プロポーズのその後は。
神山 備さま、「日々好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ/こんなはずじゃなかった……天衣の嬉しい 誤算」の醸視点になります♪
神山さま、いつもありがとうございます(*´∇`*)♪
店内衆人環視の中で天衣にプロポーズの約束を取り付けて、次に醸がやることと言ったら唯一つ。
自分の両親に伝える事。
反対する両親じゃないけれど筋は通しておかないといけないし、何よりも早く紹介したい。
頷いてはくれたもののあまりにも早い展開に戸惑っている天衣を連れて、醸は勢いのまま自宅に戻った。
天衣が戸惑ってるのが伝わってきてほんの少し悪いなぁと思うけれど、どうしても止められない。
こんなに堪え性のない男だったのかと、今まで知らない自分を思い知らされる。
裏の自宅の玄関を開けると、ついつい我慢できなくなって視界にいない両親に向けて叫んだ。
「親父、お袋! 俺、天衣と結婚するから!」
一瞬しんとなったその瞬間、どたどたと足音が聞こえて居間から燗と雪が顔を出した。
醸の後ろにいる天衣を見て、にやりと笑う。
「お、玉砕せずに済んだんだな。にしても天衣、おめぇもこんなヘタレで良いのかよ。俺はおめぇんとこのダイサクの方がこいつよか何倍も良いと思うがな」
と、ふざけたことをのたまいやがった。
「親父、親父は俺の結婚を喜んでくれない訳?」
思わず睨みつけるように視線を強くすると、仕方がねぇなぁととでもいうように肩を竦めた。
「いや、こちとらはこのヘタレが片付くんだ。選んでくれて万々歳ってもんだ」
そんな親とも思えないような言葉を吐きながら、天衣を見てにやりと笑う。
燗の後ろからひょこりと顔を出した雪は少し驚いたように目をぱちぱちさせた後、嬉しそうに微笑んだ。
「で、お式はいつにするのかしら」
と、まだ困惑気味の天衣に向けて、話を進めようとしている。
ナイスお袋。
醸はその援護射撃に乗っかるように、自分の意見を押し通そうと口を開いた。
「俺はできたら明日にでもしたいけど」
「あ、明日!? ダメだよ」
醸の言葉に即答するように天衣が声を上げた。
さすがに流されちゃくれないらしい。急すぎることは分かってるけれど、どうしても天衣を手の内に入れたい醸はへにゃりと眉をハの字に下げて天衣を見下ろした。
「駄目かな」
そう伺う様に問いかければ、天衣は頬を染めたまま懸命に醸を押しとどめ始めた。
「ダメかなじゃないよ! あたし学校あるし!!」
「結婚しても大学行く人ぐらいいくらでもいるよ」
「結婚式は? 明日って言われたら商店街の人だって、何人出られるかわかんないよ」
「入籍だけでも先にできない? 天衣はかわいいから変な男に言い寄られないか心配で」
「住む所は?」
「俺の部屋があるじゃん」
どんなに天衣が否やを唱えても、そんなものは醸の結婚への障害にはならない。
いくつも挙げる理由を、同じように一刀両断崩していく。
そんな醸達を見て、吹き出したのは燗。
「な、天衣。止めるなら今の内だぞ」
心底面白いとでも言う様に大口を上げて笑うさまは、確実に醸達のことを……いや確実に醸を……生ぬるい視線で見ていて、天衣に対しては若干だけれど申し訳ないなぁという表情ををしている。
けれどそんなことはお構いなしにどうやったら天衣を納得させられるかなと醸が内心考えていたら、雪が援護射撃ではなく背後から狙撃するかのような暴挙に出た。
「じゃぁ、早速吟ちゃん電話しなくっちゃ。醸くんが吟ちゃんより先に結婚することになったって」
……姉さん……!!!
天衣と想いを交し合って結婚まで勢いで突っ走った心が、一気に冷えた。
姉である吟の顔を思い出して、思わず天を仰いだ。
「姉さん! 姉さんより先に結婚するなんて言ったら、絶対に殴られる……」
いや殴られるくらいなら構わないけど、もう家に戻ってこないとか最後通牒を突きつけられたらそれはそれで嫌だ!
しかも絶対に天衣に味方する。戸惑ってる天衣をそのままに突っ走ってる俺を止めるのは確実。
いや、分かってるんだよ。俺が悪いのなんて。
でもどうしても、我慢ができない。
打開策はないだろうかとぐるぐる考えている醸の横で、雪が「んー」と軽く声を出した。
何か良い策が……! と喜んだけれど、それは全く打開策になっていなかった。
「じゃぁ、吟ちゃんたちと一緒はどう?」
一緒……、一緒……はダメだろう……。
姉をちゃんとここから送り出してあげたいし、弟としてちゃんと送らせてほしい。
天衣も姉もじゃ、自分がパンクする。
「う……一緒も駄目だよ」
大きく息を吐き出して、仕方がないと肩を落とした。
「分かったよ……姉さんが結婚してしばらくしてからにするよ」
それが一番最善の策なんだろう。はぁ。
醸ががっくりと肩を落とした横で、天衣の表情が明るくなっているのを見た燗と雪は苦笑気味に顔を見合わせる。
極端すぎる醸の変化に戸惑っているのは、両親もなのかもしれない。
醸は小さく息を吐き出すと、何か思い出したように顔を上げた。
「そうだ、あした学校が終わったらすぐ電話かけてきてよ」
「何で?」
「天衣のピッチを買いに行く」
ぽんぽんと天衣の返答に答えれば、不思議そうに首を傾げられた。
天衣は携帯を持っていない。
家が店をやっているから、店か家に電話を掛ければ常に繋がるからだ。はっきり言って、今現状じゃ必要としないだろう。
でも、これからはそれじゃ困る。
「学校終わったら、電話してきて。希望が丘駅まで迎えに行くから」
「へっ?」
へ? じゃない。
きょとんとした顔も可愛いけど、危機感が低すぎる!
「天衣はかわいいから危ない。今は学校から帰るころは真っ暗じゃないか」
商店街を通るにしたって、夜は死角だってあるわけですから!
「別にいいよぉ」
きょとんとしていた天衣が慌てたように頭を振るのを、笑顔で押しとどめる。
「駄目、もうこれは決定事項だよ。それで、天衣は学校が終わったら連絡する」
「ま、毎日電話するの!?」
何を驚く事があるのだろう?
学校が終わって連絡してくれれば、俺が迎えに行けるし尚且つ駅で天衣を待たせることもない。
一石二鳥どころか、天衣に会えることを考えたら一石三鳥でも事足りないっていうのに。
そうほくほくしていたけれど、天衣の表情が強張っているのに気付いて醸は眉尻を下げた。
まぁ、友達の前で電話するのはいい気持ちじゃないかな。
自分の希望では声を聞きたいけれどこれ以上ゴリ押しするのもどうかと思い直して、仕方がなく……本当に仕方がなく譲歩することに決めた。
「あ、メールででもいいよ」
それでも、迎えには行けるから。
だから……
「メールは送ってくれよ」
それだけはお願いします。
お願いします光線をひたすら天衣に向けたかいがあったのか翌日ピッチを買った彼女から送られてくる、「学校でたよ」の文字に、店を両親に任せて駅までいそいそと駆けていく醸の姿が毎日見られることになるのはすぐそこのお話。




