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『灰鏡の会の価値観に触れ、迅が世界理解を深める回(前編)』


小集落への護衛依頼を終え、帰路につく夕方の道。

オレンジ色に染まる草原を歩きながら、神崎かんざき じんは、何度も灰色の外套の姿を思い返していた。


(あの落ち着き……街とはまるで空気が違った)


「顔に出ているぞ、迅」


隣を歩くグラディスが言う。

無駄な抑揚のない声。

それが逆に安心感を与える。


「昨日の彼ら……灰鏡の会って、何者なんですか?」


しばし沈黙。

風の音だけが通り抜ける。


やがてグラディスは足を止め、夕陽に照らされながら静かに口を開いた。


■“物語”が支配する世界


「この世界には、二つの層がある。

 一つは、誰もがよく知る“物語的な世界”──街の連中みたいな、あれだ」


あれ、で通じるほど街の文化は特徴的だった。

やたらと語尾を伸ばし、決めポーズをし、やけに芝居がかった喋り方をする住人たち。


「あれは文化というより……“世界の自動演出”だ。

 人を盛り上げ、物語を進め、冒険や事件を起こしやすくするための仕組みだな」


「仕組み……?」


迅は眉をひそめた。


「じゃあ……ラノベっぽい言動は、本人の意志じゃなくて?」


「いや、完全にそういうわけでもない。

 演出が“増幅”してるんだ。

 もともと芝居がかった奴は、もっと芝居がかる」


(なるほど……リュミナスさんは素であれということか……)


迅は納得せざるを得なかった。


■“物語から距離を置く者たち”


「で、もう一つの層が“物語を拒む者たちの価値観”だ」


グラディスは淡々と続ける。


「灰鏡の会は、その象徴だ。

 彼らは物語演出を嫌う。

 盛り上げを拒み、劇的な運命から距離を置き、淡々と世界を“現実”として観測する」


「どうしてそんなことを?」


「演出が過ぎると、人は“自分で考えなくなる”からだ。

 『物語がこうだから』

 『主人公だから』

 『出会うべくして出会った』──

 そんな都合のいい構造に、何度も人生を狂わされた者たちだ」


迅は喉が詰まったような感覚を覚えた。


(……それ、今までの俺が嫌っていたラノベの“嫌な”部分そのまんまだ)


街で見た、恥ずかしいほど芝居がかった住人たち。

そのテンションに飲まれて“まとも”を保つのが難しくなる感覚。


灰鏡の会は、それに抗う人々だという。


■“観測者の印”の意味


「昨日、灰鏡の会のやつが言ってた……

 『観測者の印』って何なんです?」


グラディスは歩みを再開し、静かに答えた。


「この世界には……稀に流れを“読む”者がいる。

 未来の筋書きをかすかに感じ取れる者、

 あるいは、世界の裏側に触れてしまった者。

 そういう存在には“印”が付くことがあるらしい」


「印……」


「灰鏡の会は、それを危険視している。

 “物語の外側”を視る者は、時にこの世界の流れを崩す。

 英雄にも、災厄にもなる可能性があるからな」


迅は思わず背筋を正した。


(そ、そんな大げさな……。俺なんて、ただの一般人だし……)


しかし、灰外套の人物が確かに言った。


『物語酔いの兆候がない』『外来か?』


迅は無意識に自分の手のひらを見る。


「……俺、何か特別なんですか?」


「まだ分からん。

 だが、お前は確かに“この世界のテンション”に飲まれていない。

 この世界に来て間もないからか……それとも別の理由か」


グラディスは視線を遠くに向けた。


「灰鏡の会は、お前に興味を持つかもしれん。

 だが安心しろ。連中は害意はない。

 ただ──“物語に染まらない人間”を好む」


迅は自嘲気味に笑った。


「染まれるわけないですよ……あの街の人間見てたら」


「だろうな」


グラディスが珍しく口元を緩めた。


■夕闇と、静かな決意


集落の外れにある休憩所に到着した頃には、すでに夜が近付いていた。

迅は焚き火の前で考えていた。


(俺……どうするべきなんだろう)


ラノベ文化が嫌いなまま異世界に来て、

最初に出会ったのが“その文化の濃縮版”の世界。


そして今、全く逆の価値観を持つ勢力に触れた。


どちらが正しいわけでもない。

だが──どちらにも無関心ではいられない。


そんな迅の思考に気づいたように、グラディスが静かに言った。


「迅。

 お前がどう生きるかは、お前が決める。

 “物語に酔う”のも、

 “物語を降りる”のも、

 “そのどちらでもない道”を選ぶのもな」


迅はゆっくりと息を吸い込み、炎を見つめた。


(俺は……この世界を自分の目で、ちゃんと見たい)


それが、いまの自分に出せる唯一の答えだった。


──その思いが後に、大きな選択へと繋がることになる。


第八話・終

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