輝かしき栄冠を求めて
最初はレースを題材にしたスポコン物みたいですが、そのうちTS物に成る予定です。
残酷な描写や流血表現があるかもしれませんので、ご注意ください。
国際二輪ロードレースの最高峰、その年間シリーズ第三戦は日本での開催。
ここ富士スパイラルウェイで、二日目となる決勝が始まろうとしている。
スターティンググリッドに並ぶバイク。観客の応援、歓声。アスファルトやタイヤのゴム、オイルやガソリンのそれが混じった香り。
レースクィーンは、ライダーに日傘を差しかけつつカメラに向かって微笑と流し目。
スタート前の空気は熱狂と緊張によって醸成されつつあった。
選手達は皆レーシングスーツに身を包みバイクに跨ってる。
でも共通するのはそこぐらいだ。
スタート前の緊張を、それぞれ自分の方法でやり過ごそうする選手達はその様子も様々。
スタッフと確認事項をやり取する者、目を閉じて集中している者もあれば、まだヘルメットもかぶらずに水分補給をしている者、カメラに向かっておどけてみせたり、手を振って観客に応えている者、軽い性格で知られるイタリアンライダーなんてレースクィーンをナンパしているんじゃなかろうか?やたらニコニコと談笑してる。
その様子は大画面のサーキットビジョンに映し出され、観客は注視と歓声を送る。
しかしスターティンググリッドの先頭、前日の予選で最速だった選手が居るはずの、いわゆるポールポジションは未だ空白のままだった。
オレは会場の様子を映している画面から目を離すと、絶賛不機嫌中な自分のバイクに目を向けた。
昨日のコイツは最高だった、セッティングも完璧じゃないかと思えた。国内の知り尽くしたサーキットを走るのに何の心配も無く全力を尽くせた。
おかげで他のチームより1秒以上速い、サーキットレコードでポールを獲得。
おいおい、これ初優勝いけちゃうんじゃない?なんて期待にチームのテンションも上がっていただけに今日のトラブルはキツい。
うちみたいな貧乏チームにこんなチャンスは二度とないかもしれない。
資金力の無さは色々な所で他のチームとの差を生んでしまう。
チャンピオンチームをはじめ他の多くのチームが使っている海外メーカーのタイヤは、現在最強の性能を誇っている。
しかし、多くのチームがそのメーカーのタイヤを採用しているなかで、どのチームに数少ない最新技術のタイヤを納入するのか、その順番によって優勝チームが変わるとまで言われていた。
極々まれに、タイヤメーカーが金を出し渋るチームを焦らせる為に、うちのチームに最新タイヤをまわしてくる可能性もないわけではなかったが、恫喝に利用されている様では成績は期待できなかった。
他のチームに優先してタイヤを得る為には資金が必要だった。
しかし今シーズンはある程度資金の目処も付き、タイヤの問題も解消、チームには今までに無い追い風が吹いている。
国産タイヤメーカーの雄がうちのチームに目を付けたのだ。
日本人のオーナー、日本企業のスポンサーに、日本人の監督にメカニック、国産バイクと日本人ライダーのオレ、本拠地はもちろん日本。
タイヤを除けば純国産チームといえるうちのチームは、マスコミやファン、スポンサーにもアピールしやすく、タイヤの開発にも非常に都合のいいもだった。
うちとしても開発協力と共に、少なくとも今シーズンは独占的なタイヤ供給が受けられるというのは非常に魅力的だった。
開発に携わるというのは自分達のバイクとライダーに合ったタイヤを作る為に口出ししても文句を言われないということだったし、国内のスポンサーを募るのに都合のいい「純国産チーム」という肩書きを得られるというのも大きかった。
おかげで資金面で大幅な改善を得られ、後はレースで結果を出すだけというところまできたのだ。
第一戦ブラジルGPはかなり荒れた路面、第二戦アフリカGPはどうしても路面に砂がのることもあってセッティングに苦労し、何とかポイントを得るにとどまったが、第三戦は日本。
日本のマシン、日本のライダーそして日本のタイヤの日本のチームが、日本GPで優勝するのは至上命題だ。
世界中の様々なコースに対応していくには、国外メーカーの方が技術的な蓄積が多く、後発のうちのマシンとタイヤのパッケージングは現時点では一歩先を行かれてはいた。
しかし、集中してテストできるチームとメーカーの関係、度重なるテストと開発努力によって、この二戦は確実な手ごたえを得ていた。
しかも今回は日本GP、国内のコースともなれば開発に使用してきただけに、既に膨大なデータを収集している。
タイヤメーカーはこのコース専用のスペシャルタイヤを用意してくれた。
寡占状態だったタイヤ勢力図を覆す、その反撃の狼煙をあげるにはまたとない機会なのだ。
周囲の期待とプレッシャーはかつて無いレベルだった。
でも、オレはそんなに心配していなかった、むしろ自信があった。このチーム体制なら、このマシンなら、タイヤなら、オレならやれると思ってた。今までに無い万全の体制で最強のチームだと疑わなかった。
さらに用意してくれたスペシャルタイヤ、これがとんでもなく良い!
昨日のオレは走る前から自分が最速だと知ってた。
今日の決勝もサーキットレコードを更新もしてやるぜ!
他のライダーより一秒以上速いのペースで周回を刻んでやるぜ!
ぐらいの気持ちでいたのに・・・。
微かに芽生えた不安を振り払うように頭を振ると、部品交換作業を指揮していたメカニックリーダーのシゲさんがオレを呼んだ。
「おい、サチ坊」
30後半のシゲさんからするとまだ10代のオレは坊やらしい、
「どう?」
20近く年が離れてるけど、シゲさんはメカニックとライダーはタメ口の方が良いという持論の持ち主なので楽だ。
「富士スペな、ありえないほどグリップするからやっぱりブレーキも足も駆動系もかなり負担あるわ、フレームもな」
「そりゃわかるけど、そんなに?」
「ああ、昨日最後の方でお前が言ってたリアのチャタな、あれ出始めたらかなりヤバイと思え」
タイヤがパワーに負けることはあっても、このマシンに限って言えばボディがパワーに負けるなんてことは、そうありえないと思っていたけど。
「わかった、間に合う?」
間に合わなければ最後尾からのスタートだ。
「フォーメーションラップにはなんとかな、間に合わなかったら全車抜けばいいよ」
「ちょ、頼むよシゲさん!」
シゲさんは軽く手を振って応えるとバイクの側に戻っていく。
その軽い空気に少しリラックスできた、たぶんシゲさんのことだから気を使ってわざとそういう風に振舞ってくれているのだろう。
シゲさんは熊みたいなゴツイおっさんだが繊細な心遣いができる人なのだ。
「サチ」
また呼ばれて振り向くとそこにはスレンダーな美女が立っていた。
見た目の印象は社長秘書って感じ、スーツと眼鏡がビシッと決まってるしね。
いや、年齢を考えると社長秘書室長(お局さん)って感じかな?
「サァチ!」
勝手な妄想を膨らませ始めたとたんに鋭い声が飛んできた。相変わらず怖ぇ。
「ハイ!監督!」
「ボケてんじゃないわよ、確認しとくけど…」
そうこの人はうちのチームの監督のユキコさんだ。
元弁護士という経歴の持ち主で、どこをどう間違って二輪レースチームを率いるようになったかはよく知らない。
たぶん旦那さんの影響があったのだろう。なんとこの人シゲさんの奥さんだ。
美女と野獣過ぎる。分野が違いすぎる。近いのは年だけ(ユキコさんのほうが少し年上らしい)とこの二人の成り染めは謎に包まれている。
その弁舌は今はスポンサーやマスコミ相手に発揮されている。今回の資金問題改善は監督の手腕でもあった。
「今日は、一度レコード更新したら、後は抑え気味に走りなさい、後ろに30秒も差をつけたら余裕でしょ」
なんでもないことのように言うユキコさんに思わず笑ってしまう。
「そりゃそうですけど、優勝は確定ですか?」
怖い監督様には当然敬語です。
「正直余裕ね」
ユキコさんニヤリと笑みを返しオレの肩を軽く叩く、
「さっきシゲから聞いたでしょ?昨日みたいに調子に乗りすぎてあんたがマシンを壊さない限りいけるわよ。周回数多いんだからペース配分考えなさいよ、指示を見落とすんじゃないわよ」
今は『シゲ』なんて呼んでるけど二人きりのときは『あなた』と語尾に音符がつきそうなテンションで呼んでいるのを知っている俺だった。
「コラ!聞いてるの!?」
「了解でーす、先行逃げ切りでポールトゥウィン。初めプッシュの中抜き後半は後ろしだい
で再プッシュですね?」
「そうよ。あと天気予報は霧だけどちょっと怪しいわ、富士スペシャルにレインは無いんだから雨が降ったらいつものレインタイヤよ。それを考えても最初のマージンはあるだけあったほうがいいけど、マシンとタイヤの状態をよく観察しながら走るのよ?」
「ハイ」
「ここの路面は良く知ってるから問題ないわね?もし雨でコースの一部でも濡れ始めたらこちらですぐに指示をだすわ、レインタイヤのタイミングもタイムや走りを見て指示します」
「了解です」
ペース配分以外は大体いつも通りだったがこういう細かい確認をユキコさんは絶対おろそかにしない。
まるでお母さんが修学旅行前に小学生の息子を気にするみたいだ、あれもった?あれは用意した?ハンカチは?しおりは?そんな感じ。
実際親子ほどに年齢が離れているし、下手すれば事故で死ぬ可能性もあるレースという厳しい世界に送り出すのだから心配で仕方ないのだろう。
クールな外見とは裏腹に情の深い人なのだ、オレにしてみても監督とメカニックがこのチームでの両親みたいなものなのかもしれない。
そういえば、この夫婦は見た目と内面にギャップがあるという共通点があるのかも?
「…サチ、聞いてるの?」
オレの思考が、また横道にそれた始めたのが判ったのか眼鏡越しの視線が鋭い。
あわててコクコクとうなずいた。
「大丈夫です」
「いつも言っていることだけど、冷静に自分とマシンとコース、周囲を観察するのよ?あなたの対応力は信じているけど、トラブルは突然やってくることもあるのだから、予兆を見逃さないのよ?」
オレの小柄な体に長い手足という体型は才能だったのだろう、レース中にライディングポジションを自在に変えることで、マシンとタイヤの状態をコントロールする能力には自信があった。
オレに足りないのは精神面だ、百戦錬磨のベテランは前を行く相手に巧みにプレッシャーをかけて後ろからペースを崩してくる。
いつも熱くなり過ぎたり、最後の最後で立て続けに抜かれたりして勝てない。
混戦になれば混戦になるほど順位が下がる、荒れれば荒れるほど遅い、バトルに弱い。
『予選で上位に居た気がするけど、決勝は存在感ないよな』とか言われてしまう、速いけど弱い、三年目でまだルーキー臭さを払拭できないライダー。
それがオレだった。
でも、今日は先行逃げ切りが可能だ。バトルになる前にぶっちぎってしまえばいいんだ、後は余裕の一人旅、他のライダーが追いつけないペースなら崩されようも無い。
「わかってます。今日はオレのレースですよ」
「OK、確実に行くわよ」
現体制は万全だ、今回に限って言えば優勝のお膳立てがされているといっても良い。
チーム最大の弱点は未熟なオレだ、後はオレがやるだけなんだ。
チーム設立からのライダー、このチーム最初のライダーがオレだった。
三年目、そろそろ表彰台に上りたい。チームに目に見える成果をもたらしたかった。
もう『ポイント圏内』って言葉はうんざりだ。
余裕、なんて言っておいてやっぱり心配そうなユキコさんに
「はい、確実に、獲ります」
一言ずつハッキリと言うと、彼女は俺の肩をまたポンポンと軽く叩いた。
俺のレース前の集中方法はユキコさんを始めみんなと話すことかもしれない。
適度な緊張、高まる集中、自分がレーサーとして完全に戦闘体勢に入っていくのを感じながらメットかぶる。
「サチ!いいぞ!」
既にタイヤウォーマーが外され、スターターに後輪を回されてエンジンはかかっている。
ユキコさんが俺にしてくれるように、軽くタンクを叩く
「よろしくな、行こうぜ」
跨り、最終チェック。軽くブリッピング、アクセルをあおる右手に完全にシンクロした爆音、目覚めの雄たけびだ。
「フォーメーションラップ出るわよ!」
壁越しに高まる他のバイクのエンジン音、壁の向こうではメインストレートを連なって全車一周のウォーミングアップに出たはずだ。
この爆音の中では言葉は通じない。
行ってきます、と右手で敬礼のようにした合図に、ユキコさんがうなずきを返すのを見て、ギアを入れた。
レースが始まる。
前書きに引き続き御注意
『レースを題材にしたスポコン物ではありません』
ので、そういうのを期待してくれた方がいらっしゃったらごめんなさい。
後ノリで書き始めてしまったので、どんな連載ペースになるかまだ不明です。
初投稿ですので色々と御指摘がいただけたらありがたいです。




