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希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―  作者: 篠宮 楓


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吟の帰還 7【商店街夏祭り企画】

このお話は、「桃と料理人 - 希望が丘駅前商店街 -

第二十話【駅前商店街夏祭り企画】 桃香、焼餅を焼く?」の、醸視点のお話となります。

悠宇さん、ありがとうございました!



ボーっとしていようが忙しそうにしていようが時間は過ぎるわけで、まだ早い時間帯だというのに完売までもうすぐというところまで来ていた。

来年からは、もっと数を増やしてもいいかもしれない。


「ふぅ」

立て続けの接客で喉が渇いた醸は飲んでいた缶コーヒーを、店頭のごみ入れに放り投げた。

放物線を描いて、缶は綺麗にごみ入れに吸い込まれていく。


なんだろう、このイライラは。


天衣に彼氏ができたかもしれない。しかもあんなに仲よさそうに祭りを楽しんでいたんだから、仮に付き合っていなくても、きっと両想いではあるのだろう。

喜んでやらなきゃいけないところだろうが、俺。

そう何度思っても、素直に嬉しいという気持ちが浮かんでこない。


「……おかしいな」


なんで俺、イラついてんだろ。

額を伝った汗を腕で拭いて、一息ついた。




「こんにちは、醸さん」

声を掛けられて顔を上げると、そこには桃香が立っていた。

「やあ……」

普通に挨拶をしたつもりが、気の抜けた声になってしまい内心慌てる。

けれどそれを見せるわけにはいかないと、いつもの営業スマイルを顔に貼り付けて桃香を見下ろした。


少し不思議そうな表情を浮かべた桃香さんは、それでも気づかないふりをしてくれたのか言葉を続けた。

「えっと、凍ったお酒があるって聞いたんですけど」

それに頷いて、傍らに置いてある冷凍ケースに視線を移す。

「試しに少しだけ仕入れてみたんだ、こういうイベントの時にはピッタリだと思って。意外と売れ行きが良いので驚いてるところ。桃香さんもどれか飲む? 女の子には蜂蜜入りの梅酒が好評みたいだけど」

「じゃあそれをください」

興味深そうに目を瞬かせる桃香に少し癒されながら、醸は凍ったパウチの口をハサミで切ってプラスチックのスプーンと一緒に手渡した。

お代を受け取ってそれを簡易レジにしまうと、自分の座っているベンチの横に座るように誘う。

桃香は”すみません”と軽く頭を下げて、そこに腰を下ろした。


「わあ、シャーベットみたいになってる」

「暑い夏にはピッタリだろ?」

「ですね」


二人でそこに座りながらぼんやりと広場を見つめる。

今頃、天衣はバイトくんとどこかを回ってるんだろう。

そう思うと、無意識に溜息が出てしまったらしい。しまったと思いつつ、隣に座る桃香からも同時にため息が聞こえて思わず顔を見合わせる。


その顔は何か思いつめているようでもあり、何かあったのかなと醸は桃香の顔を覗き込んだ。


「桃香さん、何か嫌なことでも? もしかして嗣治さんと喧嘩したとか?」

「喧嘩なんてしてませんよ。ちょっと自分の心の狭さにウンザリしているだけです」

心の狭さ?

充分、桃香さんって心が広い気がするんだけど……とそんなことを思いながら、何があったのか続きを促す。 

ちょっと言い辛そうに今しがたとうてつであったことを話す桃香の言葉に相槌を打ちながら、醸は思考がクリアになっていく気分を味わっていた。


「考えようによっては嗣治さんがかっこいいって思われているんだから喜ぶべきことなのかもしれないんですけど、なんだか私はムカムカしちゃって複雑な気分なんです」

「なるほどね」

「それに嗣治さんはそれを喜んでいるみたいだし、本人がそれを嬉しがっているなら私がムカムカするのはやっぱりお門違いなのかなって」

「……ふむ。本人が幸せな状態なのに、それに対してこっちが腹を立てることは心が狭いって、そういうこと?」

桃香の話を反芻しながら自分なりに噛み砕いてみれば、彼女は罰悪そうに頷く。

「です」


桃香の話は、自分自身にも当てはまることだった。

天衣が幸せな状態なのに、醸が腹を立てることは心が狭い……。言われてみればその通りだ。

そもそも付き合っているわけじゃない女性が他の男と歩いていたからって、俺が腹を立てる道理はない。

やはり祝ってやるのが、本当なのだろう。

それをする気持ちが起こらないということは……


「なるほどね……そうだよね、やっぱり心が狭いんだよね、俺も」

「え?」

「ああ、俺も似たようなことで落ち込んでいたってこと」

「そうなんですか……」


二人して再び溜息をついた。

なんだか、桃香さんに話を聞いてもらえて落ち着いてきたかな。

きっと昨日からいろいろあって、混乱してるんだろう。俺。

明日になれば……、次に天衣に会う時は……彼女から言われたら、ちゃんと喜んでやらないと。


そんなことを考えながら、果たして出来るだろうか湧き上がってくる感情をなんとか見ないふりをした。

うん、こんな気持ちで商売してても駄目だ。


「桃香さん、おかわりどう? 残りも少なくなってきたし俺のおごりで」

そう声を掛ければ、すでに梅酒のシャーベットを食べ終わっていた桃香は迷う様に視線を彷徨わせて遠慮しようとする。

「一応、元は取れたから心配しなくていいよ」

と少し強引に押し切って、梅酒のシャーベットを手渡した。そして残っている日本酒のパウチを手に取りながら、俺も仕事中だけど飲んじゃおうかなあ……と呟いて封を切る。


まだ迷っていた桃香は醸のその言葉に納得してくれたのか、お礼を口にするとスプーンでシャーベットを崩し始めた。

その隣に座って、醸も日本酒のシャーベットをスプーンで口に運ぶ。


芳醇な香りとアルコールが、体に染みわたっていく。

酒の冷よりも冷たい、食べる日本酒、とでもいうようなこのシャーベットは、夏の暑い盛りにひんやりと身体を冷やしてくれた。

もう今日は店じまいと決めたからか、シャーベットのうまさからか、きっとどちらの理由でもなく天衣の事が脳裏から離れないまま、醸の手には三つ目のパウチが握られている。


シャーベットではあるけれどアルコール度数は変わってるわけじゃない、表情には出ていないけれど醸の酔いは少しずつ深まっていた。


「そういえば、醸さんは? 何かあったんです?」


暫く世間話をしていた桃香が、気づいたように問いかけてきた。

「あー」

曖昧にごまかそうかとも思ったけれど、桃香さんはさっきちゃんと言ってくれたわけだし……と思い直す。

けれど天衣の事は自分でもまだよく分からない感情で、話すにはも少し落ち着く必要があると思えた。

「多分、今頃みんな聞いてると思うんだけど、姉が結婚するんだ」

「あ、そうなんですか? おめでとうございます!」

ぱっと笑顔になった桃香にお祝いを言われて、思わずありがとうと口から出た。


……昨日、あれだけ拗ねたとか絶対言えないな。


純粋に喜んでくれている桃香を見ながら、醸は苦笑する。

そんな醸の内心など知ることのない桃香は、そっかー、と嬉しそうに笑う。

「きっと醸さんの事だから、心からお祝いしたんでしょうねー」

「……ははは」

「私も、ちゃんとお祝い言わなきゃ。醸さん、よかったですね!」

「……ははははは」

「もう挙式とか決めてるんですか? ドレス着るのかな、白無垢かな」

「………………」


無意識のボディーブローに内心慄きながらなんとか話題を変えて桃香と話していると、突然目の前に影が差した。


「こらこら、二人ともなんだかシンキクサイ顔してるね。お祭りにそんな顔、似合わないよ?」


顔を上げれば、広場にいるはずのオクシさんが立っていた。

その手には、見慣れた銀色のお盆。

顔を上げた醸と桃香を見下ろして、オクシは心配そうに目を瞬いた後、二人の暗い雰囲気を払しょくするように明るい声を上げた。 


「嫌な事があったら美味しいものを食べて忘れるのが一番。はい、これを食べて元気取り戻すね。オクシさん特製のピリ辛チヂミ」


ぽんぽんと手渡されたのは、……なんでチヂミが赤いの……。

思わず目を見開いて凝視してしまったのは、言うまでもない。

え、これ食べるの……?

ちらりと横目で桃香を見ると、彼女はちらちらとオクシとチヂミに交互に視線を走らせて……どこか追い詰められたかのようにぱくりと口に入れた。


チャレンジャー桃香さん……!


遅れるわけにはいくまい、と醸もがぶりとチヂミに喰いついた。

途端、口の中を突き抜けていく旨みとそれを凌駕するほどの激辛味。


「お、オクシさん、これ、ピリ辛どころか超激辛!!」


口を押えながらそう叫ぶと、空いている店頭ガラス戸をあけ放って店の中に駆け込む。冷やしてあるミネラルウォーターのペットボトルを二本引っ掴むと、自分と同じように苦しんでいる桃香に一本差し出すと必死の形相で一気に水を飲み干した。

口から離したペットボトルには、もう半分ほどしか中身が入っていない。

醸も我慢できずに水を口に流し込むけれど、その辛さは中々消えてくれない。


「オクシさぁん、辛いですよぉぉぉぉ」

「ああ、やっぱり。私も少し辛いかもしれないと思っていたところね、これはちょっと出すの待った」

「オクシさんが辛いって感じるって一体どんだけ辛くしたんですかあ!」

涙目の桃香の叫びを聞きながら、オクシはにっこり笑った。

「でもお陰でシンキクサイ気分は吹き飛んだから万事OK?」



OKなんですかーーー!!



醸は内心叫びながら、じんじんと痛む口に残りの水を流し込んだ。


醸が、どんどん乙女になっていくよwww

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