エース様。
クソ、邪魔が入った。
この人はボクシング部顧問の大門英光先生だ。
「おいおい、ヒデちゃん。イイところだったのに」
山下がふて腐れた顔をし、先生を見下して言った。
こいつらは先生のことを‘ヒデちゃん’と呼び、からかっている。
山下はゴチャゴチャ言ってグダったが、先生に説得させられ渋々リングを 降りた。
そして、俺を一瞥し、部屋へ帰っていった。
「北島」
不意に自分の名前を呼ばれ反射的に声の主の方に目を向けた。
「何してんだ。お前は主将だろ?勝手なことをするな。山下は確かに問題児だが、構うな。それに、山下はウチのエースだ!怪我でもしたら困る」
「ウチのエース」・・・か。エース様、万歳だな。笑わせるな、あれがエ ースだと?エースなら何でもして良いのかよ?
結局、俺と山下との決着はつかなかった。
-----------夏祭りまであと2日-----------
今日は終業式だ。
2限で終わるので、部活の時間が長くなる。
みんなは嫌がるけど、俺はそうでもない。
俺は自分の部活が好きだ。一日中してても良い。
みんなが一日中、ネットサーフィンやゲームをしていられる事と同様に
俺は一日中、サンドバックを打って筋トレをするこどができる。
一般人には理解できないと思うが。
みんなを馬鹿にしてる訳じゃない。
ただ、俺がボクシング馬鹿だっていうこと。
「おはよう」
だなんて、自己肯定をしていると、知っている声が聞こえた。
その声が誰なのか分かって肩がビクッってなった。
俺が朝にいつも聞く声ではなく、俺の好きな声。
「お、おはよう、向野さん・・・」
隣を見ると向野さんがいた。俺の隣に。
何で!?何でいんの!?
俺は混乱しながら、オウム返しの様に挨拶した。
「今日、私、日直なの。職員会議が始まる前に職員室に日誌取りに行かないといけなくて」
ああ、なるほど!だから、早いんだ!
8時15分くらいになると先生たちが会議室に集結するから、職員室がす っからかんになる。
そして、職員室は施錠される。
その前に、職員室の入り口にあるロッカーから学級日誌を日直はタイムリ ミットまでに取りに行かないといけないのである!
失敗したら明日も日直だ。
向野さんは真面目だから忘れずに任務を全うしようとしている。
偉い!
俺は何回かミスったことがある。
「そうだったね。日直とかメンドいよね?俺、一日の感想書くとこ嫌いだわ」
向野さんと2人で並んで通学路を歩いている。
時間が早いためか人はあまり居ない。
2人の笑い声が早朝の冴え渡った空気に響いた。