『灰色の外套たち──“物語に酔わない者たち”との遭遇』
依頼を受けた。
草原でのスライム地獄から一夜明け、神崎 迅は疲労の残る身体を引きずりつつ、ギルドの前で立ち止まった。
昨日声をかけてきた“普通の口調の男”、グラディスとの待ち合わせだ。
(正直、リュミナスと二人きりは精神がもたない……。今日はあの人に助けてほしい)
真がそう思っていると、不意に背後から声がした。
「来たか。じゃあ、行くぞ」
振り返ると、グラディスが淡々と立っていた。
無駄なジェスチャーも、語尾の伸びもない。
異世界に来て初めて“ほっとする会話”ができる相手だ。
そこに──
「迅よ! 今日も共に行くのだ!」
リュミナスが駆け寄ってきた。
「いや……今日の依頼はグラディスさんと……」
「おお、ならば儂も──」
「リュミナス、悪いが今日はお前の出番じゃない」
グラディスが短く言うと、リュミナスは珍しく口を閉ざした。
彼の眉が、ほんのわずかに下がる。
「……迅よ、気を付けるのだ」
息を飲むような真剣さ。
真は思わず問い返した。
「なにか危ない依頼なのか?」
「危険ではない。ただ……“あの連中”と接触する可能性がある」
(……“あの連中”?)
リュミナスの表情は、どこか言葉を濁すようだった。
■街外れ──“静けさの色”
依頼は町外れの物資護衛。
とはいえ目的地は半日の距離の小集落。
単純作業のはずだった。
だが歩き始めてすぐ、真は違和感を覚えた。
風の音が静かすぎる。
鳥の声が遠い。
昨日のスライム草原とは違い、妙に“現実感”が強い。
「……殺風景ですね」
「この辺りは魔導演出の届かない地域だ。
街の中心と違い、物語補正もかからねぇ」
「物語……補正?」
グラディスは足を止め、周囲を確認してから言葉を続けた。
「この世界には“物語を演出する力”がある。
あの街では、それが濃すぎるんだ。だから住民の言動も自然と芝居がかる」
「……じゃあ、あのテンションは文化じゃなくて“構造”なんですか?」
「半分は文化、半分はこの世界のシステムだな。
で──その影響を嫌う連中がいる」
そこへ、砂埃とともに三つの影が現れた。
全員が無地の灰色の外套をまとい、顔の半分を覆っている。
無駄のない歩調。
台詞めいた言い回しが一切ない。
「……グラディス、か」
中央の人物が低い声で言う。
声色だけで、街の住人と異質であることが伝わる。
「今日は珍しいな。“演出の街”から護衛依頼とは」
「俺の個人的な用事だ。気にするな」
真は戸惑ったまま、そっとグラディスに囁く。
「この人たちは?」
「“灰鏡の会”。
物語演出を拒み、“世界の素の姿”を追求している連中だ」
中央の人物が真を見据えた。
「そちらの男……異質だな。
物語酔いの兆候がない。外来か?」
真の背中に冷たい汗が伝う。
(もしかして……俺が転生者だってバレる?)
だが次の瞬間、グラディスが前に出た。
「こいつはただの新人だ。余計な詮索はするな」
灰外套の人物たちは短く頷き、去ろうとした──その瞬間。
「……“観測者の印”、反応なし。
だが、干渉の兆候はある。気を付けろ、グラディス」
その言葉を残して、音もなく消えるように去っていった。
■静かな道すがら
歩きながら、真は堪えきれず口を開いた。
「……さっきの“観測者”って?」
「気にするな。お前にはまだ関係ない」
言葉は短いが、どこか優しさがこもっている。
「だが一つだけ覚えておけ。
“ラノベ的な街”が異常なのであって、この世界が全部ああなわけじゃない。
世界はもっと広い。濃い物語だけで成り立ってるわけじゃない」
迅は少しだけ胸が軽くなった。
(異世界全部があのテンションだったら、精神がもたないところだった……)
だが同時に、胸の奥に不安が刺さる。
──灰鏡の会。
──観測者の印。
──物語酔い。
自分の知らない“異世界の仕組み”が、静かに迫ってきている気がした。
そんな予感を抱えながら、小集落が見えてきたところで──




