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HEROES  作者: 根谷 司
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香椎学園ルート1・1〜果たし状の行方〜

 HEROSの1話です。始めは香椎学園ルートという事で……の前に、ルートについての説明をさせて頂きます。ルートは、《香椎学園》《judgment》《suspect》の3つがあり、それぞれにカラーがあります。

 《共通ルート》に入るまでは、全てを読んでも良し。気になるものだけを読むというのも面白いかもしれませんね。

『ねぇ、人造人間って知ってる?』


『んあ? そりゃな』


『ちなみに怪談じゃなくて、最近噂になってる正義の味方ってやつの事よ?』


『ああ、そっちか。そりゃあ、知らないやつは居ないだろ。有名だからな』


『聖斗は信じる?』


『半分は、って感じだな。琴美は信じるのか?』


『私も半信半疑だな。だって、噂じゃ3メートルの大男で、5メートルもある大鎌を片手で振り回すんだって』


『…………そいつぁ初耳だ』


『聖斗はどうして半信半疑なの? 超能力が当たり前になった世の中なんだから、人造人間も不可能じゃないでしょ?』


『いや、それはそうなんだが……』




『――正義の味方っつうのが、いまいちな』



 ≦≡0≡≧



 ――何故こうなったのか。

 少年は走りながら考えた。


 路地裏のごみ箱に脚を突っかけ、中身をばらまいた事はこの際気にしない。それより今は、原因の追求が先である。


「待ちやがれゴルアァアア!!」

 そんな言葉で止まるような奴は、まず逃げたりはしないだろうが。

 後方から投げつけられる罵倒のちゴミときどきナイフ。


 避けながら走る(そもそも相手は見た感じただのチンピラであるため、避けずとも殆どが外れていく)少年は、チンピラの命中率のせいか、はたまた別の原因があってか、存外落ち着いていた。


 事の発端は、街中で肩をぶつけた事である。完全に前方不注意だが、ぶつかったチンピラは人間と肩をぶつけあっただけとは思えない程の悲鳴を上げながら悶絶。


『ざっけんなよてめぇ!!』


 そして、今に至る。

 逆上する程の要素はどこにあったのだろう。と、少年は逃げながら真剣に考える。

 ぶつかった後の倒れたチンピラには、親に教わった通り『いやぁメンゴメンゴ、僕の名前はマジマギすうちゃん。正義の魔法使いさ、よろしくね☆』という挨拶をしてみただけだから、ここに理由があるとは思えない。


 しかし、原因追求を終える前に、少年は行き止まりに突き当たった。

「追いつめたぜぇ、クソガキぃ……!」


 未だに肩を押さえたままのチンピラその1と、その後ろには仲間らしき3人。


 ――何故こうなったのか。

 4対1という数字的に不利な状況で、少年は極力穏便な打開策は無いかと思考を振り絞る。


「さぁて、ナメくさった御挨拶をしてくれた礼をしてやるぜ、マジマギすうちゃんよー」


 ――何故こうなったのか。

 チンピラその1は、額の血管を浮かせながら詰め寄る。



「そこまでだ!」

 ふと、声がした。

 低いがよく響く声。


「な、誰だ!」

 チンピラ達が振り向くと、そこには茶髪ショートでがたいの良い、チンピラ達とはまた違う感じで威圧感のある立ち姿をしていた。


「俺が来たからには悪事は許さねえ! 今助けるぜ、少年!」

 そう言って、そのヒーローは駆け出す。刃を持ったチンピラ達に、拳ひとつで、怖じける事なく…………。



 ≦≡1≡≧



「というのが、俺と傑流の出会いさ!」

 胸を張る大男、といっても、日本高校生の中では割と、という域を出ない、がたいの良さがトレードマークの少年、梶原聖斗(かじわらせいと)が言った。


「いや、それ色々と改善改悪されてるよね。――というかなんで僕の視点なの」

 色素の無い真っ白の髪と肌が特徴的な少年、仁間傑流(ひとますぐる)は、黒くて大きめのヘアーバンドの下から覗くシルバーブラウンの瞳で、呆れたように聖斗を見る。


「すっごぉいさすが梶原君! 進路希望がJudgmentなだけある!」

「仁間くんも、チンピラに追われてるのに冷静でいれるなんてすごいよね、なんか秘策でもあったの!?」


 聖斗の話しを聞いて興奮している女子達。


「いくつか嘘が混じってるけどね」

 傑流は黒い手袋をはめた掌をひらひらさせ、さらに話しに食いつかせようとする。


「えー、そうなのー?」

「でもそうだよね、仁間君が『マジマギすうちゃん』なんて言うはず無いもんねー」

「いや、そこは本当だ」


 固まる女子達。不思議そうに首を傾げる傑流。真面目な顔つきの聖斗。


「……………………え?」


 呆気に取られる女子達だが、妥当な反応である。

 何故なら傑流はクラス内では物静かな好少年で通っている。事実、傑流は何故か聖斗以外の人間とあまり喋らない。


 そんな彼が『マジマギすうちゃん』だなど、誰が想像出来るだろうか。


「…………やだなぁ梶原くんってば、一瞬信じちゃったじゃない!」

「え? 本当だよ?」

 ――傑流がそんな電波発言をしただなどと信じたくなかった女子達からすれば、傑流本人の肯定はヅラが風に飛ばされてしまった校長を見た、というような物だった。


「つうかよ、どうしたんだお前ら、いきなり」

 聖斗が言った。

 聖斗は誰とでも気兼ね無く話すが、傑流は違う。

 クールキャラで通っているからか、はたまた別の理由があってか、聖斗以外の人間は傑流に声をかけないのだ。

 それが今日、クラス替えをして一ヶ月、1人の女子が『2人はどうして仲が良いの?』と声を掛けてきたのを皮切りに、6人の女子が集まったのだ。


「い、いやあ、別に深い理由は……」

 何故か照れる女子に、傑流はさらに首を傾げる。

「はっはーん、そういう事か」

 何かに気付いたらしく、聖斗は女子達を見回した。


 ギクッと肩をすくめる女子の反応に、傑流はさらに首を傾げる。

「何? 何がどういう事なの?」

 傑流が聞くと、

「思春期って事だ」

 聖斗が言った。


「そ、そそんな事ないって! ねぇ、結衣?」

「う、うんうんそんな事ないよ!」

 慌てる女子達。

 だが、

「へー、大変だね」

 他人事のように、傑流は無関心に呟き、聖斗を見た。


「思春期ってアレでしょ? 18禁的な」

「ああ、お前は少し黙っていろ」

 少し棘を混ぜて傑流に釘を打った聖斗は、女子達を一瞥。

 そして、

「お前ら、冷や汗が尋常じゃないぞ。あまり無理はするな」

 と言った。

 口調は冷やかしでもなんでもなく、むしろ心配しているような観がある。


「そ、そうだね」

 汗を拭う1人の女子。

「でも、せっかく声かけられたのに……」


 名残惜しそうに傑流を見る女子。

「なんだ舞惟、俺とはよく話しているじゃないか」

「違うわよ、梶原くんじゃなくて、仁間くんに、よ」

「釣れない事を言うな。俺だって傷付くんだぞ?」

「梶原くんも良い男だけど、仁間くんには劣るわ。――でも、なんか疲れちゃった。少し席で休もう」

 安堵したかのようなため息をつきながら、女子達はぞろぞろと離れていく。


 そして、静かになった教室の隅で、


「ねぇ聖斗」

 傑流は去っていった女子達を見ながら呟く。

「どうした、傑流?」

 何の気無しに聞き返す聖斗。その声は何故か、僅かな力が篭ったうえで震えていた。


「手に持っているそのバタフライナイフは何?」

「護身用だ」

 あっさりと答える聖斗の手元で、カチッという音がする。


「……今開く必要は無いよね?」

「――護心用だ」


 ニュアンスの違いを感じとった傑流は慌てて立ち上がるが、聖斗に襟を捕まれた。


「やめて! 僕は悪くないよ!?」

「ああ、気にするなただの八つ当たりだ。――モテやがってクソがっ!」

「理不尽だぁぁあ!」



 ぎゃーぎゃーと喚く2人だが、

「梶原ぁ、校内で刃出すと、風紀委員に睨まれるぜー」

 という野次が聞こえた瞬間、聖斗は舌打ちをしながらバタフライナイフを閉じた。


「仕留め損ねたか……」

「将来《Judgment》を目指してる人の台詞じゃないよね!」

 聖斗のぼやきにツッコム傑流だが、またバタフライナイフを取り出そうという動きを見せた聖斗の動きに警戒し、数歩下がった。


「こうやって犯罪者が増えるんだな」

 感心するクラスメート。

「ああ、友情が犯罪を産む事もあるんだな」


 珍しい事もあるものだ。今日は、普段は聖斗以外とは話しをしない傑流にとって何か特別な因果を感じざるを得なかった。


 女子が居なくなったら男子が集まってくる。

「……どちらかと言うと女子のほうがよかったかな」

「最悪の独り言に感謝する」

 傑流の天然発言にツッコんだ聖斗は、苦笑しながら集まってくるクラスメートの男子達を見回し、ため息をついた。


「…………厄日だな」

「何を言ってるのさ、聖斗? 良い日じゃないか」

 普段から人と話し慣れている聖斗と、話し慣れていない傑流の観点の違いには、若干の違和感があった。


 それに気付いているのは、事実上、聖斗だけである。

「聖斗は、人と話すのは好きなんだよね?」

 声をかけられて厄日だと言った聖斗に、傑流は聞いた。見た限り、聖斗は誰とでも話せる気さくなヤツだからだ。


 聖斗は腕組をしたまま、

「嫌いでは無い。必要事項だからな」

 と答えた。


「《Judgment》として?」

「俺の希望は、犯罪、テロ対策の1番隊だから、対人関係は役に立たない」

 傑流の質問を、はっきりとは答えずに否定した聖斗。


「じゃあなんで?」

「内定のためだ。それに、話しかけてきたのを突き放す程、話すのが嫌いなわけでも無いからな」

 内定に友達の人数でも乗るのだろうか、と首を傾げる傑流だが、

「おーい、席につけー」

 と、教室に入ってきた教員に注意され、会話は途切れた。



 そして1日の授業が終わり、聖斗と傑流は下校していた。

 コンクリートに包まれた、無機質な町並み。中途半端に都会化して発展を止めてしまった、なんとも残念さが漂う街だ。


「それにしても、やっぱり6現目が体育っていうのはどうかと思うよ」

 フラフラと歩く傑流。暑いよ、とぼやきながら、体育の授業中でも外す事の無かったヘアーバンドを少し浮かせ、頭に風を送る。

「……そうだな」

 隣を歩く聖斗は至って平然と答える。――しかし、態度とは裏腹にその脚は震えていた。


「あの人は鬼だよ。僕はただ単に、サッカーをもっと楽しくしようと思っただけなのに。なんでグランド20週を走らされるのさ」

「それで倉庫の鍵を壊して様々なボールを拝借した上グランドにほうり込んだ馬鹿には調度良い罰だ」

「僕は悪くないよ! 聖斗が『グランドにボールが溢れかえってくれりゃあいいのに』って言ったから、僕が叶えてあげたんじゃないか!」

「あれは『それで授業が潰れたら』って思っただけだ!」


 どうやら勘違いが生じていたらしい。

 そこはかとなく『傑流なら本当にやりかねない』と解った上で呟いたため、聖斗は間違いなく確信犯だった。


「あ。ねぇ聖斗」

 体育の授業で疲労した身体で言い合いをしたせいで、喉に激しい疲労感を覚えた傑流が立ち止まった。


「ん、どうし……、ああ、そういう事か」

 釣られて立ち止まった聖斗が傑流の視線を辿ると、そこには小さなカフェがあった。


 財布に優しいから学生に人気なのだが、なにより、少し変わったアイスクリームが人気の理由だ。


 傑流の視線は『食べたい』と物語っている。


「いいだろう。ただ、行く場所があるから、テイクアウトにするぞ」

「もちろんだよ!」

「……奢らないぞ?」

「聖斗? 僕は聖斗の恋人じゃないんだよ?」

「何故そうなる!」

 少し間を置いて、まぁいい、と頭を掻いた聖斗は、カフェの扉を開く。

 カウンター越しにアイスクリーム2つを注文し、マスターの作業を眺めた。


「……あ、しまった」

 ふと、ポケットに手を入れた聖斗が呟く。

「財布を忘れたの? 奢らないよ?」

 傑流はマスターが取り出したミルクを見つめながら言うと、

「財布はある。……携帯を学校に忘れたらしい」

 と、苦虫を噛んだみたいな表情で聖斗はため息をついた。


「しゃあない。バタフライナイフもあるから、1日ぐらいは平気だろう」

「すごいよ聖斗、その台詞だとまるで聖斗はバタフライナイフで携帯電話の代用が出来るみたいだ」

「……後で取りに戻るか」


「そうしなよ」

 話しながら、カウンターの向こうではマスターがミルクに掌を翳している所だった。


 とろんとしていたミルクがとろみを増して半固形になると、それを掬い上げてコーンに載せる。

 コーンのフタをし、また手を翳す。


「はいよ」

 マスターに渡されたアイスクリームをそれぞれ受け取り、金(150円。物価は半世紀前から変わっていない)を払って2人は店を出た。


「んー、おいしい!」

 一口頬張り、声を出す傑流。

「ああ。味覚は正常で良かったぜ」

 聖斗も言うが、表情に起伏は無い。


 モナカ形状のアイスを食べながら、2人は歩いていた。

「あのお店のマスター、随分と《異質》を受け入れた商売してるよね」

 口元にアイスがついたまま、傑流はなんとなく呟いた。

 異質、つまり、異変体質。ある種の障害として扱われている体質の事だ。


「ああ、そうだな」

 どうでもよさげに答え、二口めを頬張ると、

「何かを代価にして超能力を持って産まれた人間、《異変体質者》。《異質》は俗称であって揶揄だ。差別用語だから、Judgmentによる取り締まりの対象になりかねない。俺は別に気にしないが、気をつけろよ」

 それに、と、聖斗は続ける。

「近年の統計だとまた増えて、確か今は出生時で50人に1人、だったか。差別してそんだけの《異変体質者》を敵に回したら厄介だぞ」

 空を見上げる聖斗は、顔を渋らせていた。


「流石にJudgment志望なだけあるね」

 傑流は感心したつもりだったが、

「俺がその手の知識以外には疎い、みたいに聞こえる言い方すんじゃねぇ」

 機嫌が悪かったのか、聖斗は嫌味だと勘違いし、傑流の肩を叩いた。


「――あ」「……あ」

 肩を叩かれた拍子に、傑流のアイスがコンクリートに落ちる。

 2人は声を揃えて僅かに停止すると、

「ねぇ聖斗! 最悪だよこれ、最悪だよ!?」

「うるせぇ2回も言うな!」

 道端で喧嘩を始めた。


「聖斗が肩を叩いたせいだからな! 聖斗のアイスを寄越せ!」

「ふざけんな! お前が変な事言ったのが原因だ!」

「変な事? 僕が変な事なんていつ言った!」

「基本的には、い、つ、も、だ!!」

「なんだとー!?」

 聖斗のアイスを奪おうと縋り付く傑流。

 しかし、傑流を止めるために散漫になっていたアイスを握る力。それが弱まった拍子に、アイスが飛んだ。


 グチャ、と、嫌な音がした。


 2人は言い合いを止め、音がしたほうを見る。

 そこには、スキンヘッドにアイスを乗せるという未来的ハイファッションを、殺気の込められた笑みを保ちながら見せびらかす男が居た。


 胸元が開いたアロハシャツの上にスーツ。ダボダボのスラックス。薄い紫のサングラス。

 名前を聞かなくても解る。


「や、やーさんかよ……」

 聖斗の表情が引き攣る。そう。見るからにヤクザ系。少なくとも、カタギでは無い見た目だった。

「? 聖斗、知り合いなの?」

 いったい何を勘違いしたのか、傑流は言いながら1歩前に出た。

 そして、2本指立てて目の前で横にポーズを取ると――

「いやぁメンゴメンゴ。やーさんなんて随分と素敵なあだ名だね、うらやましいよ。ちなみに僕はマジマギすうちゃん、正義の魔法使いさ。よろしくね☆」

 ――周囲に居た人間を、1人残らず絶句させた。

 これを確かに、魔法と呼ばずに何と呼べばいいのか。いや、電波だ。


「お、ま、え、はぁ……!」

 聖斗は咄嗟に踵を返し、

「それは効かないと学習しろぉぉお!!」

 叫びながら、全力疾走した。

「あ、ちょっと待ってよ聖斗!」

「そんな言葉で待つやつはそもそも逃げたりしない!」

 驚くべき速力で逃げる聖斗を追い、傑流も走り出す。

 その数秒後、

「こんのクソガキ共があ!!」

 当然、やーさんで同じみ(?)のヤクザは2人を追いかける。


「どうして!? 智美姉から教えて貰ったこのやり方なら、どんな人の心にも隙が出来るって聞いてたのに!」

 聖斗に追いついた傑流は必死に考える。――何がいけなかったのか、考える。


 多分、口調がまだ成り切れていなかったのがいけないのだ、と自己納得した傑流だが、

「隙は出来たさ! 数秒後に爆発する起爆材として!」

 と言う聖斗の言い分が本来の正論だ。


「待ちやがれゴルアァアア!!」

 巻き舌を含めながら、やーさんは2人に叫ぶ。

 そんな言葉で止まるヤツはそもそも逃げたりしないよ、と思った所で、傑流はハッとした。


「すごい……、すごいよ聖斗! 僕、今、すごい事に気付いたよ!」

「なんだ! 逃げるための作戦か?」

「…………これが、デジャヴュなんだね」

「俺は今、お前を囮にするという作戦を思いついた所だ!」

 傑流は落ち着いている、というよりも、無頓着、もしくは無神経な態度を保っている。


「何を言ってるのさ! 聖斗はバターナイフを持ってるんだから、聖斗が戦ってよ!」

「バタフライナイフだ! しかも、あんなもんでやーさんに勝てるかっ!」

 2人とやーさんの距離は縮まらない。そして、2人の会話がやーさんにも聞こえているからこそ、彼と2人の心の距離は和解が出来ない所まで離れてしまっていた。


「なら、携帯は!?」

「学校だと言っただろう!」

 舌打ちしながら聖斗が言うが、傑流は、でもさ、と、走りながらでも聞こえるように、

「聖斗は痛くないからいいじゃないか!」

 と、喧嘩を促す。

 しかし、聖斗はそれを否定する。

「良くねぇ! 怪我は怪我だ!」

「この役立たず! びびってんのか!」

「黙れ人外!! 野生に帰れ!」

 ヤクザに追われながら喧嘩するなど、2人の器用さに脱帽するやじ馬の数は決して少なくなかった。



 ≦≡2≡≧



「はぁあ、昨日は大変な目に遭ったよ……」

「誰のせいだ、誰の」

 ヤクザと20分近くリアル鬼ごっこをかました2人は、翌日の午後、筋肉痛に悩まされていた。

 と言っても、痛そうに脚を摩っているのは傑流だけだ。聖斗はただ、机に突っ伏していた。


「聖斗のせいだよ。アレはもともと聖斗のアイスだったじゃないか」

「お前が寄越せと言って暴れなければ、あんな事にはならなかった」

 無気力ながらも言い合う2人。

 いつもならその言い合いは気が済むまで続くのだが、流石に本物のヤクザに追われ、拳銃まで出された時は人生的な意味での終わりを考えた程、2人はギリギリだった。

 よって、2人は今とてつもなく不安定な精神状態にあるというわけだが……。


「はっ、すごいよ聖斗。僕今、すごい事を思いついた!」

 興奮気味な口調で傑流が言う。

「なんだ。俺に対する誠意ある謝罪文でも考えついたのか?」


 傑流は得意げに笑うと、

「次は聖斗がマジマギせいちゃんになれば――」

「とりあえず傑流を殺す」

「――変態として僕が捕まえっ、て、さっきまでの流れでどうしてそうなるの!」

 机を叩く傑流。聖斗は伏せていた顔を上げると、

「冗談だ」

 と笑い、携帯電話を取り出す。

 すると、1人の女子がそれに気付き、

「ちゃお、梶原君と、ひ、仁間君」

 と、軽く手を振る。

 柴田舞惟(しばたまい)。昨日も声をかけてきた女子だ。

 彼女はそのまま挨拶を待たずに、

「……相変わらずすごい量のストラップだね。また増えた?」

 と、歩み寄ってきた。

 聖斗の携帯電話には、大量のストラップが付いているのだ。

 どれもこれも、デフォルメされたかわいらしい戦隊ヒーローばかり。異様に細かい作りになっていて、揺らす度にカチカチいう所からして、金属製だ。


「増えた、というより、直した、だな。この前いくつか壊れたのが、また戻ってきたんだ」

 聖斗の言葉に、女子は首を傾げ、傑流は顎に手を当て考える。

「そんなに大事にしてるんだ」

 感心したように笑う女子だが、その顔に滲む『子供っぽい』という副音声を聞き逃す程、聖斗は鈍感では無かった。

「大事というより……、いや、大事という事に変わりは無いか」

 弁解を述べようとしたが、聖斗は留まった。傑流はその様を見て、

「バタフライナイフと同じ意味で大切なんだよね」

 と、閃いたり顔でキメる。同時に、

「ああ、お前は黙っていろ」

「聖斗……、親友にバタフライナイフを突き付けるのはどうかと思うよ」

 生死の境をさ迷う者の顔になった。


「ちょちょ、駄目だよ、校内で武器を持つと、闇討ちジャックに睨まれるよ」

 慌てて一歩踏み出しかけた舞惟だが、すぐに止まる。何故か、踏み込んではいけない気がしたのだ。

「……闇討ちジャック?」

 心配も取り越し苦労で済んだようで、解放された傑流は何事も無かったかのように聞いた。

「知らないの?」

 と聞く舞惟に、

「うん」

 傑流は即答。しかし、

「確か、十文字九音(じゅうもんじくおん)だったか」

 変わりに聖斗が答えた。

「聞いた事ない名前だけど、風紀委員の人?」

 傑流の問いに、舞惟は口元に手を当てた。

「本当に、知らないの?」

 まさかここまで驚かれるとは、と少し不満を抱く傑流だが、彼は感情に関しては色々な意味で疎い。故に、

「うん」

 と答える事に躊躇いは無かった。

 


 授業が終わり、放課後になる。

 授業中に聞いた話しでは、十文字九音はおそらく不良だ、という事らしい。

 おそらく、らしい、というのは、被害届けはあるが証拠が無く、目撃証言も無い。さらに、風紀委員がいくらパトロールをしても、現場を抑える事が出来ない事から、制裁を与え損ねているという事だ。

 家がなんらかの名家で、妬みから罪をなすりつけようとしている、と言われれば、それも正論に聞こえてしまう。


 第一、十文字九音は殆ど学校に来ていない。

 聖斗や傑流と同じ学年で、隣のクラスとの事だが、登校する必要が無いと学校に認められ、登校義務を免除された例外。

 にも関わらず、イジメ、というより、暴行や恐喝の被害に遭った人間は、全員口を揃えて「十文字九音がやった。そのためだけに登校してきたんだ」と言うのだ。


 そんなのおかしい、と、言えない社会。誰かに暴力を振るう事など当たり前で、金を奪う事も大した罪では無い。いやむしろ、命があるだけ幸運なのだ。


「十文字、九音……」

 下校のため靴箱へ向かう最中、傑流はその名を呟いた。

 頭の中では授業中に聞いた話しを反芻していて、胸がいがいがした。


「気になるのか?」

 隣を歩く聖斗が聞いた。

 彼らが(正確には傑流が)、今までその有名人、十文字九音の事を気に止めなかったのは、彼らが帰宅部だからだ。

 十文字九音は、必ず放課後に現れるらしい。

 現れる、と言っても、誰も姿を見た事は無い。被害者が出るのが、いつも放課後だという事だ。


「うん。少しね」

 靴箱に辿り付いた傑流は言うと、

「でも、風紀委員がなんとかしてくれるよ」

 と、聖斗に言っているような、自分に言い聞かせるような、どちらとも言い難い口調で呟いた。

「……そうだな」

 聖斗は軽く微笑むと、靴箱から靴を取り出す。


 風紀委員。香椎学園の風紀委員は、学園の秩序を守るために選ばれた、いわば戦闘部隊だ。

 中には《異変体質者》も居るし、対超能力犯罪組織《Judgment》へのパイプもあるという。

 聖斗も本当なら、入るはずだった委員会。


「ま、俺らが気にする事でも……、どうした、傑流?」

 靴を履きながら見上げた聖斗は、傑流が靴箱を開けたまま硬直している事に気付いた。

 傑流の後ろまで歩いていくと、傑流の肩を叩く。

「なんだ、まさか靴に画鋲でも入ってたのか?」

「……だったら良かったな」

「は? お前は何を――」

 傑流の視線を辿り、靴箱の中を見る。


『果たし状』


「――やはり来たか」

「身に覚えが無いよ、こんなの!!」

 なにがやはりだよ! とぼやきながら、傑流は手紙を蛍光灯に翳す。

 別にそうすれば文字が出てくるフェイントなど信じたわけではないが、封を切りたくなかったのだ。願わくば封を切らずに中身を確認し、何かの間違いがあったのだと信じたかった。しかし、

「さっさと開けろ」

 と、痺れを切らした聖斗が傑流から奪い、封を切ってしまった。


「あ!」

 開けたら返品出来ないじゃないか、と言おうとした所で、

「クーリング・オフは手紙には通用しないぞ」

 と、聖斗に先手を取られた。


 聖斗は封から手紙を取り出すと、綺麗に畳まれた羊皮紙が入っていた。

「無駄に高級だな」

 躊躇いなくそれを開くと、

「えー、なになに『決闘を申し込む。旧校舎の裏で貴様を待つ』か。ったく、いつの時代の――おい待て傑流、俺のポケットから取り出したナイフで何をする気だ」

「止めないで聖斗! 平和の中で生きれないのなら、僕はもう犯罪者になるしかない!」

「だからって俺を被害者にすんな!!」


 1分程組み合い、結局傑流は聖斗にナイフを取り上げられた。


「で、どうすんだ」

 羊皮紙をひらつかせ、聖斗が問う。

「どうするって、絶対に何かの間違いだもん。行って、説明しないと」

 膨れっ面で言う傑流に、聖斗はため息をついた。

「しゃあない」

 言いながら羊皮紙を畳み直し、

「着いていってやろう。お前じゃ絶対、勘違いを悪化させかねないからな」

 と、腰に手を置いた。



 ≦≡3≡≧



 旧校舎、と言っても、今も特別棟として使われているため、まだらに人が居た。

 特別棟を使う部活動は無いため、あと10分もしない内に居なくなるであろう人達をなんとなく眺めながら、2人は校舎裏へ向かう。


 旧校舎の裏には小さな山がある。今時珍しい、街の中にある森林だ。

 住宅等は付近に無いし、ある程度の広さはある。決闘にはまさしく持って来いの場所だが、2年生になって少し経つ2人にとっても、そこは新鮮な場所だった。


 普段来る事の決して無い場所。だからこそ決闘の場に選ばれたのだろうが――

「遅かったじゃない」

 ――待ち構えていたのは、少女だった。

 茶色いセミロングの頭には金属製のヘアピンがこれでもかという程セットされ、目は大きく、猫のような印象を受ける。

 身長は、平均よりも僅かに下ぐらいか。身体つきは華奢で、決闘なんて言葉が不釣り合いな外観。――しかし、その腕には、2人にとっても見覚えのある腕章があった。


「おいおい、いよいよどうなってんだ」

「だから、絶対に何かの間違いなんだって、あの果たし状は」

 呆気に取られる2人。それもそのはずだ。その女の腕章には『風紀委員』と、達筆なロゴが入っているのだから。


「2人で来るなんて意外だけど、まあいいわ」

 ヘアピンでガチガチに固めているはずの頭髪からはみ出した毛を、その細い手でどかす少女。

「あたしは風紀委員庶務、2年D組の月島美合(つきしまみあい)。あんたに罪状を認めて貰うため、決闘を申し込む!」


「……………………」


 2人は硬直したまま動けない。いや、動けない。

 一体、なにがどうしてこうなったのだろう。


「おい、月島、お前は何か勘違いを――」

「暴行障害」

 勘違いである事を説明しようとした聖斗の言葉には耳も貸さず、美合は呟いた。

「恐喝、婦女暴行、器物破損、これらの被害届けが出ているわ。あんたの名義でね」


「……………………」


 2人は動かない。いや、動け(以下略)。


「聖斗、ついに、婦女暴行にまで……」

「待て、俺と距離を取る前に聞け。月島はさっきからお前しか見ていない。というか、ついに婦女暴行も何も、暴行障害以外のやつは覚えが無い。まさか、ナンパが婦女暴行に入るなんて事は無いだろうしな」

「それなら僕は、暴行障害と器物破損以外に覚えは無いよ。恐喝なんて……」


「「……………………」」


「白状しなよ聖斗! 婦女暴行と恐喝を、聖斗がやってないわけがないじゃないか!」

「はぁあ!? なわけないだろうが! そういうお前こそっ」

 ――瞬間、爆発音が響いて聖斗の反論を止めた。


「なっ……」

 恐る恐る音源のほうを見ると、美合のすぐ横に、直径1メートル程度のクレーターが出来上がっていて、煙りを巻き上げていた。

「お取り込み中悪いけど、そういうのは正直どうでもいいの」

 美合が言う。

 そういうの、とは、おそらくどっちが悪いか、の話しだろう。


「類は友を呼ぶのだから、どっちがどっちだろうと制裁は必要でしょ?」

 確かに、と、傑流は頷いてしまった。

 類は友を呼ぶ。それを痛感しているからこそ共感した傑流だが、すぐに間違いに気付く。制裁を受ける事を認めるわけにはいかないのだ。

 だが、

「それに、この威圧的なオーラ。確実にただ者じゃないもの」

 美合が言った。

 彼女の額には、僅かに冷や汗が滲んでいる。

「いや、だから月島さん、それは」

「気をつけてね」

 傑流が言いかけた、僕らは悪い事はしてないから、制裁を受ける道理は無いという文句。それは、美合がポケットからパチンコ玉のような物を取り出しながら囁かれた言葉に気圧され、消えた。


「あたしの能力は、凶暴よ」


 美合は言いながら、取り出したパチンコ玉に息を吹き掛ける。


 能力。その言葉にいち早く反応したのは聖斗だ。

「っ……逃げるぞ、傑流!」

 慌てて踵を返そうとした聖斗の横を、投げられたパチンコ玉が通過。そして、それは聖斗の後方で爆発した。


 鼓膜が揺れる。

 その振動が鼓動のテンポを引き上げるように、危機に直面した2人の体温が上昇していく。


「……異変体質者か」

 動きを止めた聖斗が呟く。

 美合はもうひとつのパチンコ玉を取り出し、

「ええ。世間から言わせれば《異質》よ」

 と、不敵に唇を尖らせた。


「……そいつは差別用語だぜ」

 青ざめながらも否定する聖斗。当然、その口調にも焦りが写っていた。

「差別? 身体障害者を身障(しんしょう)と呼ぶのも未だ止められないのと同じように、事実差別に値する存在なのだから仕方ないわ」

 至って平然に言う美合。

 聖斗は苦笑し、

「自分で言ってて虚しくなんねぇのか」

 と、挑発混じりにぼやく。

 しかし、

「ならないわ。残念ながら、そういう体質なのよ」

 と、美合はパチンコ玉に息を吹き掛け、中指で弾いた。


「うお!」「わわっ」

 聖斗と傑流の間で爆発したそれを回避するため、2人は左右に飛んだ。

 爆発した場所には1メートル程度のクレーター。1激喰らえばかなりの体力を削られるであろう破壊力だ。


「つ、月島さん、僕らの話しをっ」

「それに、自分で言って虚しくなる人間は、自覚が足りないのよ!」

 3発目の能力にタガが外れたのか、美合のテンションは急に上がる。


 聖斗に向けられた4発目も辛うじて回避すると、聖斗は舌打ちした。

「だから月島! 人の話しをっ」

「だいたいねぇ、異変体質者っていう名称がもうその時点で差別じゃない! 今更何が差別で何が贔屓なのかなんて、どうでもいいわよ!」

 言い訳をさせないためにわざと言葉を被せているわけでは無い。

 美合はひたすら、ただ、喋り続けているのだ。


 隙を着かなければ会話にさえならない。

「くそ、聞く耳を持ちやがれ……!」

 聖斗は早々に説得を諦め、携帯電話を取り出した。

「どうしよう聖斗、僕らの話し、聞いてきれそうに無いよ!」

 立て続けに怒る爆発を回避しながら、爆音に掻き消されないように叫ぶ。

「異変体質者なら、何か弱点があるはずだ! そこを突いて、隙を作る!」

 言いながら携帯電話を構えた聖斗を見て、傑流の表情に違う焦りが浮かんだ。


「待ってよ聖斗、あの子は何か勘違いをしてるんだから、そんなことをしないでいいはずだよ!」

 聖斗が何をしようとしたのか察した傑流は、爆発の回避よりも聖斗を止める事に意識を削いだ。

 よって、

「喰らいなさい!」

「っ!?」

 迫るパチンコ玉に反応する事が出来なかった。


 耳元で爆発するパチンコ玉。頭は辛うじて腕で庇ったが、その音に頭が揺れ、爆風に押され傑流は横凪ぎに飛ばされた。


「傑流!」

 直撃では無かったとはいえ、まともに喰らった傑流に気を取られた聖斗。まさしく、聖斗の携帯に気を取られた傑流の二の舞だ。

「随分と余裕ねっ!」

「しまっ……!」

 迫るパチンコ玉。

 回避のタイミングを逃した聖斗だが、コントロールが逸れたのか、パチンコ玉は聖斗の右を通過し――

「なにっ!?」

 ――聖斗の隣にあった木に直撃したパチンコ玉は、木片を撒き散らしながら爆発した。


 倒れてくる木を回避するため、身体に突き刺さるいくつかのの木片は気に止めず、聖斗は前方へ飛ぶ。

 前に飛んだ聖斗は、少しの間動けなくなった。


「さて、手荒になっちゃったけど、これでチェックメイトよ」

 美合は聖斗の前に立ち塞がる。

「思ったより大した事無かったけど、勝ちは勝ち。さあ、罪状を認めてもらうわよ、十文字九音」

 ――やはり、と、聖斗はため息をついた。

 至る所から出血しているせいか、痛みは無いが、身体が動く事を拒絶する。


「おい月島、だから俺達は」

「ちなみに」

 やはり、人違いをしていた美合にそれを言おうとしたが、マシンガントークの美合にはまだ隙は無い。

 美合はポケットから複数のパチンコ玉を取り出し、

「あたしの能力は、息を吹き掛けた鉄の分解。その分解の威力を調整する事で、爆発みたいな威力を出す事も出来るの」

 と、説明を始める。

「その代償は、理性。理性のコントロールが十分に出来ないのがあたしの弱点」

 つまり――。美合は唇を尖らせ、不敵に笑う。

「こと戦闘において、あたしの異変体質に弱点は無いわ」

 勝った。と、美合の表情はそれを確信していた。


 異変体質者。それは、《八神鳳一郎(やがみほういちろう)の遺産》によってもたらされた、いわゆる超能力だ。

 天才発明家、八神鳳一郎が日本中にばらまいた特殊な粒子は、母の腹に宿る子供の体質を変化させた。


 一般人である聖斗や傑流、美合にその理論など解らないが、粒子は結果として、胎児になんらかの障害を背負わせるのと引き換えに、超能力を与えた。

 それが異変体質であり、それをもった者が異変体質者と呼ばれる。


 八神鳳一郎はとうの昔に死んでいるが、その粒子量は年々増えているらしく、異変体質者はそれに並行して増加傾向にあるという。


 問題なのは増加やらなにやらではなく、なんらかの障害を背負わされる、という点だ。

 身体障害だったり知的障害だったり、その障害は目覚めた能力の種類に応じ、埋め合わせるようになっているという都合主義的な要素は無い。

 つまりランダムなのだ。

 よって、例えば今聖斗の目の前に居る美合のように、こと何かに於いては短所でしかなくとも、こと別の何かに於いてはなんの障害にもならないという障害と能力の者も居る。


 理性が効かない(もしくは弱い)変わりに与えられた爆撃能力。これは、こと戦闘に於いて、なんの短所にもならないように思える。

 ――あくまで、一般的に見れば。


「さあ、あたしの能力の餌食になりたくなければ、さっさと白状しなさい」

 勝ち誇る美合。勝利宣言から態度がさらに横柄になったのも、警戒心を削いだのも、全て理性が効かないからだとしたら、この戦闘に於いて、彼女の理性の欠陥は短所だ。


「随分と余裕じゃないか」

 今度は、地に伏している聖斗が不敵に笑った。

「ふん。今更逃げようとしても、爆発させるまでよ」

 勝ちは揺るがない。そう決めつけている態度が丸見えだ。

 ――だからこそ、それが敗因となる。


「最後まで油断するなと、風紀委員はそんな事も教えてくれないのか?」

「何をっ……!?」

 突如、誰かが美合を羽交い締めにした。

 勝ち誇っていた美合の表情は一気に混乱し、聖斗は深くため息をついた。


 美合が辛うじて動く場所まで視線を回すと、黒いヘアーバンドと白い髪が視界に入る。

 こんな髪型から特徴的な相手を見間違えるはずが無い。爆撃をまともに喰らったはずの少年だ。


「なっ……。そんな、うそよ!」

 幽霊でも見たかのように青ざめていく美合。振りほどこうとするが、押さえられた肩は微動だにしない。

 美合も華奢な体つきではあるが、傑流の体型も華奢なほうだ。ここまで力の差があるなど、普通では考えられない。いや、その前に、あの爆撃を喰らってこんなにすぐ立ち上がれるはずが無い。


 様々な疑問を頭に浮かべた美合が、自身を納得させるために出した答えは、

「あ、あんたも異質!?」

 そう、傑流も異変体質者だという考えだ。

 しかし、

「いや、そいつは異変体質者じゃない」

 聖斗の否定に、美合は首を横に降る。

「ありえない! あたしの能力をまともに喰らったのよ!?」

 疑うのも無理は無い。だが、

「ガードしたじゃないか。腕で」

 わざとらしく聖斗が言った。


 確かに、ガードする所は見た。

 爆発という表現をしていたが、実際の美合の能力は、分子結合を引きはがし発生させる破裂だ。

 威力こそあれ、火傷等を負うような熱は発生しない。

 つまり爆撃というよりも打撃に近い攻撃だから、傑流のシャツが少し汚れているだけ、というのは頷ける。


 だが、無傷なはずが無い。

 今まで戦ってきた中で、美合の攻撃をまともに喰らって平気で居られた人間を見た事が無かった。にもかかわらず、

「聖斗、そういうのはいいから、早くしてよ」

 傑流は至って平然としていた。

「……そうだな」

 聖斗は頷き、ゆっくりと立ち上がる。

 身体中に木片を突き刺したまま、しかしそれでも、まるで何事も無いかのように。


「なっ……、な……」

 美合は息を詰まらせた。ダメージが無いからおかしい、という驚きよりもむしろ、その聖斗の姿に恐怖したのだ。


「ま、使わずに済んだなら結果オーライだな」

 聖斗は手に持っていた携帯電話をポケットにしまうと、変わりに胸ポケットに手を入れた。


 美合は唇を噛み、天を仰いだ。

 申し込んだ決闘に負けた。2対1だったうえに油断したから、などという言い訳が通用する相手では無い。そう思っていたからこそ、

「月島、お前は大きな過ちを犯した」

 そう言った聖斗の言葉が、まるで今から自分を痛めつけるための下準備に聞こえた。

 しかし、

「これを見ろ」

 言われて降ろした視界に、生徒手帳が写った。

「…………かじわら、せいと……?」

 目の前の男と同じ顔の写真。しかし、知らない名前。

「…………だれ?」

 思わず呟いた。

 美合はまだ、状況を解っていない。

 それを察した聖斗は、

「ちなみち後ろでお前を羽交い締めにしているのは、俺と同じ、2年E組の仁間傑流だ」

 と、説明を付け足した。


 美合は口をあんぐりと開け、ほうけている。どうやら状況を理解したようだ。


「え、っと、つまり……」

「ああ、そうだ」

「うん、そういう事」

 美合の目が泳ぐ。

 もう追説は不要だろうと解ってはいるのだが、聖斗は念のため、留めを刺す事にした。


「俺達は十文字九音でもなければ、それに連なる人間でも無い。……お前はあらかた、手紙を入れる場所を間違えたんだろうな」

 完全に脱力した美合を確認すると、傑流は手を離した。

 すると、腰を抜かしたのか、緊張が解れたからか、それとも罪悪感からか、美合はへたれこむ。


「……一見落着、かな?」

 傑流は苦笑する。

 美合は震えた手で砂を掴むと、


「そんなばかなぁぁぁあああ!!!!」

 凄まじい肺活量で絶叫した。

 閲覧ありがとうございます。

 最初のうちは細かく更新してみる予定です。次話は『香椎学園ルート1・2〜闇討ちジャック〜』です。

 是非、ご覧下さい。

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