吟の帰還 5【商店街夏祭り企画】
醸、真っ白に燃え尽きるの巻w
醸ノ 脳内ハ 真ッ白ニ ナッタヨウダ
片言のセリフが、なぜか脳裏をよぎる。
なんて言った? 姉さんは、なんだって?
笑顔のまんま固まっていた醸は、追い打ちをかけるような雪の歓声にびくりと肩を震わせた。
「吟ちゃん、おめでとう!」
オメデトウ?
「何がおめでとう……ぐあっ」
叫ぼうとした醸が、再び床に沈んだ。
上から見下ろす吟が、ポケットに手を突っ込んだまま右足を醸の背中にのせて(一応靴は脱いだ)ぐりぐりと踏みしめる。
「おめでとう以外の何があるってんだ? 言ってみろ」
「……オメデトウゴザイマス」
「よし」
満足げに頷いた吟は鷹揚な態度で足を下ろすと、靴をつっかけて雪を振り返った。
「で、親父はどこ? さっさとあれをクリアしないと、落ち着かないんだよね」
父親をあれ呼ばわりすることに吟の彼氏は眉間に皺を寄せて、じっと彼女を見下ろす。その視線に気が付いた吟は、ふて腐れたように口を突き出すと「へいへい」と、その場を流すように呟いた。
雪はそんなやり取りを少し驚いたように見ていたけれど、吟の視線に気が付いて口元に手を当ててにんまりと笑いながら店頭に人差し指を向ける。
「そこ」
「「そこ?」」
吟と彼氏がハモるように口にすると、勢いよく店頭のガラス戸が開いた。
「てめ、吟!! いきなり帰ってくるったぁ、どういう了見だ!! 俺に連絡なしかコノヤロー!!」
タオルでねじり鉢巻きをした燗が、怒声と共に飛び込んでくる。それを見た吟は、面倒くさそうに頭をかいた。
「親父の態度が暑苦しいからに決まってんだろ!!」
「なんだとこら、父親に向かってなんてぇ言い草だ!」
「そう思うなら、父親らしく威厳もってみやがれ! あー、むりかー。威厳が逃げるよなー」
「口の悪さはいつも通りだな!」
「親父もな!」
途中まで心配そうに見ていた彼氏は、なぜか最後は笑いながら拳を合わせている燗と吟に得体のしれないものを見る視線を向けていた。
燗と吟は決して仲が悪いわけではない。
ただそっくりな性格の為、口も悪けりゃ手も早い。ぶつかり合うと、拳で語る間柄というだけだ。
しかしそんな二人のやり取りを、醸は和やかに見ていることはできなかった。
――姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが結婚……
ぐるぐる回るその言葉は、醸の体を固まらせる。
姉さんは俺のものだ! とかいうくらいのシスコンでは、さすがにない。
そうではないけれど、まったく情報なしでいきなり結婚すると言われて驚かない弟がいるだろうか。いやいるわけがない。
ぐらぐらしながら、醸は燗を見つめた。
大丈夫、きっと親父がいつものやり方で追っ払うはず……
そんなよく分からないところで期待をかけられているとは気づいていない燗は、ふと吟の隣に立つでかい男に目を留めた。
首を傾げてから雪を見て、そして吟を見てもう一度男に視線を戻す。
今度は反対側に首を傾げて、口を開いた。
「お客さん?」
「いや、私の旦那予定」
即答した吟の言葉に、燗はハタと止まった。
「旦那、予定?」
おうむ返しのような言葉に、吟は大きく頷く。
「文句ねぇよな、親父」
「大アリに決まってんだろ、この阿呆娘が!! 俺の言う事、忘れたわけじゃあるめぇな!」
そう。
燗は子供のやることに口を出す父親ではなかったけれど、たった一つ、譲れないものがあった。
とてもとてもくだらないのだが。
けれど吟と醸が生まれてから、ずっと決めていたことがあったのだ。
父親の言葉にニヤリと笑った吟から視線を外して、燗は目の前の男を見上げる。
「アンタ名前は?」
突然話を振られた彼氏は少し驚いたように目を見開いたけれど、特に慌てることもなく頭を下げた。
「はじめてお目にかかります。吟さんとお付き合いをさせて頂いております、木戸大と申します。今日は結婚のお許しを頂きにまいりました」
「はい却下!」
綺麗にお辞儀をした木戸は、燗の即答に体の動きを止めた。
そんな木戸を気にすることなく、燗は腕を組んでふんぞり返った。
「吟の婿には、酒って文字がつく奴って決めてんだ! わりぃが他を当たってくれ」
「……は?」
店内に、微妙な空気が流れる。
そう。燗の阿呆なこだわり。
吟の婿には「酒」の名前がつく男希望。
この阿呆なこだわりのせいで、吟は何度恋愛を邪魔されてきたか。
「うちは酒屋なんでね。吟醸酒ってぇごろ合わせにしたくて仕方ねぇんだ。わりぃけど諦めろ」
――全国の酒屋さんに謝れと醸は今までずっと思ってきたが、今日ほどそのこだわりブラボーと思ったことはなかっただろう。
が。
だがしかし。
運命の神は、吟に微笑んだ。
「親父。あんた酒屋の風上にもおけねぇな」
もう、燗と吟が話すと男同士で話している気がする……なんて現実逃避しようとした矢先……
「こいつの名前は”大”だ。それが答え」
自信満々に言い切った吟の言葉に、一拍置いて燗が歓声を上げた。
「でかした吟!! こんな女らしくもねぇ男らしい娘だけど、末永くよろしくな大!」
「えっ、えぇぇぇぇぇぇぇ!!!?」
叫んだのは、醸。
今まで絶対に許さなかった親父のこだわりが、なぜか崩れ去った。
「ちょ、吟醸酒はどうしたんだよ! 今までもそれで断ってきただろ!?」
慌てて燗に詰め寄れば、チチチ、と目の前で人差し指を振られた、
「こいつの名前は”大”。大吟醸の出来上がりだこりゃ!!」
「だ、大吟醸……?」
「っかーーっ! お前も酒屋の跡取りなら、喜べド阿呆! 祝いだ酒盛りだ、籐子さんちの塩辛くいてぇ!!」
呆然とする醸をしり目に、燗は機嫌よさそうに木戸の背中を叩きながら居間へと入っていく。
「塩辛ありますよ」と声をかけるところを見ると、雪は吟の結婚の事を知っていたようだ。
――それで、あの量の塩辛……。あの量の料理……。
恐れていたことが現実になって、醸は再び床とお友達になった。
「くはっ、めでてぇなぁオイ!! 明日の祭りも楽しんでけや、大!」
「はぁ、どうも」
吟と大の結婚オメデト宴会は、ふて腐れて部屋にこもった醸を華麗に無視して深夜まで及んだという。
今回、彼氏の名前を付けてくださいました方がいらっしゃいます。
以前活動報告のコメントで、大、を考えてくださいましたお方に、心よりの感謝を^_^
活動報告をかけなかったので、こちらから失礼します。
明日、活動報告を改めて書く予定です。
この度はありがとうございました!




