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HEROES  作者: 根谷 司
4/4

香椎学園ルート1・3〜人造亜人〜

香椎学園ルート1・2の続きです。

「ま、こんなものか」

 ただでさえミイラ状態だった聖斗は、開いた傷や新しい傷のせいで血まみれの状態だった。

 といっても、全ての血が自分の、というわけでは無い。


「く、くそ……異質め……」

「だから、それは差別用語だ。負けた奴らが言っても、負け惜しみにしか聞こえないぜ、黒岩」

 床に伏した5人の3年生と、驚いて口をあんぐりさせている1人の女子生徒。


「大丈夫か? とりあえず着ておけ」

 聖斗は半裸の女子生徒に、血まみれのブレザーを渡す。端から見ればおかしな光景だが、今はそれしか無い。

「ありがとう……」

 元気なさ気に、そして恥ずかしそうに、消え入りそうな声で囁く女子生徒。


 中身の無い鎧達はもう消えて、ストラップに戻っている。

 ブレザーを羽織りようやく安心した女子生徒は、突如として涙を流し始めた。


「こういう時は……」

 どうすればいいか、考えても解らない聖斗は、記憶を漁る。

(女性は優しさに弱い、だったか?)

 なんの記憶かは定かでは無いが、そんな感じだった気がする。

 よって聖斗が選択したのは、女子生徒の頭に掌を乗せる事だった。


 しかし、女子生徒の不安は拭えない。

 聖斗が傷だらけなのもそうなのだが、最大の問題はそこでは無い、という事を知っている聖斗は、すぐに手を離した。


「落ち着くまでここに居ろ」

 倒れた黒岩達を見ながら、聖斗が言った。

 最悪の事態は免れたとはいえ、彼女は暴行を受けたのだ。放心するのも無理は無いが、彼女は首を横に振った。

 男が5人も倒れているのだ。ここに居たくないのも仕方ない。

 しかし、

「いや、ここに居ろと言ったんだ」

 聖斗は冷たく言って、女子生徒の正面に座った。


「居たくないのも解るが、お前はさっきの俺達の話しを聞いていただろう?」

 囁くような小さい声で、聖斗が確認する。

 女子生徒が弱々しく頷くと、

「なら、解るだろ?」

 と言い、聖斗は目を閉じた。


「あー、目眩がするな」

 目を閉じたまま天井を仰ぐ聖斗。

 至る所から出血しているのと、さっきからずっと続いている耳鳴りが大きくなったのが原因だ。

 女子生徒は一瞬だけ心配そうな顔をしたが、ふと、聖斗の体質を思い出して、身を引いた。


 異変体質者。

 超能力と引き換えに障害を背負ったそれは、その体質が故に差別や偏見を受ける。――だけでは無い。

 異質は差別に値する。

 昨日の美合の言葉は的を射ているのだ。

 何故なら、異変体質者の犯罪率は、そうでない者に比べてかなり高い。だから恐れられる。

 願わくばあまり関わりたくないと思うのは当然であり、それ故に異変体質者はその事を隠す事が多いのも、差別や偏見をさらに後押ししているとも言える。



「くっくっく」

 突如、笑い声が聞こえた。黒岩だ。

「目眩。そうかー、目眩かあ」

 倒れたまま笑う黒岩。その手には、黒い携帯電話が置かれていた。


 防衝機能付きなのだろう。さっき鉄の鎧に殴られまくったのに、傷ひとつ付いていない。


 女子生徒が息を飲んだのが解った。

 ゆっくりと立ち上がる黒岩だが、その動きは少し不自然だった。


「…………」

 立てないぐらいにはしたつもりだった聖斗は、座ったまま怪訝な表情を浮かべる。

「まさか、立てないのかあ? はっは、その出血じゃあ当たり前かあ」

 歓喜に笑う黒岩。シャツを開くと、黒い鉛のような板――仕込み鉄板が胴を覆っていた。


「…………いつの時代だ」

「うるせぇほっとけ!!」


 今時、防具といえば緩衝の上着に断熱のシャツ。防弾のアンダー、というのがメジャーだ。

 しかしそれは高価で、なかなか変えないのは仕方ない。だが少なくとも、鉄板を巻く、というのは死法(死語の方法バージョン)だ。


「……必死なんだな」

「哀れんだ目で見るんじねぇ!!」


 叫んで眉をひくつかせながら、ジリジリと詰めよる黒岩は、手に持っていた携帯電話を放り投げる。


「……なめやがってぇ……!」

 聖斗は理解している。

 相手がただの一般人である場合、緩衝上着よりも鉄板を巻いたほうがカウンターになるのだ。

 意味があってこその鉄板なのだろうが、挑発された黒岩は完全にキレていた。


 突如、集会場の入口、鉄製の扉が閉まった。

 見ると、居てには複数の男が居て、学校指定の制服では無い事から学生では無い事が伺える。


「ひっひっひ……、たっぷり可愛がってやるぜぇ」

 ネジが外れた機械のような、安定感の抜けた口調で黒岩が言うと、

「おーい黒坊、面白いイベントってまさか、既に満身創痍のその男をいたぶった後に、その女を回姦(まわ)すって事かー?」

 乱入してきた男の1人が言う。

 手には特殊警棒。タンクトップから剥き出した肩にはいかつい髑髏の入れ墨。……見るからに、カタギでは無い。


「隠し玉は予想してたが……、これはまずいな」

 聖斗は冷や汗を浮かべつつ、珍入者達を見回す。

 入口の鍵は閉められた。退路は無い。


 肩、手首、手の甲、首、頬等、それぞれがそれぞれの場所に同じ入れ墨を入れている。

 族、では無いだろう。

 とはいえヤクザでも無い事は、その入れ墨が物語っている。


「俺達《OA》は、ここらじゃちょいと有名なグループでよぉ」

 黒岩が言った。

 OA――offense anxiety。『犯罪願望』という、一種の族。

 暴走族は街を珍走し、ギャングは喧嘩をするように、OAは自ら集団を成し、犯罪行為をする。

 この廃れきった時代の代名詞ともいえる集団。


 彼らは、犯罪そのものを目的としている。

 人を殺すのはそいつがムカついたからじゃなく、ただ、殺したかったから。物を盗むのは、それや金が欲しかったのではなく、ただ、盗みたかったから。そんな連中だ。

 道徳など通用するはずも無い相手であり、それ故に、相手は何も恐れない。


 警察やJudgmentに捕まる事を前提にしている奴らが大半を占める程、正気では無い存在。


 聖斗は横に居る女子生徒を見て、次に、柴田舞惟を思い出した。

 どちらも、清純そうな女子だ。

 彼女達が被害を受けたのは、トラウマを背負わされたのは、彼女達が問題を起こしたわけでもなく、かわいかったからでも無い。

 ……誰でもいいから、殴り、襲い、犯したかったから。その対象となったから。


 彼女達の抱いた恐怖は、今後も容易には拭われないだろう。下手をしたら、一生背負わされるだろう。


(……最悪だ)

 表情を曇らせ、聖斗は黒岩を見た。

 睨む、ではなく、見る、だ。

 聖斗の目から、一切の敵意は無くなっていた。

 変わりにあるのは、哀れみにも似た何かだ。


「なんだー? その目はよー」

 タンクトップに肩髑髏の男が、特殊警棒を振り回しながら歩き出す。

「今さらでも土下座すれば、ぼこりまくって記憶を消させてもらうだけで勘弁してやんよ」

 黒岩も、ジリジリと聖斗に詰め寄った。


「なあ、頼みがあんだ」

 聖斗が言った。目頭を押さえ、息も荒くなってきている。

「なんだぁ? 出血し過ぎて限界なので許して下さいってんなら、土下座だ土下座。半殺しと記憶喪失だけにしてやっからぁ」

 ニタニタと笑う黒岩。

 だが、聖斗はそんな事聞いちゃいない。

「さっきからずっと、耳鳴りが酷いんだ」

 言われてふと、確かに強い耳鳴りがする事に、その場に居た全員が気付く。

 確かに不自然な程強い耳鳴りではあるが、立てない程では無かった。


「そうかー、耳鳴りが酷いので見逃してってんならあ、さっきから言ってるように、土下座しろって」

 ギャハハと嫌らしく笑うOAの連中。

「いや、そうじゃない。ただ、お前達じゃ口直しには不向きだ、と思ったんだ。だから――」

 ため息をついた聖斗は、重たい身体を立ち上がらせながら、言った。


「――死ぬなよ」


 瞬間、集会場に爆発音が響き渡った。



 ≦≡1≡≧



 立つのがやっとの震動。持っていた武器が飛んでいきそうになる爆風。鼓膜に残る爆音。

 あまりの衝撃に、聖斗を除く全員が、建物が崩れるんじゃないかと錯覚した。


 しかし、要塞並の強度を持った建物は平気だった。

 平気じゃなかったのは――

「うわ本当にやっちゃったどうしよう!」

「うん、ありがとう。言い訳は聖斗が考えてくれるよ」

 ――閉ざされた鉄製の入口だった。


 舞った埃のせいでよく見えないが、光の加減で影が写り、2人居る事だけは解った。


「な、なんだ!?」

 OAの1人が喚く。

 集会場内を包んでいた爆発の残響は少しずつ収まっていき、変わりに、不自然な程強かった耳鳴りが、眩暈を伴う程の耳鳴りに変わっていた。


 膝をつくOAが数人。

 だが、立っていたOAは入口に警戒を向けた。


 埃が晴れた。

 居たのは、風紀委員の腕章をした、大量のヘアピンで髪を留めている少女が1人。それと、白髪銀茶目の少年だ。


「さて、行くぞ」

 2人の身なりを確認した聖斗は、女子生徒の腕を掴み、入口に向かって歩きだす。


「え、え? ちょ、いや……」

「ここはもう危ない」

 あの爆発現場に近付く、という事を恐れて、拒否しようとした女子生徒。だが、聖斗はそれを認めなかった。


「ま、待ちやがれ!」

 流石と言うべきか、いきなりの爆発で呆気に取られていた黒岩が、聖斗を止めようと立ち塞がろうとした。


 その瞬間、耳鳴りが増した。


 黒岩がバランスを崩しているうちに、聖斗は速足で入口へ。

 引っ張られた女子生徒も、あまりの耳鳴りに抗う力を失っていた。


「あんた、戦えないんじゃなかったの?」

 ヘアピンの少女。美合が聞いた。

「俺は戦っていない」

 意味ありげに言いながら、聖斗は女子生徒を美合に預けた。。

「……この子は……?」

「被害者だ」

 聖斗は淡々と答える。

「被害者って、まさか」

「ああ、闇討ちジャックで間違いないだろう」

「複数班だったの……? 証拠は?」

「今から吐かせるさ」

 聖斗は美合に女子生徒を預け、隣の銀髪少年の頭を叩いた。――いつもなら黒いバンダナを頭にしているはずの少年だが、今はそれが無く、叩く面積は大きかった。


「遅かったな。傑流」

「聖斗が言った通りのタイミングじゃないか」

 2人はいつもと変わらない口調で言い合う。

 

「いや、お前の事だから先走ると思って、作戦は少し時間をズラして立ててたんだ。まさか、お前が時間を守るとは思わなかった」

 苦笑する聖斗。

「じゃあ聖斗のせいじゃないか」

「そうだな」

 バンダナをしていないせいで、傑流の銀髪は目も隠す位置まで降りている。


 その隙間から覗く銀茶の眼光が、OA達の入れ墨を捉えた。


「…………OA?」

 静かに、確認する。

「ああ、そうだ。本人もそう言っている」

 困ったような調子で答えた聖斗。


「その子は、間に合った?」

 傑流は女子生徒を横目に見て、確認する。

「ああ、ギリギリな」

「そう。よかった」

 言いながら、傑流はOAへ歩き出す。俯いて、何かを隠すようにしながら。


「てめぇ、1人でやる気か?」

「良い度胸してんじゃねぇか」

 いきり立つOA達。爆発への畏怖もあってか、態度は微妙に小さい。


「ちょっと待ちなさっ……」

「待て」

 傑流を止めようとした美合を、聖斗は言葉で黙らせた。


「……俺は前哨戦で疲れた。消化試合までに体力を整えなければいけないから、少し休む。お前はこの子を守りつつ、入口から誰も逃がさないようにしろ」

「あんた何言ってんの!? あんな人数を、あんなやつ1人がなんとか出来るわけないじゃない! だいたい、いきなり呼び出されて状況把握も出来てないんだけど!」

 矢継ぎ早な美合の文句を適当に聞き流し、聖斗は一言、

「全部後で説明する」

 と言うだけだった。


 そして、さらに問い質そうとした美合の台詞を、複数の悲鳴が遮った。


「……え?」

 言葉を失った美合は、傑流が向かったほうを見た。


 美合は、目を疑った。


 倒れた3人の男。その1人を軽々と持ち上げた傑流は、他の男へと投げ付ける。


 背後から傑流に迫ったもう1人の男が竹刀を振り上げた。

 蛙に睨まれた蛇、というべきか。傑流の銀の目に見られた竹刀の男は、そのまま振り下ろせば喰らわせられるはずの攻撃を、出来なかった。


 いきなり動きを失った竹刀の男の顔を右拳で殴ると、傑流は次の誰かへと視線を移した。


「解ったか?」

 聖斗が言った。

「奴らはOAだ。校内に散られたら大問題になる。だから、1人も逃がすな。大事な仕事だ」

 その場に座り込んだ聖斗は、身体中から染み出る血を、ポケットから取り出したティッシュとテープで手足しはじめた。


 聖斗は、ティッシュ、ハンカチ、テープ、バタフライナイフ、携帯電話は、必ずポケットのどこかに入れている。

 怪我に気付く事が出来ない聖斗は、気付き次第すぐその場で治療しなければならない。痛みが無いため、気付いても少ししたら忘れてしまうのだ。


「なん、なの……」

 唖然と呟く美合。

 彼女は、傑流の戦いに見とれていた。


 カイザーナックルを嵌めた男が、傑流に殴り掛かった。

 正面から見合うと、カイザーナックルの男の動きはやはり止まった。

 その隙に腕を掴むと、男ごと腕を振り回し、気付かれないよう死角から迫っていた金属バットの男にぶつけて相殺させる。


「な、なんなんだてめぇはぁ!!」

 動きが止まる。

 幾度かの金縛りに合わされ、ナイフを持った男が絶叫。

 そのまま傑流に突き刺そうと突進した。


 また止められる。そう予想したナイフの男だったが、動きは止まる事なく、ナイフを傑流に突き付けた。

「やった――!?」

 ぬかよろこびも束の間、ナイフの男は感触がおかしい事に気付いた。

 というよりもまず、突き付けた時の音が、違った。


 肉に突き刺さったはずのナイフは、まるで金属同士がぶつかり合ったかのような、固い音を奏でたのだ。――何かが折れる、鈍い音と同時に。


 まさか、刃が折れたのか!? そんなはずが無い! と頭で否定しつつ、不安を拭いきれないナイフの男。

 恐る恐るナイフを確認しようとしたが、さらに気付いた。

 ナイフが抜けない。いや――離れない。


 周りで見ていたOAも、傑流を仕留めたと思ったのだろう。10秒程の沈黙は、全員の動きを止めいた。


 最初に声を発したのは、ナイフの男だ。

 見たものは、刃の折れたナイフと、掴まれた柄。ゴムのような、ジェルのような物質を少量はみ出させた傑流の手の皮膚の内側から、銀色の何かが見えた。

 骨? 違う。鉄だ。

 体内に、鉄が仕込まれている。それも違う。まず、皮膚がおかしい。人間の皮膚じゃない。


 ゴムのような、ジェルのような、少なくとも科学物質としか思えないそれに、人としてあるべき体温が存在しなかった。


「ぎぃやぁぁぁぁあああ!!!!」


 砕けた刃の破片。それらが突き刺さり散らばった結果、傑流の手の皮膚をハゲさせた。

 中から見えたのは――

「義手、だと……?」

 ――そう、鉄製の義手。


 だが、その義手は動いている。

 機械の回路と生態の神経回路を繋げる技術はまだ獲得されておらず、人間には接続不可能とさえ言われた、機械の義手だ。


 掴まれて動けないナイフの男は、恐怖に奮え上がった。

 動かない。動けない。身体が言う事を聞かない。


 人間じゃない。

 そう直感した。


 逃げなければ。

 しかし、身体が動かない。


 恐怖したナイフの男は、顔を上げた。

 そこには、優しい雰囲気が消え失せた、銀髪少年の姿。

 今となればこの銀髪も銀茶色の目も、機械なんじゃないかと思ってしまう。


 ふと、傑流がまがまがしいオーラを放った。

 それが傑流を包み、ナイフの男には傑流が巨大化したように見える。


 気のせいであり、幻覚だ。ナイフの男はそう気付いた。

 幾度かの犯罪を繰り返し、何度か異変体質者を集団でなぶった事もある。

 だが、傑流が放つそれは、異変体質者とは比べ物にならない。全く企画違いの何かだった。


 傑流の巨大過ぎる存在感が膨らみ、傑流の体積が倍近く膨らんだ気がした。


 そこでふと、とある都市伝説が頭を過ぎった。

 巨大な外見。凶悪なオーラ。


「じ、人造……人間……」

「…………」

 一言も発する事の無い傑流は、異様なまでに冷たいその拳で、ナイフの男をたたき付けた。

「ば、化け物だ……」

 OAの1人が呟いた。

 その腕を見てか、その戦闘力を見てか、これ以上戦おうとする者は居なかった。


「……来るぞ」

 座ったまま、聖斗が言った。

 OA達と同様呆気に取られていた美合が我に帰る。


「や、やってられっか!」

 OAの1人が逃げ出した。

 それを皮切りに、まだ立っているOAの半分以上が入口へ駆け出す。


「っ……」

 聖斗に言われていなかったら、なすすべ無く逃がしていただろう。

 だが、風紀委員として、学園に不法侵入したOAを逃がすわけにはいかない。


 美合は頭髪からヘアピンを数本抜き、息を吹き掛けた。


「悪いけど……、行き止まりよっ!」

 数本のヘアピンを投げつけ、それを爆発させる。

 おそらく、傑流に無理矢理連れてこられてパチンコ玉は用意していなかったのだろう。

 そんな時のために、ヘアピンを大量に付けていたのかもしれない。と、聖斗は仮説した。


 散り散りにされたOA。

 退路は断たれた。さっきまで立場は逆だったはずなのに、たった2人が乱入しただけで、全てが入れ替わった。


「……どこに行くの?」


 ――耳鳴りが、一層酷くなった。


「……逃げようと、したの?」


「み、見逃してくれ……」

 あまりの耳鳴りに、その場に立っているのは傑流だけになっていた。


「見逃して欲しいの?」

 懇願したOAの1人に歩み寄りながら、傑流は問う。

「ああ、頼む! 俺達が悪かった!」

 耳鳴りはさらに酷くなる。

「……そうやって……」

 傑流は、拳を振り上げた。


「……何人の願いを踏みにじってきたのか、数えた事があんのかよっ!!」

「ぐがぁあっ!!」

 腹部食い込む拳。漏れる嗚咽。

 OAはそのまま失禁し、意識を失った。


「ひ、ひ、ひぃ……」

 傑流と目が合った黒岩が、尻餅をついたまま後ずさる。

「に、に、にに、人間じゃねぇよお前! お、お前、なんなんだよ!」

 風紀委員でもないくせに! と喚く黒岩。だが、聞き入れてやる道理など今の傑流には無い。


「……ねぇ、なんでこんな事をしたの?」

 問われ、黒岩は言葉を詰まらせた。

 今この状況で、犯罪がしたかったから、などと言えるはずが無い。

「そ、それは……」

「ねぇ、なんで?」

 口調に力は無いくせに、傑流は片手で黒岩を持ち上げた。


「ひ、ひぃ!」

 怯える黒岩。既に失禁していて、怪我も相まって汚らしい風貌と化していた。


「なんの理由があって、あの子達が苦しまなきゃいけないの?」

 宙に浮いたままだった黒岩の腹部へ拳を走らせると、殴られただけとは思えない程、まるでビリヤードの玉のように突き飛ばされた。


 普通なら、これで気絶して気付いたら刑務所、といった具合だろう。少なくともこんな化け物と対峙するなど、生半可な覚悟で出来る事じゃない。

 不幸だったのは、仕込み鉄板だ。


 鉄板は当然のように砕け、拳の威力を下げるのではなく、拡散させる事で気絶を免れてしまった黒岩。

 代償に、胴全体が痛む。


 呼吸さえままならない黒岩に、傑流は容赦なく歩み寄る。

 その姿は、死神さえも連想しかねないものだった。


「なんのために、あの子達は泣いたの?」

 抑揚の無い声で、傑流はただ、聞き続ける。

 傑流の脚が、黒岩の横腹に入った。


「た、助けてくれっ……誰か!」

 周りを見たが、傑流以外に立っている者さえ居ない。ましてや美合や聖斗さえも、立てなくなっているのだ。


「なんの権利があって、あの子達を痛めつけたの?」

 2回蹴った後黒岩を持ち上げ、壁際に追いやる。


「……助けて下さい、だって……?」

 傑流はただ、問う。

 全ての質問に、答えが無い事ぐらいは知っていただろう。

 だからこそ傑流は、問う。


「――なんの覚悟があって、人を傷付けたんだ……! あなたは!!」

 堅い拳が、振り下ろされた。

「そこまでだ」

 不自然な金属音が響いた。

 振り下ろされた傑流の拳は、聖斗の能力によって止められていた。


 黒岩は泡を吹いて気を失っている。

 その黒岩と傑流の間に割って入った1体の鎧。さらにもう1つが、傑流を羽交い締めにしている。


「は、な、せぇ……!」

 取り乱した傑流はそれを振りほどこうとするが、聖斗はさせまいと、さらにもう1体を具現化。傑流を3体掛かりで止めた。


「……前回はこの数で酷い目に遭ったからな。今回は徹底的にやらせてもらう」

 さらに2体を追加。

 傑流の手足1本につき、1体で抑える。


「離せっ……、こいつは、こいつらはっ!!」

「やり過ぎだ。これ以上は、被害者を装った正当防衛は通用しなくなる」

 完全に押さえ付けた傑流に近付き、聖斗は黒いバンダナを、傑流の頭に着けさせた。


 途端に、耳鳴りが止んだ。

「やっと本調子が出せる」

 聖斗がため息をつくと、傑流は完全に動けなくなった。


「く……くぅ…………」

 身動きを封じられた傑流は、俯く。

 さらに強くなった聖斗の束縛に、彼はようやく諦めたようだ。


「ったく、頭は冷えたか?」

 聖斗が言うと、

「……うん。ありがとう、聖斗」

 と、傑流は息を乱しながら頷く。


 何が起きたんだ、と、まだ意識があるOA達は口々に呟いている。

 だが、もう戦意は無いのだろう。呆然と呟くだけで、立ち上がろうともしない。


 かくいう美合も、立ち上がれずにア然としていた。

 それに気付いた聖斗は、顔色ひとつ変えずに言う。

「何をしている? 早く拘束しろ」

「え、あ、うん」

 慌てて拘束用の簡易器具を取り出した所で、数が圧倒的に足りない事に気付いたようだ。

「あたし1人じゃ無理よ」

「意識がある奴だけ拘束して、後は他の風紀委員に応援要請を出せ」

 迷わず指示を出す聖斗に、風紀委員でもないくせに、と言いたげな顔を浮かべつつ、従った。


 ボタンがひとつついただけの小型の機器を取り出し、横のスライドをいじる。

 空気中にデジタルディスプレイが展開されると、それを操作し、閉じて耳に当てた。


「もしもし、あたしです、月島です。今、校内に侵入したOAを捕獲しました。拘束したいのですが器具が足りませんので、応援を」

 随分慣れた流れで離す美合。風紀委員の連絡を、どうやら携帯電話で行っているらしい。

「はい、場所は旧校舎の集会場です。数はおおよそ20。お願いします」

 耳から離して真ん中のボタンを押し、携帯電話を仕舞う。


「えっと、この子は」

 被害者である女子生徒を見ながら美合は考えた。

 被害者だから事情聴取が必要ではあるが――

「帰らせろ。事後確認は俺が全て受けるから、そいつと傑流は不要だ」

 ――という聖斗の言葉に、美合は顔を強張らせた。


「そんなの良いわけないじゃない! あんたが1番重傷なのよ!? 風紀委員があんたを保健室に連れていくから、この子と仁間が事情聴取を受けるの。というか、関係者を簡単に返せるわけないじゃない!」

 それはそうだ、と聖斗も傑流も頷く。

 女子生徒は、俯いて動かない。


「そいつは今傷付いている。俺が話せば済む事をそいつに話させ、傷口をえぐりたいのか?」

「……それは、嫌だけど……」

 仕方ないじゃない、と、弱々しく言う美合。流石、言いたい事を言うだけあって素直だ。


「……解ったわ……。この子は帰すけど、仁間は駄目よ。首謀者並に暴れたんだから」

 流石に両方納得させるのは難しいようだ。

 だが、

「見ただろう?」

 聖斗は傑流を顎で差し、言った。

「こいつは化け物だ」

 その言葉に、美合は青ざめた。

「あんた、何言って……」

「ううん、月島さん。否定はしなくていいよ」

 普通なら、友人に化け物と呼ばれて嫌じゃない者は居ないだろう。

 しかし、傑流本人に言われたら、反論も出来ない。


「こいつは機械義手のテスターだ。聞こえは良いかもしれないが、それはいわゆる人体実験なんだよ」

 聖斗は説明を始める。

 最低限の情報以外は滅多に漏らさない聖斗にしては珍しい。

 必要だと判断したのか、はたまた別の理由があってか……。

「社会的におおのけになったらまずいんだ」

 機械義手のテスター。昔、機械義手に着手した科学者達が居た。しかし、被験者及び被験動物を全滅させた事から、実験、開発は凍結された。

 その悲惨さから、その事故は《亜人》の取り扱いと同様、小学校で教わる。


 つまり、機械義手のテスターは同時に、人体実験の被害者である事を指す。


「だから、誰にも言うなよ」

 念を押すように聖斗。

「言うなも何も……、あたしだって信じれないんだもの。言えるわけが無いわ」

 美合が首を横に振る。

 理性の欠陥を持った美合だからこそ、その言葉は本性であり、信じてもいいだろうと聖斗は思った。

(理性が効かない、というのが嘘、という事もあるが……)

 だとしても問題は無いだろう、と至り、考えるのを止めた。

「そういうわけなんだが、傑流は文字通り化けの皮が破れている。今、目撃者を増やすわけにはいかない。――ただでさえ、変な噂が流れているからな」

「変な噂って…………っあ……」

「そうだ。人造人間の噂だ」

 美合は黙った。

「噂では、体長は3メートルで、5メートルにも及ぶ鎌を持った正義の味方、だったか? 尾鰭が付くにも程があるが、部屋から1歩も出ない奴まで知っているような噂だ。お前も、聞いた事はあるだろう?」

 淡々と話す聖斗に、美合はほうけて頷くだけだった。

「その正体が、傑流だ。そしてそれは同時に、傑流が人体実験の被験者であり、数少ない成功者という事を表している。現在有名になりつつあるのも問題だな。――隠したい理由は解ったか?」

「うん……」

 美合に言うべき事を終えた聖斗は、今回の被害者である女子生徒を一瞥。青ざめている彼女と目が合うと、

「お前もだ。あいつはお前の恩人のはずだ。恩を仇で返すようなヤツには見えないが、あいつが居なかったらお前がどうなっていたか、を考えた上で判断しろ」

 と、遠回しに警告するだけだった。

 何度も何度も頷く女子生徒。その顔には少し不思議そうな観があったが、聖斗はあえて気にしなかった。


 そして、

「傑流」

 渋い顔をして立ち尽くしていた傑流が振り向いた。

「先に帰っていろ。事後確認は俺が引き受ける」

 そう言う聖斗に、傑流は少しの間を置いて、

「うん……。いつもありがとう」

 と、苦々しく言った。


「口直しは出来たか?」

 立ち尽くしている傑流の隣に立ち、聖斗は聞く。

 傑流は何かを噛み締めるように口をモゴモゴと動かし、

「いや……。やっぱり、変な味がする」

 と、自らの胸元を掴んだ。

「やっぱり……、すごく、苦い……」

「そうか」

 聖斗は傑流の肩に手を乗せる。

「多分、それでいいんだ。お前は俺と違って、痛みを知ってるんだからな」


 少し無駄な時間が過ぎたが、そろそろ時間だな、と気付いた聖斗は、

「さあ、風紀委員が来る前に先に帰れ」

 と、傑流と女子生徒に対し、いっぺんに言った。


 聖斗は非常なまでに目的合理的な男だ。他の2人を先に帰すのは、ただ単にその2人のためだけでは無い。回り回って自分のためになるように仕込むつもりだから、おためごかし、と言っても過言では無いのだ。

 だが、この聖斗の行動は端から見れば――

「そ、そそんなのダメでス!」

 ――勘違いされても仕方ないものだった。


 今の声は誰の声だ? と、聖斗は怪訝そうな面持ちで辺りを見回す。

 そして、

「あ、アナタも、けけ怪我をしてるじゃないですカッ!」

 鈍りの混じった不自然な日本語。いや、ただ単に噛んでいるだけかもしれない。

 声の正体が女子生徒だと気付くまでに、少し時間が掛かった。


 気付いた聖斗は自分の身体を一瞥した後、得意げに微笑む。

「安心しろ。俺は痛みをっ」

「ダメでス!!」

 今まで怯えているだけだった女子生徒が、形相を変えて聖斗に近付く。


「あんまり聞かれたくないし、思い出したくもない程怖かったでス……。でも、事情聴取はワタシが受けまス!」

「いや、待て、それは……」

「アナタは保健室に行くんでス! 今すぐでス!」

「お前、俺の話しを聞いていたんだろう!?」

「聞いていましたヨ! だからこそでス! 怪我は怪我なんでスから!」

「ま、待てっ、余計な事だけ覚えやがって……!」

「余計じゃないでス! さあ、行きまスよ!」

「や、やめろ俺にはまだやる事がっ……! すぐるぅぅうう!!」

 怪我のせいで力が入らない聖斗は、女子生徒に引っ張られ、簡単に連れ去られていく。


「……事情聴取は保健室でやるから、あんたは、まあ、帰りなさい」

「うん。ありがとう」

 強烈な嵐の急襲にア然としながら、2人はそれを見送るだけだった。


 ≦≡2≡≧



 脚が重い。

 帰宅中に傑流が痛感した事だ。

 自分は、OAとの戦いで怪我ひとつしていない。だが、いわば心の怪我というか、病というか……。

(聖斗は、いつも通り、上手くやると思う)

 原因は怪我を負いながらも事情聴取を受けている聖斗では無く、

(あの子は……なんか、いきなり元気になったし)

 被害者の女子生徒でも無く、


(――また、ねぇさんに怒られる!!)


 完膚なきまでに自分の事だった。

 だが、姉に怒られるというのは傑流にとって最悪の事だ。

 姉の逆鱗に触れる事は、自分の生命活動にも支障をきたす。


(あぁぁ! 今日は聖斗が居ないから、言い訳が出来ないぃぃい!)

 傑流は路上で悶絶した。

 帰るのは、少し時間を置いてからにしようかな、と考えていると、

「どうかしましたか?」

 ふと、背後から声をかけられた。

 振り向くと、そこには物静かそうな少年――いや、青年が居た。

 僅かに茶色がかった髪。優しそうな瞳。

 だが、その瞳は片目しか見えなかった。

 左目に眼帯をしていて、その異様な雰囲気が、年齢を余計にわかりづらくしている。


(あ……)

 その眼帯も印象的ではあったが、傑流が何よりも目を奪われたのは、服装だった。


 黒を基調とした軍服ののようなブレザー。しかし動きにくそうな観は無く、素材もジャージの布のようにツヤは無い。

 見た目よりも機能重視。

 その肩にはロゴが入っていた。

 《Judgment》

 対超能力犯罪を主に取り締まる、この街の正義。


「あ、えっと……」

 突然のJudgmentの登場に、傑流は困惑した。

「……?」

 首を傾げるJudgment。

「体調が悪いのなら、家まで送りましょうか?」

 不思議そうな顔をしてから、青年は問いた。


 Judgmentは、警察とは違う。

 落とし物や迷子は警察に任せ、超能力犯罪や凶悪犯罪にだけ力を注ぐ組織だ。

 だからこそ、傑流はさらに困惑する。


「い、いや、そんな迷惑は、かけれないですよっ!」

 傑流自身、何故ここまでテンパっているのか解らない。

 Judgmentの青年は、

「そうですか? 今はアテの無い捜索任務中なので、ついでですよ」

 と、微笑んだ。


「いいいいですよ平気ですから!」

 言いながら傑流は、両手を振って拒絶した。

 しかし、

「……その手」

 Judgmentの青年の反応に、傑流はハッとした。


「怪我をしているじゃないですか」

 傑流の左手には、包帯が巻かれていたのだ。


 美合に、

『隠さなきゃいけないなら、隠しなさいよ!』

 と言って、無理矢理巻かれた物だ。


「こ、これは……、さっきそこで転んじゃって!」


 なんて下手な嘘だろう、と、言った後に気付いた。

「……よく包帯を持っていましたね」

(やばいっ! 疑われてる!)

「修司、何かあったのかい?」

(しかも増えたぁぁあ!!)

 いつの間にか傑流の背後にもう1人のJudgment。


「いえ、体調が悪そうなので、この子を家まで送ろうと思いまして」

(そして家宅捜索=ねぇさんに殺されるっ!! ※僕が!)

「修司、今は仕事中なんだよ?」

(つまり、家宅捜査も仕事のうち!?)

 勝手な被害妄想を膨らませる中、Judgmentはさらに増える。

「藤原さん、こっちには猫っ子1匹おりませんでした。――どうかなさったのでございますか、お2人がた?」

 路地裏からヒョコッと現れた、明らかな少女。まるで小動物のようで、右側で一房に縛った髪は尻尾のようにひょこひょこしている。

 ――こんな子がJudgment? と、違和感を覚える余裕さえ、今の傑流には無かった。


「とにかく、彼は怪我をしていますので」

 Judgmentの青年は表情ひとつ変えないが、傑流は勝手に四苦八苦し、

「ぼ、僕は……」

 踵を返して、

「怪しい者じゃありませぇぇん!!」

 一目散に逃げた。


「あ、ちょっ!」

 Judgmentの青年は手を伸ばすが、急に走り出した傑流をそれで止められるはずが無かった。



 ――結局、早く帰ってきてしまった。

 いや、時間を置いても意味は無いのだが、心の準備が必要なのだ。


 傑流はJudgmentから逃げきり、家の前に居た。

 住宅地から少し離れた、こじんまりした、古い一軒家。

 もう、覚悟を決めるしか無い。

 心の準備は、戸を開けたら湧いてくるだろう。

 そう思いながら戸を開けると――


「なんや、意外と早いおかえりやねぇ、傑流?」


 ――それは、玄関で待ち構えていた。


 長い黒髪はポニーテールに縛られ、開いてるかも解らない細い目は蛇のようにきつく釣り上がっている。

 陽光を受け付けない肌は不健康に白く、着ている白衣とほぼ同じ色をしていた。


「ね、ねぇさん……」

 傑流は1歩下がりながら、下を見た。

 顔を合わせないためではなく、顔を合わせるために、下を見たのだ。

 傑流の身長はそんなに高くは無い。普通の高校生男子より、少し低めか、普通ぐらいだ。

 そんな傑流が見下ろさなければならない程、その女性は背が低い。――というわけでは無い。


 その女性は、車椅子なのだ。

 車椅子だから、傑流は逃げれば追いつかれる事は無い。

 しかし、

「そこに、正座しい」

「え、でもねぇさん。ここは玄関だよ?」

「正座しい」

「……はい」

 傑流は彼女には逆らえないのだ。


「手ぇ出しい」

「……はい」

 言われるがままに正座し、包帯の巻かれた手を差し出す。

 キツ目の女性はそれを解き、機械の部分が丸出しになった腕をまじまじと見た。


「……バンダナも外したやろ」

「は、外してません」

「……受信装置が作動したんやけど?」

「外しました……」

 嘘は通用しない。

「……ほんまにっ……」

 キツ目の女性は息を吸い、

「何度言うたら解るんや!! アホちゃうんかっ、この合成脂質も合成皮質も、原価高いんやで!? しっかもバンダナ外すとか、何考えとんねん!」

「ご、ごめんなさいぃい!」

 あまりの怒声に、傑流は身を竦めた。

「立場解っとんのか!? なんのための腕で、なんのためのバンダナや! 言うてみ、まちごうたら晩飯は抜きやっ!」

 腕を掴んだまま離さないキツ目の女性。

 逃げ場は無い。むしろ逃げたら晩飯は無い。


「正体を隠すためです……」

「せやろ、解っとるやんかっ。そ、れ、を、傑流は自分で外したんやで」

「……はい」

「正体がバレたらどうなるか、何回も見たやろ」

「……はい」

「言うてみ」

 女性の誘導に、傑流は言葉を詰まらせた。


 言いたくない。口にもしたくない。自分の運命。自分のトラウマ。


「……言うてみ」

 今度は静かに、女性が言う。

 ふと、

「そこまでにしたってもええんとちゃう? 智里(ちさと)ねぇさん」

 居間から、青年が現れた。

 黒いセミロングの髪型以外は、服装の白衣、顔まで、女性と同じの青年。

 ただし、彼は車椅子では無かった。


智史(さとし)さん!」

 救援に歓喜しかけた傑流だが、

「智史は黙りっ」

 キツ目の女性が一蹴。

「……程々にしてやりぃ」

 智史は渋々と引き下がった。


 杵島(きしま)姉弟。

 杵島智里と杵島智史。2人は紛う事なき双子だ。

 そして、仁間傑流とは血は繋がっていない。――義理の姉兄だ。

「さあ、言い」

 智里は気を取り直し、傑流と向き合う。

 傑流は俯き、

「……施設に、送られます」

 と、弱々しく答えた。


「解っとるやん。なら、施設に送られてでも、貫きたい物やったんか?」

 その問いに、傑流は答えられなかった。いや、答えたくなかった。

「うちらが傑流の腕を治すんなら、なんとかなる。せやけど、傑流。毎回言うけど傑流は、普通の人間とはちゃうんよ?」

「…………」

 傑流は答えられない。


「正体が政府にバレたら施設行き。それが法律や。傑流は特別な存在――亜人なんよ?」

「っ……」

 傑流は答えられない。


「それともまた、《商品》に戻りたいん?」

「つう……!」

 傑流は思わず目を閉じた。


 忘れる事の出来ないトラウマ。無くす事の出来ない過去。

 他種の生物との合成遺伝子によって造られた、半人間、亜人。

 人体実験。最悪の闇科学。それが、傑流だ。


 亜人創造は法律で禁止されているが、売れば金になる。だから、たとえば借金等の肩に取られたりした、まだ産まれていない子供達が、次々と亜人にされている。

 創造に成功すれば商品。失敗すれば死。逃亡すれば――施設。

 亜人は人間じゃない。亜人に人権は無い。

 社会的には亜人も人間だと言われているが、そんなのは建前だ。普通の生活を送る事が出来た亜人は、亜人誕生の歴史、50年前から、1人たりとも確認されていないのだ。


 化け物と称されるに相応しい存在。

 闇科学により、亜人として誕生した傑流は、闇科学により、人造人間と化した。

 そこに、人間と扱われるべき要素など無い。だから、隠さなければならない。


「戻りたく……ないっ……!」

 悲痛の声が溢れた。

「……せやろ。なら……」

 智里は、傑流を抱き寄せた。

「もう、無茶したらあかんよ?」

「……うん」

 緩んだ涙腺を堪え、傑流は答えた。


「さて」

 見ていた智史が言った。

「ご飯にしよか」

 智里と同じ、細い目で優しく笑う。


「せやね。……はぁ、久々の説教は疲れたわぁ。成長せん弟を持つと、姉は苦労する」

「智里ねぇさん? 僕もそこに含まれとるんやったら、金輪際、飯は作らんよ?」

「あかん! それはあかん! 智史の飯はうちの生命線やで!?」

「解ったんならええんや」

 智史に車椅子を押されながら、ギャーギャー喚く智里を眺める傑流。

 零れかけた涙はもう引いた。

 しかし、目に水分を感じた傑流をそれを袖で拭った。


「ねぇさん、車椅子は僕が押すよ! 智史さんは、ご飯の準備お願い! 僕もお腹減っちゃった!」

「なんや傑流! 傑流が押すと危なっかしいからあかん! ってか、せや、傑流の腕を治さんと、飯に出来んやん!」

「あー! しまったぁぁあ!!」

 気付いて発狂する2人。


 智史は苦笑し、

「……もう、仕方ないな。まだ出来とるわけやないから、残りの準備済ませてるうちに、修理してきいや」

 と、車椅子を傑流に預け、居間に向かった。

「あ、せや待ちいや智史! 今日の献立はなんや! さっきから不穏な香りが漂い始めとるんやけど!?」

 智里の問いに、傑流は鼻をすすった。

 脂身と、胡椒の効いた、少し鼻にツンと来るソースの匂い。


「ジンギスカンやけど?」

 当たり前のように答える智里。


「やったぁあ! 久しぶりに脂身が食べられる!」

 両手を挙げて喜ぶ傑流。

「なんやと!? うちは食卓に肉を並べたらあかんっちゅう家訓を忘れたんかっ!」

「いや、そんな家訓はあらへんやろ」

 悶絶する智里。


「さ、傑流。早く修理を済ませて貰い」

「うんっ、解ったよ!」

「ちょお待ちぃやおまっ、……まだ間に合う! 手遅れになる前に、献立を変えるんや!!」


 傑流に車椅子を押され、家の奥へと向かう智里。

 智史は知らんぷりを決め込み、台所へ向かう。


 亜人である傑流に、人権は無い。

 人体実験を受けた傑流は、犯罪者と言っても過言では無い。

 しかしこれが、闇科学によって産まれ、闇科学によって生かされた少年の日常。

 ――人造亜人。仁間傑流が、人間であれる根源。



 ≦≡3≡≧



「おはよう、聖斗」

 翌日の登校中、聖斗らしき人物を発見したため声をかけた傑流。

「…………」

 しかし、聖斗らしき人物は何も答えない。


 らしき、というのには理由がある。

 先日まで身体中包帯だらけだったわけだが、今は、なんというか、包帯になっていたのだ。

 いや、よく解らないかもしれないが、聖斗という人物ではなく、そこに人間の形をした包帯が立っている、と言ったほうが正しかったかもしれない。


 こんな大袈裟過ぎる治療を受け、しかしそれでも学校に行こうと考える人間は1人しか居ないのだ。


「……聖斗。イメチェン?」

「んな奇抜なイメチェンがあるかぁっ!」

 包帯が言っ――もとい、聖斗は荒い口調で反論する。

 これがイメチェンだとしたら、イメチェンには成功したが人間として失敗した事になるだろう。


「で、智里さんはどうだった?」

 包帯が聞いた。

 傑流は、

「勿論、大目玉喰らったよ……」

 と、昨日の説教を思い出して肩を落とし、抱きしめられた事を思い出して赤面した。


「……どうやら、許しては貰えたらしいな」

 その様子を見ていた包帯は鼻(どこにあるのかは解らないが)で笑う。

「許して貰えた、というか……」

 結局お咎め無しではあったが、腕の修理をして貰っている最中、先日の闇討ちジャックの件の説明をするには骨が折れた、という事を説明すると、

「骨が折れるような事はしていないだろう」

 と、聖斗は当たり前のように言った。

「鯨との合成遺伝子によって組み込まれたお前の体質、エコーロケーションで、闇討ちジャックの犯行現場を押さえる」

 そこに俺が先に向かい、と、聖斗、及び包帯は語る。

「その場に居る敵を制圧し――あそこまで計画的な犯罪行為をしていた奴らが、保険をとって置かないわけが無いから――奴らが援軍を呼ぶのを待つ」

 そして、と、聖斗はひと呼吸置き、

「援軍を呼んだら、そこを、傑流が一網打尽にする。で、あとは風紀委員である月島に犯人を拘束させて終了だ。簡単じゃないか」

 と、説明を終えた。


 そう、聖斗は傑流の正体を知っている。


「それが僕には難しかったんだよ!」

「それはお前が馬鹿だからだ」

「なんだと!?」


 ――2人の本当の出会いは、不良に追われていた傑流を聖斗が助けたものでは無い。

 歯止めを失った傑流が、不良をめった打ちにしていた。それを聖斗が止めた、という物だ。



『……何をしているの?』

 始まりは、傑流のその言葉だった。

 複数の不良の恐喝現場に出くわしたのだ。


「なに、君」

 不良達に囲まれた傑流は考えた。

 姉である智里に、挨拶は礼儀だと教わった。

 そして、その姉に教えられた通り、

「僕はマジマギすうちゃん、正義の魔法使いさ」

 と名乗る。

 傑流にとって、智里の教えは絶対なのだ。


 当然、不良達は逆上。

 最初のうちはあしらうだけだった傑流だが、勝てないと解った不良達は、恐喝していた少年を盾にした。


「卑怯だよ! その人を巻き込むなよ!」

 傑流が言うと、

「卑怯? はっ、こいつみたいに力の無いヤツには、人権なんて無いんだよ!」

 不良は喚いた。


 ――人権なんて無い。

 亜人である傑流が、最も聞きたく無い言葉だった。


 傑流は我を失った。

 不良達を殴り、蹴り、一方的に傷付けた。

 本当に人権を奪われていたからこそ、傑流は思った。

 一体、なんの権利があって、彼らは他人の人権を奪うのだろう、と。


 人権を失うべきなのはどっちだ。

 人を不幸にする人間のために、無害な人間の人権が奪われるなんて、あっていいはずが無い。――そんなのはもう、過去だけで十分だ。


 気絶している不良さえ、傑流は構わず殴り続けた。

 そこに――

「そこまでだ」

 ――聖斗が現れた。


 それからの事は、また別の話しだ。


 とにかく、その出会った時、聖斗は傑流の正体を知ったのだ。



「馬鹿って言ったほうが馬鹿なんだ!」

「お前、それ本気で言っているのか?」

「本気だよ! 聖斗は馬鹿だ!」

「……おい、ツッコミ待ちなら諦めろ」

 2人は、聖斗の格好以外はいつも通り、少しずつ校門に近付く。


「……そういえば、昨日の事、どうなったの?」

 ふと、傑流が聞いた。

 熱するのが早ければ冷めるのも早い。……単に忘れっぽいとも言えるが……。


「あー……」

 聖斗は無気力に呟き、頭を押さえた。

「闇討ちジャックは、自分達が十文字九音という七不思議の名前を使い犯行していた事を認めた。まあお前のエコーロケーションを使って調べたんだから、認めさせる必要も無かったが、証拠が無かったからな。吐いてくれて助かった」

 それと、と、聖斗は続ける。

「お前の事も隠し通せたし、被害者の女子生徒も他言しないと誓ってくれた……だが」

 深いため息をつき、

「いくつか、面倒な事になった」

 聖斗は重い口調で言った。

「面倒な事?」

 傑流が聞くと、聖斗は近付く校門を見つめながら、

「あれだ」

 と、答えた。


 見ると、校門の前には見覚えのある少女が立っていた。


「あれって……月島さん、だよね」

 そう、月島美合だ。

 彼女は傑流とその隣の包帯に気付いたらしく、ハッとしてこちらに歩み寄ってきた。


「あ、おはよう月島すわん!?」

 迫った月島は、そのまま傑流の胸倉を掴んだ。

「く、苦しいよ月島さんどうしたのなんで怒ってるの!?」

 月島の必死の形相にたじろぐ傑流。


「……あんた……」

 ゆっくりと口を動かす美合。傑流はその背後に、燃え上がる炎の幻覚を見た。


「――風紀委員に入りなさい」


 一瞬、何を言われたのか解らなかった。

 要約を求め聖斗を見ると、聖斗は、な? 面倒だろう? と言いたげな顔をしている。実際口に出さないのは、口に出したらさらに面倒な事になると予知しているからだろう。


 次に美合をもう1度見ると、脅すような目で傑流を睨んでいた。


「え……っと」

 仕方なしにと傑流は自分で考えた。

(風紀委員って、学校の秩序を守る委員会だよね? で、今月島さんは風紀委員で、昨日、僕らがやった事を見てて……)

 30秒程考え、傑流は気付いた。

 美合は今、傑流に、風紀委員に入れと言ったのだと。


「……………………」


 さらに、硬直。


「え……えぇぇぇえええ!!!!????」


 全てを飲み込んだ瞬間、傑流は絶叫した。


「ちなみに、強制よ。あんだけの騒ぎを起こしたんだからね」

 美合が言った。

「正当防衛の言い訳が通用しなかったんだ。俺達がやったのは、校内では風紀委員にしか許されない、制裁の域だとな。だから、昨日の事は風紀委員としてやった、という事にしなければ、退学らしい」

 ため息をつきながら聖斗。

 心底面倒くさそうな態度だ。


「というわけで、ビシッバシ働きなさいよね! 風紀委員はいつでも人手不足なんだから!」

 美合は2人の手を無理矢理引っ張り、

「さあ委員会に挨拶に行くわよー。朝だけど、誰かしら居るでしょー」

 と、陽気に鼻歌を歌う。

 その顔には、これで仕事が楽になる、と書いてあるようだった。


「あ、いや、ちょ、待っ」

 傑流の声が、そんな美合に届きそうに無い。


「ちょっと、待ってよぉぉお!!!!」


 傑流の心からの叫びは、昨日姉と誓った、もう危ない事はしないという誓いと共に、淡い物となって消えていった。




 香椎学園ルート1〜闇討ちジャック編〜完。

 さあさあ香椎学園ルート1がようやく完結しました\^o^/←顔文字失礼。ここまで読んで下さり、本っ当にありがとうございます!


 これは、聖斗、傑流、美合の3人が主軸に置かれた、社会の表視点ですね。

 傑流の件で、これが表か? と思うかもしれませんが、傑流のアレは所詮過去ですから。という事で許して下さい。え、駄目か。


 しかし、コメディー要素が多い、と言いましたが、実際書いてみたらやっぱりダークでしたね。

 所詮はダークファンタジー……、コメディー入れてもダークはダークなのかっ!


 とまあ悶絶しても仕方がありません。

 ですのでここはひとつ、言い訳を。

 僕は……ダーク系が大好きなんです!


 いや、正確には重い話ですかね。

 ほんわかも好きですが、書くにおいてはダークが1番です。



 さてさて、完結したわけでも無いのに長々と語るな、と文句を言われそうなので、そろそろ次話についてを。


 今回は、僕がこのサイトの勝手がまだ解らなかったから、テストも兼ねて小刻みに更新させて頂きました。

 しかし次回からは、しっかり、話が完結してからにしますので、もし、以降も読んで下さる方がおりましたら、ご安心下さいf^_^;


 そしてその大事な次話ですが、表と裏の中間――judgment視点の話になります。

 こいつらは、警察みたいな感じですかね。

 まあ、警察と新撰組が合わさった組織ってアレですが(>_<)


 個別ルート中は、バトルミステリーっぽくしたいなぁと思っております。

 ただ、作者が頭悪いので、難しいかもです……。


 でもでも、頑張りますので、是非是非、次回作もご覧下さいませ!

 では、この度はこれで失礼させて頂きます!

 最後にもう1度、ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございます!!

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