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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

猫〜君がいた日々〜

作者: しろてん
掲載日:2026/04/17

プロローグ


その日は上司にこっぴどく叱られ、傘を忘れたことがラッキーな日だった。

頬の涙を雨でごまかせたからだ。

ここのところほぼ毎日嫌な目にあっている。

帰り道を歩いていると、暗い路地裏を見つけ、何気なく入っていった。

人気の少ない場所だった。

暗い中、佇んでいた。

ふと、猫の鳴き声が聞こえてきた。

私は猫はどちらかというと好きではない。

しかし、猫は少しずつ歩を進め、私の足にすり寄ってきた。

もふもふの毛。

野良猫にしては綺麗な毛並みだ。

やわらかな肌色の毛並みが、ぽわんと光って見えた。

猫を撫でると、にゃあーんと、肩の力が抜けるように鳴いた。

そのときから、私は猫が好きになった。


一章 猫との暮らし


その猫を拾い、実家に帰った。

父と母は猫はあまり好きではない。

仕方なく、私の部屋で飼うことにした。

以前、改築したから割と広い。

ここなら猫にとっても不満はないだろう。

拾ってきた猫を手放し、猫はそろそろと歩いた。


しっぽが揺れる。

なんて可愛い歩き方をするんだろう。

ふにゃふにゃとした足。

ふさふさの毛並み。

しっぽはどうしてあんな動きをするんだろう。

可愛くてたまらない。


猫は私の足元に来ると、すりすりと頭を寄せた。

私は思わず猫を撫でた。

やわらかい。

私の心にあった黒い何かが、いつのまにかどこかへ消えていた。


目が覚めた。

いつの間にか寝てしまったようだ。

気づくと足元でさっきの猫が寝ている。

こんなに心地よい目覚めは初めてかもしれない。

私はさっそく猫の餌を準備した。


猫が皿に寄ってきてぺろぺろと食べ始める。

飼っている猫が自分が出した餌を食べる姿を見るのはなんとも言い難い幸せな気分だった。

猫は食べ終わると、部屋の机の下に行き、すやすや寝始めた。


そこで大事なことを思いついた。この猫になんて名前をつけようか。

私はこの猫に救われた。

人間の心がわかる猫なのかもしれない。

こころ。

こころちゃんにしよう。

その日から、私とこころちゃんの日々が始まった。


エコバックに詰め込んだ猫の餌とおもちゃを手にぶらさげて、家に帰ってきた。

餌があると分かったのか、さっそくこころちゃんがそろそろと歩み寄ってきた。

餌を皿に移し、こころちゃんの前に置く。

ぺちゃぺちゃと美味しそうに食べてくれた。

満腹になると、ソファに行き眠り始めた。

最近はこうして世話をするのも楽しい。

買ってきたおもちゃを取り出し、床に置いてみた。

遊んでくれるかな。

心が弾んだ。

こころちゃんはすやすやと寝ている。

私も夕飯を食べて、お風呂に入って寝ることにした。


朝が来た。

こころちゃんに餌を食べてもらった後、さっそくおもちゃを近くに置いてみた。

おもちゃのしっぽを追いかける、追いかける。

私の期待に応えてくれたのか、たくさん遊んでくれた。


翌日、私はPCで仕事をしていた。最近始まったリモートワークだ。

上司に諸々の連絡をしていると、こころちゃんがPCの近くに腰をおろした。

じいーーーーっとこちらを見つめている。

私が撫でてあげると、気持ちよさそうに目を細めた。

無論、上司は怒っている。

謝り、また仕事に戻る。

こころちゃんがやってくる。

撫でる。見つめる。

上司に叱られる。

謝り、仕事に戻る。

今日はこれの繰り返しだった。


上司に謝っても、こころちゃんが可愛くて、私の心は終始幸せだった。


コロナ禍もおさまり、リモートワークは終了し、出社することになった。

朝、支度をしていると、こころが寄ってきた。

撫でてほしそうなので撫でてやる。

「こころー。今日から寂しくなるけどすぐ帰ってくるからね!」

こころは首を傾げてにゃあーと鳴いた。

私はまたこころを撫で、家を出た。


会社に着き、仕事を始める。

なぜかいつもより捗る。

(そういえばペットを飼うと認知機能が上がるんだっけ・・・)

どこかで読んだ情報が頭に浮かんだ。

こころに感謝した。


いつもより早くに仕事が終わった。

定時で帰ると、こころが玄関でにゃーと鳴きながら待ってくれていた。

「こころ!」

そう言って一目散にこころに抱きつくと、疲れがどこかへ消えていった。

こころに餌をやり、私も夕食を食べる。

一人じゃない。こころがいる。

その事実が嬉しかった。

夕食を食べ終え、ソファに座ると、こころも私の隣に腰を下ろした。

ここからが私の至福の時間。

こころを撫でながらソファでくつろぐ。

こころを撫でるとふわふわで、気持ちいい。

こころも撫でられて幸せそうだ。

私は一人じゃない。

もう一度、こころに感謝した。



雨に降られながら帰宅すると、こころはソファで丸まって寝ていた。

(今日はお迎えなし・・・か)

少し残念に思いながらも、コートを脱いで鞄を置く。

夕食の支度を済ませ、こころに餌をやる。

・・・ん?

こころが寝たまんまだ。

いつもなら餌を準備したらそろそろと寄ってくるのに。

「こころー。ごはんだよー。」

声をかけてもピクリともしない。

仕方なく、私は一人で夕食を食べることにした。

夕食のハンバーグを食べている途中、ふと考えた。

そういえばこころは何歳なのだろう。

もしかして、もう病気になってもおかしくない年齢かもしれない。

急に心臓がドキッとした。

病気・・・?

そんなわけないよね、と自分を落ち着かせつつ、こころのほうに目をやる。

まだ寝ている。

このときはやがて訪れる絶望を、私はまだ知らなかった。


二章 発覚


会社から帰宅し、こころにいつものように声をかける。

「こころー。ただいまー。」

こころは寝たままだ。

ここのところ二週間、毎日こんな感じだ。

餌もあまり食べてくれない。

いつもはなでなでしてとアピールしてくるのに、それもない。

やっぱりおかしいのだろうか。

心配になってきたので、動物病院に連れていくことにした。


「腎臓病ですね」

医師は淡々と言った。

腎臓病。それってまずいの・・・?

「腎臓病は、高齢の猫がかかりやすい疾患です。飼い方が悪かったなど、そういうこととは関係ありませんので、ご自身を責めないでくださいね」

医師はまたも淡々とそう話すと、以上です、と言い退室を促した。


家に着き、こころをケースから出してあげ、私はさっそくPCで調べた。


腎臓病についてそこに書かれてあったのは―――

死に至る病気ということだった。


三章 闘病


その日から、私とこころの生活は一変した。

私は腎臓病の猫用のキャットフードを買い、こころに食べさせた。

いくらお金がかかっても、進行を遅らせられればいい。

こころのためならなんでもする覚悟だった。

また、撫でてアピールをしてほしい。

一緒に夕食を食べて、ソファで一緒にくつろぎたい。

PC作業の邪魔だって、喜んで受け入れる。

なのに―――

こころは治る兆しを見せなかった。


「みゃー」

こころが鳴いている。

私は、そばにいてお世話をすることしかできなかった。

日に日に弱っていくその体を、撫でてやることしかできなかった。

それでも、生きているだけでまだましだと、自分に言い聞かせる日々が続いた。


こころが餌を食べるのかと思うと、ほんの少ししか食べなかった。

それでも餌を取り換え、追加し、私は淡い期待を抱いた。

この餌を食べてくれたら、治るかもしれない。

もう一度、お医者さんに連れて行こうか。

医者には昨日行ったばかりだった。

私は、考えることしかできなかった。


第四章 別れ


その朝はやってきた。

私はスマートフォンのアラームで起き、いつものようにこころの餌を準備し、あげようと近づいていったときだった。

こころは、ぐったりと横たわっていた。

もしかして。

こころに駆け寄った。

「こころ!こころ!どうしたの!こころ!」

こころは1㎜も動かなかった。

胸の辺りに手を当ててみても、何も動いていない。

・・・覚悟していたことだった。

目から涙があふれてきた。

「こころ・・・・・ありがとね・・・」


第五章 メッセージ


こころ・・・私は君に何をしてあげられたかな。

こころはたくさん私のピンチを救ってくれた。

私は・・・こころに何も恩返しできなかった。

もっと、こころに好きなことをさせてあげればよかった。

駄目な飼い主でごめんね。

私は、こころからたくさん幸せにしてもらったよ。

だからこころは、天国に行けたかな。

天国で、大好きな食べ物たくさん食べれてるかな。

こころ、ありがとう。

君のおかげで、私は一人じゃないことを知ったよ。

なのに、仕事中はいつも一人にさせてごめん。

この世界で、たくさんいいことするから、見守っていてね。

そして、私にも寿命が来たら、天国で会おうね。


第六章 君のいない世界


「わああああああああああああああああ!!!!!」

気づくと涙が止まらなくなっていた。

私にとって、こころの存在は大きかったのだ。

これから、また一人なの・・・?

そんな悲しい疑問がわいた。


「はい。すみません・・・。」

長期休暇を取り、しばらく休むことにした。

こころの遺体をホームセンターで買ってきた箱に入れる。

こんなこと初めてだったが、こころのためだ。

「こころ・・・」

また涙がこみあげてくる。

箱に切り花を入れ、そっと蓋を閉じた。

しばらくの間、私はこころの遺体とともに座っていた。

「はぁ・・・・」

気づくと溜息ばかり出ていた。

力を振り絞って、ペット葬儀屋に電話をした。

今からでもお経をあげてくれるらしい。

こころが入った箱を車に乗せ、葬儀屋まで運んだ。


「こころちゃんだね。よく頑張ったね。」

葬儀屋の人は、温かく迎えてくれた。

お経をあげ、火葬をして、骨を拾いながら、涙をぬぐった。

「こちらが骨壺です。帰り道、お気をつけて」

骨壺をもらい、帰路に着いた。

車の中で、何度も泣いた。

家に着き、こころの骨壺をリビングの一角に置いた。

手を合わせ、こころの冥福を祈る。

少しだけ、心が落ち着いていくのが分かった。

―――もう、君はこの世界にいないんだね。

心の中で話しかける。

―――私は、どう生きていけばいい?

もちろん答えは返ってこない。

それでも、話しかけ続けた。

次の日も、その次の日も、私は天国に行ったこころに話しかけ続けた。


こころに話しかけ続けて、一か月たっただろうか。

私はだいぶ落ち着きを取り戻していた。

―――こころ、私はもう大丈夫。ちゃんと成仏してね。

骨壺の前でそう言うと、ふっと何かが離れていった気がした。

それと同時に、私の胸は軽くなった。

(こころが、天国に旅立ったのかな)

なんとなくそう思いながら、私は久しぶりに自分で作った朝食を食べ、会社に行った。


第七章 リ・スタート


「おはようございます!」

私は、晴れやかな心で仕事をしている。

今朝もこころの骨壺の前に餌を置き、こころに話しかけた。

―――こころ、行ってきます。

窓に目をやると、青い空が光っている。

私はこころがくれた温もりを胸に、新しい日々をスタートしている。

隣の席の人が、話しかけてきた。

「今日もいい天気ですね。あの・・・今度、一緒に映画でも見に行きませんか?」

「いいですね。行きましょう」


私はもう、一人じゃない。

そして、こころのことを忘れないだろう。

あの日、私と出会ってくれてありがとう。

きっと、いつか天国で会おうね。

                         ―終―

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