第3話:バレンタインを企画してみませう
このお話は、今後発表予定の『結婚と算盤~新妻の百貨店経営奮闘記~』の中の一部です。
シーズンなので、ちょっとだけ公開することにしました。
いずれ公開する本編(たぶん4月か5月)を思いながら読んでいただけると幸いです。全7話
屋敷に戻ると、女中頭のトメさんが、私の顔を見るなり察したらしい。
「奥さま。なにやら、また“面白いこと”をお思いつきで?」
「トメさん、聞いて。バレンタイン・デーっていう舶来の流行が――」
「存じております」
トメさんが、さらりと遮った。私は思わず瞬きをした。
「知っとると?」
「ええ。これでも私、亡き夫はアメリカ人ですからね」
「……あ、そうか。ね、トメさんは、旦那さんにチョコレエト贈ったことあると?」
「ふふふ。ございますよ。夫からはお返しに素敵な花束を頂きました」
トメさんは、遠いどこかを見つめるような表情で笑った。
「奥さま。岸田の屋敷は、代々続く名家でございます。けれど、その歴史を繋ぐために外の風を受け入れることを厭わない良き家風がございます。……そして」
トメさんは、少しだけ声を落とした。
「二月十四日、旦那さまが東京へお戻りになると聞いております」
心臓が、どん、と鳴って、私の肩がひょっと上がった。
「え……?」
「広島の件が一段落した、と使いが申しておりました」
私は、雑誌の表紙の赤いリボンを思い出した。贈り物。
「奥さま」
トメさんが、黙り込んだ私に声をかける。
「バレンタインは、ただの舶来の遊びではございません。“贈る”という形で、言葉にできぬものを渡す日でございます」
言葉にできぬもの。おぉう.......。
私は喉の奥が熱くなって、咳払いで誤魔化した。
「なかなかに深いね......」
梅が、横で「奈江さまに口に出さない何かってあるとやろか」と小さく呟いた。梅こそ余計な一言を呟かない、ということはできないものかと思う。
「そうか。バレンタインは、言葉にできぬものを渡す日か」
心の内の声が思わずこぼれていた。
◇◇◇
バレンタイン・フェアーの準備は、想像以上に戦だった。
まだまだ、女の私があれこれと口を出すことを嫌がる役員は多くいるし、職人だって女から口を出されることを嫌う。
資材屋からは「ハート形の箱を作るのは難しいですな」とすぐに返事が来た。
「前例が無いからこそ考えて作ってください。職人の腕の見せ所と違いますか?」と返すと、2日後に竹を編んだハート形の籠が届いた。
舶来菓子売り場が商品を仕入れている西洋菓子の店からは、「新商品は店の品位に関わる。おいそれと簡単に出すわけにいかない」と言われた。
「作るのは店の見習い職人でも構いません。店の名前は出さず、“幾志屋オリジナル”として売り出します」と返事を出し、欲しい商品の概要を伝えて、要望通りのものを作ってもらうよう”強く”依頼した。
「作れないのなら、売るのはそちらの店の商品でなくても構わないのだ」というのを暗に匂わしたことは否定しない。
売り場担当の役員からは、かなり苦言も出たが、それを伝える津角井さんに
「岸田の名前は、便利に使うためにあるとやろ。こういう時に財閥の名前を利用せんでどうするの」
と伝えると、津角井さんは、「奥さまは、時折たいへん恐ろしいことを、さらりとおっしゃいますな」と嬉し気に笑った。
普段は意地悪だけど、こういう時の津角井さんのことは何気に気に入っている。
それに、最初は色々あったけど、津角井さんは案外新しもの好きだということがわかってきて、ちょっと心の距離が近くなっている。
味方が増えると俄然やる気がでるし、商売は頼れる人が一人でも多い方が上手くいく。
これは博多の父の教えでもある。
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