪曰く頭のねじがつるっつるに無い醸本人が気が付いていなかったため、そして気が付いただろうに行動を起こさなかった為、心配していたのだ。
いや燗に至っては、にやにや楽しんでいただけだが。
やっと天衣へ気持ちを伝えて、天衣の気持ちを受け取って晴れて恋人同士……をすっかりすっとばして婚約者の立場を手に入れた醸は、傍から見てて大層おかしかった。
……面白かった。
今まで両親の溺愛体質を眉を顰めて見ていた醸が、天衣に対してナチュラルに砂糖製造器と化すとは!
そんな醸は、にこにこ笑顔を絶やさぬまま、店頭在庫を確認している。
たまーに前掛けのポケットの中の何かを確認するように、上から叩いてはにやけながら。
「あれ、どう見ても営業妨害じゃねぇか?」
「醸くん、幸せそうねぇ」
にやついた男が店頭にいる店に、一見のお客さんはまず入ってこない気がする。
燗は持ったままだったバインダーを棚に戻すと、鼻歌まで飛び出している醸に声をかけた。
「おい、にやけ野郎。配達の準備で来たぞ」
「分かったー」
いつもなら怒られそうなあだ名で呼び掛けても、まったく気にしない。
それどころか配達先に神神飯店がある事に気が付くと、嬉しそうに目を細めた。
「行って来る」
そうして醸は、配達に出かけて行った。
その後ろ姿を燗は見送りながら、苦笑を零す。
「今いったって、小天はいねぇだろうに」
「醸くんじゃないみたいだけど、燗さんを見てるみたいで楽しいわ」
「……、俺はさすがにあそこまで変わったとは」
「変わったわよ、本当に。私びっくりしたもの。それでね、とても嬉しかったのよ」
ふふふ、と幸せそうに笑う雪を見て、燗は照れながらも嬉しかったならいいんだよと頭をかいた。
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「……もうすぐかな」
暗くなり始めた表の風景を視界に入れながら、醸は前掛けのポケットの中にあるPHSに触れた。
親に心配かけているとはつゆ知らず当の本人である醸は、持分の配達を早々に終え、これまでの倍のスピードで仕事を終わらせていた。
本来週中は前週の発注商品が入ってくるため、通常より忙しい。
それでも醸の気持ちは、東京タワーよりも高い所を飛んでいそうな雰囲気だった。
気持ちが通うって、両想いって、婚約者って幸せすぎる。
プロポーズした時の真っ赤になって困ったように、それでも嬉しそうに自分を見上げていた天衣の姿を思い出しては、醸の口角は上がりっぱなしで鼻の下は下がりっぱなし。
さすがにすぐに結婚とまでは行けなかったけれど、天衣が自分のものなのは変わらない。
これから毎日駅まで天衣を迎えに行けると思うと、心は浮き立つ。
以前、飲んだ天衣をバイトくんが送っていたあの姿を見た時、物凄くショックを受けた。
だからなのかもしれない、とにかく出来る範囲で天衣の側にいたい。
天衣がちょっと引いているのも分かっているけれど、傍にいたい気持ちの方がどうしても勝る。
これから学校を出ると天衣からメールが来たのは、少し前の事。
今まで持っていた携帯を仕事用にして、プライベート……主に天衣用……に買ったPHSを前掛けのポケットから取り出す。
真新しいPHSは、もちろん天衣とお揃いの機種。
なんで醸兄まで買うの? という天衣の疑問を、一緒に買えばわからない事とか教え合えるだろ? と言い包めたけれど、もちろんそんなものは唯の建前。
天衣と同じものが欲しかっただけに決まってるじゃないか!
……醸は、脳内乙女に大変身を遂げていた。
「親父、そろそろ天衣迎えに行って来る」
時間あわせのように店頭を片付けていた醸は、調べた電車の到着時間の少し前に着くよう自宅店舗をあとにした。
「……幸せにおなり、小天」
「燗さんてば」
何故か実の息子より、おもーい愛情を一身に向けられるであろう未来の娘に二人は思いを馳せていた。
駅に着くと、醸は改札近くで天衣の帰りを待つ。
まだ電車はついていないとわかっているのにそわそわしている姿は、まるでワンコ。
エサを前にぐるぐる動き回ってる、大型犬。
帰宅途中の人達から不思議そうな視線を向けられているけれど、当の本人は一向に気が付かない。
まさに脳内は、天衣一色である。
改札から吐き出される人波が電車の到着と同じくして増えたり減ったり、その度に顔を上げて見渡す醸。
「……来た!」
やっとお目当ての天衣の姿が改札の向こうに見えて、思わず駆け寄った。
「おかえり。天衣」
満面の笑みを浮かべて両手を広げてみたけれど、天衣はちらとその手を見ながらも完全スルー。
勿論、彼女が照れているだけなのは分かっているので、全くダメージはない。
むしろツン加減が可愛すぎて悶える。
この後、店の手伝いがあるのは分かってるけど、どこかでお茶くらい……とそんなことを考えていたらいきなり後ろを振り返った天衣が「じゃあね」と口にした。
「?」
そこで初めて、天衣の後ろに同じくらいの年代の女の子達がいる事に気付く。
「お友達?」
問いかけると、天衣はどこか不機嫌そうに頷いた。
その表情に少し首を傾げながらも、醸はにこやかに笑いかけた。
なんたって天衣の友達。
これから先長い付き合いになるのだ、少しでも印象を良くしておきたい。
「初めまして、天衣の婚約者の篠宮醸です」
婚約者、ここ重要。超重要。
女の子たちはいっしゅんぽかんと口をあけた後、勢いよく叫んだ。
「「婚約者!!」」
その勢いに少し苦笑しつつ、ここぞとばかりに畳み掛けるように言葉を続ける。
「結婚式にはみんな来てくれるよね」
驚いたまま醸の勢いに思わずといった体で縦に首を振る女の子達を満足そうに見返したその時、パコんとどこか間の抜けた音と微かな衝撃が頭に響いた。
何事かと横に視線を向ければ、真っ赤になった天衣が下敷きを持ったまま醸を見上げていた。
「…………!!!!!」
このツンデレ加減猛烈に可愛いんですけどどうしようこれどうしようまるめてポケットとかにはいんないかな可愛すぎてたまんねぇんだけどホントどうs(以下略
脳内で萌え転げている自分は一先ず置いといて、照れて真っ赤になっている天衣の顔を覗き込んだ。
「ひどいな、天衣は俺のプロポーズ受けてくれたんじゃないの?」
「……っ」
これ以上に無いほど真っ赤になった天衣が、壮絶に可愛かったですご馳走様。
俺、普通でしょ?
普通じゃねぇよ
と、思わず自分ツッコミ(笑
ありがとうございました!




